スナッチ//カーチェイス
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──スナッチ//カーチェイス
後ろから迫りくる3台のSUV。
それから逃げるべく加速するミオンたちを乗せたバン。
「高速に乗るよ。一気にセクター10/5まで下るから」
「りょ、了解です!」
ミオンはそう言って高速に入り、ファティマとリヒターは後方の警戒を続ける。
後方からつけてくるSUVは速度を上げ続けており、このままではいずれミオンたちは追いつかれてしまう。
「んん。あまりよくない兆候だね」
ミオンはバックミラーの映像を見ながらそう呟く。
3台のSUVも高速に入ってきて、ミオンたちに着実に迫っている。
「ファティマ。連中が銃を取り出したら応戦して」
「は、はひっ!」
猛スピードでTMCの街を南下するバンの車内で、ファティマは後部から追跡を続ける車両を見張る。
今のところ、彼らは追いつこうとしているだけで、攻撃してくる様子はない。
ミオンは高速をさらに加速し、TMCの街を南下していく。
エリュシオンの超高層建造物は遥か遠くなり、段々と窓から見える街並みが薄汚れていった。
『ミオン。あんたらを追いかけている車両について調べた。当然ながら盗難車扱いになっているが、どこから盗まれたと思う?』
「メティスでしょ?」
『いいや。アトランティスだ。メティスじゃない』
「え? どういうこと?」
『理由はそこにいる人間が知ってるんじゃないか?』
そこでミオンは背後を振り返った。
そう、後部座席にいるリヒターの方を。
「追ってきているのはアトランティスの連中だけど、まさか君の雇い主って……」
「ああ、畜生。そうだよ。アトランティスだ」
「あーあ」
メティスの件でリヒターはヘマをしたとサブマリンは言っていたが、どうやらそれは彼の雇い主すらも激怒させるものだったらしい。
彼を殺しに来ているのはメティスの追っ手ではなく、アトランティスだ。
「よっぽど酷いヘマをしたんだね。雇い主が殺しに来るって相当だよ?」
「分かってる! 確かに俺はヘマをした。それは事実だ。……だが、殺されるほど雇い主を怒らせた記憶はない。いくら何でもこれは過剰反応だ。もしかすると……」
「もしかすると?」
「俺が持っているデータを消しに来たのか?」
リヒターはまだ確信が持てない様子でそう言う。
彼は確かにヘマをしたが、それでもちゃんと情報は得ている。
彼の言うように殺されるほどアトランティスを怒らせたとは思えない。
もし、彼に殺される理由があるとすれば、それはアトランティスが狙って手に入れた情報が他の企業に渡るのを防ぐためだろう。
現に彼はこうして大井に手に入れた情報を売ろうとしている。
「畜生。それしか理由が思いつかない」
「そんなに貴重な情報なの? サブマリンが言うにはメティスの連中は与太話を集めているということだったけれど」
「与太話じゃない。メティスは本気で不老不死の技術を作り出そうとしている」
ミオンがそう言うのに、リヒターはそう返す。
「確かに秦の始皇帝だの、徐福だの、八百比丘尼伝説だの与太話の類としか思えないオカルト話をメティスは集めていた。だが、それに意味があるとしたら? 実際に不老不死として生きている存在がいるとすれば?」
「まさか本当に不老不死が……?」
「分からん。だが、連中はある人間と思われる生物の組織片を培養していた。その組織片はいくら傷つけようとしても傷つかず、どれだけ時間が経過しても維持されるものだ」
「それってガン細胞じゃないの? ガン細胞は一種の不老不死だし……」
「ガン細胞だって栄養をやらなきゃ衰えて死滅する。その組織片にはそれがないし、医学的に見てガン化もしていない。その組織片をメティスの連中は、この日本の僻地で手に入れたって話だ」
「徐福が探した不老不死の秘薬がこの日本にあったってわけかい……?」
「分からん。それ以上のことは」
死なない細胞で構築された組織片。
それが不老不死に繋がるものなのだろうか。
ファティマはその話を聞きながら、自分の肌を見た。
彼女の肌も焼かれようと、裂かれようと、いくら時間が経とうと衰えない。
恐らくメティスが持っている組織片というのも、同じものなのかもしれない。
そう思うとファティマは少し怖くなってきた。
これまでメティスとファティマの間にある接点はほとんどなかったのに、急に彼らがファティマのことを知っているかのように感じられたから。
「あ、あのう、日本のどこでその組織片は見つかったんですか?」
「そこまでは分からん。興味があるのか?」
「す、すっ、少しだけ……」
自分が不老不死になってしまったルーツを知りたい。
そして、願わくば不老不死を解くための方法も知りたい。
ファティマはそう思い、リヒターに問いかけたのだ。
「俺が陥っている状況を考えると知らない方がいいぞ。不老不死どころか死期が早まっちまう」
「ははは。言えてる、言えてる」
うんざりした様子でリヒターが言い、ミオンがけらけらと笑った。
「そ、そうですね。危険な情報、ですよね……」
組織片のサンプル、その情報だけでも企業が殺しに来る。
それを考えると不老不死そのものであるファティマに企業はどれほどの価値を見出すだろうか?
