2話:まずは美味しい食事をどうぞ?
ルグの屋敷……そこに女性とエミルとリュミは招かれたが、中は外見に似合わない程にシンプルな装飾品と壁紙などで外装と内装のギャップに息が詰まるかと思う程の温度差を感じてしまう。だが、それでもルグとルスのコンビを考えれば意外だとは思えない程でも? と三人は考えるのであった。
そんな事も理解しているのかと思わせる程の堂々っぷりで歩く姿には貫禄さえも見出せる程である。ルグはある部屋に三人を招待したが、その部屋はおおよそルグの趣味の部屋だろうと思わせる程の美しいガラス細工の品々が飾られていた。エミルが遠目で見ながら驚きを見せ、女性はリュミと二人で美しさに言葉をなくしている状態である。
「好きなのを一個差し上げるよ。気にしないで、僕の故郷から毎月届くから置き場に困っている程なんだ。売れば軽く三ヶ月は暮らせるよ」
「そんな高級なガラス細工を毎月送るなんて、どんな人徳があられるのですか? シスターとして是非知りたい程です」
「リュミお兄さん、これ何をイメージして作られているのかな?」
「妖精や精霊をモチーフにしていそうな美しさはあるが……」
女性がリュミとエミルが棚や箱に飾られているガラス細工に意識を向けている間に、ルグに近寄り自己紹介をしていく。ルグもまた女性の名前は少し聞き及んでいる事を思い出す。
「私はアベリア、アベリア・ノルスと申し上げます。とある村でシスターをしておりました」
「君は……あぁ、神々の一族が見放した土地のシスターって君の事だったんだね?」
「やはり、あの土地は……。エミルがいたから少し土地が生き返ったとわれていましたが」
「それも微々たる処置でしかない。本当に土地を生き返らせるのには、星脈を大地に行き渡らせる必要がある。それがあの土地にエミル君がいたからって事で一時的な力を蓄えて生き返っていた……というのが事実だと言えるだろうね」
ルグの言葉にアベリアは小さく息を飲んで静かに深呼吸をし始める。エミルがいたから住んでいた村は栄えていたと分かった今、ここでエミルを失う事はエミルの命を危機的状況に陥らせる事に繋がると言えるからだ。
それだけでは無い、エミルの身体に流れているという悪魔と天使の血。それが見方を変えれば利用価値があるという事実をあの村の者達が、知ってしまったら無理矢理でもエミルを取り戻さんとするだろう事は明白なのだとアベリアは考える。
「ここにいる間は僕が責任を持ってエミル君を始めとする君達には一切害は加えさせないようにする。それは僕自身の掟として考えている事だから、大して君達の負担になるような事は考えないでいいからね」
「どうしてですか?」
「うん?」
「どうして、そんなに私達に良くしてくださるのでしょうか。私達はルグ様のお力に甘えているだけなのに」
「それで終わるつもりはないだろう? 君も、リュミ君も」
ルグはこの短時間でアベリアとリュミの性格を熟知するまでに分析していたのもあって、アベリアにわざとそのような言葉を投げ掛ける。アベリアはニッコリ、と笑って深々と頷いて見せると自分達の元に戻ってきたリュミとエミルを見て二人にある言葉を問う。
「リュミさん、エミルを守ろうとする意思はまだありますか?」
「もちろんだ。彼女の事はアベリアと一緒に大人になるまで見届けると誓ったからな」
「エミル、どんな未来だとしても決して恐れずに前に歩み続けると約束は覚えていますか?」
「うん! 私、ちゃんと大人になるまでに色々とお勉強して自分の運命をしっかり受け入れるようにする為にも、前を向いて歩き続けるよ!」
なるほど、とルグは心の中で拍手をアベリアに送る。アベリアはシスターだと言っていた事も含めて、リュミとエミルの心をしっかり目的を見失わないで済むようにとの道標としての立場を担っているのだろう。
