親公認(?)です
「うん。この問題の理解は問題ない。前回間違えたところも、ちゃんと解けているな」
「……ヴァーミリオン様のおかげです」
あれからというもの、彼は毎日、俺に勉強を教えてくれた。
一人で勉強をしていた時は、本を読んでも基礎がなく、理解できないというループだったけれど、今は着実に一つずつ、階段を登っているような感覚があった。
「あと、それと。僕のための加筆も……ありがとうございました」
顔を見て言うのが気恥ずかしいが、彼の筆跡で分かってしまう。
「新しく書いてくれていましたよね? 筆跡が違ったので」
勉強する内容がかわり、彼が新しく俺に渡した本。
そこに書かれた文字の中には、彼の子供の頃の文字に加え、最近書き加えられたらしい文字が混じっていた。
それは、俺が過去彼に持ち帰られたテストで間違えた場所で――この人が、俺のためにわざわざ新しく書き加えてくれたのがわかった。
「まあ……な」
「あの、この本なんですが、持ち帰って勉強することは可能でしょうか?」
俺は、ずっと言うのを我慢していた言葉を口にした。
放課後に借りて勉強していたけれど、今回俺のために書き足してくれたなら、それを主張してもよい筈だ。
「……ああ」
やや間があって、彼は浅く首肯した。
「好きにしなさい。……その本は、お前にやろう」
「え!? いいんですか!?」
本を抱いたまま、つい俺は前のめりにお礼の言葉を口にした。
「本当に、本当にありがとうございます!」
■
「レイちゃんは勉強熱心なのね。とっても偉いわ」
屋敷で本を読んでいると、俺は母上に声をかけられた。
「母上」
「レイ。その本はどうしたんだ?」
続いて、父上が俺に尋ねる。
「その……実は今、先輩から勉強を教わっていて。その方にいただいて……」
一度大喧嘩(?)した人を、説明の為とはいえ『先輩』と呼ぶのは少し恥ずかしい。
照れながら答えると、母上は嬉しそうに手を叩いた。
「まあ! 素敵な先輩がいるのね。どなたかしら? うちのレイちゃんがお世話になっているなら、母上がお礼をしなくては。その先輩のお名前は?」
「……ノクス・ヴァーミリオン先輩――です」
名前を出していいか、俺は少し迷った。だって相手は公爵令息なのだ。
「ヴァーミリオン!? レイは、公爵家の方に勉強を教わっているのか!?」
「はい……」
父が驚くのも当然だ。
「まあ、なんてことかしら!」
だが母上は、その名を聞いても楽しそうに笑っていた。
「エリオットもレイちゃんも、うちの子たちは高貴な方々にモテモテで困ってしまうわ」
別にモテモテというわけではないと思う。
単にあの人は、俺が噛みついたから対抗してきただけだと思う。それよりも――。
「兄上、ですか?」
そこでどうして、兄上の話が出てくるんだ?
「貴方のお兄さん――エリオットは辺境伯様に気に入っていただけて昔から指導を受けていたのだけれど、あの子は幼い頃からとても気の利く子で。実はね、殿下のお友達として、王宮に通っていたこともあったの」
「王宮に?」
「そう。殿下は、レイちゃんの二つ上かしら? エリオットは剣もだけれど、魔力も生まれつき強くてね。それもあって、殿下の遊び相手に選ばれたの」
この話を聞いて、俺は点と点が繋がったような気がした。
ヴァーミリオン様は今殿下と交友があり、俺の兄も殿下と幼い頃仲が良かったらしい。つまり兄とヴァーミリオン様は、間接的に殿下を通して顔見知り――ということなのか?
出会ったばかりの頃、彼が俺の目を見て呟いた言葉は、兄上を知っていたからなのかもしれない。
「お兄ちゃんが気になる?」
「……少し」
「それを聞いたら、あの子もきっと喜ぶわ」
よしよしと頭を撫でられて、俺はつい目を瞑ってしまった。優しいこの人の手は好きだ。
「会うのが楽しみです」
「ふふっ。可愛い」
母上は、いつものようにぎゅっと俺の体を抱きしめた。
「可愛い可愛い私のレイちゃん。『先輩』には、ちゃんと贈り物をしないとね」
■
「これはなんだ?」
「……青苺のジャムとクッキーです」
翌日、俺はヴァーミリオン様にお菓子を差し入れていた。
「お前が作ったのか?」
「なわけないでしょう! 母上からです!」
俺はお菓子なんて作れない!
