この街は全てを受け入れる
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──この街は全てを受け入れる
仕事は終わった。
劉の首なし死体が屋上のヘリポートに転がり、ナノマシン混じりの血がゆっくりとコンクリートの地面に広がっていく。
「さて、と」
ミオンはしゃんと血を払った“月断ち”を軽い金属音を立てて鞘に納めてから、ファティマの方を向く。
「これから仕事の報酬を貰いに行くよ。一緒に行こうぜ~!」
それからミオンはそう言い、ファティマの肩を抱いて顔を近づけてくる。
距離が、距離が近すぎる。パーソナルスペースの侵害も甚だしいと思いながらも、ファティマはミオンを突き放すことはできなかった。
「それから」
ミオンがファティマの耳元で告げる。
「あのサイバネウェアのことも教えてね?」
囁くような声でそう頼むミオン。
武器オタクとしての彼女の好奇心は、今もファティマの放った光の刃に興味を寄せていた。
「あ、あれなんですけど……実は……」
「実は?」
「……あれは魔法なんです……」
ぼそぼそとした声でファティマはミオンにそう言った。
それから暫く居心地の悪い沈黙が流れ、ファティマは視線を泳がせる。
「……魔法ってあの不思議な力の魔法? 何かのインプラントやサイバネウェアの名称じゃなくて?」
「そ、そうです。そういうことになります……」
ミオンが暫しの沈黙の末に尋ねるとファティマは覚悟を決めてそう明かした。
恐らくこれでミオンは自分を突き放すだろう。
不気味な力を使う得体の知れない存在として拒絶するに違いない。
せめて報酬だけは貰いたいけれど、とそう考えながらファティマは未だに自分の肩を抱いているミオンの方を窺う。
「……じゃあ、ファティマは魔女なのかい?」
ミオンがそう尋ねるのにファティマは心臓が早鐘のように鳴るのを感じていた。
冷汗が滲み、口の中が乾いていく。
『魔女だ』
『魔女を火あぶりにしろ』
『魔女はこの世にいてはならない』
大勢の人々にそう言われてきた。
そう言われて迫害されてきた。
石を投げられ、生きたまま焼かれ、首を斬られ、苦しめられてきた。
だから、ファティマは魔女という言葉が嫌いだ。
「そうなります……」
けど、認めなければならない。
ファティマは魔女だ。
ファティマはすぐにでもミオンが自分を突き飛ばすのではないかと思い、怯えながらも頷いて見せた。
「──凄いじゃないか!」
しかし、返ってきたのは拒絶ではなく、喜びの感情。
「えっ、え?」
「これまで生きてて魔女なんて初めて見た! 魔法も! この世にはまだまだあたしの知らないものがあるものなんだねえ!」
そう言ってぎゅっとファティマの肩をより強く抱くミオン。
まるで親友にそうするようにミオンはファティマに笑顔を向ける。
その態度にファティマは酷く困惑していた。
「あの、私のこと不気味に思ったりしないんですか……?」
ファティマはミオンに恐る恐るそう尋ねる。
「どうして?」
「ど、どうしてって、それは私が魔女だから……」
「魔女って生きたまま人間を食べたりするのかい?」
「し、しませんよ! そんな物騒なこと!」
ミオンがさらりと物騒なことを尋ねるのにファティマがぶんぶんと首を横に振る。
「なら、問題はないよ。この街にはそれこそこの天義会のように、人を家畜だとでも思っているような連中がいる。比喩ではなく生きたまま人間を食うような趣味を持ったド級の変態だっている」
ミオンはそう言い、にやりと笑った。
「それに比べれば魔女ぐらいこの街は平気で受け入れるよ。あたしもね!」
「ミオンさん……」
初めてだ。
初めて魔女だと知られても、石を投げられなかった。
迫害されなかった。
嫌われなかった。
「ミオンでいいよ。あたしたちはもう友達でしょ? でさでさ、その魔法ってあたしも覚えたりすることはできる? 何かこう呪文を唱えたらあたしもあのエネルギーブレードみたいなもの使えたりしないかい? あれ、滅茶苦茶使いたいんだけどさ!」
「む、無理です。魔法は……その……難しいので…………」
ぐいぐいと迫るミオンにファティマが押される。
「そっかー……。じゃあ、しょうがない。とりあえずこの仕事の報酬を貰いに行こう。ファティマもこれからこの街で暮らしていくならIDが必要だからね」
「は、はい」
ようやくミオンはファティマを解放し、彼女はホテルだった建物を1階に降りていく。
ファティマもそれに続き、屋上から1階へと降りた。
地上では無人だった駐車場に墜落したパワード・リフト機が炎上している。
その周囲を警笛を発する赤いドローンが飛び回り、消火活動に当たっていた。
