打ち上げ//居酒屋“海鮮処『鯨腹』”
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──打ち上げ//居酒屋“海鮮処『鯨腹』”
ミオンたちはジェーン・ドウから依頼されたメイソン・リヒターの確保という仕事を終えて、セクター13/6へと戻ってきた。
まず向かったのは李可昕の家だ。
「李可昕~。報酬だよ~!」
ミオンは李可昕の家の監視カメラに向けてそう言い、それに応じるように扉のカギがガチャガチャと解錠されていく。
「おお。待ってたぜ。ジェーン・ドウの支払いはよかったか?」
「よかったよ~」
「それは何より」
ミオンは約束通りの報酬を李可昕に支払う。
その額を見た李可昕はにんまりと満足げであった。
「それでさ、それでさ。仕事の成功を祝ってお祝いしようぜ~!」
「お祝いねえ。エリュシオンと高速で派手に暴れたのにお祝いか?」
「そうそう。派手にやった分、派手にお祝いしよう。戦勝祝いだよ~!」
皮肉げに李可昕が言うのに、ミオンは皮肉を意に介さず明るく返す。
死人が大勢出た中でも、明るい雰囲気を失わないのはミオンらしいとファティマはそう思った。
彼女が明るくいてくれると、ファティマとしても落ち込まずに済む。
「はあ。なら、どこでお祝いする?」
「お金も入ったしさ。リッチなパーティにしよう。セクター6/2まで遠征だー!」
「あんた、酒が入ると面倒くさいから飲むなよ。飲むならアルコール分解のナノマシンをアクティブにしておけ」
「どうしてみんなあたしが酒癖悪いって言うのかな? そんなことないのに……」
「自覚を持て、自覚を」
ミオンが拗ねたように口を尖らせるのに、その後頭部をぱちんと李可昕が叩いた。
ミオンの酒癖が悪いのはもうファティマも知っているので、その様子を見てファティマも苦笑いを浮かべる。
「ま、まあ、自宅まで歩いて帰れる程度の酔いでしたら、私が面倒見ますので……」
「おおーっ! 流石はファティマだ! あたしの理解者!」
ファティマがそう言うのにミオンが彼女をぎゅっと抱きしめる。
機械化されているミオンのハグはなかなかに凶暴だ。
ヒグマにハグされるのを想像すれば、おおよそそれに近い。
「ほらほら。いちゃこらと仲良ししてないでお祝いするなら行くぞ。セクター6/2まで行くんだろ? 店はどこにするんだ?」
「んん~。ここなんて良さそうじゃない?」
「居酒屋“海鮮処『鯨腹』”か。確かに良さそうなところだな」
最近セクター9/3からセクター6/2に支店を出したという、合成鯨肉を売りにした居酒屋をミオンは見つけて李可昕やファティマのARデバイスに表示した。
いい感じの店構えとメニューのそこそこ高価格の値段に全員が同意したように頷く。
「じゃあ、出発!」
「タクシー呼んだからすぐ来るぞ」
李可昕はミオンにそう言い、無人タクシーはすぐに雑居ビルの前に現れた。
ミオンたちはそれに乗り込みセクター6/2へ。
TMCという街は眠らない街だが、セクター6/2は特にその傾向が強い。
夜でも昼間のような賑わいで、ファティマはここに暮らす人々は眠たくなったりしないのだろうかという心配をしてしまう。
「こっちこっち。ここだよ!」
ミオンは早速居酒屋の前に立ち、ファティマたちに手招きする。
クジラのマスコットが描かれた看板の下にファティマたちは集まり、接客ボットがすぐにやってきた。
「3名様でよろしいでしょうか?」
「イエス。テーブル席がいいな」
「畏まりました。どうぞこちらへ」
接客ボットはミオンたちを奥のテーブル席に案内してから下がった。
「さあて。まずは全員でビール!」
「親父臭いなぁ。まあ、いいけどさ」