反射的に声を荒げると、「そうか」と彼は呟いた。
「貴方が眼鏡をかけられていることを話したら、これがいいだろうと。うちの領地の名産だそうです」
まさか、ブルーベリーが特産物だとは思わなかった。
「ああ。確かエリオット殿が、栽培と輸送についての方法を確立したんだったな」
「え?」
Pardon? 俺は、耳を疑った。
「あ……兄上がですか?」
「そうだが? 知らなかったのか」
どうしよう。
周囲から聞く限りの情報での俺の兄が有能すぎる件。
俺はこんなにポンコツなのに!
「もともと野生だったものの中から甘みの強いものを栽培し、薬として売ったり、嗜好品としても楽しめるよう、出荷前の加工方法を確立したと聞いている」
「そうなんですね」
ヴァーミリオン様の話通りなら、我が家はそれなりの利益を得た可能性は高いが、伯爵家は特別裕福には見えない。
つまり、その利益をもってしても、俺の生命を維持させることが大変だったということだろう。
生命維持魔法は高価らしい。
今、『レイ・ヴァーミリオン』が、筋肉の衰えなくすぐ社会復帰(?)できたのは、全て家族のおかげだ。
その中でも、『兄上』は、俺の為に尽力してくれたのだろう。
今の俺は、兄の顔すらわからないのに。
「綺麗な色だ。ここでは食べられないが、あとでいただこう」
「そういえば、母から手紙も預かってきました」
手紙を渡すと、すぐに彼は封を切った。
中身を読んでから、彼はなぜかジロジロと俺の顔を見てきた。
「……」
「な、なんですか」
「お前は、親に愛されているんだな」
「はい?」
突然の言葉に、俺は目を丸くした。彼は言葉が少ないが、今回は流石に文脈がなさすぎる。
「手紙にそう書いてある」
「なになに……」
俺は、彼に渡されて手紙を読んでみた。
要点を纏めるとこうである。
母上は、最近俺が気落ちして帰宅したことがが気がかりだったらしい。
その時、息子は誰かと喧嘩したように見えた。息子は目に入れても痛くないくらい大事な子で、息子(つまり俺である)が悲しんでいる姿を見て母である自分も心を痛めたが、最近は毎日勉強にも励んでいて、とても楽しそうに学校に通うようになり安心している。
「こ、これは、その……っ」
俺は焦った。
これでは、デートを尾行した際に俺が彼に怒り、家に帰ってから一人落ち込んでいたのが丸わかりである。
信頼していた親に背後から撃たれた俺は、急に顔に熱が集まるのを感じた。
母の愛は喜ぶべきなのは理解するが、息子の先輩に、息子が自分(親)に甘えたことや落ち込んでいたという事実はバラさないでほしい。
「子ども思いのいいご両親だ。お前の親だけのことはある」
「……」
そう言われると、うまく言葉が出てこない。
「本当に、いい人たちです。僕にはもったいないくらい……」
「? 両親だろう。遠慮しているのか?」
「そういうわけでは……」
彼女は、『レイ・シルフィード』を愛している。俺はそれを知っている。でも……。
「僕の話はいいので、ヴァーミリオン様のことも教えてください」
俺は、話を変えることにした。
「ヴァーミリオン様のご両親は、どんな方々なんですか?」
「私か?」
ヴァーミリオン様は腕を組んだ。
「まず母はいない。私が一〇――イザベラが八歳の頃に亡くなっている。母は穏やかな人で、父は昔から融通がきないというか、口数が少ない人だ」
どうやらイザベラ様もヴァーミリオン様も、兄妹揃って父似らしい。
「母と父は年が少し離れていて、母が生きていた頃は私の家も、もう少し明るかった気がする」
彼はそう言うと、どこか遠いところを見るような目をした。
「なるほど。でも、小さい頃のイザベラ様かあ。きっと可愛かったんだろうなあ」
黒髪ロング赤目の美少女。幼稚園児IFがあるのなら、是非白雪姫を演じてほしい。勿論、目覚めのキスをする王子様はマリーさんで。
「ああ」
俺がまた、いつものように一人妄想に耽っていると、ヴァーミリオン様はしみじみと過去の記憶を辿るように呟いた。
「……天使のように、可愛かった」
俺にはその瞳が、何故かあの日――俺が初めて本を渡された日に俺に向けられた優しい瞳と、どこか似ているように思えた。




