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無口系ヒロインの恋愛事情



カエデ、学校へ行きます。」


 そう言ったのは花柳院カリュウイン綾乃アヤノという少女だった。濡れ羽色の美しく長い髪、眠たげな垂れた瞳、透き通るような白い肌と大和撫子を体現したような少女。彼女は華道の名家『花柳院家』の跡取り娘であり、本日始業式となる干戸学園の高等部二年生となる。


「はい、お嬢様。」


 楓、と呼ばれた青年の名は戌井イヌイ楓といった。花柳院家に代々仕える使用人の息子で、綾乃がこの家に来た時から付き合いだ。年齢は綾乃より一つ上の高等部三年生で、腰が低く視線も伏せがちである。だがよく見れば整った顔立ちをしていてルックスも申し分ない為学校内でも隠れファンも多い。


「……楓、何度も言いますがお嬢様はやめて下さい。敬語も不要です。貴方のほうが年上です。」


 綾乃がやや不機嫌そうに言う。ただその口調はいつも側にいる戌井がわかる程度の差異で、他人には解りづらい変化だった。


 綾乃は家ならまだしも学校でさえお嬢様と呼ばれ、珍しげに注目浴びるのはうんざりしていた。そう言われた戌井は困った表情を浮かべる。


「ですがお嬢様、私は使用人として……」

「……もういいです。」


 綾乃はため息を一つ漏らし踵を返す。純和風の旅館のような屋敷である自宅の玄関の引き戸に手をかけた。


「今日は一人で参ります。付添は結構。」

「お嬢様、お待ちください!」


 戌井が言い終わる前に綾乃はピシャリと玄関を閉める。そして足早に門を潜り学校へと向かった。途中周りに誰もいなくなったことを確認し、大きく息を吸いそして盛大にため息をした。


(もう、窮屈ったらありゃしない。)


 そう誰もが大和撫子に見える外見とは裏腹に内心は毒づいた。


(楓も楓よ。本当は名前で呼びたいくせに、無理にお嬢様とか……てまあゲームの設定だったらだけど。)


 そう内心毒づきつつ綾乃はため息を漏らす。


 他者が聞けば常軌を逸しているだろうと思われたに違いない。だが綾乃は大真面目だった。それは彼女が前世の記憶持ちだったからだ。




 彼女が前世の記憶持ちだと気が付いたのは、生まれてすぐのことだった。自分がどうやって死んだかまでは覚えていないが、生まれて気が付いてしまったのはしょうがないと割り切り、前世の記憶持ちだとばれぬよう大人しく幼少期を過ごした。


 親は母親だけの貧乏暮らしだったが、母は十分に自分を愛してくれた。だが中学三年生になった春、母が体調を崩した。病院の検査の結果、末期がんだった。

 病気発覚後、治療の甲斐もなく母はすぐに亡くなり、どうすればいいかと途方に暮れていた綾乃の前に現れたのは父であった。花柳院という名字を聞いた時、綾乃の中で前世の記憶に引っかかった。


 乙女ゲームユーザーの間では神作ともいわれる『十二支学園の恋愛事情』。

 前世の彼女自身も嵌っていたそのゲームの選べるヒロイン達の一人『花柳院綾乃』。それが自分ではないのかと思い至った。忘れかけていた前世の記憶を辿れば自分の生い立ちとヒロインである『綾乃』の生い立ちは一緒だった。


 母は父についてはなにも言わなかったが、その理由は至極簡単なことだった。母は所謂内縁の妻だったのだ。華道の名家の跡取りである父とつり合いがとれないと父の母である祖母に反対され、結婚が認められなかった。それは子供である綾乃が生まれても認められず、援助もないままついに母は病気となって死んだ。

 綾乃はそのまま父に引き取られ、祖母も渋々花柳院家の跡継ぎとして迎え入れたのだった。


 前世も人前で喋る事が苦手だったこと、前世の記憶で危うい発言をして変な目で見られるのではという恐怖があったこと、そして母の死のショックが原因で引き取られてからは輪をかけたように彼女は無口になった。


