番外編 妙な男と知り合ってしまった(Sideノクス・ヴァーミリオン)①
番外編を更新します✿
昔から、感情を言葉にすることが苦手だった。
畏怖や警戒や、違和感は私の口数を減らし、いつの間にか年の割に落ち着いた、寡黙な子供であるように周囲は私を受け入れた。
次期公爵として、幼少の頃から教育を受けた。
父は糸目をつけず、私に国一番と謳われるような教師をつけた。マナーやダンス、魔法の実技や座学だけでなく、公爵家の領地経営など、内容は多岐にわたった。
母は私に、素直で健やかに育つことを望んで居たが、屋敷の外を出れば――いや、屋敷の中でさえ、家族以外の人間は全て敵のように感じていた。
私は、魔法が好きだった。
もし私が公爵家の人間でなければ、魔法を教える講師を目指していたかもしれない。
だが天は、私に才能は与えなかった。正確に言うならば、私にも才能はあったのだろう。ただ、他者と比べて優れている――努力次第では、才能は伸びるだろうという己の『価値』の限界を知った時、私は世界に対し、小さな諦めを抱いたのを覚えている。
私には、どうあがいても届かないものがある。
天が与えた才ある者は、魔法を使う時、その瞳が輝くらしい。私にはその輝きがない。
『どう? ノクス。綺麗でしょう?』
母が空に手をかざす。その瞬間、雨が降って虹がかかった。あの時の得意げな母の笑顔を、私は一生忘れられない。
空のような、水のような、青の瞳がきらきらと輝いて、それはまるで海の宝石のように美しかった。
子爵家三女。元、王宮魔法使い。
父と母は生まれの身分こそ釣り合わなかったが、彼女の才能は本物で、父と母の関係は良好だったように思う。だからこそ、母が倒れた時、父の憔悴ぶりといったらなかった。
元々、体の強い人ではなかった。そこに、領地で起きた問題解決のため、魔法を使いすぎたことが、母が体を壊した原因だったのかもしれなかった。
父は私と同じで強く『寡黙』な人だったが、父がそうあれたのは、母の存在のおかげだったのかもしれないと、幼い私は漠然と理解した。
母が居たからこそ、父は『強く』あれたのだ。母の容態が悪化する中で、父は昔のような精彩さを失っていった。
父は母に寄り添うようになり、私や妹への父の関心は薄れていった。
元々、私と妹はあまり話すことはなかった。
というのも、私は父に定められた『教育』に1日の殆どの時間を奪われ、妹と交流する時間さえ、私には与えられなかったからだ。
「お兄様」
ある日のこと、妹が私の魔法の訓練場へとやってきた。
「私も、魔法をお勉強したいです。お兄様。私に魔法を教えてくださいませんか?」
父は母にかかりきりで、私とは違い、妹にまともな教師すらつけていないようだった。
「私でいいのか?」
「はい。お兄様が良いのです」
「……わかった」
私が短くいらえると、妹は目を輝かせて私を見上げた。
「ありがとうございます。お兄様!」
妹との関わり方なんて、私にはわからなかった。ただ、ふとした時にこちらを見つめる視線に気づいて顔を上げると、さっと壁に隠れる小さな影を見つけることは、冷えた私の心に温かな感情を蘇らせてくれることは事実だった。
私に向けられる期待や羨望――そこには悪意は存在せず、ただ純粋な、妹としての兄への興味だけが存在していた。
「集中しなさい。私の魔力を辿って」
小さな妹にふれて、魔力の循環を教える。
「ぴりぴりします。お兄様」
「それは、我慢するしかない」
「う……」
「目を閉じて。心臓の鼓動を、魔力を感じるんだ。……そうだ。そう。ゆっくりでいい。それを、体に巡らせるよう思い浮かべて」
「こ、こう……ですか?」
「そう。上手だ。偉いな」
妹は、私の接触を拒みはしなかった。
そして魔法の使い方を教え、初めて魔法を使った妹の瞳を見たときに――私は、その輝きに目を奪われた。
