マリー・ステラに嘘は似合わない。②
「レイさんに言われたんです。私を応援してくれるって。私がイザベラ様と仲良くなれるよう、手助けをしてくれるって」
マリーさんのイザベラ様への感情は、俺が本で読んだ『マリー・ステラ』より、ずっと深くて強い。
それはもしかしたら、俺が二人の関係に介入したせいかもしれなかった。
だって正史(公式)の百合漫画では、二人は王子にマリーさんが求婚される前、偶然街で出会うのだから。
HAPPYENDになるための確率を上げる為の俺の『提案』。
でもそれは、マリーさんにとってはもしかしたら、悪魔の囁きだったのかもしれない。
だってそのせいで、二人の出会いは『仕組まれたもの』になってしまったのだから。
「どうしたら、イザベラ様に気にかけてもらえるのか。私は、レイさんに教えてもらいました。……それは、貴方の優しさにつけ込むことだった」
マリーさんは、自分の選択をひどく後悔しているようだった。
「もしかしたらレイさんに言われる前から、私にはわかっていたのかもしれない。どうすれば私が、貴方に見つけてもらえるのか。でも、それでも……。貴方の瞳に私が映る度に嬉しくて、貴方が私の名前を呼んでくださるたびに、どうしようもなくこの胸は高鳴って。気付いたらもう、引き返せなくなっていた」
マリーさんの瞳から、一筋の涙が頬を伝う。
「こんなこと、いけないのに。今日だって私、イザベラ様を悲しませて。沢山笑っていて欲しいのに。私が貴方を、笑顔にしたかったのに。その私自身が、貴方の信頼を、きっと一番傷つけている」
「――マリー……」
イザベラ様が、マリーさんの名前を呼ぶ。
だがその瞬間、マリーさんはイザベラ様から手を離した。
「こんな私が、貴女を好きだなんて、言っていいはずがない」
熱く燃えていた火が消える。
マリーさんは、涙がこぼれないよう精一杯笑顔を作って、イザベラ様に言った。
「ごめんなさい。もう私、イザベラ様には関わりません。」
「…………うん?」
俺は、一瞬彼女が何を言ったのか理解出来なかった。
ま……マリーさん!?
待ってくれそれは困る。
俺は、二人には仲良くなってほしいんだ。仲違いさせたいわけじゃないんだ!
「私は、イザベラ様には相応しくない」
駄目だ。駄目だ! そんなの駄目だ。
俺は、珍しく混乱していた。何かしないとと思うのに、頭が真っ白で言葉が出ない。
何やってんだ、俺。
なんでちゃんと、彼女の心を分かってあげられなかったんだろう。
マリーさんにとってこれは初恋で、マリーさんは物語においても現実でも、誰よりも誠実で優しい人なのに。
どうして気付けなかったんだろう。
俺が出会いを助言して仲良くなれても、マリーさんはずっと、イザベラ様に罪悪感を抱えるかもしれないことを。
幸せにしたかった人たちの未来を壊してしまったのだとしたら、俺は、どうしようもない大馬鹿野郎だ。
「さようなら、イザベラ様。――これまで、私。きっと、世界で一番幸せでした」
マリーさんは、イザベラ様に背を向ける。
そのまま走り出そうとした彼女は、偶然屋台で買った食事を手にした子どもと、ぶつかりそうになってよろめいた。
「きゃっ!」
「マリー!」
倒れそうになったマリーさんの腕を、イザベラ様が掴む。イザベラ様はマリーさんの手を引いたが、高いヒールが災いして、二人とも体勢を崩して噴水に落ちてしまった。
「あっ」
バッシャーン!
盛大な水音ともに、二人の美少女は水の中に落ちてしまった。
先程まで暗い顔をしていたマリーさんは、水の冷たさで我に返ったのか、濡れたイザベラ様を見て心配を始めた。
「ご、ごめんなさい。イザベラ様!お怪我はありませんか!?」
「……」
「どうしましょう! もしイザベラ様のお体に、傷の一つでも残ってしまったら……私、死んでも死にきれません!」
もし怪我をしたとしていたとしても、だ。
今のマリーさんはイザベラ様に、体の傷よりもっと深いところを傷を付けている。
心に深い傷を負わせておきながら、別れの言葉を告げながら――それでもマリーさんの、イザベラ様に対する愛情は変わらない。
イザベラ様は、ふーっと静かに息を吐いて、それからやや乱暴に、片手で前髪をかき上げた。
水滴がポタポタと落ちる。
意志の強そうな赤い瞳は今はただ、マリーさんだけを見つめている。
「……本当、今日は何もかもが、思うようにいかないわ」
「ご、ごめんなさい……」
「気にかけていた子に、これまでの全ては嘘だと言われるし、二人で出かけるはずの約束には、面倒な男がついてくるし」
それは非常に申し訳ない。
でも、俺がついてこなくても、このデートは破綻していたはずだ。
結局のところ本音で話せなければ、関係は継続しない。
「……でも、この関係を終わらせたいと、どうして私は思えないのかしら」
雪の女王。心に刺さった鏡の呪い。
冷えた心を溶かすのは、愛する者の涙らしい。
「イザベラ、様……?」
「ねえ、マリー」
イザベラ様は、そっとマリーさんの濡れた頬に触れた。
「言って。貴方は私を……本当は、どう思っているの?」
その答えを、俺は知っている。
マリーさんなら、イザベラ様の心に寄り添える。
だって彼女は、貴方の孤高も孤独も愛せる人だ。
「すき」
彼女の言葉に嘘はない。
始まりが嘘だとしても、その感情に嘘はない。
「貴方が、すき。好きです。イザベラ様」
「そう」
震える手を伸ばす。
イザベラ様は、マリーさんを優しく、強く抱き寄せた。
「――……私も、貴方を愛しているわ」
その時、二人が落ちた大噴水から、勢いよく水が上がった。
まるで二人の恋の成就を、世界が祝福しているみたいに。
二人の姿を周囲に隠すかのような水のヴェールの向こうで、俺は一度離れた影が、静かに重なったように見えた気がした。