考えるとぞっとさせられた。
「って、話している場合じゃない。連中、仕掛けてくるぞ!」
「うん! 来たね!」
後ろから迫っていたSUVの1台が速度を上げてミオンたちが乗る車両を追い越しにかかった。
残る2台も後方から着実に迫る。
「来た来た来たぁ! ファティマ、迎撃準備ーっ!」
「は、はい!」
ファティマはミオンの言葉で二振りの光の刃を形成し、追い上げてくる車に向けた。
SUVの窓が開き、アサルトライフルで武装した人間が一斉にファティマたちの乗る車両に向けて発砲を始めた。
「畜生、畜生! やっぱり殺しにきてやがる!」
「今さらそこに疑問はないでしょ!」
リヒターが叫び、ミオンが狙いを定めさせないために車を荒っぽく揺さぶる。
いつもの軍用四輪駆動車と違って防弾が十分ではないバンは、装甲が今にも抜かれそうだった。
「急いで、ファティマ! このままだとハチの巣だよ!」
「わ、分かってます! 今すぐに──!」
ミオンに急かされてファティマは二振りの刃をSUVに叩き込んだ。
刃はエンジンを貫き、同時に運転手の首も刎ね飛ばした。
それによってバッテリーが爆ぜ、暴走したSUVは炎上しながら高速道路を蛇行して速度を落としていく。
しかし、それを避けてさらにもう1台の車両がファティマたちに襲い掛かる。
やはりアサルトライフルを構えた男たちが窓から身を乗り出してファティマたちの車両を狙い、彼女たちをハチの巣にしてやろうと銃を乱射。
「さらに来るよーっ! ファティマ、叩きのめしてやって!」
「は、はひっ!」
撃ちまくる射手を狙ってファティマが二振りの刃を振るう。
上半身と下半身を切断された男の上半身が高速道路の上に転がり、後続の一般車両がその死体を轢いてしまい、狼狽えているのが伝わってきた。
後方ではパニックが起きている。
「うわわわわっ! 滅茶苦茶撃ってくるじゃん! やばいやばい!」
それでも未だ銃撃は続いており、流石のミオンも慌て始めた。
このままでは3人ともハチの巣だ。
『ミオン。やばそうだな。援護できそうなドローンを見つけたが、どうする?』
「やって!」
『あいよ!』
そこで李可昕にハックされた道路交通管制用のドローンが襲撃者のSUVを襲った。
自転車サイズのそのドローンはSUVの窓に突っ込み、爆発炎上。
それによってSUVの運転手の視界が遮られ、運転が乱れる。
「今だよ、ファティマ!」
「りょ、了解!」
敵の運転が乱れた隙にファティマが二振りの刃を叩き込む。
二振りの刃は確実に2台の車両のエンジンを貫いて撃破し、SUVは炎上を始めた。
これで全ての追跡してきた車両は撃破だ。
「ふ、ふう……。何とかなりました……」
「グッジョブ、ファティマ! このまま逃げ切ろう!」
それからミオンの運転でファティマたちはセクター10/5に入った。
セクター13/6ほどではないが、薄汚れた街並みが広がるセクター10/5にてミオンはジェーン・ドウに指定された立体駐車場を目指す。
セクター10/5の隅の方に指定された立体駐車場はあった。
酷く古びた建物でコンクリートの壁は一部崩壊し、鉄骨が見えてしまっている。
それでも一応は機能しているらしく、配備されている警備ボットがミオンたちを生体認証し、通過を許可した。
それからミオンは車両を指定された3階に向かわせる。
そこにはこの古びた立体駐車場には似合わない高級SUVが停車していた。
「待っていましたよ、ミオン、ファティマ」
そして、その車両のそばにはジェーン・ドウと武装した男たちがいた。