「見てくださいましたか? お兄様! 出来ました! 初めて私、ちゃんと魔法を使うことが出来ました!」
母と同じ、瞳の輝き。
私が母から受け継げなかった、才ある者の証。
「おめでとう」
妹には、魔法の才能がある。だがそれを、父はまだ知らないはずだ。
「あの子のために、本を書こう」
私は妹のために、寝る間を惜しんで本を書くことにした。
「喜んでくれるだろうか」
私に才能はないけれど、母に似た私の妹の、少しでも足しになればよいと思った。
「……イザベラ」
■
「お呼びでしょうか。父上」
ある日のことである。
父がある青年を連れてきた。
「彼は、殿下のお遊び相手だ。今日は、彼と話をしなさい」
年は、私より随分上だった。当時の私はもうすぐ十歳、という頃、彼は十七歳だった。
「はじめまして、ノクス様。僕は、シルフィード伯爵家長男、エリオット・シルフィードです」
爽やかな声・外見。一見細身のように見え、その身体は鍛え抜かれた人間のそれだった。立ち振る舞いは軽やかで、彼が頭を下げると、銀色の髪が風に揺られて、光を浴びてきらきらと輝いて見えた。そしてその瞳は、夜明けの空のように美しかった。
綺麗だと、思った。
目を奪われる外見というは、彼のことをいうのだろう。
そして私は、彼の家名を思い出し、本で読んだある言葉を思い出した。
「私の瞳が気になりますか?」
穏やかに微笑む、その瞳で見つめられると、何故か胸の鼓動が速くなった。
「『妖精』の瞳……ですよね」
「流石、ご存知でしたか」
「シルフィード家は、妖精の血を引いていると、本で読みました。その瞳は、あらゆるものを見通すと」
あらゆるものを見通す、妖精の力――。
それは、一体どんなものなのだろう?
「……気になりますか?」
「えっ?」
彼はそう言うと、ぐっと私との距離を詰めた。
母とは違う、空の瞳。その瞳の主は、こちらに気を使っているようで、どこか自由に見えた。
『殿下のただ一人の友人』――その肩書のせいか、彼の元来の質なのかは不明だが、媚びへつらう様子のなさは、私にとっては居心地の良さにもつながった。
もし私に兄がいたとしたら、その人間はこうやって、私に接してくるのかもしれない――そんな幻想を抱かせる何かが、彼にはあった。
「私に――妖精の力に、興味がありますか?」
甘さを含む、どこか艶のある声音。その声と共に彼の瞳で見つめられると、誰にも見せたことのない心の底を、指先でそっとなぞられるような、不思議な感覚に陥った。
一瞬、彼の瞳が輝いたようにも見え――私は、彼から視線をそらした。
――どうして私の考えが読めるのか。
「『どうして私の考えが読めるのか』」
すると、彼は私が考えたことを言い当てた。
「!?」
「ふふっ」
混乱する私を前に、彼は何が楽しいのかくすくす笑った。
「ノクス様は、意外と感情が表に出る方なのですね」
「わたし、は……」
己の幼さを指摘されたような気がして顔が熱くなる。そんな私に、彼はこうも続けた。
「そういうところ、可愛くて好きですよ」
「か、可愛い、だなんて――」
彼にそう言われたことを、少しだけ嬉しいと思ってしまったことに、自分がわからず混乱する。
こんなのまるで、彼に私が甘やかされているみたいではないか。
「貴方なら」
彼は、すっと目を細めて私を見た。
「あの方とも、友人になれるかもしれない」
――あの方……? あの方とは、誰だろうか。
「今日はお話しできてよかったです。またお会いしましょう。ノクス様」
エリオット・シルフィード。
彼はそう言うと、屋敷を後にした。
■
それから、数日が経ってからだった。何故か私は、彼と共に王宮を訪れていた。
正確には――その場所の植物園に。
「エル。なんだ。これは」
「駄目ですよ。私を睨んでも。殿下には、同い年の友人も必要です。彼は、殿下の新しいお友達候補です」
そこには美しい植物と、綺麗な鳥籠と中の鳥、そして私の国の未来の王がいた。
