彼女はもう『悪役令嬢』になんてならない
「おいおいまじかよ」
マリーさんがイザベラ様の『ご友人』に虐められている姿を目撃した俺は、どう出るか迷った。
今、マリーさんは話題の人だ。
そして、俺自身目立つ人間だ。もしマリーさんを助けるために仲裁に入った場合、あらぬ噂が絶つ可能性がある。
マリーさんとイザベラ様の関係が世間に明らかにならない限り、誤解は深まるに違いない。
「イザベラ様に可愛がっていただきながら、恩を仇で返すなんて! どうやって殿下の心を射止めたのよ。あの方の御心を、どうやって!」
「ノクス様とも踊っていた。一体、どうやって二人をたらし込んだの? 汚らわしい、この平民め!」
このご令嬢方は、たぶん王子様の『魅了』にかかっているんだろう。だからこそ、彼の妃にはなれない。
『ご友人』たちは、悪役令嬢のテンプレ取り巻きよろしくマリーさんを虐めていた。
このままいけば、彼女たちの言動もあり、イザベラ様が主犯にされかねない。
――これ以上は見逃せないな。
俺が仲裁に入ろうとした時だった。『ご友人』の一人が、汚れた水の入ったバケツを持ってマリーさんへと近づいた。
「身の程を知りなさい」
蔑むような声、他者を見下す悪女の笑み。
マリーさんに、水がかかろうとしたまさに時。
「マリー!」
俺より先に走り出したイザベラ様が、彼女の体を抱きしめた。
バケツいっぱいの汚れた水がイザベラ様へとかかり、彼女の制服が泥で汚れる。
「イザベラ様……!?」
「も、申し訳ございません……!」
『ご友人』たちは、イザベラ様の介入に顔を青くして謝罪した。
「貴方達は、ずっと私のそばにいて、こんな行動をとることが正しいと思ったの?」
イザベラ様の声は冷ややかだった。
「申し訳ございません。申し訳ございません。イザベラ様……!」
イザベラ様は、彼女たちの謝罪を受け入れようとはしなかった。
「私のことを思うなら、私の為に誰かを傷つけることはやめなさい。――この子は、私の大切な友人です。誰であろうと、傷つけることは許しません」
『恋人』とは、イザベラ様は言わなかった。
でもそれは、王子の婚約者としてこれまで育てられた彼女にとって、精一杯の抵抗だったのかもしれない。
「イザベラ!」
そして、遅れてやってきたノクス先輩が、イザベラ様へと駆け寄った。
「大丈夫か? 怪我はないか!? イザベラ!」
「イザベラ様。イザベラ様……!」
ノクス先輩が出てくれば、その友人で後輩である俺が乱入しても問題はないだろう。
俺は制服の上着を脱ぐと、それをイザベラ様へとかけた。
「視線よけです」
「……ありがとう」
イザベラ様は、俺の制服を掴んだ。
マリーさんは、俺たちがこんなやりとりをしている間耐えきれなくなったのか、ポロポロと泣き出してしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。イザベラ様……」
本当は。イザベラ様を選ばなければ、マリーさんは泣かなくてよかったのかもしれない。
「馬鹿な子ね。貴方は」
イザベラ様は、そんなマリーさんを見て苦笑いした。
「私の為に、泣くなんて」




