打ち上げ//自宅にて
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──打ち上げ//自宅にて
それからファティマとミオンは無人タクシーで自宅に帰った。
ミオンは酔っ払っており、さらにはナノマシンによるアルコール分解促進も非アクティブにしていたため、彼女はタクシーの中でファティマにべったりだった。
「ファティマ~。締めのラーメン食べに行かない~?」
「も、もう帰りましょう、ミオン。さっ、さ、流石に酔いすぎですよ……」
「ええ~? まだまだ全然平気だよ~!」
ミオンはファティマをハグし、さらには頬ずりまでしてそう言う。
完全に酔って甘えているミオンは可愛いのだが、彼女の機械化した身体ではちょっと物騒だと思うファティマであった。
本当に力強いハグなのだ。ミオンのハグは。
「か、帰ったらインスタントラーメンがあったから、それを食べましょう。ね?」
「う~ん。まあ、それでいっか!」
ミオンはそう言うとファティマの膝に頭を乗せた。
太腿にアルコールで火照ったミオンの温もりが伝わってくるのにファティマはあわあわと動揺する。
「膝枕~。ファティマの肌って本当にすべすべだよね~」
「ミ、ミオン。こういうのは帰ってからにしましょうよう……」
「帰ったら膝枕してくれるの?」
「え、ええ。帰ったらいくらでもしてあげますから……」
「やった~!」
ファティマの言葉にミオンはようやく頭を起こし、再びファティマをハグする。
ぎゅうっと力強く、だがどこか優しくミオンはファティマを抱き締め、自分の身体を押し付ける。
今もファティマとミオンは身体のラインが出るチャイナドレスのままで、ミオンの豊かな身体のラインがファティマのそれと重なった。
ファティマは心臓がどきどきするのを感じていた。
ミオンの身体は温かく、甘い香りがする。
それにミオンの顔はファティマの数センチ先にあるのだ。
美しく、整ったミオンの顔がすぐそこにあるのにファティマはどきどきしていた。
彼女の距離感は本当に近い。近すぎる。
昔のファティマならば、こんなに近くに寄られては気絶したかもしれない。
だが、今のファティマはミオンならば受け入れられた。
ミオンならば受け入れられた。
『間もなく目的地です』
無人タクシーのAIが機械音声でそうアナウンスし、無人タクシーはミオンとファティマが暮らすアパートの前に止まった。
『ご乗車ありがとうございました。お忘れ物のないようにお降りください』
「サンキュー!」
無人タクシーにミオンは支払いを済ませて、ファティマとともに降りる。
それから彼女たちは自分たちの部屋に向かった。
「ファティマ~。約束通り、膝枕~!」
「は、はい。ちゃ、ちゃんとしますから急かさないでくださいよう……」
リビングに向けてミオンがファティマを引っ張って急ぎ、ファティマが慌てて靴を脱いで続く。
「じゃ、じゃあ、ここで……」
「ぬふふっ!」
ファティマがぺたんとリビングの床に座るのにミオンがその頭を乗せた。
ミオンは気持ちよさそうな笑みを浮かべて、安心したように目を閉じる。
その様子を見てファティマも思わず笑みを浮かべてしまった。
「……ファティマはさ。いつかふらりといなくなっちゃいそうに感じるんだ」
そんな状況でミオンがファティマにそう言う。
「……そんな風に私は見えますか?」
「……うん。どこか別の世界を生きている感じがするんだ。ファティマの視線はときどき同じ時間を見ていないような気がする」
ミオンは鋭いとファティマは改めてそう思う。
確かにファティマはときどき不老不死の人間としてこの世界を見ている。
自分以外はいずれ変わってしまう世界を、大昔に取り残された人間として見ている。
「……けど、今すぐにはいなくなったりしませんよ。私も今はミオンと同じ時間を生きているつもりですから……」
「……ありがと、ファティマ」
ファティマがそう言うのに、ミオンは嬉しそうに笑い、ぐるりと寝返りを打ってファティマのお腹に顔を埋めた。
「わわわっ! くっ、く、くすぐったいですよ、ミオン!」
「ファティマのお腹、ぐるぐる鳴ってる~。食べたものが消化されているんだね~」
ミオンはそう言ってファティマのお腹に自分の顔をくっつける。
「ふふっ。ファティマもちゃんと生きている。生きているからお腹が鳴っているんだ。そう感じられて嬉しいよ~」
「は、は、恥ずかしいのでそろそろ……」
「ダメ。まだファティマの膝枕を堪能しきってないから」
ミオンはそう言ってファティマの腰に抱き着く。
ファティマでは高度に機械化されたミオンのハグを引きはがすのは無理だ。
ミオンに抱き着かれたままファティマは途方に暮れる。
「あ、あのう、ミオン。そろそろインスタントラーメンの方を……」
「温かい」
ファティマの言葉にミオンがそう漏らす。
「ファティマは人間って温かさがするね」
「人間という温かさ、ですか……?」
「うん。人工的な温もりじゃなくて、自然の温もり。ファティマから感じるよ」
ミオンの身体も温かいがよく考えればミオンは身体の80%を機械化している。
その温かさは人工的なものなのだろうか……とそうファティマは首を傾げる。
