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デリバリー//過去の因縁

……………………


 ──デリバリー//過去の因縁



 食堂まで間もなくの距離となった時点で、ミオンは李可昕に連絡した。


「李可昕。途中でロシア人に襲われたけど、どこからか情報が漏れてない?」


『あー。実はデータに触りたくなかったから中身はよく見てないんだ。表層はスキャンしたんだけどな。だから、もしかすると、データ深部の方にトラッカーが仕込まれていたかもしれん』


「それは早く言ってよ~」


『すまんすまん。駄賃は弾むから。な?』


「もう、しっかりしてよね」


 李可昕の推測にぶーぶーっとミオンが文句を言う。

 今回は李可昕のミスなので文句は仕方がない。


『今、あんたらの位置を確認して周辺を調べたがもう襲撃してきそうな人間は追ってきていない。安心していいぞ』


「だといいけど」


 李可昕がドローンや民間宇宙開発企業の偵察衛星の情報からそう言い、ミオンはファティマを乗せた車両をアルチョムの待つ食堂に向けて走らせる。

 李可昕の情報は正しいのか、ミオンたちの乗る車両が途中で襲われることはもうなかった。


 そのまま車両は食堂の駐車場に入り、ミオンは警戒しながら車を降りる。

 追っ手はもういない。

 大丈夫だろうと思ってミオンはファティマに手招きした。


「行こう、ファティマ。アルチョムが待っているはずだよ」


「は、はい」


 それからミオンとファティマはまるで打ち捨てられたような外観の大衆食堂のエントランスを潜った。

 事実、大衆食堂は廃業しており、今は廃墟だった。

 店内には放置されたテーブルと椅子があるだけで、他には何もない。


「アルチョム?」


 そこでアルチョムが待っていた。

 しかし、様子がおかしい。

 彼はひとりなのに何かに怯えたような顔をしているのだ。


「あ、ああ。来たか。悪いがこれは俺のせいじゃないぞ」


「それってどういう──」


 アルチョムが謝罪の言葉を口にした際にミオンは何かを感じ取った。

 素早く身を翻して回避行動を取った直後、彼女の立っていた床が裂かれる。

 刃物で斬り裂かれたただろうその裂け目に、ファティマは呆然とした。


「え、えっ? な、何が……」


「ちっ。生体電気センサーでも捉えられない。まさか第7世代の熱光学迷彩……!?」


 敵の姿が全く見えない中で、ミオンは素早く“月断ち”を抜き、その刃を構える。

 そこでさらに攻撃が展開された。

 テーブルが突然壊れ、ぐしゃぐしゃに崩れたのちに放たれた斬撃からミオンが身を逸らす。

 続く攻撃を受けて“月断ち”の刃が甲高い金属音を立てて揺れる。

 間違いなく襲撃者はミオンと同じ刀で襲い掛かってきているが、ファティマにその姿は全く見えない。


「アルチョム! この襲撃者の正体は誰!?」


「お、俺に聞くなよ! 俺がここに着いたときにはすでにいたんだ……!」


 アルチョムは見えない殺意が室内を駆けまわる中、身を守るように頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 ガラスが割れてガラス片が飛び、ミオンは謎の襲撃者の動きを読みながら応戦する。


