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魔女と傭兵の休日//引っ越し

……………………


 ──魔女と傭兵の休日//引っ越し



 ミオンが第919部隊の名を明らかにしてから、もう2週間が過ぎた。


「今日は何しようか、ファティマ?」


 ミオンとファティマにはいつもの日常が戻ってきていた。

 ジェーン・ドウからも、李可昕からもサーカスについての続報はなく、ミオンもファティマもそのことを積極的に口に出さなかったので、ふたりはそんな問題があることを忘れたように振舞っていた。


 だが、サーカスという問題は過ぎ去ったわけでも、解決されたわけでもない。

 未だこの街に残り続けている問題だ。


「そ、そうですね。そ、そのう、そろそろ引っ越しについて考えませんか?」


「ああ。そうだったね。引っ越そうって話をしてたよね」


 そう、ジェーン・ドウからサーカスに関する仕事(ビズ)を受ける前に、ファティマとミオンは手狭になったこの部屋から引っ越すことを相談していたのだ。

 あれからいろいろとありすぎて棚上げになっていたが、仕事(ビズ)のない今こそ引っ越しのときだとファティマは思った。


「まず物件探しからしないと。ファティマはどういう部屋がいいか、希望ある?」


「え、えーっと。今より広い部屋で、ある程度治安がいいならどこでも……」


「オーケー。探してみよう」


 ミオンはそう言うとワイヤレスサイバーデッキをBCI接続し、マトリクス上で物件探しを始める。

 しかし、マトリクスからの物件探しには限界がある。

 ここがセクター一桁ならばマトリクスに展示してあるのと同じ部屋が現実(リアル)にも存在するのだが、ここはTMCのスラムたるセクター13/6だ。

 不動産屋はあの手この手で客を騙そうとして、マトリクスには現実(リアル)と乖離した情報が提示されている。


「やっぱり怪しげな情報ばかりヒットするね。ここは現実(リアル)で探した方がよさそう。ファティマ、今から物件探しに出かけようぜ~!」


「は、はい」


 ミオンがファティマの手を引くと、ファティマは頷いて応じた。

 彼女たちはアパートを出て、車でセクター13/6の物件巡りに挑んだ。


「まずあたしの条件として飲食店のそばはダメ。害虫とネズミが酷いことになるし、酒を出す店だと治安が最悪」


 ミオンは車内でファティマにそう語る。


「それから海のそばもダメ。オーシャンビューとかいう謳い文句には騙されないように。このTMCで海が見えてもいいことはないから」


「は、はあ」


「それから耐震基準誤魔化しているようなのも論外。この街はいつ次の地震や爆撃に襲われるか分からないんだからね。あとはセキュリティの面はある程度自前でどうにかするとして、治安に関しては──」


 ミオンの方は譲れないものが数多くあるらしく、ずらずらと持論を述べていく。


「ま、その条件でリストアップしたものがあるから、それを一軒ずつ見て行こう~!」


「お、お~っ!」


 ミオンはそう言い、まずは1軒目のアパートへ。


「ここは治安はそこそこいいし、静かみたいなんだけど」


「何というか……古いですね?」


九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイア以前に建てられたアパートなんだってさ。あの大地震を生き残っているんだから耐震性は問題なさそうだけど、シンプルにぼろいね」


 最初に見たアパートはぼろかった。

 外壁は薄汚れており、窓も割れているのをガムテープなどで補強されている有様だ。

 当然ながらセキュリティ面でも不安が残る。


「ここはダメだね。次に行こう」


 ミオンはさっさと見切りをつけて、ファティマとともに次の物件に向かう。

 次にミオンとファティマが訪れたのは、セクター13/6の中心部付近にあるアパート。


「こ、ここはちょっと騒がしくないですか……?」


「駅には近いんだけど、電車の音が酷いね、これは」


 このアパートは電車の走る高架線のそばであり、がたがたと電車が走る音が響いて、そのせいで窓ガラスが常に揺れているような状況だった。

 いくらファティマが不死身でも、これでは夜も眠れないだろう。


「ここもダメだ。次に期待しよう」


 ミオンもこの騒音は酷すぎると次に向かう。


 次に彼女たちが向かったのは中心部からやや外れた場所にあるアパート。


「ここは悪くなさそうですよ?」


「そうだね。一見すると良さそうだけど……」


 ぼろくもなく、騒音もなく、そしてミオンがチェックしたリストをパスした物件。

 その物件をファティマとミオンはしげしげと眺める。


「んん~。でも、どうしてこんないい物件が未だに空き家なんだろう?」


 疑問となるのはそこだ。

 ジオフロントを作る必要にすら迫られた人口過密なTMCにおいて物件確保は誰もが必死になっていること。

 そのため優良物件はすぐさま入居者が決まる。

 逆に入居者が殺到していなければ、そこには何か問題があるということだ。


「ひひひっ。あんたら、そこの部屋に入居するのかい……?」


 と、ファティマとミオンが部屋を眺めていると、隣の部屋から老女が出てきた。

 皺の寄った手をし、旧式のARデバイスを付けたその老人は、にやにやと笑いながらファティマたちの方を見る。


「そう考えているんですけど、ここってひょっとして何か問題あります?」


「あるよぉ~。そこの部屋の入居者、13人立て続けに自殺しているんだ。呪われているのさ、その部屋は。ひひひひっ!」


 ミオンが尋ねるのに老人はそう言って不気味に笑った。


「ああ。事故物件だったか……」


「ひ、ひょ、ひょっとしてお化けが出るんじゃ……!?」


「かもね~。気味悪いし、ここもパスしよう」


 ミオンは肩を竦め、ファティマとともにアパートを去る。


「ミ、ミオンってお化けは信じています……?」


「それなりには。傭兵って命のやり取りするでしょ? だから、ジンクスは気にするんだ。精神的にちょっと引っかかるだけのことでも、それが仕事(ビズ)に影響するかもしれないし」


