王子様は傷心中です
王子様とマリーさんのデートの翌日、俺の住む屋敷に手紙が届いた。
「――王子様から?」
手紙に短く、こう書かれていた。
【レイ・シルフィード
今度はひとりで、あの場所に来てほしい。】
■
「どうぞ。こちらへ」
馬車でのお迎えにより王宮に着いた俺が植物園でに向かうと、王子様は鳥籠のそばですやすやと寝っていた。
「殿下、殿下。起きてください。お手紙をいただいたので来ましたよ」
俺が彼に声をかけると、王子様が薄く瞼を上げた。
「――……エル」
そして王子様は、眠気眼で俺の手を取って、あろうことか俺の手に彼の頬を寄せた。
「!?」
俺は驚きのあまり体をはねさせた。
エルって誰だ? そういえば、確か俺の兄の名前がエリオットだったような――。
「あ、あの、殿下。僕はエルさんではなくレイです」
「…………レイ?」
少し恥ずかしくて、声が高くなってしまう。すると、王子様は長い沈黙のあとに、頭を押さえながら起き上がった。
「……すまない。こんな姿を見せてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ」
傷心中の王子様の服と髪は、いつもと違って少し乱れていた。
■
「どうぞ」
王子様はその後、俺のためにお菓子を用意してくれた。
甘いお菓子に美味しい紅茶。
彼にぴったりな、優雅なティータイム。
「甘い物が好きなようだったから、沢山用意したんだどう? 美味しいかな」
「はい。美味しいです」
だが、昨日のことを知っている俺は、正直落ち着かなかった。
「そう。ならよかった」
王子様は、案外気にしていないのだろうか? と、思ったところで。
「――僕、失恋したんだ」
突然沈んだ声で告白されたものだから、俺は飲んでいたお茶を危うく吹き出しそうになってしまった。
ものすごく知っている。というより、覗き見してたとは言えない。
「彼女には、他に大切な人がいるらしい」
「そう……なんですね」
声が上ずらないよう、俺は必死だった。
「レイ・シルフィード。君は、それが誰か――わかる?」
だからだろうか。
王子様が俺にそう尋ねた時、まるで感情の籠もっていないかのような静かな声が、俺には少し怖く聞こえた。
マリーさんや、街の人々に向ける笑顔じゃない。今の彼に、俺は底しれない違和感を感じた。
「殿下は、知ってどうしようというのですか?」
焦りを悟られてはならない。感情的になってはならない。
俺は静かに、彼に尋ねた。
「……諦めきれない。僕は、彼女が『欲しい』んだ」
――『欲しい』、だと?
俺はその言葉を聞いて、笑いそうになってしまった。
他者の感情、他者の人生。それを『欲しい』からと壊そうとするなんて、この人は何を考えているんだ?
「殿下。それ以上仰るなら、僕はもう、お話することはありません」
俺はこの人に、罰せられるかもしれない。
でも、口に出さずにはいられなかった。
「マリーさんは大切な友人です。だから貴方に彼女のことを聞かれて、どうしても悪く言うことはできなかった」
「……」
「僕は――僕の大切な友人を傷つけようとする方と、冷静に話すことはできません」
無理だ。
俺の兄上とも関わりがある方とはいえ、俺自身がこの方と、特別親しいわけじゃない。
俺はこの人より、マリーさんやイザベラ様のほうが大事なんだ。
俺は、真っ直ぐに彼の瞳を見ていた。
すると、何故か王子様は、静かに怒りを示す俺を見て動揺した。
「やめてくれ。彼と同じ目で、そんな目で僕を見ないでくれ」
その声は、先ほどとは違って弱々しい。
「レイ・シルフィード。――すまないが、今日はもう帰ってほしい」




