あの日の二人のやり直し(その発言は許せません!)
こっそり二人の後を追い、辿り着いた場所は――。
「ここ、あの日の湖だ」
「『あの日』……?」
そこは初デートでマリーさんがイザベラ様と俺を連れてきた、あの湖だった。
少し日が経ったからか、水面に浮かぶ花びらは増えていた。
イザベラ様はマリーさんに手を差し出すと、彼女に優しく微笑んだ。
「ここ、二人の初デートの場所なんです。マリーさんが、イザベラ様を連れてきて。でもその時、マリーさんはドレスだったので……ヒールも高くて、とても一緒にはボートには乗れなくて」
あの日、ヌッシーボートに乗ったのは俺だった。
それもあり、イザベラ様は俺がマリーさんの思い人だと勘違いする事件が起きてしまった。
だがその結果、マリーさんが真実を話し、二人は和解、無事恋人になったのだ。
「でも、今日は違う」
俺はその光景を見て、胸が熱くなるのを感じた。
愛というのは、多分こういう事を言うんだろう。
お互いを思い合って、すれ違うときがあったとしても、共に歩こうと努力する。
マリーさんもイザベラ様も、初めてのデートのときはバラバラだった。
でも、今日は服はマリーさんに合わせたり、ご飯のお店はイザベラ様に合わせたり。
そうやって歩幅を合わせて、今は楽しそうに、花びらで色づく美しい景色の中で、二人舟を漕いでいる。
いつもは厳しい表情をしているイザベラ様が、柔らかく微笑んでいるだけで、俺は幸せな気持ちになった。
「……二人で、一緒に漕げてよかったですね。イザベラ様」
俺の声は、彼女たちには聞こえない。
でも、それでいいのだ。俺はただ、大好きな彼女の変化と笑顔が嬉しかった。
俺には彼女も恋人も、婚約者なんていないけれど、『好き』な人の幸せが、今は俺にとって何よりの幸福なのだ。
「お前は、そんなふうに笑うんだな」
横を見ると、何故か彼が俺のことを見ていた。
でも、目が合ってすぐにそらされる。
「なんですか。人のこと、じろじろ見て」
「なんでもない」
「はい?」
俺は首を傾げた。
わけがわからない。何がしたいんだ? この人。
「だが……やはり私には、お前がわからない」
ヴァーミリオン様は、静かに呟いた。
「お前は何故、そう他人のために動こうとする? お前の常識や価値観は、私とは違いすぎる。お前はそれを受け入れろというが、本来はお前の方が、この世界では異端だろう?」
彼は深く息を吸ったあと、さっきよりも小さな声で、呟くように俺に尋ねた。
「女性の……同性同士の恋愛は、そんなにいいものなのか?」
「いいか悪いかというより、そこにある感情を否定することこそ、僕は傲慢だと思います」
俺は静かにそう答えた。
そうだ。傲慢だと俺は思う。
社会の制度が大多数のために用意されていることを否定しているわけじゃない。でも、この世界に生きる誰かが心に抱いた感情を、『少数派だから』と言う理由で存在しないものとして扱うのは、数で勝利している側の傲慢だ。
「二人は好き同士で、今は幸せそうにしている。なら、それでいいじゃないですか」
少数派のために制度を変えることは難しい。その制度が、違う用途に使われる可能性も、慎重に考えることが必要だ。
でも――。
実在する誰かの『意志』をなかったものにすることは、確実に問題だ。
「だが、でも、それは――」
「『異端』だと?」
やけに低く響いた俺の声に、ヴァーミリオン様はビクッと体を震わせた。
ゆっくりと彼が俺を見つめる。俺は、静かに彼を見て目を細めた。
思考は言葉や行動に現れる。
――ああ。やっぱり駄目なのか。アンタの思考は何も変わっちゃ居ない。だから俺を前にして、イザベラ様を傷付ける言葉を簡単に吐けるんだ。
俺は、俺が『好き』な人を傷付ける人間が嫌いだ。
「――じゃあ、『お兄様』。聞きますけど」
俺は生まれも能力も、貴方には及ばない。でも俺は言葉なら、貴方の心臓を的確に撃ち抜ける。
俺は、俺の大切な人を傷つける人間は許さない。
「貴方は妹のあの表情を見て、別れろと言えるんですか?」
その問いに、彼は答えなかった。
■
「おかえりなさいませ。レイお坊ちゃま」
外出から帰宅すると、使用人達が俺を出迎えてくれた。
俺の両親は本来領地にいるべき人たちだが、俺が王都の学校に通うにあたり、ずっと王都の屋敷に滞在してくれている。
俺が兄と会えないのは、これも関係しているらしい。暫くしたら、両親と兄が入れ替わり、俺と兄がここに住むことになっている。
「おかえりなさい。レイちゃん!」
いつものように、子持ちなのに穢れを知らない少女のような顔をした母上が、帰宅した俺を抱きしめてくれた。
「……ただいま帰りました。母上」
母上は、穏やかで温かで優しい人だ。その温もりに触れるたび、いつも俺は思う。
彼女の中にとって『レイ・シルフィード』は、まだ八歳の子どものままなのだ。だから彼女は、いつも俺を子ども扱いする。
そんな彼女には、俺がいつもと違うことがわかったらしい。
「レイちゃん。レイちゃんどうしたの?」
「……母上」
「どうしてそんな表情をしているの? 何か、悲しいことがあったの……?」
母上の問いに、俺は何もいえなかった。
どうしようもなく胸がざわついた。むかむかして、むしゃくしゃして――抑えようのない感情が、今の俺の中にはある。
彼はイザベラ様の兄だから。彼は俺が大好きな人と、とても良く似ているから。
だから、期待していたのだ。
もしかしたら彼は、俺の話を聞いてくれるかもしれないと。
そうしたら、俺たちは――。
「仲良くなれるかもしれない、なんて。バカみたいだ」




