気持ちが変わらないなら、恋を終わらせるのを決めるのは自分である。
「イザベラ様は、私と過ごすのがお嫌だったのでしょうか……?」
ヌッシーボートを漕ぎながら、マリーさんはかなり暗い表情をしていた。
「もしそうなら休日に、しかもあんなお洒落しては来ないと思いますよ。お二人とも初デートなわけですし、気がまわらないのはしょうがないと思います」
全く、端から見てつくづくもどかしい二人である。
俺は恋のキューピッドとして、二人のメンタル管理を頑張ることにした。
恋人ではない両片思い。
育った環境に大きな隔たりがある二人にとって、俺は緩衝材なのだ。両思いになれば必要なくとも、今はその役目を果たさねばならない。
「なんだか私、今日はイザベラ様に気を遣っていただいてばかりな気がしていて。私、イザベラ様に嫌われてしまっていないでしょうか……?」
「それを言うなら、イザベラ様も服装やら連れて行く店などで配慮が足りずにマリーさんを困らせているわけですし、お互い様ですよ。僕にはイザベラ様は、マリーさんをとても気に入っていらっしゃるように見えます」
「ほ……本当ですか?」
俺がそう言うと、マリーさんの表情がぱっと明るくなった。
そう。その顔だよ。マリーさん。貴方はいつだってそうやって、明るく笑っていなくっちゃ。そんな貴方に、イザベラ様は惹かれたはずなんだから。
「はい。僕に対する態度が、明らかに恋敵に対するそれなので」
普通、友達と言えど男に対抗して、女性が女性を高級店に連れていって、物を買い与えようとはしない。
「恋敵……」
「はい。今日の僕は、恋のお邪魔役です。僕という存在が居ることで、マリーさんを奪われないよう、イザベラ様には危機感と嫉妬という感情を強くしていただこうかなと」
さっきのイザベラ様の行動はやや気になるところだが、方向性は間違っていないはずだ。
自分の恋心を強く意識させる、という意味では。
「なるほど。それで、今日はデートについてこられたんですね」
「……そんな感じです」
半分本当で半分嘘である。
だって、これまでフォロー(暗躍)してきたのだ。どうせなら、一番近くで恋の成就の瞬間を見たいじゃないか!
「イザベラ様だ」
マリーさんは暫くボートを進めると、ペダルを漕ぐ足を止め、一人静かに水面を眺めるイザベラ様を見つめた。
「イザベラ様の近くに、小鳥がとまってる」
薄いピンク色の小鳥。
イザベラ様は、自分の手にすりっと体を寄せた鳥に、柔らかく微笑んだ。誰にも見せない、公爵令嬢の仮面の下。それはまるで、最愛の人を見つめる瞳のようだ。
「…………いいなあ」
マリーさんはその光景を見て、独り言のように呟いた。
「あの鳥、マリーさんと少し色合いが似ていますね」
「えっ? そうです……か?」
俺の指摘に、マリーさんが顔を赤くする。本当に可愛い人だ。俺と一緒にいたとしても、彼女の瞳にはイザベラ様しか映らない。
「私も小鳥だったら、イザベラ様の隣にいても許されるんでしょうか」
「鳥では話せませんし、手を繋ぐこともできません。どうせそばにいるのなら、人間のほうがお得では?」
俺がいたずらっ子のような表情をして言えば、マリーさんは可愛らしくきょとんとした。
「大丈夫。きっと、貴方の思いは届く」
彼女の目を見て、俺はどこか祈るように言った。
「ありがとうございます。……すいません。私は告白を断ってしまったのに、いつも私を応援してもらってしまって」
真剣な目をした俺を見て、マリーさんが申し訳なさそうに言った。
「いいえ。気にしないでください。貴方の幸せが、今の僕にとっての幸せですから」
今思い出した。そういやそういう設定だった。
■
ヌッシーボードを降りたあと、マリーさんは買い物にいくといい、俺とイザベラ様は二人残された。
この湖では、魚にやれる餌も売っているらしい。
うん。マリーさん。素晴しいデートプランだ。全体的にイザベラ様には優しくないが、とてもほのぼのとしている!
俺は、隣の美人の冷たい雰囲気にドキドキした。かなりお怒りのような気がする。
「マリーと二人でのボートは楽しかった?」
俺が黙っていると、イザベラ様が静かに、少し小さな声で俺に尋ねた。
「まあ、それなりに……?」
俺は曖昧な返事をした。
俺は本当は、ヌッシーボートを漕ぐ美少女二人を、オペラグラスを使って『これはよい画角ですねえ』と謎評価しながら頷く立場でいたかったとはいえない。
「私たちの予定についてきてまで、結局貴方は何がしたいの?」
「僕は、マリーさんのことが大好きですから」
「――……『好き』?」
俺の言葉に、イザベラ様が食いついた。
「はい。友人としてではなく、僕は彼女が好きです」
嘘である。全て嘘である。
俺はマリーさんは人として好きだが、恋愛感情は欠片もない。
「マリーさん、素敵ですよね。思いやりがあって、可愛らしくて。少し、どこか抜けているところがあって。恥ずかしい時はすぐ顔を赤くして、嬉しいときはにこにこ笑って。一緒にいるだけで、幸せな気持ちになれますよね」
だが、恋愛感情はないが人としては好きなので、褒め言葉はスラスラ出てくる。マリーさんはとてもいい人だ。
そしてこの言葉は、イザベラ様に恋心を自覚してもらうためのものでもある。
――貴方は、そんなマリーさんに惹かれたはずだ。
「……貴方は、マリーに告白して振られたんでしょう?」
イザベラ様は、何故か俺とマリーさんの過去を知っていた。
俺からは、絶対に話していないのに。
「はい。一度は」
もしかして、マリーさんが言ったんだろうか。
マリーさんは嘘が苦手な人だ。イザベラ様に尋ねられて、つい白状してしまったのかもしれない。
「でも、彼女にはまだ婚約者も、恋人もいらっしゃらない。なら僕にもまだ、可能性はありますよね? 想い人はいると話されていましたが、まだ進展はないようですし」
俺の告白は虚言だが、振られた原因はイザベラ様なのは本当だ。
だから、ほら、イザベラ様。
想っても恋が叶わない、いたいけな少女の心の隙を狙う男になんか渡せないって、早く俺に言ってくれよ。
「なら貴方が――彼女の恋人になるというの?」
「選ぶのはマリーさんです。彼女が他の誰かを好きだとしても、僕の心は自由でしょう? 気持ちが変わらないなら、恋を終わらせるのを決めるのは自分なのですから」
イザベラ様。お願いだから、早く気がついてくれ。
もし彼女が王子様と出会ったら、貴方の恋は一生叶わないことになる。
今なら間に合う。貴方が彼女の手を掴みさえすれば、選ばれるのは貴方なんだ。




