スナッチ//エスケープ
……………………
──スナッチ//エスケープ
部屋を出てエレベーターに乗るミオンとファティマ。
すぐ1階上の90階に昇り、エレベーターが開くと90階に出た。
90階も89階と似たような構造であり、ミオンとファティマはまずはこの階にいる警備に警戒した。
監視カメラや生体認証スキャナーは誤魔化せても、生の人間は騙せない。
ミオンとファティマは長い廊下を見渡し、そこにD-3プロテクトのコントラクターやホテルのスタッフがいないことを確認した。
「オーケー。警備は大丈夫だ。すぐに9095室に向かおう」
「りょ、了解です」
監視カメラと生体認証スキャナーは李可昕によって、偽のデータを噛まされている。
ファティマとミオンが90階にいるということをエリュシオンのセキュリティシステムは認識していない。
しかし、それにエリュシオンの自己診断プログラムが気づくのはすぐではないにせよ、あまり時間はないだろう。
まして、内部でミオンとファティマが暴れまわれば、宿泊客が通報してしまう。
「時間的には1時間が最長ってところか。李可昕、脱出のための車は?」
『準備できているぞ』
「サンキュー。それでは──」
ミオンは李可昕に確認を取ると、彼女は急ぎ足で9095室の前に進んだ。
9095室のドアは電子キーで施錠されており、本来カギのないファティマたちは入ることはできないのだが──。
「李可昕。カギの解錠を」
『オーケー』
がちゃりと音がしてドアのカギがマトリクス経由で解錠される。
それと同時にミオンとファティマが9095室に踏み込んだ。
「なっ……!」
部屋の中にはドアのすぐ前に男が立っていた。
恐らくこの男がリヒターの護衛についていた非合法傭兵なのだろう。
だが、エリュシオンの中に武器が持ち込めないのは相手も同じであり、男は驚愕したのちに素手でミオンに立ち向かおうとした。
素手でも機械化している傭兵ならば十分に人は殺せるが──。
「残念だけど素手ではね!」
拳を構えた男の首をミオンは超電磁抜刀で斬り飛ばし、首が飛んだ男の頸動脈からナノマシン混じりの血液が部屋の天井まで吹き上げた。
「畜生、メティスの追っ手か!」
リヒターの方はベッドで休んでいたところであり、彼は雇っていた傭兵が死んだのを見て跳ね起きて拳を構えたが、彼の方はそれだけではなかった。
両腕ががちゃりと音を立てて変形し、そこから刃がカマキリのそれのように突き出されたのだ。
「わあおっ! 仕込み刀か! 初めて見たよ! どういう仕組みなんだろう!? どうやって格納してたんだろう!? というか、どこでそういう手術受けられるんだろう!? 滅茶苦茶興味ある!」
「ミ、ミオン! 今はそれどころじゃないですよ!?」
武器オタクの本能で興奮するミオンにファティマがそう突っ込む。
リヒターはかなり高度な機械化手術を受けているらしく、ミオンにも劣らぬ速度で彼女たちに襲い掛かってきた。
「はああっ!」
「とりゃあっ!」
二振りの刃がまずはミオンを襲うのに彼女は“月断ち”で抵抗。
リヒターが振るう二振りに刃からは、近くにいるだけで高熱を感じる。
「ヒートソードか! これはまた興味深い!」
そう、リヒターが仕込んでいたのは熱の力で相手を焼き切るヒートソードだ。
それが金属音を響かせてミオンの“月断ち”と剣戟を繰り広げる。
「え、援護します、ミオン!」
「サンキュー。でも、リヒターを殺さないようにね!」
「は、はい!」
ここでファティマも二振りの光の刃を形成して、リヒターに襲い掛かった。
「畜生、畜生! なんだそれは……!?」
突然現れた光の刃に動揺するリヒター。
その動揺した隙を狙ってファティマは刃をリヒターの足に向けて放った。
足を切断すれば無力化できると判断したのだ。
「させるか!」
しかし、リヒターはそれを後ろに飛びすさって回避。
「メイソン・リヒター。降伏すれば悪いようには扱わないよ?」
と、ここでミオンが“月断ち”の刃を下げて、リヒターにそう告げる。
「メティスの追っ手が何をぬけぬけと。報復で殺すつもりで来たんだろうが」
「いいや。あたしたちはメティスの人間じゃないし」
「何だと……?」
リヒターは困惑した表情を浮かべる。
彼はミオンとファティマをメティスが報復のために送り込んできた殺し屋だと勘違いしているようだった。
「あたしたちが欲しいのは君がメティスから盗んだ情報。それをある企業が欲しがっている。それを渡せば情報料とこの街から安全にずらかれる航空チケットぐらいは貰えるんじゃないかな?」
ファティマはミオンがそう言うのを聞いて、どきどきしていた。
ジェーン・ドウはリヒターを拉致してこいと言っただけで、リヒターをそのあとどう扱うかについては何も約束していない。
それなのにミオンがリヒターに希望を抱かせるようなことを言うのはどうなのだろうかと思っていたのだ。
しかし、リヒターをホテルから連れ出すには彼自身の協力も必要なので、希望を餌にするのは悪い手ではないのだが。
「クソ。本当か? それは本当なのか?」
追い詰められているリヒターはミオンにそう問い返す。
「君の態度次第だろうね。協力的ならばうちのジェーン・ドウは冷酷にはならないよ」
「畜生、この状況なら……」
