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スナッチ//エリュシオン・プラザ・トーキョー

……………………


 ──スナッチ//エリュシオン・プラザ・トーキョー



 いよいよエリュシオンに乗り込むファティマとミオン。


 エリュシオンは当然ながらセクター一桁の位置に存在し、そこまでは無人タクシーを利用して向かった。


「ファティマ──じゃなくて、ラナー」


「は、はい、ミオン──じゃなくて、グレイス!」


 お互いにまだ偽装したIDに慣れておらず、名前を間違うふたり。

 そのことにふたりは苦笑する。


「あんまり緊張せずにね。普段通りでもあたしたちは十分恋人に見えると思うから」


「そっ、そ、そうなんですか……?」


「見える見える。むしろ見せつけてる」


 そう言ってファティマの手の指に自分の指を絡めるミオン。

 その細い指が絡むのに、ファティマはおもわずどきりとした。


「ねえ、あたしたちこれが終わってからも……」


 そこでミオンが何事かを言おうとして口をつぐんだ。

 まるでその言葉を口にしてはいけないというようにして。


 ファティマでもミオンのその不可思議な動きには気づいていた。

 しかし、コミュ障であるファティマにはどうすればいいのか分からず、ミオンとともに口を閉ざすだけだった。


『お客様。間もなく目的地です』


 無人タクシーのAIが機械音声でそう知らせ、タクシーの中からもエリュシオンが見えてきた。

 エリュシオンは超高層建築物であり、天高くそびえる存在だった。

 その大きさと美しさにファティマは思わず息を呑む。


「さて、仕事(ビズ)はここからが本番」


 ミオンがそう言って気合を入れるように自分の頬を叩き、無人タクシーは滑らかな運転でエリュシオンのエントランス前に止まった。


『ご乗車ありがとうございました。お忘れ物のないようにお降りください』


「ありがとね!」


 無人タクシーのAIに支払いを済ませ、ミオンとファティマはタクシーを降りる。

 すぐにホテルの接客ボットが荷物を運びにタクシーまでやってきて、ミオンとファティマが持ち込む大きな鞄を運んでいった。

 それらはエントランスにある検査機を通されるが──。


「お客様、これは?」


 ファティマの鞄の中に入っている“月断ち”が検査機に引っかかり、ホテルの保安要員であるD-3プロテクトのコントラクターが尋ねてくる。

 武装したD-3プロテクトのコントラクターは厳つい強化外骨格(エグゾ)と物騒なアサルトライフルで武装しており、荷物の中に武器があるのに警戒した様子であった。


「こ、こっこ、今回の取引でお客様に見せる、しょしょしょ、商品サンプルです!」


「了解。失礼ですがIDを確認します」


 D-3プロテクトのコントラクターはファティマのIDを生体認証し、彼女が武器取り扱いの資格を持った人間であることと“月断ち”の所持に必要な書類が揃っていることを確認した。


