悪役令嬢の兄と図書館で再会しました。(これって本当に偶然ですか?)
マリーさんとイザベラ様は、毎日いちゃいちゃ(俺目線)を繰り返している。
手を繋ぐことこそ無いが、お互いの私物をこっそり交換していることに気付いた時、俺はあまりの尊さに昇天しかけた。
内緒の恋。秘密の花園――俺は、そんな二人という花を愛でる庭師でありたかった。
彼女たちの邪魔をして、美しく咲く百合の花を汚したり、根を傷付けようとする者が現われるなら、俺は彼女たちを守る正義の盾でありたかった。
――の、だが。
「うう……」
二人に時間を費やしすぎた結果、俺は学校に復帰して定期的に行われる俺専用の学力試験の結果の不調を指摘され、再び放課後第三図書館に引きこもることを余儀なくされた。
バツのついた大量の試験結果を見て、俺は正直かなり落ち込んだ。
「こんなの見せたら、あの人たちを悲しませてしまう……」
両親を悲しませることだけは避けたかった。
今の俺に、愛情をもって接してくれる優しい人たちを、俺は悲しませたくはない。
「でも、どうしたらいいか分からないし……」
ヴェリタス魔法学校は、基本年齢によって学年が上がるエスカレーター方式。
そして、俺以外の貴族クラスの生徒たちは、幼少期に基礎を各々家で学び、学校でも学んだうえで魔法を身に着ける。
つまり俺は、幼稚園児が高校一年生のクラスにいきなり入れられて、「基礎もできていないなんて。それは小学生で習う範囲ですよ」と教師に毎日叱られるような状態だった。
「算数すら知らない人間に数学やらせたり、ひらがなすら危うい人間に漢文とかせるようなものなんだよ……」
応用の前に基礎すらわからない。ただ教師は性急に成果を求め、毎日のように新しい課題を個別に出してきて、増えるのはバツばかり。
「はは。はははは……はあ……」
流石に現実逃避をしたい。
ただまあ、一つ幸いなことといえば、あの日以来、ヴァーミリオン様と顔を合わさなくなったことだ。
彼は妹をかなり観察していてようだったので、これは少し意外だった。
「まさか、俺のあの言葉で――とかはないよな?」
だとしたら、俺ごとき人間の言葉を彼は重く受け止めすぎている。彼は王子様の友人で優秀な公爵令息様なのだから、俺の存在なんか、本来どうでもいいはずなのに。
「いやでも! 邪魔してこないにしても、考えは結局変わってなかったみたいだし! 俺がこうしてる間にも、二人になにか言ってるかもしれないし……」
勉強すべきだと思うのに、もやもやするせいで碌に頭に入ってこない。
「本当……もう、どうしよう……」
考えすぎて頭が熱くて、スライムのごとく図書館の机に顔をつけて意気消沈していると、戸惑いの籠もった低い声が、頭上から振ってきた。
「こんなところで何をしている」
「?」
俺は、一瞬フリーズした。
「ヴァ……ヴァーミリオン様!?」
俺は、思わず場所を忘れて叫んでいた。
あり得ない。なんでこの人がこんな所に!?
「妹の周りにいないと思ったら、こんなところにいたのか?」
まさか、俺を探して……? いや、流石にそれはないか。
「どうしてここに? こんな場所に、貴方はここに用はないはずでしょう?」
用があるなら、第一図書館のほうが新しい本が置いてあるし、新しくて何もかも綺麗なはずだ。
「それは――」
彼は、一瞬ばつが悪そうな顔をして、ぱっと俺から視線をそらした。
彼の様子をみるに、本気で俺に会いに来たようにも見えた。
俺は少し混乱した。ヴァーミリオン様の意図が読めない。
まさかこの人、本当に俺を探してたのか? あの日、俺が怒ったと思って……?
「なんだこれは」
だが彼の真意を聞くより先に、机の上に置いていた試験用紙が彼に見つかってしまった。
「レイ・シルフィード、点数――」
「わああああ! み、見ないでくださいっ!」
俺は叫んでいた。
こんな点を彼に見られるなんて恥ずかしい!
「点数が悪すぎるだろう。なんだこの点数は」
「……仕方ない、じゃないですか」
呆れたように言われて、俺はフリではなく、本当に泣きそうになってしまった。
「僕は、貴方とは違うんです。子どもの頃から貴方が受けたような教育を、僕は受けていない。それにこれ以上、両親に心配をかけたくないんです。だから、全部自分でどうにかするしかないんです」
『レイ・シルフィード』は、両親に愛されている人だから。
「……」
「『顔だけの伯爵令息』――僕をそう呼ぶ人間がいることは、貴方ならご存じでしょう? 僕は次男ですし、優しくしてもメリットなんてないから、頼れる人間もいないんです」
「私の妹は?」
「イザベラ様にとって、マリーさんと過ごす時間が唯一心が休まる時なのに、それを僕が邪魔してどうするんですか」
癒し(百合)の摂取が足らなくなった俺は、明らかにメンタルが不安定になっていた。
泣きたい。
俺が勉強さえもっとできれば、今だって幸せな二人の姿を、脳内に記録することができたのに。
すると。
「なんで僕の前に座るんですか?」
なぜかヴァーミリオン様は、俺の前に無言で座った。
「教科書をひらけ」
「えっ」
「私が、今から教えてやる」
「……え、ええっ!?」
彼はこの学校の生徒会副会長。その成績は、王子の次に優秀だと、小説で読んだ記憶がある。
勿論俺の学年の成績トップはイザベラ様で、未来は彼女に教わったマリー様が次席となると俺は予測しているが――。
「な、何考えてるんですか。僕が貴方に教わる理由がないでしょう!」
「百合とやらを教えるときはあんなに生き生きとしているのに、私に勉学を教わる時は随分と弱気な態度なんだな?」
「……はい?」
俺に突然優しくなったと思ったら、これは仕返しってこと!?
イザベラ様の兄なのに性格が悪い!
「なんて人だ」
俺はプルプル震えた。
「いつものお前の態度を忘れたのか。失礼なお前に、私ほど寛大な貴族もいないだろう?」
「貴方の妹様は少なくとも貴方よりは僕に寛大だと思います」
因みにこの国で一番俺に寛大なのは、正ヒロインであるマリーさんと母上です。少なくとも、貴方じゃない!
俺は不思議と、いつの間にかいつもの俺を取り戻していた。
「相変わらず、無駄によく回る舌だ。……いいだろう」
「?」
「明日、放課後。またここに来い」
彼は机の上においていた試験の解答用紙を抱えると、スタスタと図書館を出ていってしまった。
「……ちょっと。僕の試験用紙、勝手に持ち帰らないでください!」
彼の行動の意味が分からなかった俺は、遅れてその背に叫んだ。
これじゃあ、復習ができないじゃないか!