「この動きは……まさか……」


 そこでミオンははっとしたような顔をして、“月断ち”をさっと構える。


 それからだ。

 見えない襲撃者の攻撃にミオンは確実に応じ始めた。

 まるでその動きを予想しているかのように、その姿が見えているかのように。

 ミオンは見えない相手との剣戟に応じ続ける。


 ファティマは自分も何かすべきだと思ったが、自分にできることはほとんどないということに気づいていた。

 相手の姿が見えないのだ。

 ファティマの光の刃でも狙うべき相手が分からなければ意味がない。


 そして、今のミオンは戦闘状態にあり、今不用意に声を掛けてミオンの気を逸らすようなことはできない。

 ファティマは自分の無力感を感じながらも、ミオンの動きを見守る。


 激しく破壊されていく店内のインテリア。

 吹き荒れる破壊を前にミオンは額に汗を流しながらも、応戦を続けた。

 彼女には振るわれる不可視の刃の動きが見えていた。

 なぜならばその刃の動きに心当たりがあるからだ。


「そろそろ熱光学迷彩もバッテリーが落ちるはず……!」


 第7世代の熱光学迷彩はあらゆるセンサーによって検知されない強力な隠蔽能力を有するが、その分消費する電力も大きい。

 そう長くは使用していられないはずだ。

 ミオンはそう読んでいた。


 事実、そうなった。

 熱光学迷彩がゆっくりと解除されてゆき、姿を見せたのは──。


「……久しぶりだな、秋葉ミオン中尉」


「……京極大佐。やっぱりあなただったか……」


 現れたのは外見年齢は30代半ばほどの、かなり長身の女性であった。

 その灰色の髪はショートボブで整えられ、瞳の色はどこか人工的な青さ。

 整った顔立ちと言えるのだろうが、瞳と同様に機械のような印象を受ける。


 その長身の身体にはミオンやファティマと同様のさらりまんスタイル。

 だが、そのコートは第7世代の投影型熱光学迷彩の機能を有する品だ。

 それは軍や諜報機関ぐらいにしか出回らない軍用のものであった。


「……どうしてあたしたちを襲ったの? もう情報軍の所属じゃないんでしょう? あなたが作ったあの部隊は……壊滅したから……」


「他人事のように言うんだな。部隊から逃げ出しておいて」


「だって……! もうあれは常軌を逸していたから……!」


 京極と呼ばれた女性が吐き捨てるように言うと、ミオンはそう返す。


「ミ、ミオン……?」


 ファティマには何が起きているのか分からず、ひとりおろおろしていた。

 ミオンと京極の間に何かしらの因縁があるのは伝わってくるが、それがどういう理由で生じたものなのかも、なぜ京極がこの場でミオンを襲ったのかも理解できない。

 理解できるものが何ひとつなく、ファティマはまだ動けずにいた。


「まあ、今さらお前に恨み言を言うつもりはない。私も軍を抜けたし、生き残りも企業(コーポ)に引き抜かれた。確かにもうあの部隊は存在しないし、情報軍というものにも、もはやしがらみもない」