リヒターは元アメリカ中央情報局の準軍事作戦要員として違法な工作活動に携わったし、荒事も何度も経験している。
その上で彼はこの状況で自分の命が助かる手段はひとつしかないと思っていた。
ミオンたちを倒すのはまず無理だ。
そして、もしエリュシオン内で大暴れすれば、仮にミオンたちが倒せてもエリュシオン側に退去させられる。
エリュシオンの外にはそれこそメティスの追っ手がいるだろう。
つまり、助かるには──。
「分かった。その話に乗ろう」
リヒターは冷静に判断を下した。
彼は展開していた仕込み刀を金属音を立てて格納し、抵抗はしないというように両手を上げる。
「オーケー。話が早くて助かるよ。じゃあ、一緒に行こうか?」
「ああ」
そうしてミオンはリヒターを部屋から連れ出した。
ファティマはこれから本当にリヒターをエリュシオンから連れていけるのだろうかと疑問でいっぱいだ。
もし、彼が騙されていることに気づけば、あの仕込み刀が再びファティマたちを襲うことになる。
それが心配でファティマはどきどきだ。
「裏口に車を待たせている。それで離脱するよ」
「分かった。だが、メティスの連中は追ってこないだろうな?」
「少なくとも君が雇ったハッカーは首に賞金がかけられるぐらいには追われたよ」
「畜生、やっぱりか……」
「けど、そっちも無事にTMCから脱出したし、君も上手く立ち回れば見込みはあるよ」
「そう願いたいね」
ミオンの言葉にリヒターは肩を竦めて、彼女に続きエレベーターに乗る。
それから一気に1階まで降りると、ホテルのエントランスではなく、バックヤードの方にこっそりと向かう。
まだセキュリティシステムは偽の情報を認識しており、このミオンたちの行動を不審な行動として検出できていない。
「こっち、こっち」
ホテルの『スタッフオンリー』と書かれた場所にミオンたちは入り込み、そのまま業者が出入りする裏口へと向かう。
「李可昕、これから脱出する。エリュシオン周辺の生体認証スキャナーに変な連中は映ってない?」
『今のところ、武装した人間とかは見られないが用心はしておけ。天下のエリュシオンですら武器を持ち込めるのはあんたらが証明している』
「そだね。警戒しておくよ」
いつどこからリヒターが狙われるか分からない。
メティスは自分たちから情報を盗んだサブマリンを狙ったし、恐らくはその雇い主であったリヒターも狙っている。
「ここからは拉致というより護衛かも。ファティマ、リヒターから目を離さないようにしてね」
「は、はい」
ミオンにそう言われてファティマはリヒターの方に視線を向ける。
リヒターは緊張した様子で、額に汗を浮かべていた。
無理もない。彼はいつ殺されてもおかしくないのだから。
そう思うとファティマには彼が少し気の毒に思えた。
「あった、あった。李可昕が準備してくれた車。あれで逃げるよ」
ミオンは清掃会社のロゴが入ったバンを見つけるとその運転席に乗り込み、ブービートラップの類がないかを確認。
それからリヒターとファティマに手招きして、車に乗せた。
「ジェーン・ドウ。メイソン・リヒターは無事に確保した。どこまで連れていく?」
ミオンが車のエンジンを始動しながら、ジェーン・ドウに連絡。
『ご苦労様です、ミオン。位置情報を送りますのでその位置まで届けてください』
「りょーかい!」
ジェーン・ドウからすぐにセクター10/5にある立体駐車場の位置情報が送られてきて、ミオンは車を発進させた。
エリュシオンの裏手から車は急発進し、セクター10/5に向けて走る。
まず目指すのは高速道路だ。
『ミオン、ファティマ。あんたらがエリュシオンを出た直後に動き出した連中がいる。スモークガラスの装甲SUVが3台。十中八九、狙いはリヒターだろうな』
「メティスはフットワークが軽いねえ」
李可昕からの警告にミオンがひゅうっと口笛を鳴らす。
李可昕が覗き見しているドローンの映像には、エリュシオンのエントランス方向からミオンたちに向けて走ってきている3台のSUVが映っていた。
「ファティマ。後方に警戒して。メティスの追っ手が来てるかも」
「りょ、了解です!」
ミオンに言われてファティマはいそいそとバンの後部座席に移り、リヒターの隣で背後を見張る。
すると、後ろから3台のSUVが猛スピードで追いかけてくるのが見えた。
「きっ、来ました、ミオン!」
「よーしっ! 振り切るよ! シートベルトをしっかりね!」
ミオンはバンのアクセルをべた踏みし、バンは猛烈に加速。
どうやら見た目通りのただのバンではなく、改造されている車両のようで加速はミオンがいつも乗りこなしている軍用四輪駆動車並であった。
しかし、相手もその加速に合わせてあとを付けてくる。
「そう簡単には撒かせてくれないか」
「あ、あっあ、あ、安全運転を、ミオン!」
「それは無理そうだね」
いつものように速度超過の乱暴運転でミオンがセクター10/5を目指す。
メティスの追っ手と思しき3台のSUVは未だに後方から追尾してきていた。
「何とかして連中を撒かないとね」
ミオンはそう呟きながら加速を続けた。
もう少しで高速道路だが……。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価☆☆☆☆☆・励ましの感想などお願いします!




