サーカス//マトリクス
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──サーカス//マトリクス
ジェーン・ドウの口から明かされた京極率いる暗殺部隊の名──サーカス。
「サーカス、か……」
ミオンはセクター4/2からセクター13/6へ一度帰る道中でその名を呟く。
「どうしてサーカスって名前なんでしょうね……?」
「……前にも話したけれど京極大佐の部隊に所属していたオペレーターたちにはそれぞれに特化した役割があった。そのせいかもしれない……」
「というと……?」
「空中ブランコをするピエロ、ジャグリングをするピエロ、動物に芸をさせるピエロ。サーカスはそういうピエロたちの集まりだって大井は思っているのかもね……」
ファティマの問いにミオンはそう小さく答える。
ミオンたちを道化扱いとは、大井も随分と嫌なことを言うとファティマは思った。
しかし、ミオンはそれを否定するようなことを口にしない。
「まあ、今のあたしたちには関係ないことだ。今はフェルドマン博士って人を守って、そして──京極大佐とサーカスを仕留める」
そう、はっきりとミオンは口にした。
「……ミオン。あなたの過去のことを知った今、こういうことを言うのはずるいかもしれませんが、復讐には走らないでくださいね……」
「……分かっているよ」
ミオンは以前ファティマが同じ時間を生きていない気がすると言ったことがある。
ファティマにはそのことが今よく分かった。
京極やサーカスについて口にするミオンは、まるで魂を過去に置いてきたかのように見えたのだから。
「あたしたちはちゃんと今を生きる。過去に囚われない!」
「え、ええ」
ミオンは気合を入れるようにしてそう宣言。
ファティマもミオンがいつもの調子に戻ったのを見て、安堵の息を吐く。
ミオンには可能な限り笑顔でいてほしいとファティマはそう願うようになっていた。
「それじゃあ、まずは李可昕の家に行って、彼女にマトリクスからの援護を頼もう」
ミオンはそう言い、車をセクター13/6にある李可昕の家に向けて走らせた。
そして、いつものように李可昕の家に上がり込む。
「李可昕。ジェーン・ドウからの仕事、手伝って~!」
「何だよ。次はどんな仕事だ?」
李可昕は何だかんだで話を聞く前から断るようなことはなかった。
いつものように彼女は猫耳を揺らして、サイバーデッキから起き上がる。
「護衛の仕事。これが詳細ね」
「ふうん。ソフィー・フェルドマン博士を守れ、と。想定される脅威は?」
「企業の暗殺者集団。どこの企業かは不明だけれど、これだけは分かっている。以前調べてもらった京極という人間が率いるサーカスって集団だ」
「サーカス、ねえ。聞いたことないが……」
ミオンが言うのに李可昕は首を傾げる。
「暗殺者が有名人だったら困るでしょ。けど、マトリクスに何か痕跡がないか調べてくれない? こういう名前がついているってことはどこかにやつらの仕事の痕跡があるかも」
「分かった。それから、その護衛の仕事はいつから始まるんだ?」
「明日」
「なら、今日中には調べないとな」
李可昕はそう言ってマトリクスにフルダイブする。
彼女がマトリクスでサーカスについての情報を集めてくるまで、ミオンとファティマは昼食を食べに行くことに。
「この近くだと龍龍亭しか選択肢がないね」
「か、帰りに李可昕さんに肉まんを買っていきましょうか……?」
「そだね。李可昕のことだろうから、まだお昼食べてないだろうし」
ファティマの提案でミオンたちは李可昕の家のそばにある中華料理店に入った。
ほんのりと化学薬品臭の漂う店内でミオンとファティマはラーメンを注文。
前から変わらずそこそこの味のそれを啜りながら手早く食事を済ませたころ、李可昕から連絡があった。
ミオンが龍龍亭の外に出てARデバイスを操作し、応答する。
『サーカスって連中についてちょっと情報があったぞ。戻ってこい』
「あいよ。帰りに龍龍亭の肉まん買って帰るよ」
『それは助かる。腹ペコだからな』
ミオンたちが李可昕からの呼び出しを受け、ミオンとファティマは再び李可昕の家へと戻った。
「何が分かったんだい、李可昕? 直接じゃないと喋れないくらいやばいこと?」
「まあ、それなりにやばいな。私が出入りしている電子掲示板で手に入れた情報だが、サーカスって連中を噂しているログがあった。こいつが問題のログだ。そっちに送るぞ」
そこで李可昕のサイバーデッキからミオンとファティマの端末に電子掲示板のログが送られて来た。
その電子掲示板はBAR.三毛猫という。
会員制の電子掲示板でシンガポールの自由地区にサーバーを置いている。
国内外の大勢のハッカーが屯することで知られており、マトリクスで何か騒動が起きればここでも必ず噂が立つ。
そのBAR.三毛猫のログがミオンたちの手で再生された。
ログには会話に参加している人間──そのマトリクス上での姿たるアバターが表示されている。
ひとりは西部劇に出てきそうなガンマン姿の男性で、もうひとりは何かのアニメかゲームのきらきらした女性キャラクター、それからもうひとり旧ソ連の宇宙服姿を纏った性別不明のアバター。