「それならどうして……」


仕事(ビズ)だ。私も今は企業(コーポ)に仕えている身でな。お前たちが持っている統一ロシアの軍用電子ドラッグ。それを渡してもらおう」


 ミオンに刃を向けながら、京極はそう要求。

 その要求を前にミオンは苦しげな表情を浮かべる。


「ま、待て! その電子ドラッグは俺が受け取ることになってるんだぞ!?」


 ここで抗議の声を上げたのはアルチョムだ。

 彼は以前ダニールを痛めつけた拳を構えて、叫んだ。

 アルチョムにもここで電子ドラッグを受け取り、それをヤクザに届ける仕事(ビズ)がある。

 それに失敗すれば、アルチョムもヤクザから制裁を受けてしまう。

 彼にとってこれは死活問題なのだ。


「黙れ」


 それに対して京極が言ったのと同時にアルチョムの機械化されていた両腕が飛んだ。

 腕の断面からナノマシン混じりの鮮血が吹き、アルチョムは悲鳴を上げて蹲った。


「畜生、畜生! 何なんだよ、お前は!」


「うるさいロシア人だな。次に飛ぶのは首だぞ」


「ひっ……!」


 京極から放たれる殺気を前に、アルチョムは身を竦める。

 彼は地下闘技場で殺意に揉まれて生きてきたが、これほどまで煮えたぎったような殺意と憎悪を浴びたことはない。


「さあ、ミオン。電子ドラッグを渡せ。さもなければ死んでもらう」


「……データは暗号化されている。あたしを殺したらデータは手に入らないよ」


「そうか。では、そっちの娘に死んでもらおう」


 ミオンが言うのに京極はその刃をファティマの方に向けた。


「待って! その子は関係ない!」


「嘘を吐くな。仕事(ビズ)の相方だろう」


「だけど、あたしとあなたの間にある関係とは……!」


「言ったはずだ。私ももう情報軍の軍人ではない、と。今は私も企業(コーポ)の犬だ。私とお前の間にある関係などもう何もない」


 京極がそう言った直後、彼女の姿が消えた。

 熱光学迷彩が作動したのだ。


「ファティマ! 気を付けて!」


 ミオンは一瞬京極を見失い、慌てる。

 しかし、ファティマに発した警告は遅かった。


「ミオン。最後の警告だ。データを渡せ。この娘の首が飛ぶ前に」


 ミオンが次に京極を捕捉したときには、すでにファティマの首に京極が握る日本刀に刃が突き付けられており、ファティマの首からうっすらと血が滲んでいた。


 ファティマは光の刃を形成して反撃することを考えたが、それよりも早く京極はファティマの首を刎ね飛ばせるだろう。

 それでもファティマは死ぬことはないが……ミオンに不老不死だということがばれてしまう。

 そのせいでファティマは動けなかった。


「……分かった。データは渡す。暗号キーも……」


 ミオンはそう言ってチップを京極の足元に向けて滑らせ、それから暗号キーを彼女の端末に送信する。


「それでいい」


 京極はチップを受け取り、それからファティマを突き飛ばす。

 ファティマは姿勢を崩して地面に倒れ、それを京極は冷たい視線で見る。


「お前、気を付けた方がいいぞ。あの女の周りにいる人間は次々に死んでいく。敵も味方も区別なくな。あれは不吉な存在──死神だ」


「それは……」


「警告はしたぞ」


 最後にそう言い捨て、京極は姿を消した。

 残されたのは床に倒れるファティマと何かに怯えるようなミオン。

 そして、両腕を切断されて呻くアルチョムだけだ。


「ミ、ミオン。大丈夫ですか……?」


「……大丈夫。だけれど……」


 ファティマは起き上がり、ミオンの元へと歩み寄って声を掛ける。

 ミオンは震える手を押さえるように自分の手を握り締める。


仕事(ビズ)は失敗だね……。あははは……」


 ミオンはそう言って力なく笑う。


「そ、それよりも、ほっ、本当に大丈夫ですか……?」


「あたしは大丈夫だよ、本当に大丈夫。ファティマこそ怪我はない?」


「わ、私も怪我はありませんが、けど……」


 ファティマはそこで京極が去っていった食堂のエントランスの方を見る。

 ミオンと京極の間には何があったのだろうか?

 ファティマには全く分からなかった。


「……ミオン、さっきの女性は一体誰なんですか? それを教えてください……」


 ファティマはミオンにそう尋ねる。

 ミオンは一瞬ファティマから視線を逸らした。

 まるで何か後ろめたいことがあるかのように。


「……私が軍にいたって話はしたでしょう? 彼女はその時の上官で、教官でもあった。あたしに殺しの技術を教育したのは彼女なんだ」


「それだけですか……?」


「これ以上は話すと長くなるよ。まずは一度李可昕に今回の仕事(ビズ)が失敗したことを伝えないと」


 はぐらかすようにミオンはそう言う。


「アルチョム。自分で病院まで行ける?」


「クソ、クソ、クソ。ああ。こっちはどうにかするさ。しかし、何なんだよ、さっきのサイバーサムライは……! あんなのありえねえ!」


 アルチョムは無事そうだったので、ミオンは彼を置いて車に向かった。

 ミオンとファティマは無言のまま車に乗り込み、そして李可昕の雑居ビルを目指す。


……………………

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