エドワード・クラウン。
王族を前にしても、やはり彼は態度を変えなかった。にこにこと微笑みながら、主導権は彼にあった。
「私が貴方のそばからいなくなるつもりだとお考えなのですか? 大丈夫。いなくなりませんよ。私は殿下のそばにいます」
エドワード王子。彼は強すぎる魔力と『魅了』の力のせいで、同年代の子どもたちを以前『遊び』で昏倒させたことがある。
そのせいで、殿下には長らく友人がいなかった。父の話によると、そんな中唯一彼と張り合えたのがエリオットであり、殿下は唯一自分の『異能』の影響を受けないエリオットに、心酔しているようだということだった。
私は、殿下が少し怖かった。『魅了』の力に公爵令息である自分が負けてしまっては、恥をさらすことにもなる。
「大丈夫ですよ、貴方なら。それに、殿下も貴方を気に入るはずです」
私の心配に気づいたのが、彼が私に耳打ちしてきた。
「……そうでしょうか」
「貴方は自分に自信がおありでないようですが、貴方の才能は本物ですよ。それに、貴方は心が澄んでいる。それは、あの方が心から求めるものです」
「?」
彼はそう言うと、にこりと私に微笑んだ。
「明日から、ここに通ってください。出入りについては、こちらで許可をいただいておくので」
「? はい。わかりました」
■
――わかりました、とはいったけれども!
柔和な彼の微笑みに騙されたと私が知ったのは、殿下と再会してからだった。
「どうして、お前しかいないんだ」
翌日王宮に行くと、約束の時間に彼はいなかったのだ。
「お前とじゃ遊びにもならない」
「それは……」
「お前もどうせ、僕にはついてこれないんだ」
冷めた声で、殿下は言った。
まるで、私に期待などしていないような声で。
……だから。
「私は、公爵家の人間です」
私は、その言葉を否定せねばならないと思った。
「彼にできるなら、私にもできるはずです」
それは、私に残された唯一の矜持だ。私は母にも妹にもなれない。でも私が公爵家の後継ぎであることには変わらない。
「そう? ――なら、ノクス・ヴァーミリオン」
殿下はそう言うと、指輪に魔力を込めた。
「僕と一緒に『遊ぼう』」
突然放たれた魔法は、私の直ぐ側にあった木をなぎ倒す。私は急いで植物園を出て、魔法を発動させた。
「氷魔法? 炎魔法ではなく?」
「水には、氷のほうが良いでしょう?」
「確かに、それもそうだね」
殿下はそう言うと笑って、水球を作って私にぶつけようとした。私は氷魔法で剣を作り水球を切ったが、その瞬間氷の剣は威力に耐えきれずに折れてしまった。
「……っ」
「あれを斬るとは。なかなかの丈夫さだ」
その声は、不思議とはずんでいるように私には聞こえた。
「では、これはどうかな?」
殿下はそう言うと、空に手を上げた。すると、空に巨大な水球が現れた。その瞳は魔力でキラキラと輝いて――まるで獣が、良い遊び相手を見つけたようにさえ私には見えた。
声が出なかった。絶望的な力の差だ。殿下の攻撃を防ぐだけでも魔力の消費は激しく、私は己の無力さを体感した。私では、次の攻撃は防ぐことはできない。
――駄目だ。このままでは、殺される。
「ノクス・ヴァーミリオン。お前は、どこまでできる?」
急いで、氷の壁を出現させる。だが、その水球が、私の氷の壁を壊そうとした時――。
「そこまで」
彼の声が聞こえて、殿下の水球と私の氷の壁は、彼の炎によって霧散した。
「……える?」
先ほどまでとは打って変わって、一瞬で殿下の雰囲気が和らぐのが私でもわかった。
「殿下。瞳が輝いてしまっています。流石にそれはやりすぎですよ」
殿下の頬を両手で包み、はあ、とため息をつきながら彼が言う。
だがそれは、彼の異常さを表してもいた。天つ才を持つ殿下の力と、公爵家の人間である私の力を打ち消しても、それでも彼は表情一つ変えなかった。
――彼は。彼は、いったい何者なんだ?
