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デリバリー//電子ドラッグ

……………………


 ──デリバリー//電子ドラッグ



 ミオンとファティマは朝食を終えると仕事(ビズ)と求めて李可昕の元へ。


「李可昕~。遊びに来たよ~」


 ミオンはそう言って李可昕の家に上がる。


「遊びに来たって。金が入ったからって浮かれてやがるな」


 李可昕は昨日の居酒屋での馬鹿騒ぎを思い出しているのか、渋い表情でミオンとファティマを迎えた。


「そんなことないよ。李可昕から何か仕事(ビズ)を貰えないかなと思ってきたところだしさ」


仕事(ビズ)ねえ……。あるにはあるんだが……」


「なになに? 教えてよ?」


「胡散臭い仕事(ビズ)だぞ。やるかどうかはよく考えろ」


 李可昕はそう仕事(ビズ)を紹介する前に忠告する。


「この前、あたしたちに曰くありげな軍用インプラントを輸送させたのに、それよりやばげな仕事(ビズ)なの?」


「ああ。今度の荷物はこいつだ」


 そう言って李可昕はミオンのARデバイスに詳細を送信。


「……電子ドラッグ、か」


 ミオンは渋い顔を浮かべて、仕事(ビズ)の内容を見る。


「で、でんしどらっぐ……?」


「BCI手術で機械化された脳に作用するドラッグのこと。従来のオールドドラッグと違って過剰摂取(オーバードーズ)の危険性は低いっていうけれど、あたしはあんまり好きじゃないな。ドラッグは結局はドラッグだし」


 使う人間にも販売する人間にもろくなやつはいないとミオン。


「しかし、君が電子ドラッグ関係の仕事(ビズ)を持っているなんてね。李可昕もそういうのが嫌いだと思ってたんだけど」


「いろいろと事情があるんだよ。このセクター13/6っていうクソみたいな街に暮らしているとな。とはいえ、こいつは義務ってわけじゃない。やりたくないなら、別に誰かに斡旋するさ」


「そのいろいろな事情ってものの内容によっては引き受けるよ」


「また面倒だな……。一応説明はするが……」


 ミオンが言うのに李可昕は後頭部をがりがりと掻きながら説明する。


仕事(ビズ)の発端はとあるハッカーが統一ロシア軍の構造物相手に仕掛けたところから始まる。そのハッカーはそこで軍用の電子ドラッグを見つけた」


「軍用の電子ドラッグ?」


「ああ。戦闘による恐怖を麻痺させ、一種の万能感を与える代物だ」


「へえ。それがどうなったの?」


「ハッカーはそいつを盗み出したんだが、統一ロシア側に気づかれた。なぜかっていうとそいつが電子掲示板(BBS)で統一ロシア相手のハッキングを自慢していたから」


「あーあ。ハッカーって人種はさあ……」


「分かってる、分かってる。馬鹿だって言いたいんだろう。私もこの件に限っては同意する。だが、そいつはそれなりに技術もあれば金もあるやつでな。統一ロシアの殺し屋が来る前に逃げたいから、盗み出した電子ドラッグを売って金にしたいって言うんだ」


「で、引き受けちゃったんだ」


「顔なじみだったしな。見捨てるのはちょっとばかり気が引けた」


 李可昕はそうミオンとファティマに事情を話した。


「で、誰に売るの?」


「ヤクザ。無道組っていう連中が買うってさ。私はその手の連中とマトリクス経由でも、まして現実(リアル)でも関わり合いたくないから、誰かに電子ドラッグのデータを運んでもらおうってわけ」


「全くタッチせずに取引するっていうの? どうやって?」


「この前、軍用インプラントを取引したアルチョムがいるだろ? あいつが橋渡し役だ。アルチョムはヤクザの地下闘技場でも戦っているから連中に顔が効く。あいつがドラッグを受け取り、あんたはアルチョムから金を受け取る」


