魔女と傭兵の休日//引っ越しののちに
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──魔女と傭兵の休日//引っ越しののちに
ファティマとミオンは新居に落ち着いた。
この部屋は2LDKでリビング以外にも2つの部屋があるので、ファティマとミオンはそれぞれ一室ずつを自分たちの部屋とした。
しかしながら、引っ越してきたばかりでまだ家具が揃っていない。
「ファティマのベッドも買わなくちゃだね」
「そ、そうですね……」
広い部屋には前の部屋から持ってきた家具がまばらに置かれている。
「早速、家具屋に注文しておこう。ベッドはどんなのがいい、ファティマ?」
「え、えーっと。本当に普通のやつでいいです……」
「じゃあ、適当に選ぶね」
まだオンラインショッピングというものに慣れないファティマの代わりにミオンがベッドを注文した。
流石は天下のTMCなだけあって、ベッドは即日配達で家に届いた。
ベッドルームへはミオンが運び、ファティマとミオンはファティマの自室に据えられたセミダブルベッドを眺める。
「……今日から別々に寝るんだね」
「え、ええ……」
ミオンがベッドを眺めて呟くように言うのに、ファティマは小さく頷いた。
まるで今生の別れのように寂しそうなミオンを見て、ファティマは戸惑っていた。
ようやくひとりで広々とベッドが使えるのに不満なのだろうかと。
「ねえ、ファティマ。寂しくなったらいつでもあたしのベッドに来なよ。別にベッドがふたつあるからって、別々に寝なければいけないって理由にはならないからね」
「えっ、あ、はい……」
なんだか滅茶苦茶なことを言っている気がするのだが、ミオンに押し切られてファティマは頷いてしまった。
「さて、残りの家具も設置して、暮らしやすくしないとね」
ベッドとともに頼んだ家具をミオンは設置していく。
リビングにはソファーとローテーブル、そして汎用家事ボット。
キッチンには前の家から持ってきた料理道具を一式。
ダイニングにはちょっとお値段がした木製のダイニングテーブルと揃いのチェア。
「よーしっ! できた!」
「こ、これで正真正銘、引っ越し完了ですね……」
ミオンが整えられた室内を見てガッツポーズし、ファティマも息を吐く。
引っ越してきたばかりの殺風景な部屋は見違えるようになり、これからここでの暮らしが始まるんだとファティマたちに実感させた。
「それじゃあ、今日はそろそろ休もうか」
「え、ええ。おやすみなさい、ミオン……」
「うん。おやすみ」
そして、ファティマとミオンはそれぞれの自室に向かって行った。
それからファティマは自室の電気を消し、ベッドにもぐりこむ。
久しぶりにひとりで眠る夜だ。
いつもならミオンの温もりが近くにあったのだが、今日はそれがない。
彼女の寝息も、髪から漂うシャンプーの香りも、心臓が脈打つ音もない。
それがどうにも落ち着かず、なかなかファティマは眠れない。
頑張って目を閉じて、入眠するように努力するが……。
それから午前3時くらいまでファティマは悶々とし、ようやく眠りについたのはその後のことだ。
ひとりで眠ることなんて数千年ずっとやってきたことなのに、どうして急にできなくなってしまったんだろうかとファティマは内心で嘆いていた。
だが、そう思ったのはファティマだけではなかったらしい。
朝、目が覚めると──。
「ミ、ミミミミミッ、ミオンッ!?」
ミオンがファティマのベッドで寝ていた。
ファティマのすぐ隣でミオンが寝息を立てており、そのことにファティマは動揺。
ファティマのその奇声でミオンは目を覚まして、ふわあと大きく欠伸してファティマの方を寝ぼけまなこで見つめる。
「おはよ、ファティマ~」
「え、えっと、その、どうして私のベッドに……?」
「ファティマが寂しいだろうなって思ってさ。それにあたしも何だかひとりだと眠れなくて。だから、ベッドに潜り込んじゃった」
てへぺろという感じにそう言うミオン。
「……ファティマは嫌だった? あたしと寝るの?」
「そ、そっそ、そういうわけでは……。ミ、ミオンこそ嫌じゃなかったですか……?」
「全然。ファティマは寝相がいいし、抱き心地もいいし」
「だっ、抱き心地……」
どうやらファティマはミオンに抱き枕にされていたらしい。
寝ているときに何か圧迫感を感じることがあったのはそのせいかとファティマは今になって納得する。
「これからも眠れなかったらファティマのところにお邪魔するね。ファティマも眠れなかったらあたしの方に来ていいからね?」
「は、はい……」
というわけで、引っ越しが終わった初日から部屋を分けた意味はほとんどなくなってしまったのだった。
それからファティマとミオンはベッドから起き上がり、顔を洗って朝食を済ませる。
引っ越し先でも朝食のメニューに変化はない。
トースト、スクランブルエッグ、そしてコーヒー。
全てそれらしく作られた代用品だが、ファティマももうこの味には慣れてきた。
「でさでさ、ファティマ。この前、遊びに行こうって話してたよね? 今日行っちゃったりする?」
「え、えっと。わ、私はいつでもオーケーですが……」
「じゃあ、決まり! 善は急げだ! 今日行こう!」
ミオンはそうさっくりと決定し、外出する準備を始めた。
ファティマも慌てて身支度をし、ミオンとともにアパートの外に出る。
それからふたりは車に乗り込んで、TMCの街を走り、以前話題にしたアミューズメント施設に向けて進む。