『妖精』の血を継ぐ一族。
それは、そう呼ばれる彼の家系の逸話を、思わず信じてしまいそうになる異質さだった。
「すまなかった。つい、楽しくて」
殿下はそう言うと、私に手を差し出した。
「私にここまでついてこれた人間は、エルの他にお前が初めてだ」
これまで殿下の瞳には、彼しか映っていなかった。だが今は、その瞳に確かに私が映っている。
僅かな恐怖は拭えない。ただ私は、差し出された手を掴んだ。その瞬間、殿下は私に含んだ。彼はそんな私たちを見て小さく頷く。
私は、その日――本当に才ある人に、認めてもらえたような気がした。
■
それからというもの、私も殿下の友人として時を過ごすようになった。
公爵令息としての教育は、彼による殿下と私への指導へと移っていった。
公爵家の広大な領地は王都からはやや離れており、私は妹や父、そして母と離れて暮すことを余儀なくされた。
彼は辺境伯からも期待されており、彼が戦っている姿を私は見学させてもらったことがあるが、その剣や魔法はまるで舞っているかのように美しく、それでいて鋭さを兼ね備えていた。
普段微笑みを絶やさない風の妖精は、僅かな隙を突いて相手の皮膚を切裂く刃となる。
殿下や母とは違い、魔法を使う時、一瞬だけ瞳を輝かせる彼の戦闘は、隙のない靭やかな獣のようで美しかった。
「見学してどうでしたか?」
「す……すばらしかった、です」
言葉がない。
私がそれだけ何とか言葉をひねり出すと、彼はふ、と目を細めた。
「私の闘い方を、気に入っていただけて光栄です。ああ。ノクス様」
彼はそう言うと、私の髪にそっと触れた。
「頭に、葉っぱがついていましたよ」
「……も、申し訳ありません!」
まるで、子どもに接する大人だ。事実、私たちの年の差は離れていたから、彼からは私は幼子のように見えていたのかもしれない。ただ、公爵令息として生きてきた私にとって、彼は初めて出来た心の許せる兄のような存在であり、彼の私への行動や言動の全てが、私の知らない甘さを含んでいて、その甘美さが、私が彼に頭を垂れる理由になっていたのは事実だった。
生まれなど、彼の前には意味はなさない。
彼は自由で、彼は誰のものにもならず、誰にでも優しいからこそ――一瞬、その瞳に自分が映る瞬間に、まるで自分が特別な存在になったような気にさせる、そんな不思議な人だった。
そんな私の彼に対する印象が変わったのは、彼の家族関係を聞いたときだった。
「なんですか? この本」
イザベラのための本を、うっかり間違えて持参したときのことだ。本が、彼に見つかってしまった。
「その、妹に渡そうと思って――」
「それは素晴らしいですね。……なるほど。とても分かりやすい。ノクス様はもしかしたら、人に教える才能があるのかもしれませんね」
彼は私が書いた本を読んで褒めてくれた。
「私にも、弟がいるんです」
「弟、ですか……?」
彼に弟が居る。
それは彼の、私や殿下への態度を見れば、納得できる情報だった。
「それはもう、天使のように可愛いのです! それに――私とは違い、弟は心が優しい」
彼は自分は、優しさとは無縁のように呟いた。
「領地で暮らしていたときは、私の後をひよこのようについてきて、それはそれは可愛くて! 見てください。この石。弟が私に、お守りにとくれたんですよ」
彼が私に見せたのは、なんの変哲もない石だった。
「殿下の友人として選ばれ、王都で暮らすようになってからはなかなか会えずに悲しかったのですが、最近は文字を覚えて、私に手紙を書いて送ってくれるようになったんです」