 高校はゲームの舞台である干戸学園に入学したが、初日はほとんど喋ることはなかったし、喋ろうとも思わなかった。一人には慣れていた。だがそんな時、彼と出会った。


「綾乃ちゃんもこっちおいでよ。ね?」


 そう言って彼女を呼んだとは、ゲームでいうところのサポートキャラであり隠し攻略対象である猫宮日向だった。クラスの半数は中等部からの持ち上がりであり、外部入学組もその輪に溶け込みつつあったが、元々コミュニケーションが苦手な上無口な綾乃が、教室の隅っこで小さくなっていたところ、そう彼が彼女を輪の中に招き入れた。


 前世のオタクの性か、日向の呼びかけにどう反応していいかわからず固まっている綾乃を、彼は微笑みながら自然に手を引いて招いてくれた。

 彼はそれとなく話題に入りやすいよう話を振ったり、どう言ったらいいか解らず黙ってしまう彼女のフォローをしたりと世話を焼いた。おかげで綾乃は友達も出来て、クラスに溶け込むことが出来た。


 誰もいなくなった夕方の教室、日向が一人残っていたので綾乃はこっそりとお礼を言った事がある。すると彼は一瞬キョトンとした後こう言った。


「あたしのことは気にしなくていいのに。綾乃ちゃんは真面目ないい子ね。」


 柔らかく笑う彼がゲームの彼と重なった。


 綾乃はこの世界がゲームに似た世界だとは解っていたが、ゲームの世界だとは思っていない。登場する人物達もゲームキャラのようにデータだけでの存在ではなかったからだ。それにゲーム内では好きだと思えたキャラもそれは二次元に限ったことだ。


 例えば子高悠都の場合、とても人当たりがいい眉目秀麗な優等生。だがゲーム内での彼の本当の顔である毒舌家は、面と向かって言われたら綾乃は耐えられないと思う。楓の場合も従順なようだが実はヤンデレ要員だったりする。


 だから綾乃は出来る限り攻略対象とは一定の距離をとっていようと思っていた。


 だが日向だけはゲームでもこちらの世界でも特別だった。

 前世の自分は「猫様最高!」と一番押していたのを綾乃は思い出す。

 

 とあるルートではヒロインが攻略対象とうまくいかず、彼に悩みを打明ける。すると彼は優しくヒロインの相談に乗り、攻略対象の元へと送り出す。


「俺だったら、絶対彼女を泣かせないのに……」


 そう彼女が去った後呟く彼に、多くの猫ファンはときめいた。


 とあるルートでは優柔不断で決心のつかない攻略対象を励ましたり、発破をかけたりもした。


「俺がもらってもいいんだけどな?ほら、俺は彼女からの信頼も厚いしチョロイもんだ。」


 そう相手を挑発し、自ら悪役にもなったりする。


 彼だけはお姉系男子というところを除けばいわゆる変に捻じれた設定がないキャラだった。隠しルートが発見されるまでは、なぜ攻略対象じゃないんだと本当に悔しく思っていたほどだ。


 だから攻略対象達とは距離をとろうと思っても、彼だけは距離が置けずにいた。


「……綾乃ちゃん、お母さんを病気で亡くしてるんだって?」


 お礼を言った綾乃に、夕焼けでオレンジに照られた彼はそう切り出した。


(ああ、彼は同情しているだけか……。)


 そう思うと綾乃の感情はどんどん冷めていった。


(同情されるとなんだか惨めに思えてくる……)


 確かに自分は内縁の妻の子で、人様からは後ろ指さされるような存在だ。その上母を亡くし、家でも祖母に疎まれ、父からは遠慮されている。


(ゲームだとあまり気にならなかったけど、綾乃ってキャラは本当にしんどいな。)