街を管理する企業のドローンだ。
それからホテルのエントランス前に1台の車が無人運転状態でやってくる。
軍用にも見えるゴツイ四輪駆動車だ。
「乗って」
ミオンはそう言い運転席に座り、ファティマは助手席に。
それからミオンの運転で車は走りだし、荒れ果てたスラム街をガタゴトと揺れながら走っていく。
けばけばしいネオンとホログラムに包まれた街は、夜中なのにやはり明るい。
猥雑とも言えるその光景をファティマは車内から無言でじっと見つめた。
この街ならば自分を受け入れてくれる。
ミオンの先ほどの言葉を思い出し、ファティマは少し勇気づけられた。
「ここだよ。依頼主がいるのは」
それからミオンは古びたマンガ喫茶の前で車両を止めた。
ミオンがまず車を降り、それからファティマがいそいそと続く。
そして、彼女たちはそのままマンガ喫茶の中に入る。
マンガ喫茶の中は古びた紙媒体のマンガ本が並ぶ本棚がある以外は普通の喫茶店で、接客ボットがテーブルに飲み物を運んでいる。
古い紙とインクが漂わせる独特の匂いを嗅ぎながら、ファティマはミオンに続いた。
「ジェーン・ドウ。仕事は終わったよ」
そして、あるテーブルの前でミオンが止まり、そこにいた女性に話しかける。
その女性の年齢は恐らく20代後半。
恐らくというのはファティマには年齢が分かりづらい人種だったからだ。
彼女が見たことのある様々な人種と微妙に異なっており、正確な年齢が分からない。
ただ見た目ははっきりしている。
黒髪を三つ編みにして肩に流し、黒いラウンドフレームのARグラスの向こうにある瞳の色は赤黒い。
またミオンと並ぶほどの長身であるが、彼女よりややスレンダーである。
そして、その長身痩躯の身体には真っ黒なブランド物のパンツスーツを纏っていた。
こんなスラムのマンガ喫茶にいるのは凄く場違いに感じるが、周りの人間は彼女に関心を持つような様子はない。
「おお。ご苦労様です、ミオン。そちらはお友達ですか?」
ジェーン・ドウと呼ばれた女性はそう言い、目を細めて笑うとファティマの方を見た。
彼女の赤黒い瞳が真っすぐファティマに向けられたとき、ファティマは背筋に僅かな寒気を覚えた。
こいつからはよくない気配がする。
いや。これは人間ではない存在だと本能が訴える。
それこそ人を生きたまま食うたぐいの化け物だ。
ファティマはそんな動揺からジェーン・ドウの視線から逃れるように視線を逸らす。
「おやおや。ミオンの友達にしてはシャイな方のようですね」
そんなファティマの様子を見てくすくすとジェーン・ドウは笑う。
ミオンは何も感じないのだろうかとファティマはミオンの方を見るが、ミオンはジェーン・ドウに親しげな視線を向けていた。
「まあ、話を聞きたいのでとりあえず座ってください」
「奢ってくれる?」
「コーヒー程度でしたら」
それからミオンが最初にジェーン・ドウの向かいの席に座り、それからファティマが渋々とミオンの隣に座る。
「それではまず初めまして。私はジェーン・ドウ。企業の代理人です」
「は、初めまして、ファティマって言います……」
目を細めた笑みのままにジェーン・ドウが言い、ファティマも視線を俯かせてそう一応挨拶した。
「彼女に仕事を手伝ってもらったんだ」
「ほう? 彼女は機械化しているようには見えませんが、どうやって?」
ミオンが言い、ジェーン・ドウはその答えを知っているかのように白々しい態度でミオンにそう尋ねてくる。
ジェーン・ドウからは何もかもお見通しだという考えをファティマは感じていた。
「ファティマはね。何とね。魔法が使えるんだよ」
「あ、あっ。ミオン、それは言っちゃ…………!」
ミオンが口にした言葉にファティマが慌てる。
それでも自分が魔女であることは知られたくない。
特に目の前のよく分からない危険な存在には。
「そうでしたか。どうりで魔法の気配がするわけです」
しかし、やはりジェーン・ドウは答えを知っていたかのように頷く。
「この世の中には未だ科学で解明できない不思議な現象がある。それは呪術や奇跡、そして魔法と呼ばれてきました。それを扱う人間もまた聖人、魔女、そして──悪魔とも呼ばれてきたものです」
そう言って顔の前で両手を合わせるジェーン・ドウ。
ファティマはその態度を見て、彼女もまた魔女なのだろうかとそう思った。
または──悪魔か。
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今日の更新はこれにて終了です。
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