デリバリー//顔のない女
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──デリバリー//顔のない女
ミオンとファティマは李可昕の雑居ビルに戻ってきた。
「李可昕。話がある」
ミオンが監視カメラに向けてそう言うと扉のカギが外された。
「おお。仕事はどうだった?」
「失敗した」
「何だって? ……その顔、何があった?」
李可昕もミオンの表情を見て、ただならぬことがあったと理解した。
それだけミオンの顔は険しかったのだ。
「まさか統一ロシアの追っ手に強奪されたか?」
「違う。企業の横やりが入ったんだ」
「企業の……?」
ミオンの言葉に李可昕が首を捻る。
「そう。企業に雇われた傭兵に襲撃された。李可昕、本当にあれはただの電子ドラッグのデータだったの?」
「それは間違いないはずだ。電子掲示板の連中も確認していた。電子ドラッグの類で間違いない」
「そっか。なら、この人間について調べてほしい。──京極サクラという名前の人間について調べて」
「そいつはどこのどいつなんだ?」
「元日本情報軍大佐。今はどこかの企業の所属だ。あたしたちにトラッカー付きのチップを押し付けたんだから、これぐらい調べてよ」
「分かった、分かった。怒るなよ。すぐに調べる」
責めるようにミオンが言い、李可昕は渋々と頷いてマトリクスにダイブした。
それからミオンとファティマは李可昕の調査が終わるまで、彼女の家のリビングで待った。
「……ミオン、話したくなければいいのですが……」
「……いいよ。こうなった以上はちゃんと話さないとね」
ファティマがおずおずと言うとミオンが小さくため息を吐いて応じた。
「あたしは情報軍という組織に所属していた。京極大佐はそのときの上官」
ミオンはそう言って語り始める。
「同時に彼女はある実験的な部隊の創設者でもあった。そう、高度な機械化手術を施された生体機械化兵による暗殺部隊。あたしはその部隊に所属していた」
ミオンの口から彼女が所属していたという部隊について明かされる。
ファティマの頭にはすでに李可昕に見せられていた『バーバ・ヤーガ』の戦闘の映像が浮かんでいた。
あそこにミオンもいたのだ。
「その部隊のオペレーターにはまだ実用段階にないような実験的なサイバネウェアやインプラントがインストールされていた。あたしの頭に入っている超高度軍用グレードの強化脳もそのひとつ」
実験部隊は文字通りモルモットだったとミオンは語る。
様々な試験的なインプラントが、実用に足るかどうかを実戦で確かめるために、オペレーターたちにインストールされていた、と。
「所属するオペレーターにはそれぞれの役割があった。射撃に特化したインプラントを入れている人間もいれば、いかに察知されずに敵を殺害するかに特化したサイバネウェアを入れていた人間もいる」
「ミオンは……」
「あたしは近接戦。そして、京極大佐も同じく近接戦に特化していた。あたしは彼女の弟子だった……と言えばいいのかな」
ミオンは軍にいたときから日本刀での戦闘に特化していた。
そして、ミオンに剣術を教えたのが、あの京極だ。
「それで……ミオンたちはどうなったんですか?」
「当初は上手く行っているように見えた。あたしたちは各地で暗殺を繰り返し、インプラントやサイバネウェアの実用性を確かめるという役割を果たした。だけど……」
ファティマが尋ねるのにミオンが言葉を詰まらせる。
「部隊は……壊れていった。あたしたちが成功すればするほど実験に投入されるインプラントは増えて、その負荷にオペレーターたちは耐えられなくなっていったんだ。精神的におかしくなるオペレーターが増えて、それで発狂したオペレーターがまだ正気のあたしを呪って呪詛の言葉をを……」
ミオンのその表情は見たことがないほど恐怖し、絶望したものだった。
彼女は青ざめ震える手で自分を守るように頭を抱える。
「ミ、ミオン! もういいです! そっ、そ、それ以上は聞きません!」
「いいや……。最後まで話させて……。あたしの話を聞いて……。お願い、ファティマ……」
ミオンが生気のない目でファティマを見るのを見てファティマは戸惑った。
どうするべきなのだろうか、と。
このままミオンに話し続けさせたら、彼女が発狂してしまうのではないかという恐怖がファティマにはあった。
だが、ミオンは縋るようにファティマを見ている。
話させてくれ、とそう言って。
「……分かりました。最後まで聞きます……」
「ありがとう、ファティマ……」
ファティマは覚悟を決めた。
ミオンにはこれまでずっと世話になってきた。
その恩を返すなら今しかないと。
「……それからあたしは逃げた。逃げたんだ。仲間たちを見捨てて。すでに大勢が正気を失っていて、いつあたしもそうなるのか怖くて逃げた。京極大佐を見たのは、樺太の大泊港での作戦が最後だった……」
ミオンは涙ぐんでそう言う。
「あたしは卑怯者だ。みんなを見捨てた……」
「ミオン……そんなことはありませんよ……」
ミオンが項垂れて言い、ファティマはミオンの震える手を握る。
いつもならば力強いミオンの手には今日は力はない。
「私もずっと暮らしていた故郷を捨てて、ここに逃げてきました。それを受け入れてくれたのはミオンです。ミオンがいなければ私はこうしていられませんでしたから……」
