お会計は全部お兄様にお任せします!
ジューーーーッ。ずッ。ガッ。ゴコッ。
「飲み終わっちゃった」
「……」
イザベラ様とマリー様と尾行する俺たちは、二人がランチに店に入ったのを確認し、近くの店に入ることになった。
今日は本当に天気が良い。二人には最後までお日柄も宜しいのでデートを楽しんでいただきたいところである。
だがその分喉が渇いたので、俺はジュースを飲んでいた。喉がカラカラする。実況中継の為に喉を使いすぎたのもあるかもしれない。
勢いよくグラスをからにした俺を、ヴァーミリオン様は呆れたという表情で見ていた。
「お前ほど、外見と中身が一致しない人間もいないだろう」
「貴方にどう思われようと、僕は興味がありません」
この人は、ただの友人の兄である。
しかも、友人の恋を邪魔しようとする――。
そして俺は、愛の宣教師。彼に百合という正しい教えを与えるためだけにここに居るのだ。
彼に俺のことを好きになって貰いたいなんて俺は思っていないし、彼も俺を、『妹に悪いことを教える面倒な男』くらいにしか思っていないだろう。
「お飲み物は?」
「同じものを」
苦言を呈しながらも、彼は妹に似て面倒見が良いのか、俺のために追加で飲み物を頼んでくれた。
「ほら、まだいるんだろう」
「ありがとうございます」
オペラグラス片手に、俺はジュースを飲みながら二人を観察していた。
「行儀が悪いぞ」
「あっ。今! イザベラ様が、マリーさんのほっぺについた生クリームをとって食べました。マリーさん、苺みたいに顔赤くしちゃってる。それを見るイザベラ様、ちょっと意地悪そうに笑われるのも良い。嫁を溺愛する旦那みを感じる。はあ……。これだけでご飯大盛り十杯はいける」
「こら」
「わあ。本当にいい眺めだ。毎秒写真に収めたいくらい」
「いい加減、やめなさいと言っている。食事中は、食事に集中しなさい」
「あっ」
俺は、オペラグラスを取り上げられて少し不機嫌になった。身長差のせいで取り返せないのも癇に障る。
「……そんな顔をして、お前は本当に子どもみたいだな」
ヴァーミリオン様は深く溜め息を吐いた。
彼はたまに『お父さん』みたいに感じる瞬間がある。昔から大人として生きてきた人間の悲哀のようなものを感じる。
「料理が来た。食べ終わるまで、これは私が預かっておく」
■
「おいしそう。いただきます」
食事が届いて、俺は手を合わせた。
「あっ。これ美味しっ」
ヴァーミリオン様が俺を連れてきた店は、実は結構な高級店。出された料理は、どれも豪華で美味しかった。
『異世界転生』したとはいえ、一生食べれないと思っていたレパートリーだ。見事すぎるオシャレな調理のせいで、元の食材が俺には分からない。
「口に合ったなら何よりだ」
「いつもこんなところで食べているんですか」
「付き合いで来るだけだ」
暇だったので、俺は彼をからかって遊ぶことにした。
「え……。もしかして女の子ですか。彼女とか居るんですか? その人と、一緒に来てたり? なんかして?」
「違う居ない。私には、婚約者も妻も居ない」
「ああ、そうか……。そういえば、かなりの面食いですもんね。なかなかお眼鏡に適う女の子がいないのか……。大変だな」
「おい。お前……勝手に余計なことを考えるな」
彼は少々ご立腹の様子である。
「はあ……。じゃあ、そういうお前はどうなんだ。仲のいい女性はいるのか? 好きな女性は?」
「僕ですか? 僕は勿論いますよ」
「――ほう?」
美味しい食事に飲み物。
グラスを片手ににこっと微笑むと、ヴァーミリオン様は『興味深い』という表情をした。
「誰だ? それは」
「勿論、『イザベラ・ヴァーミリオン』様と、『マリー・ステラ』さんです!」
俺は元気よく答えた。
「……待て」
彼は一瞬、ぽかんと口を明けた。珍しいこともあるものだ。不思議なことに間抜けに見える。
「それは……妹と、その恋人だろう」
「そうですね」
「理解できない」
「理解しようとしてくれたんですか?」
からかうように言えば、ヴァーミリオン様は頭を押さえて黙った。
あ。俺、貴方から今一本取っちゃいました? ダメだなあ。弱いなあ。ヴァーミリオン様。
まあでも、彼が年下の俺に言葉で負けて、苦悩する姿を見るのは嫌いじゃない。
俺はくすくす笑った。大男の可愛げとでも言おうか。
彼には食事をおごって貰うのだし、少しは俺のことも、話してあげてもいいだろう。
「そうですね。なんといえばいいのかな? 僕、あまり女性に対しての欲? がないというか。綺麗だなあ。可愛いなあ。素敵だなあとは思うんですが、それを見ていると嬉しくなったり、楽しくなるだけで、そこで終わってしまう、というか……」
二人のことは好きだが、俺にとって彼女たちはそういう対象ではない。
「好きだと思ったら外見も性別も関係ないというか、寧ろ人間だけでなく、小さくて可愛いものや、お菓子にもいいなあと思うというか」
そもそも俺は、『恋愛感情』というものが、よくわからないのかもしれない。
「基本的にこう……博愛? みたいな」
「よく分からない男だな」
「そうですか? 僕の『好き』は、単純だと思いますけど」
俺は彼の、ルビーみたいな綺麗な赤い瞳を見て言った。
「好きだなと思ったものはただ、全部『好き』なんです」
そう。だから俺は、俺の『好き』が壊されないよう、守りたいと思うのだ。
「まあ、最近一番『好き』なのはその二人ですけど」
「……」
再び無言になったヴァーミリオン様に、俺はにやっと笑って尋ねた。
「そういえば今、マリーさんのこと恋人って言いました?」
「話を合わせただけだ」
■
「ヴァーミリオン様のせいで、マリーさんたちより良い物を食べてしまいました」
二人が談笑している間に店を出た俺は、少し膨れたお腹を触りながら言った。
願わくば、二人にはいつか夜景が綺麗な高級店で食事をしてほしいところである。今はイザベラ様がマリーさんに合わせているが、俺はイザベラ様のスパダリエスコートが見たいのだ。その時のドレスはイザベラ様は黒だと嬉しい。
「奢られておきながら文句を言うな」
「でも、そもそも僕は、屋台でいいって言ったじゃないですか。なのに、貴方が嫌だって」
「私がそんな場所で食べるわけがないだろう。人目もある」
彼はさらっとマリーさんと俺を否定した。
「でも、イザベラ様はマリーさんのために食べていましたよ。愛って本当に素晴らしいですね。相手に合わせることを学ぶのも、人間として成長するために必要なことだと思います」
「それは、私に対する当てつけか?」
「ヴァーミリオン様。人は自分が自覚できない欠点を言語化されると、責められているように感じるそうですよ」
訳:貴方がそう思うなら「そういうこと」ではないんじゃないですかね?
俺がそう言うと、ヴァーミリオン様は再び言葉に詰まった。
さて、俺は今日はあと何回、彼を黙らせることが出来るでしょうか?
そう思うと、俺は何故か少しだけ、楽しくなっている自分に気がついた。
「二人が移動しました。僕たちも行きましょう」




