イザベラ様、屋台でそのお金は使えませんよ。
「店が出てる」
マリーさんに案内されて、俺たちは王都の大噴水があるエリアに行くことになった。
ここはこの国が建国された時に湧き出た水を使用しているらしく、噴水そのものが、この国の幸福の象徴でもあるらしい。
因みにここは、公式で王子様がヒロインに花束を贈るという、小説のタイトルを象徴する場所でもある。
「屋台フード。お値段はやや高め……」
噴水の周りに並ぶ店を、俺は一つ一つ観察した。
前世の知識だと、屋台での食事は衛生状態の問題もありおすすめはできない。
「大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫よ」
イザベラ様は、少し不安そうだった。
イザベラ様は公爵令嬢。きっちり管理された最高級の食事しか食べたことがなさそうだから、仕方ないかもしれない。でもマリーさんの手前、「怖くて食べられない」とは言えないらしく、動揺を隠せない表情は年相応の少女のようで可愛らしい。
「イザベラ様。とっても美味しそうですね」
マリーさんはマリーさんで、初デートが嬉しいのかイザベラ様の心情に気付いて居ないらしく、エンジェルフェイスでイザベラ様に微笑みかける。
「え、ええ……。そうね……」
曖昧に返事をするイザベラ様に、俺は後ろから声をかけた。
「不安なら、生モノよりは火を通したもののほうがおすすめですよ」
「え……?」
イザベラ様が、俺を見て驚いたような顔をした。
「揚げ物とか、焼き菓子とか? そのあたりならまだ安全なんじゃないですかね」
「そう……そうなの?」
普段敵視しているものの、今は俺にしか頼れないためか少し子供っぽい表情だ。
「じゃあ、これを一ついただくわ」
イザベラ様はそう言うと、明らかに場違いな硬貨を取り出した。
「イザベラ様。ここでは、そんな大きなお金では払えませんよ」
露店で出すお金じゃない。
俺が素でくすくす笑いながらいえば、イザベラ様が少し驚いたような顔をした。
可愛いなこの人。これまで俺はイザマリ推しだったが、もしかしたらマリイザの可能性もあるかもしれない。
「僕が奢ります。マリーさんの分も。お二人とも、食べたいものを教えてください」
「いいんですか? ありがとうございます。じゃあ私、今度何かお礼をしますね」
「……今は無理だけど、あとでちゃんと払うわ」
「結構ですよ。これは、二人のデートにお邪魔した迷惑料ということで」
俺は、お小遣いを入れた財布を取り出した。
「お二人とも、他には何が食べたいですか?」
美少女二人と休日を一緒に過ごさせてもらっているのに、金を払わないという発想は俺にはない。
いや、寧ろ食事代以外も貢ぎたいくらいだ。お金のことは気にしなくていいから、俺に百合をもっと見せてくれ!
「白い服だと汚れやすそうですね。イザベラ様も制服でくればよかったのに」
「……」
いくつか食べ物を買った俺たちは、近くに座って食べることにした。
だが今日の俺は、悪い男にならなくてはならない。ノルマのように俺がサクッとイザベラ様に暴言を吐くと、マリーさんはハンカチを取り出して、イザベラ様のために椅子のうえに敷いた。
「よかったら。これで、少しは汚れにくいと思うので……」
「ありがとう」
イザベラ様は、マリーさんに柔らかく微笑む。マリーさんは、イザベラ様にお礼を言われて嬉しそうだ。
……なんだこの空間。天国かな?
「美味しい」
不思議だ。イザベラ様が食べていると、屋台の商品が一○○倍高級に見える。
「お口にあってよかったです!」
マリーさんはご機嫌だった。
そして少し迷ったあとに、彼女はおずおずとある提案をした。
「あの、イザベラ様。よかったら、こちらも一口いかがですか?」
「……ありがとう。いただくわ」
イザベラ様は少し迷ったあとに頷いた。
片方の髪をサラッと細くしなやかな指先で耳にかけ、マリーさんが差し出した食べ物を、口づけるかのように口に含む。
…………えっちだ。
マリーさんは、イザベラ様を見て少し頬を赤くしていた。
いや、君は目を逸らしたら駄目だマリーさん。その人未来の貴方の恋人なんだから! 今からでも直視する訓練を頑張りましょう!(俺の願望)
「あまりジロジロと見ないでくれるかしら?」
俺がじっと見ていると、視線が気になったのかイザベラ様が俺を睨んだ。
「マリーさんも見てましたけど」
俺はバトンを! パスをするぞ!
「ご、ごめんなさいっ!」
急に話を振られたマリーさんは、慌ててイザベラ様に頭を下げた。
「貴方はいいのよ」
「ひどい差別だ」
「日頃の行いの差でしょう」
俺は少し、ふてくされたふりをした。しかし俺の心は、表情には出さずとも喜びに満ちていた。
ありがとうございます。イザベラ様! これからもどうかマリーさんだけを贔屓してください。我々にはご褒美です。だってさ、女王様がお気に入りの女の子にだけデロデロに甘いの良くない? 俺は好き!
「食べ終わったら、違う場所にも行きましょう」
「? どこに行くおつもりですか?」
「貴方にばかりマリーに奢らせられないわ」
イザベラ様は、何故か俺の目を見て言った。
ん? なんか俺、対抗されてる?
■
イザベラ様に連れてこられたのは、どう見ても高級なお店だった。
「わ、わあ……」
明らかに、学校の制服で来る場所じゃない。
マリーさんはぽかんとした表情で、キラキラ金色に輝く天井のシャンデリアを見上げていた。
いやこれ、普通に考えて駄目じゃないか?
俺との格の違いをマリーさんに見せたいのかもしれないけれど、身分差を意識させるような行動はNGだと俺は思う。
「マリー。選びなさい。どれでも好きなものを買ってあげるわ」
イザベラ様はちらりと俺を見た。
「まあ、そこの男には買えないでしょうけど?」
あってる。俺の家系は伯爵家だが、俺の延命ために家族はかなりの金を使ったらしい。だから俺の家は伯爵家とはいえど、家格ほど金があるわけじゃない。
「ひどいです。僕の家のお財布事情がそこまでよくないのは、僕自身のせいなのに」
俺はメソメソしてみることにした。
「兄上は僕のために戦地に行ってらして、目が覚めてからもまだ一度も会えていないのに。そんな兄を待つ僕に、貴女はそんなことを仰るのですね」
顔も知らないので兄を待っているわけではないが、兄を持つ健気な弟を俺は全力で演じてみた。
さあ、イザベラ様! 貴方はこれにどう返す?
「……私、そんなつもりは」
イザベラ様は、明らかな動揺を見せてくれた。
うん。イザベラ様、貴方やっぱり悪役向いてないよ。
『流石にやりすぎたかしら。どう謝ったらいいの』って顔に書いてある。そんな悪役令嬢いないよ。
そんな顔をするのは、本物の悪者に騙されて『悪役』にされた令嬢だけだ。
「あ、あの!」
修羅場な雰囲気を断ち切ってくれたのはマリーさんだった。
「私、何も要りません。お二人と一緒に過ごせるだけで、私、とても幸せですから。だから、どうか喧嘩はしないでください……!」
「……マリー」
「マリーさん……」
さすが正ヒロイン。心優しく健気である。
「あの、実は私もお二人と一緒に、是非行きたい場所があるんです」
「「行きたいところ……?」」
その時、俺とイザベラ様の声がハモリ、イザベラ様はあからさまに不快感をあらわにした。