彼は懐から、更に手紙を取り出した。そこには拙い幼子の字で、兄の健康を祈る言葉と、会いたいという可愛らしい願いが綴られていた。
「殿下と弟は二歳差ですし、弟もここに招くことができれば私は殿下の教育を担当しながら弟も過ごせるのではと思い、殿下にお願いをしているのですが、なかなか許可をいただけずにいます」
「子どもをここに連れてくるな」
「殿下もノクス様も、弟に会えば必ず好意を抱くと私は確信しているのですが、それでも駄目でしょうか?」
『駄目ですか?』
彼は、殿下をじっと見て『お願い』する。だがそれを、殿下は一蹴した。
「お前は僕の護衛でもあるのに、有事の際僕より弟を守るだろうから許可はできない」
「そうですね……。それについては私も身体が動いてしまいそうなので、反論ができません」
彼は王家を前に、弟を優先すると言ってのけた。
「私は、もし私と弟、どちらかしかこの世界に生きられないなら、私は迷いなく弟を選びます」
まるで弟が、世界の中心でもあるかのように。
わからない。彼の弟には、それだけの魅力があるのか……?
「ノクス様もそうでしょう?」
私が寒がけていると、不意に私に話をふられた。
妹と自分、どちらかを選ぶなら――。
「わたし、は……」
私に笑みを向ける妹の姿を思い出す。
その時にならないとわからないけれど――私も、妹を選ぶかもしれない。
「自分より目下の者をかばうなんて馬鹿げている。エルは変わっているんだ。誰だって、我が身が可愛い」
兄弟のいない殿下は、そう言い捨てた。
■
私が領地を離れ王都で暮すようになってから暫くして、王都にある屋敷で過ごしていたところ、妹が私を訪ねてやってきた。
「お兄様は私より、この男のほうが大切なのですか!?」
妹は、私と彼を見て腹を立てた。
「お兄様は、私とは、遊んでくださらないのに……こんな方と、いつも楽しく過ごしていらっしゃったのですね」
「す、すまない。イザベラ。彼は、私と同じ殿下の友人で――」
「お兄様なんて、もうしりません!」
妹はそういうと、私の話も聞かずに去ってしまった。
『殿下の友人』として、彼に教えを受けていた私とは違い、その頃の妹は、父に関心を持たれず一人屋敷の書庫で過ごしていたらしいと後から聞いた。
妹に、ひどいことをしてしまった。仲直りの仕方の分からない私に、彼が言った。
「機嫌を損ねた女性への贈り物は、甘いものやドレスがおすすめですよ」
「じょせい?」
「はい。小さくとも彼女は淑女です」
相変わらずの甘さを含んだ声で言われると、思わず盲信しそうになる。
彼に言われるがまま、私は妹への贈り物を用意した。妹は、私の贈り物を体操喜んでくれた。私はそんな妹を見て、思わずこう漏らしてしまった。
「彼には感謝しなくては」
「これは、あの人がお兄様に私に贈るよう言ったのですか?」
「ああ。お前も立派な淑女だから、こういう物を喜ぶだろうと――」
イザベラは、私の返答が気に入らなかったらしい。
「あの人からの入れ知恵ならいりません!」
イザベラは、私の贈り物を置いて部屋を出て行った。すると、少しの時間がって、彼が私の元を訪ねてこう言った。
「私に対してお怒りでしたので、私の名前を出すべきではありませんでしたね。一つお勉強になりましたね。ノクス様」
そしてこの話は、話の上手い彼により、まるで一つの笑い話のように殿下に伝えられた。
「――ということがありました」
「なかなか愉快な妹のようだ」
殿下はその話を聞いて、妹に興味を持ったらしい。
「今度、連れてくるといい」
