マリー・ステラに嘘は似合わない。①
「何が違うっていうの?」
「違うんです。私が……私が一緒に過ごしていただきたいのは、レイさんではなくてイザベラ様なんです!」
マリーさんは必死だった。
「何を言っているの? 貴方が誘ったのは彼でしょう。今日だって、彼も仲良さそうに話をしていたじゃない」
イザベラ様は誤解していた。
俺は彼女の恋の協力者。ただそれだけの関係なのに。
「レイさんには仲良くしていただいています。でもそれは、彼が私の手伝いをしてくれていたからなんです」
「『手伝い』?」
イザベラ様の眉が、ピクリと動く。
マリーさんはそれを見て、深く息を吐いてから――ずっと、胸の底にしまっていたことを話し始めた。
「私、ずっと騙してました。私、貴方に近づきたくて、これまで嘘をついてきました」
「マリー?」
イザベラ様は、信じられないという表情でマリーさんを見つめていた。
「貴方……一体何を言っているの?」
イザベラ様の声は震えていた。
まるで信じていた世界の全てから、裏切られた子どもみたいに。
「イザベラ様を初めて見た時、私は、その全てに憧れました。綺麗で、私にはないものを全部持っている。みんなから、誰からも一目を置かれる、この国の公爵令嬢」
マリーさんの声は静かだった。
「嫉妬することすら出来なかった。だって、貴方は何もかもが完璧に見えて。そして、誰より高貴な身分のはずなのに、人の目がなくても手を差し伸べる。私が、貴方を見ていたある日のこと。貴方は、校内でいじめられていた生徒に手を差し出した」
マリーさんが話す内容は、俺が知る『一〇〇本の薔薇を君に』の内容と同じだった。
このエピソードこそ、俺がイザベラ様をただの悪役令嬢だと思えなかった理由。
彼女は物語の過去編において、マリーさんが王子に見初められ、自分という存在が好奇の目に晒される前は、寧ろ平民を虐める貴族クラスの生徒たちのいじめを、唯一止める令嬢として描かれる。
校内の噴水に、体を押されて落ちた平民クラスの生徒。それを見て笑う、貴族クラスの生徒たち。
お前の着ているその制服は、自分たちの領地から得た金で賄われているのだと、その利益が平民によって生み出されていることも理解せず、尊厳を貶めようとする貴族の令息。
『貴方たちは、一体何をしているの』
イザベラ様はそんな悪に毅然と立ち向かい、見返りなく弱者を助けようとする。
『大丈夫?』
イザベラ様は、虐められていた少年の濡れた頬をハンカチで拭ってやった。
だがハンカチは少年に奪われ、彼は逃走――後に、病の親の薬代に変えようと、刺繍のハンカチは後に市場に出回ることになるのだが、その際公爵家の紋章が刻まれていたことで、少年は盗人として捕まり退学になってしまうのだ。
それ以来、彼女は紋章入りのハンカチを学校では持ち歩かないようになった。
この事件で、彼女は深く心に傷を負う。
イザベラ様の優しさは、HAPPYENDで終われなかった。
彼女の純粋な優しさは、誰にも理解されずに届かない。
彼女の兄はこの件に箝口令を引き、そして言うのだ。
『簡単に人を信じるな。公爵家の令嬢が、他人に簡単に心を許すな』
――と。
「彼が虐められていることを知っていても、私は、彼を助けることはできなかった。私、怖かったんです。私は女で、力では、絶対に敵わないってわかっていて。でも、貴方は違った。公爵令嬢であったとしても、怖くない筈なんてなかったのに」
「……」
マリーさんの話を、イザベラ様は黙って聞いていた。
「でもその後、彼が退学になって。貴方は一人、事件のあった場所で泣いていた。『どうして』と。誰にも聞こえないよう、小さな声で言いながら」
人の心を救おうとする人間は、人の傷つけ方も知っている。
心を病んだイザベラ様は、マリーさんと敵対する。本来の彼女なら望まないことなのに、心が壊れた彼女は他者を傷つけてしまう。
「その後も、貴方は困っている誰かを見たら必ず手を差し出した。貴族の気まぐれな施しだと、揶揄する人がいたとしても。私は、そんな貴方の姿を見る度に、思いが強くなりました。いつか、貴方と話がしたい。仲良くなりたい。でも私のような人間が、貴方に近づける筈がない。――そんな時」
マリーさんは、今にも泣いてしまいそうな目で俺を見た。




