湖のヌッシーと出会えると幸せになれる(らしい)
マリーさんが俺たちを連れてきたのは、自然が綺麗な湖だった。
湖の近くには、春ということもあって花が咲いていた。この世界の品種は分からないけれど、桜と梅の間のような形と色合いだ。
湖の水面は、花びらで愛らしく色付いている。
女の子同士の、初めての『デートスポット』。
その場所は、いつか二人が交際を始めたら、思い出の地として語るに相応しい場所だった。
「綺麗だと思いませんか?」
「ええ、そうね」
イザベラ様なら、もっと綺麗な場所を沢山知っているに違いない。
彼女は公爵令嬢なのだから。けれどイザベラ様はそこには触れず、マリーさんの言葉を肯定した。
「やっぱり、優しいんだよな」
二人の耳には届かないよう、俺はポツリ呟く。
マリーさんを見つめる目や行動から考えるに、俺としてはもうイザベラ様はマリーさんのことを溺愛しているように見えるのだけど、なかなかカップル成立しないからもどかしい。
「実はここ、なんと『あれ』が住んでいるらしいんです!」
俺がしみじみ百合を噛み締めていると、マリーさんが興奮気味に俺たちに話を始めた。
「『あれ』?」
「そう! ヌッシーです!」
それ、なんて○ッシー???
いや、というかその前にここが異世界で魔物が存在するんだったら、○ッシーがいる湖って、普通に危険じゃないか。突然巨大生物が現れたら、普通は大混乱だ。
「出会えたら、幸せになれると言われているんです。それで、今日はここに一緒に来たいなって」
マリーさんは、楽しそうに明るい声で言う。
「そしてここには、ヌッシーに会えるという船があるんです!」
ジャジャーン!
マリーさんは、俺たちを船の乗り場に案内した。そこには、○ッシーならぬヌッシーの形をしたスワンボートもどきが並んでいた。
「……」
シュールだ。
だが、マリーさんの好みではあるしい。
「見てください! とっても可愛い!」
俺とイザベラ様は、目を輝かせるマリーさんを前に反応に困った。はしゃぐマリーさんは可愛いが、ヌッシーの可愛さが一ミリもわからない。
「そうですね……。ただ、この乗り物は、イザベラ様が乗るのは難しいみたいですね。服が汚れてしまうかもしれませんし、足で漕ぐ必要もあるみたいなので」
イザベラ様はヒールの高い靴を履いている。長身美女をさらに際立たせるアイテムではあるが、デートには不向きだ。
「……へ?」
イザベラ様と乗るつもりだったらしいマリーさんは、俺に指摘されてわたわた慌てた。イザベラ様は、そんなマリーさんを静かに見つめていた。
「そっか。そうですよね。そしたら、えっと……」
そして俺は、そんな二人を静かに分析していた。
肉体労働が必要なこの乗り物は、イザベラ様には向いていない。
ここまでくると、俺は認めざるを得なかった。
マリーさんもイザベラ様も、デートプランを考えるのが苦手らしい。育った環境の差を思えば、仕方ないのかもしれないけれど。
「せっかくですし、僕がエスコートしましょうか。マリーさんは、ヌッシーに会いたいんですよね?」
俺は二人の恋の成就のため、踏みつけられるモブとしての役割を果たすため、マリーさんに提案した。
――心の中で、彼女に断られることを望みながら。
マリーさん。言うんだ! これは、俺が君に与えたチャンスだと気付いてくれ。
『イザベラ様を一人にして俺なんかと乗りたくない。俺と二人で乗るくらいなら、イザベラ様と二人で花を見ていたい』って!
どうか宣言して、俺をここで切り捨てて、今日にでもイザベラ様と両思いになってくれださい!
「でも私、今日はイザベラ様と――……」
マリーさんは顔を真っ赤にして、俺の願い通りの『正解』を口にしようとしてくれた。
だがマリーさんのその勇気は、イザベラ様によって否定された。
「私はいいわ。貴方は彼と行ってきなさい。貴方はここに来るのを、ずっと楽しみにしていたのでしょう?」
その言葉に、マリーさんの顔からさっと熱がひくのが俺には見えた。
イザベラ様は、自分ではなくマリーさんの感情を優先した。
――いや。
ある意味これは、マリーさんからイザベラ様を選ぶという選択肢を奪ったとも言えた。
マリーさんのためを思い背中を押しているようで、相談する時間も、マリーさんが言葉を発する時間も、イザベラ様はマリーさんに与えなかった。
イザベラ様の横顔は、綺麗だがどこか寂しげだ。そんな表情をするなら、他人の気持ちなんて優先しなければいいのに。
貴方はもうずっと前から彼女に選ばれているっていうのに、どうして必死に伸ばすマリーさんの手を、貴方が勝手に諦めてしまうんだ。
「……俺じゃなくて自分が選ばれるって、貴方はその自信がないのか?」
上手くいかない初デート。
二人のデートは俺が乱入しなくても、感情はすれ違ってチグハグだった。




