Gじゃないよ
他のグループも上手くいったのだろう。
これなら大手を振って帰れる、そう思った矢先だった。
「雑賀さん!」
「三上さんは脱出を!」
ぞわりと、背筋を刃物で撫でられたような悪寒に襲われる。
脚をすくませるには十分、茉莉も瑠璃も、そしてギャルも腰を抜かせてその場に座り込んでしまった。
他の面々も同様、立っているのは俺と雑賀さんだけだ。
「無理だ、この人数を運ぶことはできない! 迎え撃つ!」
「くっ……致し方ありません。這ってでも脱出してください! 時間を稼ぎます!」
雑賀さんの言葉に我に返った者達からダンジョンを出るべく手足を動かそうとするが、みんなガタガタと震えるばかりで遅々として進めていない。
ギャルに至っては失禁している……忘れてやるのが武士の情けだな、うん。
とにかく、今は緊急事態と言って差し支えない。
レベル差とかそんなもん関係なくヤバいのが来る、そうとしか言えない状況。
何が、どんな、レベル換算ならいくつになるのか、その全てがわからないのだ。
そんな相手を迎え撃つべく戦闘用の装備に変えて拳を握る。
じわりと、手のひらも背中も汗にまみれていくのも気にしない。
気配から、気配がする方角から視線を離す事ができない。
「悪い知らせです。それもふたつ」
「順番に」
「まず気配の持ち主はまっすぐこちらに向かっています」
「もう一つは」
「他のルートでカードを集めていた人たちも腰を抜かし、護衛についていた方々も大半が行動不能です」
「それは」
最悪に近い状況と言えるな。
言葉には出さないけど、そこは通じ合った。
最悪極まる状況、けれどそれよりも気になる事はある。
「外は」
「……現在緊急防衛ラインを敷いてダンジョン省で動ける者を総動員しているそうですが、1時間はかかると」
「1000回死んでお釣りが来ますね」
「ですね」
冗談ではなく、こんな気配の持ち主相手にしたら何回殺されるか分かったもんじゃない。
それこそ、埃でも払うかのように塵芥として扱われるだろう。
けれど、その気配はもう目の前だった。
「止まれ、さもなくば攻撃する」
雑賀さんの威圧を込めた言葉、隣にいただけの俺ですら寒気がするそれも、はっきり言って曲がり角の向こう側にいる存在と比べたら天と地ほどの差がある。
当然、気配は止まる事をしない。
「……三上さん、どのくらい行けますか」
「……単独で足止めなら5秒、向こうをのせて回避に徹して10秒、真正面からの殴り合いなら1秒ももたないです」
「……似たようなものですね。なら私がオフェンスを担当します。隙を見て一番強い攻撃を」
「死にますよ」
「それも役目です」
強い意志を宿した雑賀さん。
死ぬ気で、文字通り命がけで最大火力をぶち込む。
そう考えているのだろう。
確かに攻撃力という点では俺の方が上かもしれない。
けれど、それは全てのジョブを正しく使えるならばという前提の話だ。
お世辞にも俺が得意とするモンクではデカい火力など見込めない。
手数が本命、そういうジョブなのだから。
故に、一つ決意する。
「……いえ、俺がオフェンス行きます。手数も回避も得意ですから」
「一般の方にそれを許すと?」
「これでもダンジョン省内定済みの飼い猫なもんでね」
俺の言葉に目を見開き、そしてかぶりを振ってからナイフを取り出した雑賀さん。
黒曜石のような、しかし金属のような光沢もあるそれは見るからに禍々しいものだ。
「致死の短剣、まよひがから産出した装備の一つです。これで傷を負った相手は必ず死ぬ。ただし1度使えば次に効果を発揮するのは1年後。これを刺すまで、生きていてください」
「いいもの持ってるじゃないですか。やっぱり俺が前で正解ですね」
「……まだ、学生のあなたを前に出したくはありません」
「ダンジョンでは肩書なんか意味ありませんから」