 他のヒロイン達に比べ、綾乃というヒロインの過去は重い。その生い立ちのせいで性格も暗く後ろ向きな為ヒロイン内で人気は最下位だ。


「……だから、日向さんは優しくして、くれたのですか?」


 綾乃は思わずそう呟く。

 

 彼だけにはそう思ってほしくなかった。変に同情されたくなかった。そう思い涙が零れそうになり、それを誤魔化すように俯くと目の前にハンカチが差し出された。


「ごめん、君を傷つけようとは思ってなかった。」


 いつものお姉口調ではなく日向が男の口調で言った。そして受け取ろうとしない綾乃にハンカチを無理やり持たせ言葉を続ける。


「俺も両親を事故で亡くしていてね……亡くした直後は泣くことも忘れてなにも考えられなかった。」


 それは遠い過去を思い出すような口調だった。

 ゲームの舞台は高等部二年からで、隠しルートでも日向の過去は多く語られていない。ただ両親を中等部の時に亡くしたということくらいだ。


「だからいつも感情を殺しているみたいな綾乃ちゃんが心配だったんだ。俺の勝手だけど……ごめん。」


 それが心からの言葉だと綾乃は解った。顔を上げると人のことなのに泣きそうな顔の彼がいた。ゲームでも日向は人の心情を察するのに長けていた。そして心を砕くことを厭わないのが彼だった。


 この世界の彼もゲームと変わらない、否ゲーム以上に人の痛みをわかる優しい彼だった。


(ああ、だから『綾乃』は彼が好きになったんだ。)


 その優しさに惹かれていったゲームヒロインの綾乃。そして自分もその優しさに惹かれつつあった。

 



 それ以降、綾乃は日向に心配をかけさせないよう出来る限りの努力をした。相変わらず無表情で無口気味だったが苦手だった人付き合いもした。家でも華道の修業に励んだ。来る『干支学園の恋愛事情』の舞台となる高等部二年となる為に。彼の横に立つために。


 ゲームのようにうまくいくとは思っていない。それに前世の記憶は曖昧だ。確実ではない。だがきっと高等部二年生が自分の人生の転換期なのだと思った。


 そして迎えた高等部二年の春の始業式。楓を置いてけぼりした綾乃はクラス分けの張り紙が掲げられた掲示板の前に立つ。張り紙には見覚えのある名前がたくさんあった。自分と他のヒロイン達、十二支の攻略対象達、そして彼の名前。


 新しい教室へ向かうと一年の時から同じクラスだった友達もいて安心しつつ挨拶をする。もちろん初めての人にも緊張しつつ挨拶をする。円滑な人間関係はまず挨拶からだ。


「あ、綾乃ちゃんおはよ~今年もよろしくねぇ~。」


 聞きなれたお姉口調。視線を向ければ彼がいた。


「……おはよう、日向さん。」


 緊張で心臓が壊れるかと思うくらいドキドキしたが、綾乃は生来の無表情のまま言葉を紡いだのだった。




お姉系男子の諸事情五つ目、無口系ヒロイン視点でした。

最後のヒロインは彼女も転生者という設定です。しかもオタクです。そういう設定が作者は大好きです(笑

最初はもっと無口系ヒロインを演じてるはっちゃけオタク女子にしようと思っていたんですが、そもそもオタク系女子がそんなこと出来るか?とかもっとどもるじゃね?とか考えて、最終的にはコミュニケーションが苦手なオタク女子(作者内イメージ)に収まりました。


ちなみにゲームファン内では『十二支学園の恋愛事情』は『干支学』と略され、登場人物も干支の後に様付で呼ばれます。※日向なら猫様、戌井だったら戌(犬)様等

ヒロイン達は名字から雪嬢、月嬢、花嬢と略されます。

みなさんはどのヒロインで遊んでみたいですか?(笑



2014/10/26 楠 のびる

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