ミオンは3人分のビールを早速注文して、それに李可昕やファティマが注文を重ねる。
ミオンは鯨肉の唐揚げ、ベーコン、刺身と鯨肉尽くし。
一方の李可昕は冷ややっこ、塩ゆでソラマメ、サラダとベジタブル。
ファティマはよく分からなかったので、とりあえずオクラの天ぷらを選択した。
すぐにビールが運ばれてきた。
工業合成されたアルコールにそれらしき味付けがされた泡立つ液体。
それが満ちたグラスが3つ並ぶ。
「では、仕事の成功を祝って、乾杯!」
「かっ、乾杯!」
ミオンが乾杯の音頭を取り、ファティマたちがグラスを掲げる。
それからミオンたちはわいわいと喋り始めた。
「今回の仕事はやばかったね。流石のあたしも緊張したよ」
「天下のエリュシオンで、だもんな。うっかりすればテロリストだ」
「そう言えばエリュシオン内で死人を出しちゃったけど、それはどうなった?」
「エリュシオンが揉み消しただろうな。ブランドに関わるから」
「ひっど。まあ、殺したのはあたしだけどさ。あははっ!」
この街では人の命より企業の看板の方が重い。
エリュシオンはホテル内部に不正侵入されて死人を出したということを徹底して揉み消すだろう。
「ファティマも大活躍だったね~。迫りくる追っ手の車をばったばった!」
「え、ええ。でも、車は結局ハチの巣になっちゃいましたね……」
「いいよ、いいよ。あたしの車じゃないし」
ミオンがぐいぐいとアルコールで火照った身体を近づけて言うのに、ファティマはぼろぼろになった車のことを思い出した。
あれは結局どうなったのだろうか?
「あの車は適当にジャックしたやつだから、今頃持ち主は途方に暮れてるだろうな」
「ひっど。まあ、ぼろぼろにしたのあたしたちだけどさ。あははっ!」
李可昕がビールの次に焼酎を頼み、そのグラスを手に言うのにミオンが笑う。
「ひょっとしてもうかなり酔っているな、貴様?」
「そんなことないよ。全然飲み足りない。夜はこれからだぜ~!」
「はああ。マジで事後処理は頼むぞ、ファティマ」
すでにほろ酔いのミオンがウザ絡みしてくるのに、李可昕がファティマの方に同情の視線を向けた。
「え、ええ。ちゃんとうちまで送り届けますので……」
「そうそう! だから、今日は思いっきり飲もう!」
ファティマが安請負しすぎたかと思いながらも苦笑いする中、ミオンが次々と次のアルコール飲料とおつまみを注文していく。
「でさ。結局、リヒターって野郎はメティスから何の情報を盗み出したんだ?」
「不老不死の研究のデータ、だってさ。実際にあるらしいよ、不老不死って」
「またメティス関係の与太話か? 連中のオカルト好きは昔から聞くけど」
「マジだって。ガン細胞でもない死なない組織片をメティスは研究しているんだってさ。それにそれにジェーン・ドウだって与太話のために60万新円も払わないでしょ?」
「まあ、報酬の額の高さは妙だけどな……」
李可昕がミオンにそう言われて考え込む。
「不老不死と言えばいろいろとメティス好みの伝説はあるよな。徐福伝説、八百比丘尼伝説、それに何と言ってもかぐや姫」
「かぐやひめ……?」
「ああ。ファティマは知らないか。この国の昔話だよ」
ファティマにはさっぱり分からない話題に首を捻ると、李可昕が説明を始めた。
「昔々あるところに爺さんと婆さんが住んでました。と、ある日爺さんは光る竹を発見。それを切ると何と中から女の子が!」
「た、竹から女の子が……?」
「そ。昔話だから細かいことは気にするな」
意味不明な展開に首を左右に傾げるファティマに李可昕は続ける。
「でね。女の子は凄いモテモテに育ちまして、貴族から求愛を受けまくるんだけど全部拒否。当時の一番偉い人間である帝までが求婚するんだけど、それも拒否した」
