「薔薇の花を一本ください」
「さっきの授業、貴方が褒められているところを初めて見たわ」
試験が本格的に近づいてきた頃、学年の生徒全員が集められ、実技の試験内容が正式に発表された。
五つの異なる属性の的を破壊するシンプルなテスト。だが、動く的を破壊するのはやはり難しいようで、一人一人一回ずつ、模擬練習を行う機会を与えられたものの、全てに対応できる人間は殆どいなかった。
話によると、全てを破壊できる人間は珍しいらしく、的を敵に見立てた場合の反応・対応能力を見られているらしい。
「まさか貴方が、全てを一撃で破壊するなんてね」
そう。
そして俺はこの模擬練習で、学年男子で唯一、全ての的の破壊に成功した。
「イザベラ様もじゃないですか」
流石というか、イザベラ様も全てを破壊できていた。
「お二人とも、凄いです。私は、まだあそこまではうまく出来なくて……」
マリーさんが破壊できた的は四つ。
「落ち込まなくていいわ。時間制限さえなければ、全て壊せていた筈よ。貴方なら大丈夫。不安なら、私が全て壊せるよう教えてあげるわ」
「……お願いしてもいいですか?」
落ちこぼれの俺の急成長に焦ったのか、マリーさんは不安げな表情でイザベラ様を見ていた。
可愛い。
「じゃあ、また二人で勉強しましょう」
「はいっ!」
マリーさんは、目をキラキラさせて返事をした。
なんという幸せ空間。
「――素敵です。お二人の秘密の個人授業、ですね」
恋愛感情ではないけれど、俺が心から愛してやまない二人は、今日も美しくて微笑ましい。
■
「妹達とまた話していたな」
「今日もまた見てたんですね」
いつも通り放課後図書館に行くと、彼は開口一番俺にそう告げた。
この人、シスコン通り越してやはり妹のストーカーなのでは。
「本当、イザベラ様のこと大好きですよね。間違えて僕に抱きついちゃうくらいに」
「あれ、は――。お、お前が、あの子の真似をするから……!」
最近の彼は、俺の前での表情が前よりもよく変わって、観察していて面白い。
「へえ? じゃあここで、もう一度言ってあげましょうか?」
もっといろんな表情を見てみたい。俺は、イザベラ様の声で彼をおちょくることにした。
「『お兄様。今日もお勉強、教えてくださるんですか? いつもありがとうございます。お兄様に教えていただけて、私、とっても嬉しいです!』」
妹ボイス(俺)に、彼の身体がビクンと跳ねる。
「『ねえ、お兄様。どうしてちゃんと、私をみてくれないんですか? もしかして私のこと……お嫌いになってしまわれましたか?』」
俺から視線を逸らせようとする彼に、逃さないとばかりに距離を詰める。
「『お兄様に嫌われたら、私、とっても悲しいです。泣いてしまうかもしれません。お兄様……。お兄様は、私のことはお好きですよね? 世界で一番、一生愛してくださいますよね?』」
お兄様が大好きな、甘えたがりの妹ボイス。
溺愛する最愛の妹の声だが、外見は俺である。
「『ね~え。こたえて? おにいさま〜!』」
駄々っ子のように言うと、彼は耐えられなくなったのか俺に怒鳴った。
「黙れ! それ以上イザベラの声で喋るな!」
「『きゃあ恐いっ! 大きな声で怒らないでください。お兄様!』」
「イザベラは、イザベラは……っ」
彼は、イザベラ様ボイスで甘えられて、羞恥と喜びを感じる自分に混乱が隠せないのか、拳を強く握りしめていた。
「イザベラは、そんなことは言わない!」
これを我々の言葉で『脳破壊』と言います。覚えられて良かったですね? お兄様。
「ふふ……あはは」
俺は、顔を真っ赤にする彼を見て思わず笑ってしまった。
「なんですか、それ。完全に妹過激派じゃないですか」
「お願いだから、もうやめてくれ……」
「ええ~。そうだなあ。じゃあ」
俺は、恥ずかしさのあまり机にダウンしてしまった彼の耳元で、囁くような声で尋ねた。
「――『降伏ですか? お兄様?』」
「……降伏だ」
最近は、この人といるのも普通のことのようになってきた。
一度俺がキレて大喧嘩(?)してしまったけれど、今は仲良くなれた、と思ってもいいんだろうか?
■
「はあもう。心臓に悪い……」
「からかってすいませんでした。反応がおもしろくて、つい」
「年上を馬鹿にするな」
「いいじゃないですか。可愛かったですよ。お兄様」
「いい加減にしろ」
「かしこまりました」
俺は素直に謝った。
「それで、試験は大丈夫なんだろうな?」
「はい。模擬練習で、的を五つとも壊せたのは、僕とイザベラ様だけでした。――あの」
先ほどまでとは違い、今度は俺が少し恥ずかしい。俺は、勇気を振り絞って、ずっと彼に伝えたかった言葉を口にした。
「これまで、ありがとうございました」
「ん?」
「貴方に教わったこと、俺に教えてくれたこと、無駄じゃなかったって思ってもらえるように、ちゃんと頑張ります」
「……そうか」
彼は静かに、短く頷いた。
「それであの、もし成績が上がったら欲しいものがあるんです」
「教えて貰う立場なのに、褒美を要求するな」
当然の指摘だが、ここは無視させてもらう。
「僕が全教科で平均点以上を取れたら、公爵家の薔薇を僕に贈ってくれませんか?」
「……薔薇の花束を?」
「はい! 是非欲しいんです!」
なんたって、二人がデートする薔薇園の花なんだからね!
公爵家の薔薇園はイザマリの聖地!
「無理だったら、一本だけでもいいので! 貰えたら――大事にして、ポプリと花の栞にしたりして保存したいだけなので……」
「……」
彼は、答えるまでに少し時間を要した。
「本当に、それを私から欲しいのか?」
どうしてそんなことを聞くんだろう。
そういえば花って、花言葉とか本数とかで意味が違うとか聞いたことがあるかもしれない。
興味がなくて俺は知らないけれど。
「はい。それが一番嬉しいです。ヴァーミリオン先輩」
様じゃなくて先輩と呼んでみる。
怒られるかと思ったけれど、彼は俺を叱らなかった。
「分かった。……約束する」