だからこそ、ルグの懸念している出来事が起こっても、アベリアの存在はリュミとエミルを揺らがせない存在、道標としての灯りとして煌煌と輝くのだろうなとルグは考えていた。リュミがルグとアベリアの会話を聞いていたなら、アベリアの問いに何かしらの意味を持っている……と考えていたかもしれないが、現実問題アベリアにとって二人の決意表明は自分の存在意義に繋がるから、と心の中で密かに考えていたかもしれない。
「そういえばルグ様、ルグ様はあの天使達に協力していたんじゃないの?」
「まぁ、あの魔の森はこの屋敷からもたまに薪を拾いに行くから領地に入る。だから、魔力を感じて様子を見に行ったら人を探していると言われて協力していただけだよ」
「だが、事情を知った今は力を貸せない、ってことか」
「それだけじゃないですよねルグ様?」
「君達にも力を借りたいなと思っている。その代価として、君達の事は僕が全力で守り通すって約束するよ」
ルグの協力要請はアベリアは予想の範囲内であり、リュミはまぁまぁ、な反応。エミルは自分に何が出来るのか分からないが、国作りという新しいエミルには遊びのお誘いに乗り気で。
それはそうだとしても、ルグがこんなにも三人に協力を求めるのは、一つはルグを吸血鬼と知って今も普通に人間に接するように側にいる事が何より嬉しく感じていた。吸血鬼はその性質から畏怖の象徴である為に、友人と呼べる存在は稀有である。
静かにエミルを抱き締めて、ベビーピンクの髪を撫でるとアメジストのようなパープルの瞳を持つアベリアは、そっと瞳を伏せて切なげに、だけれど、愛おしげに、ルグにお願いをする。リュミとルグが男としての矜持が試されている感覚があったのは言うまでもない。
「エミルの教育にも力を入れて欲しいです……この子は未来を担うとても大事な蕾なのですから」
「もちろん、僕の力を使って最高まではいかなくても、ある程度の教育はさせてあげたいと思っているよ」
「アベリアはエミルの医者になる夢を応援しているもんな」
「私は、才能ある子供を育む聖母のようなシスターを目指しているんです。性的な意味でのシスターなんて不要です!」
力一杯否定するアベリアに苦笑を浮かべている男性陣、エミルはアベリアの腕の中で嬉しそうに微笑みを浮かべて甘えていた。まだエミルは十歳になったばかりの少女でしかない……どうしても愛情が欲しいお年頃ではある。
それを考えたらアベリアの存在はエミルにはかけがえない存在ではある。リュミでは与えられない女性の優しい愛情は今のエミルを育てていくのには最適な愛情でもあるからだ。
そして、執事の男性が食事の用意が出来たとの知らせを持ってくる。四人は一緒に食事が出来る部屋へ案内されて、入った途端にそれは食欲をそそるいい香りが鼻腔に届いた。
「うわぁ~美味しそうな香り! お姉さん、これ全部食べてもいいの!?」
「こんなに沢山あるの、初めてです。神様は私達を見限ってなどいなかったのですね」
「食べれるだけ食べていいよ。僕も結構大喰らいで、これでも足りない可能性があるんだ」
「奇遇だな。俺も大喰らいだ」
リュミの大喰らいを知っているアベリアは苦笑を浮かべているが、エミルは少女の年齢と体格からは想像出来ないほどの食事をする事もアベリアとリュミは知っている。だから、今回用意されている料理たちは恐らく四人だけで食べ切れるだけの自信はあった。
椅子に座った三人は早速暖かい料理を取り分けて食事をし始めるが、ルグは赤いワインを飲みながら何かのカプセルを飲んでいるようでそれをエミルが不思議そうに見ていた。エミルの隣に座ったルグにエミルが小声で問い掛けた、先ほどのカプセルが何なのかを。
「ルグ様、何を飲んでいたの?」
「うん? あぁ、あれは抑制剤だよ。吸血衝動をあれで抑えているんだ」