「ど、どうしてなんです?」
「なんとかぐや姫は月の住人だったからです。つまり地球外生命体──エイリアンってわけさ」
「うえええっ!?」
「はははっ。かぐや姫の展開でそこまで驚く人初めて見たぜ」
超展開に目を回すファティマと、それを見てけらけら笑う李可昕とミオン。
「まあ、それでなんやかんやあってかぐや姫は月に帰ることになり、帝たちに不老不死の薬を残すわけ」
「……不老不死の薬はどうなったんですか?」
「富士山で焼却処分。愛する人がいないのに長生きしてもしゃーないって帝は思ったんだろうさ」
李可昕はそう言い、グラスのアルコールを呷る。
「そうですよね……。生きる意味もないのに長生きするなんて……」
ファティマも不老不死などになりたくはなかった。
しかし、もうなってしまい、その呪いを解く術をファティマは知らない。
思い出とともに果てる自由が得られた帝のことをファティマは少し羨ましく思った。
「ねえ、ファティマ」
そこでミオンがファティマに身体を寄せて尋ねてくる。
「ファティマは不老不死に興味があるの?」
「い、いえ。そ、そっ、そういうわけでは……」
ミオンは鋭いが、ファティマが求めているのは不老不死になる方法ではなく、不老不死を解く方法だ。
彼女はこの空虚な人生にいい加減にピリオドを打ちたかった。
「……ミオンは私が不老不死の薬を見つけて渡したらどうします?」
「んー? わかんない! 飲むかもしれないし、飲まないかもしれない~」
「そう、ですよね……」
もし、ともに生きてくれる人がいれば、この空虚な人生にも彩りが生まれるのだろうが、ファティマはこの世のいかなる存在とも死に別れる定めにある。
かぐや姫は不老不死の薬を渡したのに、それを焼かれたときどう思ったのだろうか?
かぐや姫自身が不老不死で、ただ愛する人に自分が帰るまで待っていてほしかっただけだとしたら……。
それはとても悲しいことのように思える。
ファティマはそんなことをぼんやりと考えながら、グラスに残る甘くて安っぽいカクテルをちょびちょびと口にしていた。
「しかし、メティス極東支社で盗み出した情報がそういうものだとはな。ちょっと興味が湧いてきた。少しばかり私も調べてみよう」
「おお? 李可昕もオカルト好きなの?」
「別に。オカルトだからって興味があるわけじゃない。ただ、こういうオカルト話が好きなハッカーの知り合いがいてな。教えてやろうと思ってる」
ミオンが尋ねるのに李可昕は次の酒を頼みながらそう言う。
「こうやってメティス関係の都市伝説はできていくんだろうね~」
「今回のは都市伝説じゃないだろ」
「いや。どうせ伝わるうちにメティスは不老不死の人魚を飼っているとかいう尾ひれが付くし。人魚だけに。あはははっ!」
「もう随分と酔ってやがるな……」
くだらないジョークで大爆笑するミオンを李可昕は冷ややかに見る。
「さて、ミオンもこんな感じだし、そろそろ終わりにするか?」
「ええ~? まだ飲もうよ~!」
「ダメ。歩いて帰れなくなるぞ」
「ぶう~っ!」
ミオンが不満を示す中、李可昕が立ち上がり会計に向かう。
「ファティマ」
「は、はい!?」
席を立つとミオンがファティマにじっとアルコールで火照った身体を寄せる。
そのときに漂ったミオンの甘い香りにファティマはどきっとした。
「これからもずっと一緒にいようね」
ミオンはファティマの腕に自分の腕を絡めてそう言う。
まるでファティマは自分のものだと主張するかのように。
「……そうできたらいいですね……」
ファティマはそれにそう返すのみだった。
今はそうとしか返せなかった。
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