コンビ結成
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──コンビ結成
それから再びファティマたちはミオンの車でこの街──TMCを移動する。
ここはTMCセクター13/6。
TMCで最悪の治安と言われる日本最大のスラムである。
「あ、あのう、ど、どこに向かうんですか……?」
「仕事の仲間の住処。もうすぐ着くよ」
車はTMCのかつて香港に存在した九龍城砦のように違法建造物が入り乱れた通りをすいすいと器用に進み、そしてある巨大な雑居ビルの前で止まった。
雑居ビルは明らかに違法建築のそれであり、1階のエントランスにはアサルトライフルで武装した警備ボットが配置されている。
その警備ボットはミオンとファティマが車から降りてくると、すぐさま武装に連動したカメラセンサーを向けてくる。
「李可昕。仕事の報酬を持ってきた。あと紹介したい人がいる」
その警備ボットに向けてミオンはそう言った。
すると警備ボットは警戒を解除し、ミオンたちに道を開ける。
「こっちだよ」
ミオンはそれから『故障中、絶対に乗るな!』と書かれたエレベーターを迂回し、階段を使って上階に向かう。
泥やゴミで薄汚れた階段を3階まで上ると、ミオンは3階の廊下を進み、ある部屋の前で止まった。
部屋は金属製の扉で厳重に閉ざされており、さらには監視カメラがファティマにも見えるだけで6台は設置されている。
「お~い。李可昕、開けて~!」
その監視カメラに向けミオンがそう言う。
ファティマはこんな高度なセキュリティの部屋に暮らしているのは一体何者だろうかと、少し心配になり始めていた。
そんな中、ミオンがカメラに向けて手を振ると金属音が何度も響き、扉のカギが解錠されるのが分かった。
ミオンはカギの開いた扉を開けると勝手に中に入っていく。
「えっ、えっ。か、勝手に入っていいんですか?」
「別に李可昕は気にしないよ」
「そ、そうなんですか……? じゃ、じゃあ、お邪魔します……」
ミオンはそう言って家に上がり込んでいき、ファティマもそれに続いた。
家の中はこの古びた雑居ビルの中の一室とは思えないぐらい清潔で、低価格帯の家事ボットが掃除を行っていた。
部屋の主はどこなんだろうとファティマが疑問に思っていると、大きなベッドのようなものの上に横たわっている女性の姿が見えた。
彼女はミオンたちが近づくと起き上がり、にっと笑った。
顔立ちはアジア系で年齢は10代後半ほど。
そのぼさぼさしたショートボブの髪の色は黒に紫のメッシュが入っている。
背丈はそこまで大きくはなく、ファティマより小柄なくらい。
その身体にはよれよれのパーカーとゆるいショートパンツを纏っている。
そんな実にだらしなさそうな女性だ。
しかし、何よりも目立つのはその頭部に生えた猫の耳。
アクセサリーの類ではないらしく、耳はぴこぴこと動いている。
思わずファティマは目を白黒させてそれを見る。
「いらっしゃい、ミオン。紹介したい人間って、そいつ?」
その猫耳の女性はそう言ってファティマの方に視線を向け、ファティマは少しミオンの後ろに隠れた。
「そ。この子、仕事で会ったんだけど、ファティマって言うんだ。ファティマ、彼女は李可昕。あたしの仕事仲間でハッカーをやってる子だよ」
「よろしくな~」
李可昕と紹介された女性はにへらっと笑ってファティマに手を振った。
どこか胡散臭さのある笑みを前にファティマは視線を伏せた。
しかし、李可昕の猫耳についてミオンが何も言わない辺り、あれはこの街では普通のことなのだろうかとファティマは内心で考える。
「でさでさ。ファティマはね。魔法が使えるんだよ!」
「魔法~? ……ねえ、あんた、電子ドラッグやってないよね?」
ミオンがまたしても魔法のことを明かすのに、李可昕は胡乱な目をしてそう尋ねた。
「やってない、やってない。疑うならこの時間帯のドローンの映像見てみて?」
「ふうん」
李可昕はそう言われて空中で何かを操作するように指を這わせる。
彼女はミオンから渡されたドローンの映像を再生していたのだ。
まさにファティマが光の刃でパワード・リフト機を撃墜する場面の映像を。
「……マジか。これは確かに……」
そして、その映像を見た李可昕は目を見開いた。
「ふふん。凄かろう?」
「いや、あんたが自慢げな理由が分からんのだけど」
なぜか自慢するミオンに李可昕がそう突っ込む。
魔法を使ったのはファティマであってミオンではないのだ。
「しかし、そうなるとそいつは魔法使い? もしくは魔女?」
「魔女だって。カッコいいよね~!」
ミオンがそう言うのに当のファティマは真っ赤に赤面して俯いていた。
魔女だからと言って迫害されないのは嬉しいが、こういう対応を取られるのが初めてで、恥ずかしすぎるのだ。
「なあ、魔女さんや。これって何かのサイバネウェアの類じゃないの? 企業が開発しているって噂の光学エネルギーウェポンとかじゃないわけ? 正真正銘の魔法の力?」
「そ、そうなります……」
「へえ~! ならさ、他に何かできたりする? 人をネズミに変えるとか、地獄から悪魔を呼び出すとか?」
「まっ、ま、魔法は一応は他にもあるにはありますけど、基本はあの魔力の刃を操るものです……」
「そっかー……。意外に夢がないんだなー……」
ファティマの答えに少しばかり李可昕は残念そうだった。
彼女は魔法とはもっといろいろとあるものだと思っていたようだ。
