壊滅的に言葉が足らない。
「よし。今日はここまで」
「おわった〜〜!」
俺がミスした問題の解説を終えたヴァーミリオン様は、眼鏡を外して髪を結んでいた紐をほどいた。
「よし。じゃあお菓子を食べましょう」
俺はいそいそと鞄からお菓子を取り出した。だが、机にお菓子を並べたところで、俺は彼に菓子に手を伸ばす手を制されてしまった。
「図書館は飲食禁止だ。規則は守るように」
「そんな。ここは、僕の秘密基地だと思ってたのに!」
秘密基地でこっそりお菓子を食べる。これこそ男のロマンだと思う。
「勝手に校内に秘密基地を作るな」
「――ケチ」
せっかく、一緒にお菓子を食べようと思っていたのに。
クソ真面目なヴァーミリオン様に、少年の遊び心はないらしい。
「ケチで結構」
俺は仕方なく、納得いかないという表情をしながら菓子を鞄にしまった。
「……そういえば、司書の先生に聞いたんですが、もともとヴァーミリオン様は、この図書館に来られていたんですね」
思い出したように尋ねる。
これは後から司書の先生に聞いたことだけれど、彼はもともと俺が通うより先に、第三図書館には来ていたらしい。
「ああ。ここは、人がいなくて楽なんだ」
「貴方みたいな人は、人に見られても別に気にされないとばかり。欠点なんて殆ど無いわけだし」
イザベラ様たちの関係に対する考えは矯正させてほしいが、外見も成績も身分も、この人ほど持っている人間は殆どいない。
「別に欠点がないわけじゃない。そう努めているだけだ。公爵家に生まれた人間は、そうあるべきなんだ」
「なるほど。そして、それはイザベラ様もそうだと思っているんですね」
「つけ入られる隙を与えれば、傷つくのは本人自身だ」
「……なるほど?」
俺は、そう言いながら首を傾げた。
つまり、イザベラ様が他人に隙を与えれば、イザベラ様が傷つくとでも言いたいのだろうか?
と、いうことは――。
『簡単に人を信じるな。公爵家の令嬢が、他人に簡単に心を許すな』
あの言葉の本当の意味は、別のところにあるかもしれないという、隠されていた真実に気付いてしまった気がして俺は頭を抑えた。
わあ。わあ……。
この人、壊滅的に言葉が足らない。
流石、本来イザベラ様を病み落ちさせる主な原因である。
「貴方の欠点は、その話し方だと思います。人に誤解を与える可能性がある。それにさっきの話も、貴方がそう思っているだけなのではないでしょうか?」
この人もイザベラ様と同じで、だいぶ生きるのが下手らしい。
頭はいいし顔もいいが、人が生きていくのに必要なものが、どこかすっぽり抜けている。
教科書的、とでも言うべきかもしれない。生まれたときから彼らは、『こうあるべき』を演じている。
「何が言いたい」
「僕は、人は自分で人生を選択ができてこそ、生きていると感じられると思っているんです」
これは俺の持論である。
「本当に欲しいものの為なら、自分が傷付くかもしれないことを受け入れるのも、僕は幸福なことだと思っています」
「……」
「幸せの色は、何色あってもいいものでしょう?」
俺が微笑みかけて尋ねると、ヴァーミリオン様は溜息をついた。
「幸せの色って、なんだ」
その問いに、俺は静かに笑った。
この世に明確な答えの存在しないものの答えを自分で見つけることこそが、人生ってものだ。
俺に言われてすぐ納得できるなら、その答えは、きっと他人が与えてくれた優しい道なだけで、本当にその人間に必要な答えじゃない。
「それはきっと、自分で決めるものですよ」
まあ最近の俺にとっては、幸福の色は白なわけだが。
ねえ知ってる? 百合ってね、きっと無限に色があるんだよ。素晴らしいよね? うん。
「そういえば、次の試験の内容が発表されたが、ちゃんと確認しただろうな?」
「はい。ただ、筆記はまだ点数は取れると思うんですが、実技は……。練習する場所もないですし、自信がないかもしれません」
「そうか」
彼はそう言うと、少しの間の後に、俺を見て尋ねた。
「なら今週末、私の屋敷に来られるか?」
「?」
「練習場がある。そこでなら、私が教えられる。……幸い、イザベラは彼女と出かけるらしく、屋敷を開けるらしいから」
「え!? 今週末イザベラ様とマリーさんってデートなんですか!? なら僕そのデートを」
「試験前だと言うことを忘れたのか?」
耳寄りな情報に俺が水槽に餌を与えられた金魚のごとく食いつくと、彼が静かに俺を威圧してきた。
少しお怒りの低い声で、彼は俺に囁いた。
「時間が許すまで、手取り足取り終えてやろう」
「……」
うーん。この人やっぱり賢いけれど、感情表現はやや苦手な気がする。こういうのは好きな女の子にやるべきで、俺にやっても何の意味もない。
「あの、自覚ないと思いますけど、僕以外にそういう表現しないほうがいいですよ」
誤解ばかりされる人生はちょっと可哀想だ。俺は少しだけ、彼に同情した。




