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校内で起きた事件について

 マリーさんにイザベラ様、ノクス先輩に俺が関わったこの事件の話は、王子様の話同様一気に広まった。


「イザベラ様が、怪我をされたと」


 王子の婚約者と目されていたイザベラ様。平民でありながら、優秀な少女に指導をしてきた心優しい公爵令嬢。

 だというのに、王子はあろうことかイザベラ様ではなく、その庇護下にある平民の少女を選んだ。

 少女は王子の求婚を拒み、そのせいで校内で虐めが発生。

 だがその虐めすらイザベラ様が仲裁し、彼女が怪我を負ったとなれば、世間の注目が集まるのは仕方のないことだった。


「イザベラ様は、彼女に対するあらゆる非難を許さないとおっしゃったそうだ」

「なんでもシルフィード家の『妖精』も、その子のことを庇っているらしい」

「何者なんだ? その少女は」


 関心は関心を呼ぶ。

 人々は噂する。彼らの頭のなかでの、『物語』を夢想して。


「マリー・ステラとイザベラ様と殿下は今、どういう関係なんだ?」





「――どうして、僕をお呼びに?」


 誰が本当に罪人なのか、人々が噂していた頃。俺は再び、王子様から呼び出された。


「どうしても君と、話がしたかったんだ」


 鳥籠に触れながら、彼は俺に尋ねた。


「君に、一つ質問がある。『マリー・ステラの想い人は、イザベラ・ヴァーミリオンである』――僕の予想は、正しいかな?」


 俺は質問には答えなかった。

 でもそれが答えだと、賢い彼にはわかってしまうだろう。


 あれだけ大々的に動いたのだ。彼がその結論に至ることは予測はできた。俺をここに一人呼び出したのは、最終確認の為なのだろう。


「その質問には、お答えはできません」

「どうして?」

「もしそうだとして、殿下はマリーさんとイザベラ様を、どうするおつもりですか?」

「レイ・シルフィード。質問に、質問で返してはいけないよ」


 王子様は、苛立ちを含んだ声で言った。

 今、この噂で最も悪だとされているのは彼自身だ。だがもしここで、マリーさんとイザベラ様の関係が明らかになれば、非難の目は王子ではなく彼女たちに向けられるかもしれない。

 正確には――王子様の心を得た少女を惑わした悪女、イザベラ・ヴァーミリオンに。


 退けない。ここで退くわけにはいかない。

 俺は、震えそうになる手を、爪が食い込むほど強く握った。


「では、伝え方を変えましょう。貴方がいま好意を向けられているマリーさんは、自分の大切な人を傷つける人間を、許す人ではありません」


 足りない。


「もし貴方がイザベラ様に手を出すなら、僕と同じように、貴方が嫌われて終わるだけです」


 足りない。俺の言葉では、この人の心を変えられない。


「妹想いのノクス先輩も、きっと貴方の元から離れようとするでしょう」

「……」


 王子様は意外にも、ノクス先輩の名前を出した時に、少しだけ表情が変わった。

 ノクス先輩は王子様を警戒していたけれど、案外王子様にとって、ノクス先輩は失いたくない大事な人なのかもしれない。


「貴方は、彼女に婚約を申し込んだ。どうかそれを、今からでも撤回してくださいませんか?」

「僕に諦めろというのか?」

「そうです。そのとおりです」

「この国の、王子であるこの僕が?」


 王子様にもプライドはあるのだろう。

 俺はその言葉を聞いて、本音で話すことにした。まどろっこしい気遣いをしたって、どうせこの人は俺の話を聞いてはくれない。


「殿下。こんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが、僕は本当は貴方にも、笑っていて欲しいと思っています。貴方は僕の兄の友人で、ノクス様とも親しいと聞いています。そんな方と、僕は敵対したくない」


 王子様にとって、大事なもの。

 『欲しい』ものを無理に得ようとすれば、彼は一つを得るかわりに多くを失うことになるかもしれない。

 それに、その一つでさえ――マリーさんの心さえ、彼は永遠に得ることはできないだろう。

 

「これは、僕の持論ですが」


 俺は、彼の背後にきらめく鳥籠を見て言った。


「もしかしたら。手を離すことが、想いの証になることもあるかもしれない」

「……手を離すことが?」

「傷付かないように、傷付けないように。相手を思えばこそ、それが必要なこともあると僕は思います」


「……」


「僕は、誰かが誰かを傷付けるのを見たくない。貴方が今欲しいと願うもの。その願いを叶えようとすることは、貴方や貴方が愛しく思う人を傷つける。だから、どうか。その手を離してください。――それに今の貴方は、とてもお辛そうに見えるから」


「僕、は――……」


 俺はそう言うと、王子様の手を取った。


「……そうだね」


 王子様は、俺の手を振り払わなかった。

 ただ、何か思い出したかのように呟くと、空っぽの鳥籠を見て彼は目を細めた。


「きっと――そう、だったんだね」


 王子様は、俺の手をもう片方の手で優しく包んだ。


「話を聞いてくれてありがとう。レイ・シルフィード」


 もしかしたら、籠の中の鳥は逃げ出したのではなくて――彼自身が、自分から逃がしたのかもしれない。

 そんな考えが、頭をよぎった。


 そして、その次の日。

 この事件に関して、全生徒参加での集会が行われることが伝えられた。



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