『貴方が欲しい』の気持ちの裏は
「まずは皆に、集まってくれたことに礼を言おう」
登壇した王子様は先ず、全校生徒を前にそう述べた。
「あえて名前は挙げずにおこう。今回の事件――一人の女生徒が被害にあった事件について、僕はこの場を以て、彼女たちに謝罪したい」
王子様直々の言葉に、生徒たちの誰もが困惑しているようだった。
「僕の個人的な感情により、二人の女性を巻き込んでしまったこと。誹謗中傷の的にしてしまったこと。だがその中で起きた事件の仲裁にあたってくれたことに、僕は感謝を伝えたい。事件を起こした者たちには、現在謹慎をしてもらっているが、僕は彼女たちだけでなく君たちにも、考えてほしいことがある」
彼は生徒たちを見下ろしながら、静かに彼らに問うた。
「誰かを裁くことは、本当に正しいことなのか」
『一〇〇本の薔薇を君に』
それはある意味、俺とイザベラ様が断罪される物語だ。だが今、その物語のヒーローである王子様が、それを真っ向から否定する。
「今回、多くの噂が飛び交っていた。その中には、真偽不明のものも多くあったことだろう。だが人々の口を介して、それは真実として語られていたと聞く」
噂の力は恐ろしい。
今回だってそう。危うくイザベラ様は悪役令嬢にされるところだった。
「胸に手を当てて、考えてみてほしい。君は、君たちは――本当にこの事件に、無関係だったと言えるのか」
王子様は、自分の胸に手を当てた。
「心ない行動や言葉が、誰かの一生を変えるかもしれない」
今回の事件は、複数の人間の人生の分岐点になった。
「この学校に通う者たちは、等しくこの国にとって、重要な存在だ。誰一人欠けることなくこの学び舎を卒業できることを、僕は願っている」
正義を語る、気高い魂を持つ王子様。
それはまさに、『一〇〇本の薔薇を君に』のヒーロー『エドワード・クラウン』そのものだった。
マリーさんやイザベラ様への謝罪と感謝の言葉に加え、事件の問題が噂であるという話から、生徒全員に『考えさせる』という高等テクニック。
流石王族である。
事件の責任の所在が、王子であるなんてこれで誰も口にできない。
ノクス先輩の言うように、彼は少し怖い人なのかもしれない。そんな事を考えていると、俺は壇上から、視線を感じたような気がした。
「今、目が合ったような……」
多分、俺の気のせいだよな?
■
「一目で人を好きになったのは、彼女が初めてだったんだ」
目が合ったと思ったと思ったのは、気の所為ではなかったらしい。
俺は王子様のお迎えで、またあの植物園に連れてこられた。
「マリーさんは可愛いですからね」
紅茶片手にお菓子を食べながら、俺は呑気に言った。
「ただ今回のことで、僕は一つ学びがあった。僕は案外、君に怒られることが嫌いではないみたいだ」
「それは……えっと?」
俺は反応に困った。
まさか、王子様は被虐趣味がおありで?
「君の叱責に、僕は本当の優しさというものを感じた」
どうやら違ったらしい。だが王子様が俺に向ける熱のこもった視線自体は、本物のような気がした。
「君にお願いがあるんだ。卒業したら、僕のそばで働いてくれないかな?」
「えっ?」
「君は今、ノクスから指導を受けていると聞いている。でも、僕だって教えられる。望むなら、優秀な人材を君に紹介することもできる。そうすれば、兄上が跡を継いだとしても、君も王宮魔法使いになれるだろう?」
王子様は、俺の手を取った。
「僕はいつか、この国の王となる。でも僕の異能に耐えられる人材は、この国には少ないからね。だから君はこれからも、僕が間違っていると思ったら間違えていると言ってほしい」
彼は困ったように笑った。
「ノクスも意外と、僕に本音を話さないからね」
「……あ」
その時俺は、今回なぜ王子様が、会ったばかりのマリーさんに求婚したのかを理解した。
ああそうか。今やっと、『彼』が分かった。
この世界で、周囲に『望まれる結婚』を強制されるのは、イザベラ様だけじゃない。目の前の王子様にとっても、これは大きな問題だったのだ。
「そうか。そうだったんだ……」
「どうしたのかな? 突然、下を向いて――」
王子様が心配そうに俺に尋ねる。
「貴方も」
「うん?」
「貴方も――寂しかったんですね」
イザベラ様は彼と結婚して王妃になっても、一生、心から彼を愛することはないだろう。
イザベラ様が婚約者になるために教育を受けてきたのは、ノクス先輩や、父である公爵の為でしかない。
この国で、彼の異能に耐えられる人間は珍しいという。
つまり彼の周りには肯定する人間ばかりで、それはもしかしたら、心のない人形に囲まれるようなもので。
異能に耐えられるのが魔力が高い者だけならば――それはつまり上位貴族だ。
婚姻は親が定めるもの。誰かの傀儡としてではなく本心で、愛を囁いてくれるかもしれない女性は――もしかしたら、今この国には唯一人だけ。
『マリー・ステラ』
その名の通り、彼女は彼にとって希望の星だった。
「あの日やっと、見つけたと思ったんですね」
身分なんて関係ない。自分に諂うかどうかなんて、そんな簡単な話じゃない。
異能に影響を受けない人間だけが、彼の側近たりうる。
……だから。
「だから彼女を……マリーさんを、『欲しい』と願ってしまったんですね」
空に輝く星に、子どもが手を伸ばすように。それは純粋な――人としての、根源的な感情だ。
愛が欲しい。見て欲しい。本当の自分を、せめて、どうか貴方だけには――。
『自分の居場所』になってほしい。
「……君は」
その時、俺には殿下の瞳が、少しだけ揺れたように見えた気がした。
