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王子様は傷心中です

 王子様とマリーさんのデートの翌日、俺の住む屋敷に手紙が届いた。

 

「――王子様から?」


 手紙に短く、こう書かれていた。


【レイ・シルフィード

 今度はひとりで、あの場所に来てほしい。】



「どうぞ。こちらへ」


 馬車でのお迎えにより王宮に着いた俺が植物園でに向かうと、王子様は鳥籠のそばですやすやと寝っていた。


「殿下、殿下。起きてください。お手紙をいただいたので来ましたよ」


 俺が彼に声をかけると、王子様が薄く瞼を上げた。


「――……エル」


 そして王子様は、眠気眼で俺の手を取って、あろうことか俺の手に彼の頬を寄せた。


「!?」


 俺は驚きのあまり体をはねさせた。

 エルって誰だ? そういえば、確か俺の兄の名前がエリオットだったような――。


「あ、あの、殿下。僕はエルさんではなくレイです」

「…………レイ?」


 少し恥ずかしくて、声が高くなってしまう。すると、王子様は長い沈黙のあとに、頭を押さえながら起き上がった。


「……すまない。こんな姿を見せてしまって」

「いえ、大丈夫ですよ」


 傷心中の王子様の服と髪は、いつもと違って少し乱れていた。



「どうぞ」


 王子様はその後、俺のためにお菓子を用意してくれた。

 甘いお菓子に美味しい紅茶。

 彼にぴったりな、優雅なティータイム。


「甘い物が好きなようだったから、沢山用意したんだどう? 美味しいかな」

「はい。美味しいです」


 だが、昨日のことを知っている俺は、正直落ち着かなかった。


「そう。ならよかった」


 王子様は、案外気にしていないのだろうか? と、思ったところで。



「――僕、失恋したんだ」



 突然沈んだ声で告白されたものだから、俺は飲んでいたお茶を危うく吹き出しそうになってしまった。

 ものすごく知っている。というより、覗き見してたとは言えない。


「彼女には、他に大切な人がいるらしい」

「そう……なんですね」

 声が上ずらないよう、俺は必死だった。


「レイ・シルフィード。君は、それが誰か――わかる?」


 だからだろうか。

 王子様が俺にそう尋ねた時、まるで感情の籠もっていないかのような静かな声が、俺には少し怖く聞こえた。

 マリーさんや、街の人々に向ける笑顔じゃない。今の彼に、俺は底しれない違和感を感じた。


「殿下は、知ってどうしようというのですか?」


 焦りを悟られてはならない。感情的になってはならない。

 俺は静かに、彼に尋ねた。


「……諦めきれない。僕は、彼女が『欲しい』んだ」


 ――『欲しい』、だと?


 俺はその言葉を聞いて、笑いそうになってしまった。

 他者の感情、他者の人生。それを『欲しい』からと壊そうとするなんて、この人は何を考えているんだ?


「殿下。それ以上仰るなら、僕はもう、お話することはありません」


 俺はこの人に、罰せられるかもしれない。

 でも、口に出さずにはいられなかった。


「マリーさんは大切な友人です。だから貴方に彼女のことを聞かれて、どうしても悪く言うことはできなかった」


「……」


「僕は――僕の大切な友人を傷つけようとする方と、冷静に話すことはできません」


 無理だ。

 俺の兄上とも関わりがある方とはいえ、俺自身がこの方と、特別親しいわけじゃない。

 俺はこの人より、マリーさんやイザベラ様のほうが大事なんだ。


 俺は、真っ直ぐに彼の瞳を見ていた。

 すると、何故か王子様は、静かに怒りを示す俺を見て動揺した。


「やめてくれ。彼と同じ目で、そんな目で僕を見ないでくれ」


 その声は、先ほどとは違って弱々しい。


「レイ・シルフィード。――すまないが、今日はもう帰ってほしい」

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