「な、なるほど」


「それにさ。あの気味の悪い隣人だけで引っ越し案件だよ。あははっ!」


 合理的なのか、非合理的なのか分からない理屈だが、ファティマはミオンがあの不気味な物件を選ばなかったことに安堵した。

 不老不死でもお化けは怖いのだ。


「さて、そろそろ決めたいところだけど、次は──」


 ミオンたちは次の物件にやってきた。

 そのアパートは先ほどのアパートほど綺麗ではないし、近くにパチンコ屋があって騒々しいけれど、暮らせないほど酷くはなかった。


「おお。広い、広い~!」


「で、ですね。ここはよさそうです……」


 部屋は2LDKのもので、キッチン周りも綺麗であり、何より今の部屋よりずっと広い。

 家具がないからかもしれないが、その広々とした部屋にミオンとファティマも心を躍らせる。


「近くにコンビニもあるってさ」


「ますますいいですね……」


 コンビニの便利さはファティマも日本に来て知った。

 どんな商品でも置いてあり、24時間営業のお店が近くにあるのはとても便利だ。


「家賃はそこそこするけど、ここにしちゃおうか?」


「え、えーっと、その、ここは事故物件じゃないですよね……?」


「たぶん。まあ、この街で人が死んでない建物なんてないとは思うけど」


 何せ第三次世界大戦と九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアを経験した街だからとミオン。


「じゃ、じゃあ、ここにしましょう!」


「決まり! 今、不動産屋に申し込んだよ~!」


 ファティマも決意し、ついに彼女たちは新居を獲得したのだった。


 これがセクター一桁ならば保証人やらの手続きが必要なのだが、ここはセクター13/6である。

 不法移民に不法難民が溢れた場所ではそんな手続きを求めても、偽造した書類を提供されるだけ。

 不動産屋は金さえ払うなら誰にでも貸すと開き直っていた。

 だから、ミオンとファティマもあっさりと新居をゲットできたのだが。


 それから引っ越しは業者に頼まず、自分たちの手でやることに。

 下手な業者に頼むと物を盗まれたり、壊されたり、後日強盗に押し入られたりとろくなことがないからだ。


「ファティマ。そっちにあるものは捨てちゃって~」


「は、はい」


 こういうときに機械化しているミオンは頼りになる。

 重い家電も軽々と抱えて車に積み込み、運んでいくのだから。

 ファティマの方は部屋を掃除し、ゴミ出しをするだけだ。


「あ、これは……」


 そこでミオンは箪笥の後ろから古い写真を何枚か見つけた。

 そこにはミオンと李可昕のふたりが写っている

 場所はどこかのテーマパークのようであり、マスコットらしき着ぐるみが背景に入り込んでいた。

 ミオンは満面の笑みだが、李可昕はどこか疲れた笑み。


「んん? ファティマ、何見てるの?」


「ミオン。こ、これ、大事なものですよね?」


 ミオンが様子を見にやってきたのに、ファティマが写真を見せて尋ねる。


「わ~っ! 懐かしい~! 李可昕と遊びに行ったときに撮ったやつだ~!」


 ミオンは写真を見るとそう声を上げる。

 彼女はしみじみとした様子で写真をめくっていく。


「捨てちゃったかなと思ってたけど、まだ残ってたんだね~」


「……李可昕さんと仲良さそうですね……」


「まあ、私生活では合わなかったけど、あたしがこの街に逃げ込んでからはずっと仕事(ビズ)のパートナーだったしね」


 ミオンが李可昕と腕を組んで写真に写っているのに、ファティマは少しだけ胸がちくちくした。

 まだミオンと自分はこの写真の場所に行っていないという事実が、自分だけ仲間外れにされている気がしたのだ。


 嫉妬なんて見苦しいと思うし、こんな人の多い場所は辛いだけだと分かっているのに、ファティマはもやもやするものを抱えていた。


「ファティマも今度一緒に遊びに行こうか?」


 そんなときにミオンが写真を見つけたときの笑顔のままにそう尋ねてくる。


「えっ! え、えーっと、そのう、ミオンがよければ……」


「もちろんいいよ~。一緒にもっと遊びに行こうぜ~!」


「は、はひっ!」


 ミオンがぎゅうっとファティマを抱き締めて言うのにファティマは耳まで赤くしてそう返した。


「じゃあ、まずは引っ越しを終わらせよう。いざ新居へ!」


「おっ、おーっ!」


 ミオンとファティマは引っ越し作業を続け、彼女たちが新居を見学してから4日後には引っ越しを完了させたのだった。


……………………

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