校内で起きた事件について
マリーさんにイザベラ様、ノクス先輩に俺が関わったこの事件の話は、王子様の話同様一気に広まった。
「イザベラ様が、怪我をされたと」
王子の婚約者と目されていたイザベラ様。平民でありながら、優秀な少女に指導をしてきた心優しい公爵令嬢。
だというのに、王子はあろうことかイザベラ様ではなく、その庇護下にある平民の少女を選んだ。
少女は王子の求婚を拒み、そのせいで校内で虐めが発生。
だがその虐めすらイザベラ様が仲裁し、彼女が怪我を負ったとなれば、世間の注目が集まるのは仕方のないことだった。
「イザベラ様は、彼女に対するあらゆる非難を許さないとおっしゃったそうだ」
「なんでもシルフィード家の『妖精』も、その子のことを庇っているらしい」
「何者なんだ? その少女は」
関心は関心を呼ぶ。
人々は噂する。彼らの頭のなかでの、『物語』を夢想して。
「マリー・ステラとイザベラ様と殿下は今、どういう関係なんだ?」
■
「――どうして、僕をお呼びに?」
誰が本当に罪人なのか、人々が噂していた頃。俺は再び、王子様から呼び出された。
「どうしても君と、話がしたかったんだ」
鳥籠に触れながら、彼は俺に尋ねた。
「君に、一つ質問がある。『マリー・ステラの想い人は、イザベラ・ヴァーミリオンである』――僕の予想は、正しいかな?」
俺は質問には答えなかった。
でもそれが答えだと、賢い彼にはわかってしまうだろう。
あれだけ大々的に動いたのだ。彼がその結論に至ることは予測はできた。俺をここに一人呼び出したのは、最終確認の為なのだろう。
「その質問には、お答えはできません」
「どうして?」
「もしそうだとして、殿下はマリーさんとイザベラ様を、どうするおつもりですか?」
「レイ・シルフィード。質問に、質問で返してはいけないよ」
王子様は、苛立ちを含んだ声で言った。
今、この噂で最も悪だとされているのは彼自身だ。だがもしここで、マリーさんとイザベラ様の関係が明らかになれば、非難の目は王子ではなく彼女たちに向けられるかもしれない。
正確には――王子様の心を得た少女を惑わした悪女、イザベラ・ヴァーミリオンに。
退けない。ここで退くわけにはいかない。
俺は、震えそうになる手を、爪が食い込むほど強く握った。
「では、伝え方を変えましょう。貴方がいま好意を向けられているマリーさんは、自分の大切な人を傷つける人間を、許す人ではありません」
足りない。
「もし貴方がイザベラ様に手を出すなら、僕と同じように、貴方が嫌われて終わるだけです」
足りない。俺の言葉では、この人の心を変えられない。
「妹想いのノクス先輩も、きっと貴方の元から離れようとするでしょう」
「……」
王子様は意外にも、ノクス先輩の名前を出した時に、少しだけ表情が変わった。
ノクス先輩は王子様を警戒していたけれど、案外王子様にとって、ノクス先輩は失いたくない大事な人なのかもしれない。
「貴方は、彼女に婚約を申し込んだ。どうかそれを、今からでも撤回してくださいませんか?」
「僕に諦めろというのか?」
「そうです。そのとおりです」
「この国の、王子であるこの僕が?」
王子様にもプライドはあるのだろう。
俺はその言葉を聞いて、本音で話すことにした。まどろっこしい気遣いをしたって、どうせこの人は俺の話を聞いてはくれない。
「殿下。こんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが、僕は本当は貴方にも、笑っていて欲しいと思っています。貴方は僕の兄の友人で、ノクス様とも親しいと聞いています。そんな方と、僕は敵対したくない」
王子様にとって、大事なもの。
『欲しい』ものを無理に得ようとすれば、彼は一つを得るかわりに多くを失うことになるかもしれない。
それに、その一つでさえ――マリーさんの心さえ、彼は永遠に得ることはできないだろう。
「これは、僕の持論ですが」
俺は、彼の背後にきらめく鳥籠を見て言った。
「もしかしたら。手を離すことが、想いの証になることもあるかもしれない」
「……手を離すことが?」
「傷付かないように、傷付けないように。相手を思えばこそ、それが必要なこともあると僕は思います」
「……」
「僕は、誰かが誰かを傷付けるのを見たくない。貴方が今欲しいと願うもの。その願いを叶えようとすることは、貴方や貴方が愛しく思う人を傷つける。だから、どうか。その手を離してください。――それに今の貴方は、とてもお辛そうに見えるから」
「僕、は――……」
俺はそう言うと、王子様の手を取った。
「……そうだね」
王子様は、俺の手を振り払わなかった。
ただ、何か思い出したかのように呟くと、空っぽの鳥籠を見て彼は目を細めた。
「きっと――そう、だったんだね」
王子様は、俺の手をもう片方の手で優しく包んだ。
「話を聞いてくれてありがとう。レイ・シルフィード」
もしかしたら、籠の中の鳥は逃げ出したのではなくて――彼自身が、自分から逃がしたのかもしれない。
そんな考えが、頭をよぎった。
そして、その次の日。
この事件に関して、全生徒参加での集会が行われることが伝えられた。