アクアマリンの瞳の奥で、一瞬火のようなものが揺れたような――。
寂しいとも、悲しいとも、孤独であるとも。きっと、彼は言えないのだろう。
感情を吐露することのできる相手は、きっと今の彼にはいない。
ならせめて、俺は彼の心に寄り添いたいと思った。俺が彼の恋を壊してしまったなら。彼の幸せを、未来を変えてしまったのなら。
正史の『レイ・シルフィード』や『イザベラ・ヴァーミリオン』のように、彼がこの世界で、独りにならないように。
俺だけは彼の心を、理解したいと思った。
貴方にあげられない『星』のかわりに。
「ああ。なんてことだ。それなら、君が。君が、僕の…………」
彼は、その言葉の続きを言おうとしたやめた。
震える手が俺の肩をに触れそうになったところで、その手をノクス様が割って制した。
「何をしているんですか」
「……やっぱり、本気で『欲しい』と思って」
「はい?」
「あの人に似ていたから……その弟だと思って遠慮していたけれど、でも、こんな。あんな言葉、あんな表情で言われたら――」
王子様は頬を染めて俺を見た。
「レイ」
「はい」
「私がいない間、一体殿下に何を言ったんだ?」
「いえ? 俺僕は特に何も……?」
「……ああそうか。お前はそういう人間だったな」
ノクス先輩は何故か深く息を吐いた。
「とりあえず、殿下はレイから離れてください。レイに用があるなら、この私を通してください」
「どうして? 何故僕が彼と話すのにお前を通さねばならない?」
「殿下。この男は、どうしようもない男なのです」
「?」
「……はい?」
俺と王子様は、仲良く首を傾げた。
「概要は省きますが、実は貴方の失恋はほぼ一〇割この男が原因です」
「の、のくすせんぱいっ!?」
俺は、真実をバラされて声が裏返った。
「この男は、マリー・ステラ嬢とその思い人の、恋の橋渡しをした男です。自分で種を蒔き、自分で収穫したようなものです。つまり、自作自演です。貴方の恋路を邪魔しておきながら、貴方を慰める役目をかってでた。これを詐欺師と言わずしてなんと呼びましょう?」
「ちょっ! なんてこと言うんですか! そんな! 僕はただ、マリーさんに幸せになって欲しくて! でも、そうしたら……殿下の……の……その、あの」
駄目だ。これはもう、言い逃れが出来ない。
「ごめんなさい。ゆるしてください」
だって俺はどうしても、マリーさんとイザベラ様に幸せになって欲しかったのだ。そうしたら、イザベラ様の兄であるノクス先輩に目をつけられて、話すようになった。
勉強を教えてもらったりして、仲のいい先輩と後輩になったつもりだったけれど、ここで俺を売るなんて、ノクス先輩はやっぱり俺のことがそんなに好きじゃないのかもしれない。
仲良くなれたと思ったのにちょっと傷付く。
「……なるほど。つまり王子であるこの僕が、すっかり君に騙されたということかな?」
「ですから、こういう口だけの輩は殿下には相応しく――」
「なら、責任を取ってくれ」
王子様はノクス先輩の言葉を遮って言った。
「王子である僕の心を弄んだんだ。それくらい、お安いものだろう?」
「も、もてあそんだなんてそんな!」
怒っているのか、笑っているのか、よくわからない。曖昧な声音で囁く王子様の声に、俺は混乱した。
「そんなつもり、全然なくて…………!」
リアルの百合カプを拝みつつ、俺の断罪フラグを叩き折りたかっただけなんです!
……と、言えたらどんなによいだろうか。
勿論、まだ世間には秘密の二人の関係を、俺が王子様に話すことはないけれど。
「すいません。謝るので許して貰えませんか?」
「さて、どうしようかな?」
「僕が傷ついたのは事実だし、誠意は見せて欲しいかな」
「……誠意、とは?」
「そうだな。王宮魔法使いの資格を得たら、ずっと私の元にいて――僕専属となってほしい。給与も弾もう。君のご両親や兄上も、今より良い暮らしができるよう支援することを約束するよ」
それは、少し魅力的にも思える提案だった。
「君が望むものを、全て与える。僕にその力があることを、君は知っているだろう? だから……。ねえ、レイ」
王子様の瞳は、今はただ俺だけを映していた。
「僕を、選んでくれるよね?」
「僕、は――」
王子様の失恋は俺のせいなんだから、その願いは叶えてあげるべきなのだろうか。
まあ、それもいいのかもしれない。
彼の願いを全部俺が叶えたら、イザベラ様やマリーさん達の平穏な生活を、彼が約束してくれるなら。
「むがっ」
だが、返事をしようとした俺の口は、ノクス先輩により塞がれた。
「むががががっ!!むがががががががが!(ノクス先輩! 何するんですか!)」
「お前は、もう喋るな」
ノクス先輩の行動が理解できない。俺は精一杯暴れてみたが、長身でしっかり筋肉がある彼に、俺がかなうはずもなかった。
「殿下。殿下が仰ったことは、彼の今後の人生に関わることです。眠りから目覚めたばかりの彼に、判断を急かすのはいかがなものかと思われます」
「……そうだね。今日は、見逃してあげよう」
王子様はそう言うと、ニコリと俺に微笑んだ。
「レイ。また二人で――そう、二人っきりで。今度また、ノクスもいない時に話をしよう」
「……?」
「君とは、これから仲良くなりたいな。うん。今よりもっと、ね?」
甘美な果実のような声音で囁かれると、女の子なら口説かれていると思うに違いない。
「では、私たちはこれで」
ノクス先輩は、王子様の言葉を無視して、俺を抱えたままその場を離れた。
「むか! がかがっ!(ちょっ! 待って!)」
「いいから、もう行くぞ」