俺の言葉に雑賀さんは大きくため息をついた。
それを合図に曲がり角に向かって調薬する。
壁と天井を使い、大地を踏みしめ身体の流れを空に任せる。
「双烈脚!」
空中で両足を使い4連撃を見舞うモンクの攻撃スキル。
ゲームでは序盤で覚えるものだが、連撃という特性からモンクならだれもが使うものだ。
だがその攻撃は黒いローブを羽織った者によってすべて逸らされる。
「双打!」
両の拳で相手の腹を打ち据える。
ピクリとも動くことは無く、踏み込んだ足場が反動で裂けていく。
「崩拳!」
ビッグボアを内側から破壊した一撃、それを片手で受け止めたのを見て口角を上げる。
この技は防御無視、受け止めればそれだけでダメージになる。
その証拠に拳を止めた右手が弾かれたように跳ね上がった。
一瞬の隙、それを見逃さなかった雑賀さんが黒ローブの脇腹に短剣を突き立て、鈍い音を立てて地面に転がされた。
何が起こったのかわからない。
いや、目では追う事が出来た。
辛うじてだが、雑賀さんが短剣を突き立ててもその皮膚はもちろん衣類すら貫くことはできなかったのだ。
驚愕の色すら出せぬまま雑賀さんは軽く突き飛ばされた。
本当に優しく、壊さないように突き出された手によって胃の中身と肺に溜まっていた空気全てを吐き出して崩れ落ちた。
「次」
甲高い声、女の子だろうか。
早く次の攻撃を仕掛けろと言っている。
「おらぁ!」
連撃、双打、双烈脚、崩拳、正拳突き、肘打ち、膝蹴り、足底掌、黄金脚、銀烈拳、双弦月、竜寒月、死拍掌、使えるだけのスキルと、もはや通常攻撃でしかない物を入り交えた攻撃。
その全てが受け止められるか、逸らされる。
有効打どころかまともに手足が触れる事すら稀、しかし活路はある。
わざわざ受け止めずに逸らすという事は多少なりともダメージを与えられるという可能性がある。
その一点にかけたフェイントの崩拳、足を止める必要がある技を撃ち受け止めさせる。
直後、軸としていた右足を強く踏み込み思い切り蹴り上げる。
仙王脚、崩拳から繋げられる数少ない技であり、その一撃は崩拳を放った直後は3倍になるという破格の効果。
一方で発動までに一定回数以上の攻撃をして、更に発動後は1時間再使用不可能という大技だ。
当然のように逸らされたが、想定内。
仙王脚の二段目、仙震脚。
有体に言えば踵落としだが、ゲーム的に言うならコンボの最後の一撃。
崩拳から仙王脚、そして仙震脚はコンボが通ればという前提だがボス相手でもHPの2割を削り取るだけの一撃に昇華する。
その最後だけとはいえ確実にとらえた一撃、それが黒ローブに命中すると同時にその周囲の地面がひび割れる。
「……やるね」
褒められた、褒められてしまった。
つまるところ俺の渾身の一撃は賞賛に値するが、それだけの余裕があると語っているのだ。
「今度はこっちの番。死なないでね」
「なっ!おぅぶ!」
アッパーのように突き上げられた掌底を受け止めて、そのまま吹き飛ばされる。
ミシリという骨のきしむ音を体内から聞いて、痛みを覚える前に前蹴りが飛んできたので転がって避ける。
そのまま転がり続ければ先程まで俺の頭や胴体があった部分に仙震脚をも凌駕するストンピングが続いていき、壁に背中が当たった。
ヤバいと思う暇もなく地面に向けて崩拳を撃ち、無理やり立ち上がれば眼前を蹴りが通り抜けていく。
冷や汗どころじゃない。
モンクでよかった、武器を持っていたらとっくに滑らせて落としているだろう。
「いいね、ペース上げるよ?」
「勘弁しろ!」
叫びながらスコールのような攻撃の中を掻い潜り、それでも何発か被弾する。
致命傷にはなっていないが、確実に俺の動きは鈍くなっている。
証拠に被弾率が増えた。
回避も防御も間に合わない一撃が眼前に迫る。
そして、その進路上に黒い光沢が飛び込んできた。




