「ねえ、百合って知ってる?」
「女の子どう……どう……は?」
俺の言葉に、お兄様は明らかに『意味がわからない』という顔をしていた。
「大丈夫。合ってますよ。女の子同士の恋愛です」
「つまりお前は、私の妹と、平民の少女との恋愛を見て楽しんでるということか?」
「マリーさんは将来有望なので、そのうちちゃんとした立場を得るので将来的には平民というわけでは……」
「問題は、そこではないだろう! 何なんだその、女性同士の恋愛というのは!」
お兄様は声を荒げた。
「そのままの意味です。女の子と女の子が恋をして愛になるんです」
GがLするとビッグラブになるんです!
「お前はさっきから何を言っているんだ」
「貴方こそ、先ほどから息を荒くしてどうされたんですか? 好き同士が恋人になることに何か問題でも?」
俺がこの命を賭けて、一生幸せにすると誓った女の子たちに、文句でもあるのか。
「問題……あるに決まっているだろう!」
お兄様は俺にノリツッコミしてきた。
お兄様は、漫才だったらツッコミにまわれそうで、若干の天然さ故にボケも出来そうな素晴らしい人材だった。イザベラ様同様、からかうと反応がいいタイプだ。叩けばよく鳴る太鼓みたいな。
「あの子は公爵令嬢だぞ!? いずれ、この国の王妃になるべき人間だ! なのに平民と!? しかも、男ではなく少女だなんて!」
「妹さんは大変魅力的な女性なので、元々女性人気も高いです」
イザベラ様は、女の子の隠れファンが多いのだ。宝塚的な何かがあるのかもしれない。
「知っている。だが、それとこれとは別問題だ!」
ほう。お兄様、イザベラ様のことちゃんと評価はしてるんですね。
……今、言質取ったからな。
「全く何を考えているんだ。男ではなく女が好きだなんて、これでは縁談にも影響が出るではないか」
「僕の予測ですが、妹さんはマリーさんだからこそ好きなのであって、女性だから好きというわけではないと思います。それはもう、運命に導かれたかのように、お互いにとって一番大切な存在として運命の糸が絡んで結びついているのだと思います」
「……お願いだから、お前は少し黙っていてくれ」
お兄様は頭を抱えた。
「何かおかしなことがありますか? お兄様の周りには、同性を好きな方はいらっしゃらないんですか?」
「いるわけがないだろう。あと私を『お兄様』と呼ぶな」
「本当ですか? ヴァーミリオン様も、同性ウケしそうなタイプに見えるけど……」
身分が高く、顔がいい。頭が良さそうで背が高く、低いの声は耳に心地がいい。
俺は顔はいいが、身長は平均的だ。彼を見るには、どうしても上目遣いになってしまう。
「わ……私の顔をジロジロ見るな。気持ちが悪い」
「え!?」
俺は、突然驚いたふりをした。
「な、なんだ」
「この顔で見つめられて気持ち悪いなんて! ヴァーミリオン様はどれだけ面食いなんですか!?」
『レイ・シルフィード』は、自他ともに認める美少年だ。
「男だけじゃなくて女性と比較しても、僕ほどの顔面偏差値の人間はそうそういないと思うんですが……」
俺は、可哀想なものを見る目でヴァーミリオン様を見た。
「……そんなに面食いで、結婚相手見つかりますか?」
ぶちっ。
その時俺は、彼の中で何かが切れた音を聞いた気がした。
「何故私がお前に心配されねばならない! 大体、結婚なんて家同士の結びつき、家系の問題だ。外見よりも血筋。子どもを産めるか産めないかが問題だろう」
ひかえおろう! ひかえおろう! 公爵令息様はご立腹である!
……って、誰がアンタなんかに頭を下げるもんか!
俺が今のところ土下座するのは、マリーさんとイザベラ様に対してだけだ。
「うっわ。前時代的な発言! この世界だからまだいいですけど、未来では問題になるかもしれませんからねっ!」
他の人間を傷付ける可能性のある権利の主張を全て認めるべきという意見には俺は懐疑的だが、個人の性的趣向は尊重されるべきというのが俺の考えだ。
イザベラ様の兄とはいえ、彼女の尊厳を傷付けるような発言は許せない。
それに、この人は俺の知る限りでも、イザベラ様を傷つけた前科がある!
「未来? わけのわからないことを言うな。私は今、現実の話をしている」
「なら余計に問題ですよ。貴方の大切な人が子どもを産めないからと嫁ぎ先でいじめられる姿を想像してみてください。少しも心は痛まないんですか?」
嫁姑問題は、昔からよく聞く話だ。まあ前世も今も、俺には嫁なんて居ないけど。
「……それは、論点のすり替えだろう」
俺の言葉に、ヴァーミリオン様は言い淀んだ。
イザベラ様の変化にいち早く気づき、俺に釘を差しにきただけのことはある。兄として、妹への情はあるのだろう。
「いいえ。思考は言葉と行動に出ます。その考えは、いつか貴方に牙を剥くかもしれませんよ」
ならば俺は、そこにつけ込むのみ。
相手が公爵令息だなんて関係ない。
こっちは最推しの二人の未来がかかっているのだ。
やっと咲いた百合の花――イザマリの幸せを、ここで摘み取ろうなんて許さない!
「何をわけの分からないことを」
「そうですよね! わかりませんよね」
真に花を愛する人間ならば、花を摘み取るのではなく、ありのままの花を愛で、水を与えるべきなのだ。
この世界の全てが、彼女たちの生きる土に水を与えないというのなら、俺が新しく井戸を掘ってでも、彼女たちに水を与える役目を果たしてやる。
「未知の価値観を理解するためには、それに触れることが大切です。と、いうわけで――」
俺は、彼を指差して宣言した。
まずはイザベラ様の兄である貴方から、俺はこの世界の認識を変えてやる!
「今日から僕が貴方に、百合の素晴らしさを布教します!」
No Lily(百合), No Life!