「あたしは冷たいのは苦手なんだ。温かい方がずっと好き。その温かさは生きている証拠だから。その温もりはそばにいてくれるって感じるから。あたしは……この温かさを失いたくない……」
「ミオン……ひょっとして泣いてます……?」
ミオンが顔を押し付けているファティマの腹部に何か濡れている感触を感じて、ファティマは心配そうにミオンにそう尋ねる。
「泣いてない。大丈夫だよ。けど、もう少しこうしていさせて……」
明らかに涙声のミオンの返事にファティマは不安になった。
ミオンを苦しめているのは、間違いなく戦争での傷なのだろう。
だが、ミオンは未だに具体的な話をしてくれない。
ファティマはミオンに李可昕に黙って調べてもらったが、彼女からも真実と言える情報は聞けず、結局は『本人に直接聞け』という話であった。
しかし、ファティマにはそこに踏み込む勇気がなかった。
踏み込んでしまえば引き返せない。
ミオンの深いところに入り込んで今の関係には戻れなくなる。
そんな気がしてならなかったのだ。
ファティマは今の友達以上、恋人未満な関係を続けたかった。
この関係は人見知りなファティマにとってもそれなりに心地いい。
深入りして今の関係が崩壊し、取り返しがつかなくなることは望んでいなかった。
だが、目の前で涙するミオンを見てそれを無視できるような強さもファティマにはなかった。
「ミオン。教えてくれませんか? あなたの過去に何があったのか……」
ファティマはそう静かに問いかけた。
しかし、ミオンからの返事はない。
よく見れば彼女は眠ってしまっているようだった。
口からは微かに寝息を立てている。
その目の周りは僅かに赤く、泣いていたのは明白だ。
でも、その表情は今は穏やかであった。
「寝てしまったんですか……。ここで寝たら風邪ひきますよ……」
ファティマは起こさないようにそっとミオンの頭をクッションの上に移すと、ベッドから毛布を持ってきてミオンに被せた。
ミオンは起きる様子はなく、すやすやと眠ってしまっている。
敵と戦うときは鬼神のように強いのに、こういうところは子供みたいだとファティマは思った。
「結局、聞けずじまいです……」
ファティマが勇気を出したのに、ミオンとすれ違ってしまった。
これも何かの運命だろうかとファティマは考える。
今はミオンに過去のことを探るなという、何かしらの啓示なのかもしれない。
そう考えてファティマも今日はミオンを起こさずに眠ることにした。
「おやすみなさい、ミオン」
ファティマはそう静かに告げてベッドルームに向かう。
* * * *
翌朝、ファティマが目覚めたときにはミオンはすでに起きていた。
「おはよ~、ファティマ~」
とても眠そうにミオンがそう挨拶。
彼女もちゃんと昨日のチャイナドレスから着替えて、タンクトップとショートパンツの部屋着姿だった。
「き、昨日は飲みすぎなぐらい飲んでいましたけど、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ナノマシンに分解させたから。けど、寝落ちしちゃったみたいだね。毛布掛けてくれたのはファティマでしょ? ありがとね!」
「い、いえいえ。わ、私もミオンの家に居候していますのでこれぐらいは……」
「そこは気にしなくていいよ。それより朝食、朝食!」
ミオンはそう言い、いつものメニューをテーブルに並べる。
トースト、スクランブルエッグ、コーヒーだ。
「ファティマ、今日は何する?」
「な、何しましょうか? 昨日の仕事では結構なお金が入りましたけど、できればもっと仕事をやりたいです」
「そだね。仕事もお金はあるに越したことはないけれど、都合よく転がっているかどうか、だ。あとで李可昕のところに行ってみよう」
「は、はい」
カリカリに焼いたトーストをサクッと齧ってミオンが言い、ファティマが頷く。
「……ファティマ。昨日、あたし何か妙なことした? セクハラとか……」
「ええっ!? いっ、いえ、そういうことはないですけど、どうして……?」
「何かファティマに距離取られているような気がしてさ。気のせいならごめんね」
「距離ですか……」
以前はミオンがファティマから距離を取ろうとしたが、今度はファティマがミオンから距離を取っているようにミオンは感じていた。
それはただの気のせいなのか、それとも……。
「……覚えてないかもしれませんが、ミオンは昨日、その、泣いてましたよ。それが気になってちょっと……」
「あたしが泣いてた? 本当に?」
「え、ええ。やっぱり覚えてないんですね……」
「ごめんごめん。ちょっと記憶が飛んでるや」
ミオンは首を捻って考え込むが、やはり思い出せない様子。
「きっとどうでもいいことで泣いただけだろうから、気にしないで。ファティマから距離を取られる方が泣いちゃうから!」
「あ、あはは……」
ミオンの言葉にファティマは苦笑い。
本当にミオンはどうでもいいことで泣いていたのだろうか?
それはまだファティマには分からない。
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