「そ、そのう、ミオン。李可昕さんとも遊びに行った場所なんですよね?」
「そだよ。李可昕は渋々って感じだったけどさ。楽しかったな~」
「そうだったんですか……」
確かに写真ではミオンは満面の笑みだったが、李可昕はどこか疲れた笑みだった。
「李可昕は引きこもりみたいなところがあってね。前々から出不精なんだ。あの雑居ビルから滅多に出ないし。だから、あのときは無理やり連れ出したんだけど、帰ってきたときはへとへとって感じだったよ」
そう言ってけらけらと笑うミオン。
李可昕はすぐそばにある龍龍亭にすら買い物に行くのを面倒がるような出不精だ。
そのことはファティマも知っていたので、そのときのことを想像して苦笑い。
「ファティマは楽しんでくれよ~。楽しい場所だからさ!」
「え、えーっと……ど、努力します……」
人がいっぱいの場所は本来ファティマは苦手なのだが、遊びに行きたいと望んだのはファティマ自身だ。
ファティマは楽しみなのが半分、不安なのが半分というところだった。
「そろそろ到着だよ!」
ミオンがそう言う中、ファティマたちは無事にセクター一桁にあるアミューズメント施設に到着した。
平日だというのにアミューズメント施設はそこそこの混み具合で、ファティマは今から人混みに入ることに少し胃が痛んだ。
だけれど、ひとりで人混みに飛び込むわけではない。
ミオンがいてくれる。
そう思うと勇気づけられた。
「行こうか、ファティマ!」
「は、はい」
はしゃいでいるのかハイテンションなミオンに連れられて、ファティマはアミューズメント施設のエントランスを潜る。
マトリクス上で入場券の購入などは済ませていたため、入場はスムーズに行われ、ミオンとファティマは色鮮やかな光景が広がるアミューズメント施設内へ。
「あ、あのマスコット、可愛いですね……」
ファティマは人で満ちた施設の中で、愛想よく入場者を接客している三毛猫のようなマスコットを見た。
ミオンと李可昕の写真にも写り込んでいたマスコットだ。
「あれね。AIに人間の脳が本能的にもっとも可愛く感じる形を作らせたんだよ」
「す、凄いですね……」
「けどさ。人間が何かを可愛く思う統一の基準なんてないって結論になったんだ。人間の経験や個性によって可愛いと感じるものは、変わってくる」
猫が好きな人もいれば、嫌いな人もいるとミオン。
犬だってそうだし、赤ん坊だって好き嫌いは分かれる。
人間が本能で可愛いと思うものに統一された基準はないと彼女は言った。
「あたしにとってはあのマスコットよりファティマの方が可愛いよ!」
「えっ! は、はひっ! あ、ありがとうございましゅ……!」
ミオンがぎゅっとファティマの腕に抱き着くのにファティマは舌を噛みながら赤面して頷く。
ミオンは本当にストレートに感情を表現してくる。
それにファティマは戸惑うのだが、同時に心地よくもあった。
ミオンは嘘をつかない。陰で敵意や憎悪を自分に向けていないと安堵できるから。
「でもまあ、せっかくだしマスコットと写真撮ろうか?」
「そ、そうですね。け、けど、写真ってどうやって?」
「あそこに浮いているドローンが撮影してくれるよ。行こっ!」
ミオンはファティマの手を引き、マスコットのそばへ。
マスコットを相手にARデバイスを操作すると、有料の写真撮影サービスを選択。
すぐにドローンが飛んできて、ミオンとファティマの写真を撮ってくれた。
「あはは。ファティマ、李可昕と同じような顔してる!」
ミオンが見せた写真には、にこにこで満面の笑みのミオンと、どこか動揺しており疲れた笑顔のファティマが写っている。
「ええっ!? と、撮り直しましょう! その、せっかくですし……?」
「そうだね。今度はしっかり笑ってー!」
ファティマが言うとミオンは頷き、彼女たちは手を握ってドローンに向けて笑顔を浮かべる。
ドローンのカメラが音を立てて撮影を行い、その場で写真がARデバイスに送信されてくる。
「うん。今度はばっちり笑顔だよ!」
「よ、よかったです」
ファティマはミオンとの思い出は笑顔のものにしておきたかった。
いずれファティマはミオンと別れるときがくる。
そのときにミオンとの笑顔の記憶を思い出せれば、前に進める気がした。
だからだ。
「あとで印刷してもらおうね~。そういうサービスもあるから!」
「え、ええ。お守りに持っておきたいです」
「あはは。この写真は別にお守りにはならないと思うけどな」
「……いいえ。私にはなると思うんです……」
もし、これから数十年後にミオンが死んだあとでも、この写真を見ればミオンのことを思い出せる。
彼女の明るい声を、温かい温もりを、優しい香りを、そして心臓の鼓動を。
「……ふふっ。じゃあ、今日はもっとお守りを増やそうか? あのジェットコースターも写真撮影のサービスがあるんだよ~!」
「え? じぇっとこーすたー?」
「そうそう。びゅーんってぶっ飛んでアドレナリンが駆け巡るやつ! 行こっ!」
それからファティマがジェットコースターで人類が聞いたこともないような奇声と絶叫を発したのは、こののちの話である。
ファティマとミオンは着実に思い出を積み重ねていた。
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新章準備のため1週間ほどおやすみいただきます。
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