「それでね、李可昕。ジェーン・ドウから次の仕事が回ってきた。天義会のナンバー・ワンになった男とそいつが密入国させた産業スパイの確保。詳細な情報はこれを見て」
「周明軒とクロエ・ホアンね。こいつらの居場所を探すところから始めるわけ?」
「そうなるね。頼める?」
「いいよ。──と、その前に劉啓明を殺った仕事の報酬は? ジェーン・ドウには会ってきたんだよな?」
「もちろん。約束通り報酬の3分の1ね」
「助かるよ。ハッカーもいろいろと金がかかるからね」
ミオンのARデバイスから李可昕のデバイスに報酬が送金された。
「じゃあ、私は早速目標のふたりを探し始めるから。見つけたら連絡するよ」
そう言うと李可昕は金属製のベッドのような家具の上に横たわり、何かのケーブルを枕の付近から伸ばす。
そして、そのケーブルの先端を自分の後頭部に刺した。
その光景にファティマはぎょっとする。
「ミ、ミオン、あれは一体……?」
「あれ? マトリクスにフルダイブする準備だよ。サイバーデッキとブレインコンピューターインターフェイス接続している」
「あ、頭にケーブルを刺しているんですけど……?」
「うん。だからBCI接続だよ。あたしにも接続用のポートがあるし」
ミオンはそう言うと髪をかき上げて首の後ろをファティマに見せる。
そこには明らかに人工物である接続ポートが存在していた。
ファティマはそれを見てさらにぎょっとした。
「う、うええっ!? そっ、それ、痛くないんですか……?」
「別に。なんてことはないよ。この仕事をしてたら必須みたいなものだし」
「そ、そうなんですか……?」
「そうそう。流石に本格的な電子戦では李可昕みたいな本物のハッカーには及ばないけれど、簡単なハッキングぐらいならあたしもできるし」
「すっ、凄いですね……」
「ファティマだって魔法が使えるんだから凄いよ」
ファティマが感心するのにミオンはそう言って苦笑い。
ミオンからすれば誰でもやろうと思えばできるハッキングより、ファティマしか使えない魔法の方がよっぽど凄いと思っていた。
「さて、李可昕が目標を見つけるまで時間がかかるだろうから、あたしたちは食事でもしにいこう。仕事のあとはお腹が空くよ~」
「あっ、はい……」
ミオンがそう言って李可昕の部屋を出るのにファティマも同行する。
彼女たちは雑居ビルを出ると、近くにあった中華料理店に入った。
龍龍亭と看板にはあり『本格中華』『合成品』『美味』『安価』などのホログラムが浮かんでいる。
そんな龍龍亭の中はちょっと有機薬品臭がするが、美味しそうな匂いも満ちていた。
「あたしはラーメンとチャーハン! ファティマは?」
「あの……私はお金がないので…………」
「奢ってあげるから気にしない。好きなもの頼んで!」
ファティマは無一文だ。
それがずっと気になっていたのだが、ミオンがそう言いタブレットになっているメニュー表を差し出す。
「な、なら、私はこの麻婆丼というのを……」
「決まりだね。注文しておこう」
タブレットをぱぱっと操作してミオンは注文を済ませた。
それからミオンはファティマの方を見つめる。
「ねえ、ファティマ。これからあなたはどうするつもり?」
「どうするというと……?」
「IDとARデバイスを手に入れて報酬を受け取ったら、あたしと行動する必要はない。ファティマはこの街の住民に許された範囲で、自由に生きられる。けどね。この街でゼロから生活を構築していくのは簡単じゃないよ」
「そうですね……」
ファティマには家もなければ、これから定期的に収入が得られる仕事があるわけでもない。
このTMCという街でファティマはゼロから生活を構築する必要があった。
故郷が崩壊する前は無人地帯に暮らし、食べられる野草を取ったり、魔法で野生の動物を狩ったりして暮らしていたが、このTMCではそれは望めそうにない。
衣食住の確保は優先事項だ。
「それであたしから提案なんだけど、一緒に傭兵を続けない? あたしもそろそろ仕事をやるのに、李可昕以外にも信用できる仕事仲間がいてくれたらって思ってたんだ」
「傭兵を、ですか?」
「そう。ファティマがよければだけど。さっきの仕事であたしたちなかなか相性がよかったじゃない? だから、あたしはファティマとなら組んでいけるって思ったんだ。…………どう?」
そう言いミオンはじっと澄んだブラウンの瞳でファティマを見つめる。
「わ、私なんかでよければ……。私も、そっ、その、これから生きていくのに仕事は必要ですし……」
他人から必要とされたのは何十年ぶりだろう。
他人とのかかわりあいを避け続け、必要とされることを求めなかったとは言えど、他人に求められるのは嬉しいものだ。
「よかった! 断られたらどうしようって不安だったんだ。それじゃあ、あたしたちのコンビ結成を祝って乾杯しよう」
そういうとミオンはさらにタブレットを弄り、ビールを注文した。
「オマチ!」
すぐにビールは運ばれてきて、工業合成されたアルコールに薬品でビール風の味付けがされた液体で満たされたグラスをミオンは掲げる。
「乾杯!」
「か、乾杯……」
ミオンが堂々とファティマがおずおずと掲げたふたつのグラスが軽い音を立て、新しい傭兵コンビの結成が祝われた。
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今日の更新はこれにて終了です。
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