「ああ。彼がね。信頼できるの?」


「取引は先払いだ。金を渡さなかったらブツは渡すな。私からはそれだけ」


「はいはい。じゃあ、ブツを受け取ってアルチョムに会いに行きましょう」


「これがブツだ。暗号キーは別にしてある」


 そう言って李可昕はサイバーデッキからチップを抜いてミオンに渡す。


「それから取引場所の位置情報だ。気を付けろよ。統一ロシアの連中も奪還を狙っているはずだからな」


「了解」


 李可昕にそう警告を受けながらミオンたちは行動を開始。

 まずは車に乗り込み、取引場所を目指す。


「さてさて。電子ドラッグの売人まがいなことをやる羽目になるなんてね」


 ミオンはそう愚痴りながら、車両をセクター13/6にある大衆食堂に向けて走らせた。


「そ、そのう、電子ドラッグって具体的にどういうものなんですか?」


「んー。あたしも専門家じゃないから適当な説明になるけど、いい?」


「は、はい」


「まず電子ドラッグには完全な人工合成型の品と疑似体験型の品がある」


 ファティマの問いにミオンはそう応じた。


「人工合成型は脳神経に特定の作用をするようにプログラムコードをデザインされて作られたもの。人間の脳は電気信号で動いているし、BCI手術を受けていれば外部から電気信号を加えることができる」


「す、凄い技術じゃないですか……」


「うん。この技術をまともに使えば抗うつ剤とかの脳に作用する効果的な薬を作れるようになるんだけど、どーしても人間は新しい技術があるとそれで依存性のあるドラッグを作っちゃうんだよねえ~」


 抗うつ剤などを作る技術で脳でヘロインのように作用する電子ドラッグが作られているとミオンはうんざりしたように言う。


「で、だ。そっちは比較的まだまともなんだけど、疑似体験型はやばい。何がやばいかっていうと作る過程で死人が出ていること」


「し、しししっ、死人!?」


 ドラッグを作る過程で死人が出るという話にファティマが驚愕する。


「そ。疑似体験型の電子ドラッグは実際に人間に過剰摂取(オーバードーズ)になるくらいヘロインやらのオールドドラッグを叩き込んで、その際の脳の記憶を採取することで作られる。つまりは過剰摂取(オーバードーズ)で死んだ人間の死を文字通り体験するってこと」


「そっ、そ、そんな気味の悪い体験をしたい人がいるんですか……?」


「前にも言ったでしょ? この街には人を生きたまま食うのが趣味の人間だっているってさ。この街には様々な需要がある。そのおかげで金を稼げる人間もいれば、そのせいで不幸になる人間もいる」


 戸惑うファティマにミオンはどこか冷めた様子でそう語る。


「あたしたちも殺しを仕事(ビズ)にしてお金を貰ってるから、人のことをとやかく言えないけれどね」


 殺し屋もやる非合法傭兵よりドラッグの売人の方がマシかもと笑うミオン。


「ど、どうなんでしょうね、そこら辺は……」


「あたし自身はドラッグは嫌いだよ。使う人間も売る人間も。だけど、この街で生きていくには仕方のないことでもあるってことは理解している。この街は弱い人間が素面のまま生きていくには辛い土地だからね」