「吸血しないで身体は持つの? 昔、老人だった吸血鬼のお爺ちゃんも吸血しないでどっかに行っちゃったから……大丈夫?」
「恐らく、その老人の吸血鬼は抑制剤が効かない状態になりつつあった筈だ。そして、その為に起こっている吸血衝動で村人を傷付ける事を恐れて……一人で死ぬ事を望んだと思うよ」
ルグの言葉にエミルは落ち着かない気持ちになって食事を進めていく。それでも、姿を消した吸血鬼の老人もエミルには優しくしてくれた上に、それだけじゃない……エミルに生きることの大事さを教えてくれたのである。
エミルの様子から老人吸血鬼がきっといい事を教えていたと察したルグの考えは正しいだろう。赤ワインを飲みながらルグはエミルに一言だけ告げる、それはきっと老人吸血鬼が伝えられなかった言葉。
「きっと彼は……エミル君に伝えたかっただろうね。「ありがとう」って」
「ありがとう、って言ってくれるかな? あのお爺ちゃん」
「言っていたよ。同じ眷属の僕が言うんだから間違いない。君は彼の孤独を救ってあげていたんだ。凄い事なんだよ? それは決して簡単じゃない」
強い言葉ではあるが、それでも心温まるだけの気持ちがその言葉に乗っていたからこそ、エミルはルグの言葉を素直に受け入れる事も、受け止める事も出来た。初めてだとエミルは感じていた……こんなにもエミルの心を揺さぶり、温めてくれる相手と会話をするのは。
自分の心の中に芽生えた新しい感情に戸惑いもあるけれども、それでも少しずつ受け入れて向き合う事をエミルはこの十歳で知っている。だから、少しだけ時間が欲しいと思うのであった。
「ルグ様、私達がお力になれるような事があるかは存じませんが、まずはお互いの事を知り合うのも大事かと思いますが如何でしょうか?」
「それは俺も同意見だ。俺もあんたの……ルグ様の事を知らないで何も力になる事も出来やしないからな」
アベリアとリュミがある程度の小腹を満たしたのか、エミルとルグの会話を聞いていたが不意にアベリアが話を切り出す。ルグも二人の意見には確かに、と考えて少し何かいい方法がないかと思案する。
エミルが山盛りのフルーツを見つめて固まっているのをリュミがクスクスと笑って山盛りの中から、馴染みのある山桃を一つ手に取り、手持ちのナイフを使って皮を剥き始める。アベリアは山盛りのフルーツから山葡萄を手に取り皿に房から取り外した実を盛り付けてエミルに差し出す。
二人がこうして甘やかす事をでエミルに愛情を与えているのは外部の者が見れば、それはそれで甘いと言う者達も多いだろうと言える。だが、エミルはこの甘やかされている事を当たり前だとは考えていないのは、ルグでも分かる事ではあった。
エミルの特殊な状況とそれに伴う生活環境の変化、それらを照らし合わせていれば自然と今の状況と大差のない事が起こるのも致し方ないと言えるだろう。ルグはそれを悪いとは思わないし思う必要性も感じていなかったが、アベリアとリュミは少し気にしているようではある。
「君達は「親子」の振りをしているのかい?」
「正確には兄妹ってイメージですね。リュミさんが長男、私が長女、エミルが次女って言う感じで」
「俺も父親に見合うだけの貫禄があればよかったんだが、生憎この面だからどうしても貫禄がないんだ」
「リュミお兄さんがお父さんだと何だかしっくりこないって言っちゃった……」
エミルが舌を出しながらお茶目に告げている横で、リュミは地味にダメージを受けていたのが分かる落ち込み様だったが、それをカバーするのはアベリアではないらしい。自然療法で回復させるのがアベリアのリュミの取り扱いの様だとルグは察してしまう。
そんな三者三様を見てルグは少し考えてある言葉を口にする。それは先程のルグの事を知る何かがあれば……との言葉を元に考えていた手段の一つではあった。
「こんな方法はどうだろう? 僕のプライベートに一人付きっきりで見てもらい、その人の目と耳と心で僕の事を知ってもらうってのは」