ジェーン・ドウはいつもの得体の知れない笑みでミオンたちを出迎える。
ファティマには不気味に見える笑みだ。
「ヘイ、ジェーン・ドウ。お届けの品だぜ」
ミオンがバンのドアを開けて、リヒターをジェーン・ドウに見せる。
リヒターは警戒した様子でジェーン・ドウの方に視線を向けた。
「あんたがこいつらの雇い主か。持っている情報は渡す。だが、その代わりに俺をこの街から逃がしてくれ。行先は香港を希望する」
「なるほど。そういう条件で連れ出したのですね」
リヒターが取引を提案するのにジェーン・ドウが笑顔のまま頷く。
「いいでしょう。私たちも荒っぽいことはしたくありません。得てしてそういう手段で手に入れた情報には誤りが生じるものですから。よって情報の見返りにこの街からの無事の脱出をお約束しましょう」
「取引成立だな。これがメティスから盗んだ情報だ」
そう言ってリヒターがジェーン・ドウに対してチップを手渡す。
厳重にプロテクトされたチップのデータをリヒターから受け取った暗号キーで解読し、ジェーン・ドウは情報の中身に目を通す。
「確認しました。では、香港行きのチケットを準備して、成田までお送りしますので乗ってください」
「助かる」
ジェーン・ドウは渡されたチップの中身が間違いなく目的のデータであることを確認すると、リヒターをSUVに乗せた。
「さて、ミオン、ファティマ。報酬をお渡ししておきます」
ジェーン・ドウはにこりと笑ってミオンとファティマの端末に30万新円を送金した。
ふたりで30万新円ではなく、それぞれに30万新円だ。
エリュシオン相手に仕掛けただけの報酬をミオンたちは無事に受け取った。
「やったー!」
ミオンはなかなかの報酬に満面の笑み。
企業案件は儲かるのである。
「あ、あのう、ジェーン・ドウさん」
しかし、ファティマは戸惑った様子でジェーン・ドウに尋ねる。
「何でしょう?」
「……大井は不老不死に興味があるんですか?」
今回の仕事で大井が手に入れたのは、メティスが研究していた不老不死のデータだ。
それから考えれば大井も不老不死の研究に興味があるように思える。
メティスやアトランティスと同じように大井も不老不死を求めているとすれば、ファティマがこの街に留まるのは得策ではないかもしれない。
「さあ、どうでしょうか。大井の情報部はただメティスのやっていることに興味があるだけだったようにも思えます。そして、私個人としては不老不死には全く興味がありません。人間は限りある生をもがいて生きている方が美しく見えますからね」
ジェーン・ドウはそう言って首を横に振る。
まるでその口振りは彼女が人間ではない存在であることをほのめかしているようで、ファティマには不気味に見えた。
「質問は以上ですか?」
「は、はい」
「それでは、失礼します。まだ次の仕事でお会いしましょう」
ジェーン・ドウは最後にそう微笑み、SUVの後部座席に乗り込むとそのままSUVは立体駐車場から出て行った。
「さあて! 李可昕に分け前を渡したら仕事の成功を祝って飲もうぜ~!」
「え、ええ……。け、けど、あまり酔っ払わないでくださいよ、ミオン?」
「あたし、飲んでも全然酔わないし」
ミオンはそう言いながらバンに乗り込み、ファティマもそれに続いた。
しかし、ファティマの頭の中には六大多国籍企業が不老不死の研究に手を出しているということへの不安が残っていた。
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