喋っている主要な人間はこの3名だ。
スレッドはBAR.三毛猫の名の通り、酒場にありそうなテーブルの形をしており、そこに参加者たちが姿を並べている。
スレッドのタイトルは──『もっとも短絡的な問題の解決手段である暗殺について語ろう』とあった。
恐らくこの長いスレッドのタイトルはひねくれたハッカーが考えたのだろう。
ミオンとファティマはそこまで確認し、ログを読む。
『アトランティス・バイオテックの技術者暗殺事件……結局犯人は捕まらずじまいか。大井統合安全保障は捜査を打ち切るとさ』
ガンマンがまずそう発言。
『それについて少し事件を整理しよう。まず技術者が襲われたのは、TMCのセクター6/2だ。夜遊びの好きな人間が大好きな場所だな』
次にアニメキャラのアバターがそう言う。
『しかし、犯行が行われたのは深夜じゃない。白昼堂々と技術者は殺害された。そのときの映像がある。ちょっとショッキングだから注意して見ろ』
そして、その映像が再生された。
時間帯は本当に昼間。
セクター6/2は夜より昼の方が人間が少なく、昼間はまばらに人が歩く場所だ。
そこで国外からの観光客がカメラで配信しているのが問題の映像である。
あれこれと配信者がカメラに向けて喋るカメラの映像の後ろに、スーツ姿の男性が5名が映り込んだ。
『ここだ。この映像を拡大する』
カメラの映像が操作されて拡大し、スーツ姿の男性の顔立ちがはっきりと見えるぐらいになった。
5名の男性は恐らくアジア系で、うち4名はスーツの懐が僅かに膨らんでいる。
つまり銃で武装しているということだ。
『映像に映っている中心の男。彼が暗殺された技術者だ』
それから映像が進むと、不意に5名の男性のうち3名の男性の身体が膨れ上がり、そして爆ぜた。
辺り一面に血と肉がまき散らされ、男たちは恐慌状態に陥る。
銃を抜き、銃口を周囲に向けるが襲撃者の正体は映っていない。
配信していた観光客もそれに気づき、慌ててその場から逃げていく。
そこで映像は終わった。
『こいつは聞いてはいたが、やばいな……』
ガンマンのアバターが呟くようにそう言う。
『どうやって技術者とその護衛が殺害されたかについて大井統合安全保障は情報を明らかにしていない。だが、映像を見る限り卵を電子レンジでチンしたみたいだな』
『指向性のマイクロ波?』
『可能性としては』
指向性のマイクロ波を使用する非殺傷兵器はこの世界でも実用化されている。
だが、照射した人間をあんな風に弾き飛ばすほど高威力のマイクロ波兵器は、現在のところ存在することは確認されていない。
『他にも同種の殺害方法と推測される暗殺が3件。いずれも未解決だ。それに、気になるニュースがある。大井のお膝元であるこのTMCで暗殺事件が増加傾向にあるってことだ。さっきの企業の技術者のような人間から、犯罪組織の幹部まで。ここ1、2年で暗殺と呼べる事件の件数が跳ね上がっている』
『そして、例によってどれも未解決?』
『イエス。気になるだろ?』
ガンマンの問いかけにアニメキャラのアバターが応じた。
『知ってることがひとつある』
ここで宇宙服のアバターが発言した。
『TMCに拠点を置く企業の保安部はある単語を使い始めている。不可解な暗殺事件に関係する単語として──サーカスって単語を紐づけている』
宇宙服のアバターから告げられた単語──それはジェーン・ドウから聞かされた単語と同じものだった。
“サーカス”──。
情報軍を抜けた京極が組織したという暗殺部隊の仮称。
『……サーカス? なんだそりゃ?』
『犯人についての手がかりか?』
ここで発言者が増えるが、宇宙服のアバターはそれ以上発言せずログアウトした。
そして、そこで李可昕が持ってきたスレッドのログも終わった。
「……サーカスについて言及したのはひとりだけだったね。けど、大井の内部情報であるはずの単語を知っていたってことは、この人間も大井の関係者?」
「分からん。その宇宙飛行士とは面識がない。だが、BAR.三毛猫には企業のホワイトハッカーも出入りしている。可能性としてはあり得るぞ」
ミオンが尋ねるのに李可昕は首を横に振った。
「あ、あのう、ここまで映像があるのに犯人は捕まっていないんですか?」
「ああ。どこからどう攻撃されたのかも不明だからな。大井統合安全保障だって生体認証スキャナーのログを総ざらいしただろうけど、それでも見つかってないんだから、そのサーカスって連中がこれの真犯人なら相当やばいな」
姿を隠しきったか、あるいはマトリクスから偽造情報を噛ませたかと李可昕。
「オーケー。相手はマトリクスから仕掛けてくる可能性があるし、高度な迷彩システムを装備してるかもしれない。それらを念頭に置いて仕事に当たろう」
「私も仕事の際にはマトリクスを見張っておく。だが……気を付けろよ、ミオン、ファティマ」
「心配してくれるの?」
「当然だろ? お前たちがいなくなったら誰が私に肉まん買ってきてくれるんだ?」
冗談めかしてミオンが言うのに李可昕は肩を竦めて肉まんを取り出し、がぶりと口に運んだのだった。
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