「ファティマ……」
にこりと笑ってファティマが言うのをミオンは涙の浮かぶ目でじっと見つめる。
「運命なのかな……」
「え……?」
「あたしがいた部隊が壊滅したことも、そこから逃げたあたしがファティマと出会えたのも運命なのかな……?」
「それは……」
「あたしはずっと運命なんて信じたくなかった。そうじゃないと仲間たちが狂って死ぬのは決められたことだったみたいで……辛かったから。けど、ファティマと出会えて運命をまた信じたくなったんだ」
ミオンが運命に対して複雑な思想を有している理由をファティマは理解した。
しかし、まだ解せないことがひとつある。
「ミオン。どうして京極大佐はあなたを死神と……?」
「……部隊が壊れ始めてから、あたしだけが作戦で生き残るようになったからだよ。あたしはまだ正気だったということもあったんだろうけど、ただ単に幸運だったということもあると思う……」
仲間たちが死んでいく中で、ひとりだけ強運で生き残り続けたミオン。
だから、正気を失った仲間たちは自分たちが死の原因をミオンのせいにしたのだ。
それが死神と呼ばれた真相である。
「な、なら、ミオンが気を病むことはありませんよ! おかしいのは……人々が狂うまで実験を続けた軍隊の方です!」
ファティマはそう断言した。
ミオンは何も悪くないと。悪いのは情報軍という組織だと。
「……ありがとう、ファティマ。話を聞いてくれて……」
「い、いえっ! こっ、これぐらいは……しないと……」
ファティマはミオンが涙を拭って言うとそう言った。
ミオンは本当に救われたような表情を浮かべていた。
ファティマもミオンのその顔を見て、安堵した。
ミオンにはやはり笑顔でいてもらいたいとファティマは思っていたのだ。
『ミオン、ファティマ。京極って女について調べたが……』
ここで李可昕からARデバイスに連絡が入る。
「……どうだった?」
『お手上げだ。元とはいえ、情報軍の軍人について調べろってのはやはり無理がある』
連中、全く痕跡を残さないと李可昕。
「あたしたちが取引した現場から逃走した車両も追った?」
『当然。だが、途中で消えた。消えちまったよ』
ミオンが尋ねるのに李可昕は首を横に振る。
このセクター13/6には上空からでは見張れない場所がいくつもある。
そういう場所に逃げ込まれたのだろう。
「そうか……。じゃあ、逆算しよう。あの電子ドラッグを欲しがるような企業はどこだと思う?」
『ふむ。恐らく統一ロシアが完全に単独で開発したものじゃないだろう。統一ロシアに関与している企業と言えば、トートだ。連中は経済制裁に違反して、ずっと旧ロシアや統一ロシアと取引しているからな』
トート・グループ。
六大多国籍企業の一角を占める企業であり、ヨーロッパを拠点とする企業複合体だ。
ウクライナ戦争以降、経済制裁を受けていた旧ロシア政府と密かに地下資源と武器の取引を行っていたと言われており、第二次ロシア内戦でも戦後の利権と引き換えに統一ロシアを支援していたと噂されている。
『しかし、トートが本当に有益な軍用電子ドラッグを開発したとなると危機感を覚える企業は多すぎる。この手の電子ドラッグの開発は、どこの企業もやってるだろうからな』
「何とか絞れない? 実際に電子ドラッグのデータを見たんでしょう? そこから分かることはなかった?」
『私は電子ドラッグの専門家じゃないからな。ただ電子掲示板の連中はいろいろと言っていた。これまでに例のない作用機序を有する新しいタイプの電子ドラッグだとか。だが、分かるのはそれだけだ』
「そっか……」
どの企業にも問題の電子ドラッグを強奪する理由はあり、どの企業が京極を雇っていたかは特定できない。
京極の襲撃の理由は謎のままだ。
『すまんな。私にできる限りのことはしたんだが、これ以上のことは分からん。だが、これからも何かあったら調べておく。どこかでふと情報が手に入るかもしれないからな。まあ、期待せずに待ってろ』
「お願いするよ、李可昕」
李可昕が謝罪するのにミオンはそう返し、席を立った。
「行こう、ファティマ。今日はもう休みたいよ」
「そうですね……」
ミオンは今日は疲れ果てた様子であった。
京極との戦闘と過去の告白が響いているのだろう。
確かに彼女との戦闘はひとつ間違えば死につながる苛烈なものであったし、ミオンの過去は語るだけでも壮絶なものだった。
それからミオンとファティマは李可昕の家を出て、車に乗り込む。
「……ファティマ」
「は、はい。なんでしょう、ミオン?」
「ファティマはまだあたしと一緒にいてくれるよね?」
不安そうにミオンはファティマにそう尋ねる。
「……ええ。今は私がミオンと一緒にいますよ……」
ファティマはミオンを安心させるようにそう言った。
彼女は今のミオンを突き放すようなことはできなかった。
それにファティマもまたミオンとの別れを恐れ始めていたのだ。
だが、仮にミオンのそばにずっといようと決意しても、ファティマには必ず別れが訪れる。
ファティマにはそれがとても怖かった。
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