「お兄様におかれましては、百合の素晴らしさを理解していただきたく……」「お兄様と呼ぶな」
「そんなところに隠れて何をしている。……おい。聞いているのか」
イザベラ様の兄、ノクス・ヴァーミリオン様に喧嘩を売られた俺は、彼を連れてイザベラ様とマリーさんのデートを尾行することにした。
だが当人は『尾行』の意味を分かっていないのか、俺が顔を隠して行動しているというのに、彼の服装は質の良さそうな公爵令息の普段着だ。
「ちょっと! フードを外さないでくださいよ!」
ローブのフードを脱がされて、俺は彼に怒鳴った。
「美しすぎる僕の顔面が晒されたら、隠れているのに目立ってしまうじゃないですか!」
「……はあ?」
彼の顔に、『何を言ってるんだこの男は』と書いてある。
だが、こちらは既に彼の妹に、それが原因で見つかったことがある経験者なのだ。
イザベラ様は勘がするどい。
……まあ、今のイザベラ様は俺に多少寛大なので、尾行がバレても激怒されることはないだろうけど。
なんたって俺は、彼女たちの味方ですからね! イザマリのファンクラブがこの世界に存在するなら、俺は会員番号一号の最古参である。
俺は二人の関係を応援することを本人たちに許された、この世界で唯一の男なのだ。
「ご覧くださいこのスポット。二人のデートを遠目に見るのにベストなポジションだとは思いませんか?」
「……『でーと』、だと?」
「愛し合う二人が時を重ねることですよ。そんなことも知らないんですか?」
小馬鹿にしたように話せば、ヴァーミリオン様は黙った。
うん。貴方は黙って、今は俺の話を聞いてればいいんだよ。
イザベラ様は、今日は学校の制服だった。靴もヒールは高くない。
流石イザベラ様である。前回の失敗からしっかり学んでいらっしゃる!
マリーさんを変えるのでなく、自分を変えることを選ぶあたり、溺愛っぷりが伺えて俺のなかでポイントが高い。
「ああ、眼福すぎます。美少女と美少女の組み合わせは、どうしてこうも美しいんでしょう? 世界が輝いてる。ご覧ください。二人で髪飾りを贈り合うなんて! しかも、お互いの色を送り合うなんて! いつまでも一緒にいたいという気持ちの表れですね。背景に満開の白い百合の花が見えてしまいそうです」
俺は、一○点満点で一億点あげたい気持ちに駆られた。二人が幸せそうに笑っていると、どうして俺はこんなに幸せな気持ちになるんだろうか。
「お前の目には幻覚でも見えているのか?」
「たとえですよ。たとえ!」
ヴァーミリオン様は俺に遠慮がなかった。そりゃあ、常人には背景に花なんて見えないかもしれないけれど。
これは、現代日本人オタクの漫画的表現です。いつかこの世界でも漫画を流行らせたいところだ。たぶん、まだないみたいだし。
「いいじゃないですか。好きな人間同士が結ばれること以上に、この世界に幸せなことがあとでも言うんですか?」
「それはお前の考えか?」
「はい」
「女性の結婚は、親が決めるものだ」
ヴァーミリオン様は、二人の幸せそうなデートを観察ながらも、意見を変えようとはしなかった。
「あ! 見ましたか。今! 手が触れただけで恥ずかしそうにしたの……。純愛とはこういう事を言うんですよね。男女だと、なかなかこうはいきません」
彼の意見は肯定せず、俺は再び二人の関係の素晴らしさを精いっぱい布教することにした。
性別の差、力の差が大きければ、どうしてもどちらが上かが生まれやすくなる。
でも、マリーさんとイザベラ様は、身長がややイザベラ様が高いくらいだ。
お互いがお互いを気遣いあう。目線が合う二人の穏やかな時間を前に、俺は胸の高鳴りを抑えられなかった。
主従に溺愛・一途も良いが、同性だからこその対等な関係には、異性の恋愛にはない素晴らしい絆があると俺は思う。
「……はあ。やっぱり、百合は最高だぜ。シスターフッドも好き」
「何か言ったか」
「いいえ何も」
どうせ、この人には言ってもわからない。
英語のリスニングも耳が慣れればわかるようになるというし、ここはもう、割り切って彼の耳を慣らすことから始めよう。
「あっ。今、頑張って手を伸ばしましたよ! 手と手が触れ合って、お互い見つめ合って……なんですか。あれ。聖域ですか? 天使にしか見えないんですけど」
「お願いだから静かにしてくれ」
ヴァーミリオン様はお疲れのご様子だった。
「わざわざ実況中継してあげてるのに、なんでそんな酷いことを言うんですか」
納得がいかない。気分が冷めることをいうなんて、同行者に失礼だ。
「妹の恋愛事情を逐一報告されて、思考が乱されない兄がいるか。お前にはそれが分からないのか」
ヴァーミリオン様は、妹を溺愛する兄のようなことを言った。
「僕は記憶がないので、そのあたりはよくわかりません。あと、僕は兄がいる弟らしいので、妹のいる兄の気持ちはわかりません」




