職権乱用
というわけでやってまいりました、ダンジョン。
馬鹿の何某が俺の顔面切りつけたことで学校側が事態を重く受け止め臨時休校となったため時間ができた!
ありがとう馬鹿!
それはそれとして刑期終えるまでといわず一生ダンジョンから出てくるな!
「今日の目的は送り狼と聞いていますが……その、ビッグボアではないのですか?」
「ちょっと試したい事があるんです」
雑賀さんには詳しい事は話していない。
ギルドカードを見れば【ハウジング】も【ハウジング:牧場】も使用できるので理論上は行けると思う。
まず3層に降りて、送り狼を捜す……必要はない。
こいつら人懐こいから3層に降りた時点で向こうから寄ってくる。
コーギーにゴールデンレトリバー、柴にハスキーにとより取り見取りだが……俺は柴犬の送り狼を持ち上げる。
不思議そうにこちらを見ている雑賀さんと、遊んでくれるの? と言わんばかりの表情の柴狼を持ち上げたまま【ハウジング:牧場】を発動させる。
「これは……」
「こういうスキルだと思ってください」
「はい……しかし……」
あー、まぁ葛藤するのは仕方ない。
いきなり目の前に空間型ダンジョンの入り口らしきものが出てきたらな。
まぁ気にしてても仕方ないので、柴狼を持ち上げたまま中に入って地面に降ろす。
さっきまで石畳の上で、太陽光なんか無かったのに広々とした牧場に降ろされたことで少し警戒している様子だが、周囲をきょろきょろと見渡してから走りはじめた柴狼は可愛い。
「癒されますね……」
「こうして見ると普通の犬と変わらないですね……」
なんとなくほんのりした時間が流れる。
走り回って満足したのか、俺の所に戻ってきた柴狼の頭をなでてやると気持ちよさそうに目を細めた。
ボールを【インベントリ】から取り出して投げてやれば空中でキャッチして持ってくる。
少し教えればおすわりやお手も覚えた。
うん、頭がいい子だ。
「よし、じゃあこれで帰りましょう」
外に出てスキルを解除すると柴狼はカリカリと入口をひっかくようにしていたが出られないようだ。
案外俺が許可すれば出られるのかもしれんが、外に出たいというより遊び足りないといった様子。
たしか牧場用の玩具もあったからあとで設置してみよう。
「……三上さん、こんな事を言うのは失礼ですし差し出がましいと思うのですが」
「なんですか?」
「一匹だけでは寂しいのではないでしょうか」
「ふむ……雑賀さん、好きな犬種は?」
「ダックスフントです」
近くに寄ってきていた送り狼の群からダックスを捜して、牧場に入れてやる。
柴狼もちょこんと座って待っていたので、目の前に降ろしてやると互いの尻の臭いを嗅いでから一緒に遊び始めた。
なるほど、確かに一匹だと寂しいな。
母さんたちに認めてもらうにはちょい面倒な説明を挟むことになるが、このくらいはいいだろう。
「すみません、餌代はダンジョン省に請求していただければ……」
「ぶっちゃけ助かりますけど、いいんですか?」
「えぇ、ユニークスキルであろうとモンスターの育成の可能性という研究ができるなら安いものです」
なるほど、今までは脅威でしかなかったモンスターを育成できるなら戦力としても使えるという事か。
探索者を育てるより安いだろうし、ダンジョンに精通しているモンスターの育成というのは確かに理にかなっている。
加えて、これはあまり気分のいい話じゃないがダンジョン内で死んだらドロップアイテムになってしまうモンスターを外に連れ出して殺した場合どうなるかとか、手術ができるのかとか、解剖はどうかとか、そういう謎だった部分の解明にもつながる。
もしかしたらそこから新しい技術が生まれる事だってあるかもしれない。
そう考えるとこれはブレイクスルーになりうるのか。
「……餌だけじゃなくて玩具やブラシもいいですか?」
「もちろんです。必要経費として領収書を切ってください」
「わかりました」
「……データって多い方がいいですよね」
「そうですね。もしかしたらダンジョンと近い状態の方が良好なデータも取れるかもしれません」
「……猫とかうりぼうもいたらかわ、データの幅広がりますよね」
「えぇえぇ、数は多ければ困りませんね。それで痛むほどダンジョン省も貧乏ではありません。むしろ探索者の皆様のおかげで開設以来黒字続きです」
「牛とか鶏とか、いわゆる家畜もいた方がいいですよね」
「あぁ、牛乳やたまごも調べたいものです」
すっと拳を上げればコツンと雑賀さんが拳を打ち合わせてきた。
にやりと、互いに少し悪い笑みを浮かべて見つめ合ってしまったのは致し方のない事。
その後2層に戻り猫を捜し、3層に舞い戻って送り狼わんこを乱獲、4層でボアとよばれるうりぼうを乱獲して5層に向かった時だった。
「……あぁ、あの妙な気配ここからもしてたんですね」
「先日から雰囲気が変わっていたあれですね。とある筋の情報では5層に降りる前にいるボスはメガトンボア、ビッグボアの上位種でしたがその背中にキノコが生えているのが確認されました」
「冬虫夏草みたいな感じですかね」
「いえ、共生していたように見えると聞きました」
きのこと猪が共生ね……そのまま鍋にぶち込んでも美味そうな組み合わせだ。