■
無事本が完成し、妹の誕生日を祝うため、王都から屋敷へと戻る日を数えていた頃だった。
「――様が、亡くなられたと――」
母の訃報が伝えられ、私は急いで領地に戻った。
「お母様。お母様……!」
母の棺が土に収めラ手相になったとき、妹は声を上げて泣いていた。
「炎が……!」
その瞬間、彼女の瞳が輝いて、周囲が炎に包まれた。
「イザベラ!」
私は急いで炎を消したが、父はそれよりも、妹を凝視していた。
「知らなかった。この子が――『特別』だったとは」
赤く魔力に燃える瞳は、強い魔力を持つ物の証。
その日、母を失った父の関心は――歪な形で妹へと移った。そして領地に戻った私は、父が妹に課した試験により、妹の異質さを知ることになる。
「独学で身に着けたらしい」
父は妹二関する報告書を見て、満足げな声でいった。
「あの子は、彼女の才能を受け継いでいる」
それは幼少の頃から、父に厳しい教育を施された私には、一度も与えられなかった、心からの賞賛だった。
報告書には、優秀な彼から直接指導を受け身に着けた知識や魔法を、妹が独学で身に着けたことが書かれていた。
『天才』
それは、総評価するに相応しいほどの功績だった。
それを見て、私は妹のために書いた本を渡すことをやめた。
――私に、妹のような才能など無いのに。こんな私が「与える側の人間」になれるなど。
「……本当に、おこがましい」
■
以前私にそうしていたように、父は妹の能力を伸ばすために、様々な手配を行った。だがそれは、妹の将来のためというよりは、母と同じ才能を伸ばすためだけの物で、私は父の代わりに、妹に貴族令嬢としてのマナーや、知識についても学ばせるべきだと進言した。
『イザベラ様は素晴らしい才能をお持ちだとか』
『イザベラ様なら――』
『殿下の婚約者に、この国の未来の王妃にふさわしい』
妹への評価が上がることが、妹への関心が高まることが、妹を傷付けようとする人間達が増えることに繋がることを、幼い私は知っていた。
そして、母の葬儀から暫くして、妹と殿下は顔を合わせることになった。
本来二人は、私の妹として、友人の妹としての出会いのはずだった。でもそれは、周囲の人間には、別の行為に映ったのかもしれなかった。
「イザベラ・ヴァーミリオンでございます」
「君が、ノクスの妹か」
妹は当然、殿下の『魅了』の影響など受けなかった。
「――なるほど。確かに、『適う』人間らしい」
大人達は殿下がイザベラを未来の王妃として認めたと判断した。父はその日いたく喜んで、流石自分と彼女の娘だと妹に言った。
私は――幼かった私には、これから人々から常に行動を監視されることになるであろう妹の為に出来ることは殆ど無かった。妹を守るために私自身が強くなること、そしていずれ王妃になるかもしれない妹に、正しい教育を与えることを父に伝えることだけが、私が彼女にしてあげられる唯一のことのように思えた。
■
「お暇をいただければと思います」
だがそれから少しして、今度は彼が、殿下にそう申し出た。
「弟が倒れました。ずっと目を覚まさず――いつ目覚めるかも、わからない状態です」
彼の弟――レイ・シルフィード。
顔を見たことこそ無かったが、彼からその少年のことは話に聞いていた。エリオット・シルフィードが、誰からも愛される彼が、この世界の誰よりも愛する弟。
「許さない」
殿下の声は増えていた。
「僕より、弟を選ぶのか」
「はい。申し訳ございません」
どんな誹りも受け入れる。声には、その覚悟があった。