「それはいい案ですね。それを実行するのであれば是非リュミさんをお側に置いてもらえればなと思います」
「うんうん、リュミお兄さんなら色々な面でルグ様の事を見てくれると思うからいいと思う!」
「だって。どうだいリュミ君?」
「俺に拒否権は最初から用意されてないのは気のせいか?」
「「気の所為!!」」
女性陣が声を合わせて告げるものだから、リュミはガクンと頭を下げて落ち込み。ルグは面白いのか肩を振るわせてクスクスと笑っていた。
そして、リュミが数日間のルグの行動を見させてもらっている間にアベリアとエミルは執事の人に協力してもらってルグへの恩返しフルコース料理を考案していたのである。二人のささやかなるルグへの信頼を少しでも知ってもらえる様に、とのことから考えているのであるが。
リュミが毎晩、アベリアにはルグの行動を逐一報告していたが、アベリアはリュミが気付かない間にルグを凄く信頼しているのだろうって事が伺い知れる状態になっていた。リュミは自分の事の様に話をするのをアベリアは嬉しそうに聞いているからだ。
「リュミさん、何だか子供みたい」
「なっ、子供ではないだろう」
「だってルグ様の事をまるで弟の事を話す様な素振りや口調で話している。それじゃ子供と同じようなものだわ」
「うっ……アベリアだってエミルの事を話す時は子供じゃないか」
「私はいいの。エミルの姉代わり母代わりなんだから」
アベリアの言葉にため息を吐きたくなるリュミだが、ここで吐いてしまうとアベリアが非常に拗ねるからと付き合いの長さから理解している。幼馴染をしていれば自然と相手の事を理解はしてしまえるのだが。
リュミが言葉を飲んだのをアベリアも理解している。だからこそ、今ちゃんとルグについての話を聞かせてもらわないといけない事もお互いに理解はしてないといけない。
色々とここ数日はルグの様子や行動を間近で見てきただろうからと、リュミの報告の話は多岐に渡って幅広かった。だから、ちゃんとポイントを絞って行動を見ていないと、何が「正解」で何が「間違い」なのかを知れないのもまた事実なのである。
「リュミさん、私達はルグ様の事を信用したい。だから彼の行動や考えを貴方が間近で見て私達に話すことで考えや印象の事を話す事が出来る。子供の様に無邪気に話をしている場合じゃないのよ?」
「そ、うだな……。俺達は彼を信用したい。だからこそ、彼の全てまではいかないがある程度の行動や考えを理解することは大事な手段だ。俺達は彼の事を知りたいんだ」
リュミは決意と目的をしっかり思い出して、気合いを入れ直す。アベリアはホッと息を吐き出すと同時にリュミとその日の報告会をしていた。
エミルが一人で屋敷の玄関先に立っていたのをルグが見掛けて声を掛けると、エミルの背に白い羽根が浮かんでいるのがルグの瞳は捉えていたが、エミルはそれに気付いていないのか首を傾げてキョトンとしていた。ルグが苦笑を浮かべて白い羽根の事を告げるとエミルはギョッとして背中を見ようとする。
その反応から、過去にも同じように白い羽根が見えていた事があるのだろうとルグは察していたが、エミルがルグを下から見上げて驚きの言葉を口にする。それは予想の斜め上に行く事になりそうではあるが。
「ルグ様は色々な事を知っていますよね?」
「うーん、まぁ、普通の人間よりかは知っているって程度だよ。吸血鬼の中でも僕は若輩だから」
「それでも、きっと私が求めている答えを持っている筈。どうしたら……私は「普通」になれますか?」
言葉が出ないとはまさにこの事を告げるのだろうとルグは考えていた。エミルが言う「普通」とは何を以っての「普通」なのだろうかと。
ルグの瞳を見つめているエミルの瞳は静かに、だけれど確かな輝きを放っていた――――