「そうですね……」


 ファティマもミオンがいなければ、この街でまともに暮らせたとは思えない。

 自分は運が良かっただけだとファティマは改めてそう思った。

 ミオンがいてくれたから、ファティマは今こうしていられる。


「とっ、ところで、今回のドラッグは人工合成型と疑似体験型のどっちなんですか?」


「今回のは人工合成型だね。統一ロシアが軍用に開発した品ならば、オールドドラッグの過剰摂取(オーバードーズ)の疑似体験をしてもしょうがないし」


 確かに李可昕は今回の電子ドラッグは軍用に開発された品だと言っていた。

 恐怖を取り除き、万能感を与え、戦場で勇敢に戦えるようにするための興奮剤だ。

 それならば間違いなく人工合成型だろう。


「けど、ハッカーって人種は本当に……。あちこち覗きまわるのは仕事(ビズ)だとしても、それを吹聴して回るから寿命を縮めるんだよ……」


 流石のミオンも今回統一ロシアに追われる羽目になったハッカーには同情していない様子だ。

 ある意味では自業自得なので仕方がない。


「ど、どうして自慢しちゃうんでしょうね……」


「さあ? あたしはハッカーじゃないから分からない。李可昕もそういう馬鹿なことはしないしさ。ハッキングの成果を不特定多数に自慢するのって観光地の建物に落書きするノリだよね、完全に」


 ファティマの問いにミオンは肩を竦めるのみ。


「──おっと。お客さんだ」


「え?」


 と、ここでミオンが不意にそう言い、ファティマがさっと後ろを振り返る。

 後ろから1台のSUVがファティマたちの乗る車両を追っているのが見えた。


「わ、わわっ! まさか統一ロシアの……?」


「さあて。どうだろうね。ヤクザが金を払わずに商品を分捕ろうと思ったかもしれないし、ヤクザとは別に犯罪組織もこの電子ドラッグを狙っているのかも。容疑者が山ほどいて今の段階では断言できないよ」


「え、ええーっ!?」


「ま、手を出してくるようなら片付けよう!」


 まるでコンビニに行くついでにアイスも買って帰ろうというノリで言うミオン。


 それからSUVはぴったりとミオンたちの乗る車両のあとをつけ、ファティマがおろおろする中、荒っぽい運転でミオンはSUVを撒こうとする。

 しかし、相手も腕がいい。

 1台のSUVだけで見事に見失うことなくミオンたちを付けてきた。


「んんん~。なかなか撒けないね。いっそこっちから仕掛けるか……」


 ミオンはしつこく後ろからつけてくるSUVをバックミラーで見てそう呟く。

 このまま取引現場までSUVを連れて行くのは下策だろう。

 敵の狙いがミオンたちの持つ軍用電子ドラッグならば、取引は台無しだ。


「や、やるんですか?」


「全く、アルチョムへの届け物でこうなるのは2度目だ。仕方ないけれど、これじゃきりがないし、やろう。いざ!」


 ファティマの問いにミオンはにやりと笑って急ブレーキを踏み、一気に速度を落とすと後ろのSUVも慌てて速度を落とした。

 だが、SUVはミオンたちの軍用四輪駆動車と並走する状態になった。


「────!?」


 SUVの中にはバラクラバで覆面した4名の男女がおり、全員が中国製のアサルトライフルで武装している。

 彼らが突如として並走状態になったミオンたちの車両に目を見開く。


「それ! ファティマ! やっちゃって!」


「りょ、了解です!」


 ファティマは形成した二振りの刃を並走するSUVに向けて叩き込んだ。

 光の刃は助手席から運転席までを槍騎兵の突撃のように貫いた。

 そして、制御不能になったSUVは路肩に突っ込んで停車した。

 ミオンたちはそれを悠々と追い抜き、走り去った。


「────!」


 後方からロシア語の罵声が響き、続いて銃声が響く。


「あははっ! 負け犬の遠吠え~!」


「は、はあ。何とかなりましたね……」


 ミオンがけらけらと笑い、ファティマは安堵の息を吐く。


「けど、どうにも怪しいな。どこであたしたちが電子ドラッグを運んでいるって気づいたんだろう。今回は別に気づかれるようなことはしてないよね?」


「そ、そう言えばそうですね……。今回は待ち伏せされるようなこともなかったはずなんですけど……」


「ひょっとするとデータに何か仕込まれていた? あまり考えたくないけれど李可昕かこれを盗んだハッカーのどちらかがヘマしたかな……」


 ファティマとミオンはいろいろと考えを巡らせるも答えは出ず、彼女たちはアルチョムの待つ食堂へと車両を走らせる。


……………………

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