「んじゃ、ちょっと背中のキノコを拝借しますか?」
「サンプルは既に集まっていますが、干しきのこを上回るうま味と、マツタケを超える香りだそうです」
「……本気、出します」
人間食欲には抗えないのだ。
睡眠欲にも抗えないけど、食欲ほどダイレクトに人間を動かす欲求はない。
三徹していようと腹は減る。
眠気は痛みで誤魔化せるし、最悪10分仮眠すればある程度は動ける。
だが食事だけは抜けないのだ。
それが探索者の教え……睡眠削ってでも食事。
集中力は切らさないのが前提なので、睡眠不足で云々言う奴があほだと言われるだけの世界。
ならせめておいしいもの食べようよというのが基本になっている。
あと空腹だと力でないしね。
というわけでやってきたるはボスの間、と言っても開けた場所であって扉とかはない。
だから素人が迷い込んで、以前の俺みたいに大怪我するか死ぬという事故が絶えない。
そういうのを防止するため4層までは地図が用意されているのだが、探索者を始めて間もないとコンパスも何もないので迷って辿り着くという事もままある。
なので写真で広場を撮影し、近づくな危険と言われているが俺はそれを見落としたまぬけです。
「援護は」
「今回は無しで。爺ちゃん達に色々教わったので試したい事もありますから」
メガトンボアはビッグボアより獰猛で強靭、更には軽トラサイズの化物だが、そのドロップアイテムはボス扱いされているだけあってそこそこ美味しい。
金銭的にも文字通りの意味でも。
特にメガトンボアの肝は最高でな……傷みやすいから市場には出回らないが、売れば3万円くらいになる。
まともに購入しようとしたらその何十倍かかるかわからんのは、まぁ持ち替える人が少ないのと、メガトンボアが面倒くさいからという理由が挙げられるな。
階層主なんて言い方される程度には強くて、この先の雑魚モンスター数体分のパワーを秘めている。
広場の中央で鎮座して眠っているメガトンボア、視界から外さないようにしながら近づけば足音も立てていなかったのに目を開けてこちらを睨んできた。
以前こいつに挑んだ時のレベルは13、過信も慢心もあったけれど、瀕死の重傷ながらに帰還はできた。
なら今の俺が勝てないとは思えない。
油断はしない。
まだ足場が不安定に感じる程度に、力に振り回されているのだから。
「しっ!」
立ち上がろうとした瞬間を見計らい、見事な牙を踏み台にして背中に飛び乗る。
振り落とそうと身体を揺さぶっているが、ロデオ感覚でバランスを取りながらキノコを掴む。
……赤い傘に斑点あるんだが大丈夫なんだろうなこれ。
こっちは緑の傘に斑点……まぁいいや。
採れるだけとってから震脚。
爺ちゃん曰く、本来なら攻撃技じゃないとのことだけど格ゲーじゃ下段判定の攻撃になるんだよなこれ。
今は背中の上にいたからいい具合に背骨が折れてくれた。
3秒ルールを守りながらメガトンボアの牙をへし折り、前足をもぎ取れば胴体が霧散してドロップアイテムに変わった。
手元の前足と、地面に転がしたままの牙はそのままである。
「っし、成功!」
じっちゃんの教え、役に立った!
ただ……もぎ取った前足はそのまま毛皮とか骨付いたままなんだよな。
血も滴っているので扱いに困る。
解体とか俺できないしなぁ……じっちゃんに聞いてみるか!
「み、三上さん……あの……」
「え? あぁ、これですか? じっちゃんが教えてくれた確定ドロップの方法です」
「ではなく……というかそれは一定以上の探索者ならだれでも知ってる方法でして」
「なん……だと……」
「それができる膂力がある人は大抵やってます……ドラゴンの鱗をはがしてから討伐とか。それよりお召し物が……」
「ん? あぁ」
返り血でどろどろである。
これは……このまま外に出た場合重症と見なされて受付で大騒ぎ。
返り血とわかってもらえても帰宅した時に大騒ぎ。
そして俺が起こられるパターンだな。
「んー、あまりやりたくないけど【インベントリ】」
そして早着替え、という名の【ジョブチェンジ】。
プリセットをいくつか用意しておいたので、山ガール的なモンクの姿になる。
うむ、これで見た目はマシになった。
あとは【インベントリ】に入れていた水を被ってタオルで拭えばきれいさっぱり。
ちなみにGG14から引き継いだアイテムは濡れてもすぐに乾くし汚れない。
ありがたいんだけど、見た目が派手でな……あと猫耳とタトゥーを隠せる装備がない。
いや、正確にはあるんだけど、仮面とフード付きローブというクッソ怪しい格好になるのでやりたくない。
帽子もあるけど、それもおしゃれ重視なやつだから。
というかものによっては猫耳貫通するのもある。
そういうデザインで作られているので、遠目には可愛らしい帽子ですねで済まされるが近くで見るとバレる。
いや、無意識に耳が動くんよ。
こう、本物の猫みたくぴくぴくしたり、へたんとなったり。
「で、キャップを深くかぶればばれないでしょ」
「まぁ……多少血なまぐさい程度で済みますね。そのくらいならよくいる探索者です。少々おしゃれが過ぎますが」
「ですよねー」
やはり普通には見えないんだな……。