「お手数をおかけしました。どうぞ、中へ」


 D-3プロテクトのコントラクターは丁重にそう言って、ファティマとミオンのふたりを通過させた。

 ファティマもミオンも楽々とエントランスの警備を通過し、エリュシオンの内部へ。


「さて、ラナー。チェックインを済ませよう」


「は、はい、グレイス」


 すでにグレイス・ウーに成り切ったミオンが促すのに、ふたりはエリュシオンの広いラウンジを通ってカウンターへ。

 ラウンジは灰色と白を基調として上品に仕立てられており、エリュシオンのロゴが大きくライトアップされていた。

 調度品もひとつ数百万のものであり、まさに高級ホテルというものだ。


 そして、カウンターでは接客ボットではなく、人間が接客をしていた。


「ようこそ。ご予約のお客様ですか?」


「そ。グレイス・ウーとラナー・ザーレね」


「確認いたします。暫くお待ちください」


 ホテルスタッフがミオンとファティマを生体認証し、予約していたグレイス・ウーとラナー・ザーレであることを確認する。

 李可昕が偽装でヘマをしていたら、ここで引っかかることになる。

 ミオンはそれでも余裕の態度であり、ファティマだけが緊張していた。


「確認いたしました。8908号室となります。ごゆっくりお過ごしください」


 李可昕の仕事は完璧だった。

 エリュシオンはミオンとファティマの偽装したIDを受け入れ、ミオンが発行された電子キーを受け取る。


「じゃあ、行こうか、ラナー?」


「は、はい!」


 ミオンはファティマの腕に自分の腕を絡め、エレベーターに向かう。

 ファティマはミオンの体温と香りを感じて心臓が酷く高鳴っていた。

 それに今回はふたりきりというわけではなく、エリュシオンという高級ホテルで何人もの客たちを前にしているのだ。

 先にミオンが言っていたように恋人に見えるどころか、恋人であると見せつけているような状態である。


「ほらほら。そんなに硬い表情しないで」


「は、はい……。け、けど、距離が、そのう……」


「あたしたちの間では普通でしょ? 恋人なんだから」


 そう言ってぐいぐいと来るミオン。

 ファティマは周囲の視線を気にするが、周囲からは特に憎悪や敵意の視線は向けられていなかった。

 この街では同性同士のカップルは普通だというミオンの言葉は正しかったようだ。

 それでもファティマは赤面して、表情が硬くなってしまう。


「さて、8908号室だから89階だね」


 エリュシオン・プラザ・トーキョーは100階を越える巨大高層ビルであり、ミオンたちの部屋はリヒターが泊まる部屋の1階下の89階だ。

 エレベーターは信じられない速度で上昇していき、ファティマとミオンは瞬く間に89階に到着。


「えーっと。8908号室はこっちだね」


 件の8908号室はツインの部屋で、大きなセミダブルのベッドがふたつ置かれている。

 部屋にはさらに大きなテレビモニターがあって、広大なTMCの市街地が見渡せる窓があり、さらにはゆったりとして清潔なユニットバスがある。

 ミオンはそんな部屋のベッドの前に置かれているソファーに腰掛けて、ARデバイス経由で李可昕に連絡した。


「李可昕? こっちは位置に着いたよ。そっちはどう?」


『もう一回エリュシオンのセキュリティシステムに入り込んでいる。まだ管理者(シスオペ)AIは気づいていないが、あまり長丁場になるとまずいぞ』


「分かってる。すぐに終わらせてさっさと逃げよう」


『あとセキュリティをダウンさせることはできない。セキュリティがダウンすると自動的にD-3プロテクトの連中に警報が伝わってホテルが封鎖される仕組みだ。だから、セキュリティを誤魔化しながら行動することになる。いいか?』


「あいあい。了解です」


 セキュリティを一時的にでも麻痺させた方がミオンとしては仕事(ビズ)がやりやすいのだが、それができないとれなれば、それなりの手段を取るだけだ。

 ときには静かにやるのも仕事(ビズ)のうち。


『こっちはダミーの情報をセキュリティに噛ませるから、それまで部屋で待機していろ。準備ができたら知らせる』


「任せたよ、李可昕」


 李可昕はそこで一度連絡を断ち、マトリクスからエリュシオンのセキュリティに対するハッキングを開始した。


「ミ、ミオン。見てください。こ、このベッド凄いふかふかですよ……」


「本当だ。流石はエリュシオンだね」


 ファティマがふかふかのベッドに座ってぽんぽんと楽しげに跳ねているのに、ミオンが隣に座ってファティマの手を握った。


「あ、あのう、ミオン。もう恋人の振りは必要ないんじゃ……」


 戸惑うファティマの手を握ったまま、ミオンはファティマの肩を押し、彼女をベッドに押し倒した。


「ミ、ミ、ミミミミッ、ミオン!?」


「ねえ、ファティマ」


 動揺の極致に達して混乱するファティマにミオンが静かに言う。


「……あたしがいなくならないでって心から頼んだらさ、ファティマはずっとそばにいてくれる……?」


 どこか悲しそうな表情でミオンはファティマを見つめ、そう尋ねた。


「……それってどういう……」


「そのままの意味。あたしはファティマにずっとそばにいてほしい。友達でも、恋人でも、パートナーでも、共犯者でも、どういう関係でもいいからファティマにずっとそばにいてほしいんだ」


 ミオンはファティマにそう告げた。


「……告白みたいですね……」


「そうかもね。一応は告白、なのかもしれない。だから、返事を聞かせてくれるかい、ファティマ?」


「私は……」


 ずっとミオンのそばにいて、いずれ必ず訪れる大事な人を失う痛みを味わうのか。

 ファティマはこれまでも辛い別れを体験してきた。

 いくらファティマがミオンとともに老いて死にたいと思ってもそれは叶わないのだ。

 ずっと一緒にいられないのは、ファティマではなくミオンの方。


「……ミオンは別れが怖くはないですか……?」


 そして、ファティマはそう尋ね返す。


「怖いよ。凄く怖い。ファティマが想像しているものの1000倍は怖い。けど、こう言われたんだ。別れによる痛みを癒すには、新しい出会いを求めるしかないって。だから、あたしも覚悟を決めたんだ。ファティマと一緒にいたいってちゃんと伝えようと……」


 ファティマに覆いかぶさったまま、ミオンはそう言う。


「……そうですか……」


 自分を見つめるミオンの視線から僅かに視線を逸らしてファティマは考える。

 ここで気休めの言葉で応じるのはたやすい。

 だが、それはファティマの本心ではないだろう。

 ファティマは怖いのだ。

 ミオンを大事に思って、そして失ってしまうことを。


 だけど、確かに別れによる辛さを忘れるには新しい出会いが一番なのだろう。

 それにこの街でひとりで生き続けるのは、ひとりでは難しい。


 何よりファティマもミオンとともにいたいという気持ちはあった。


「……そ、その、恋人とかではなく仕事仲間としてなら、これからも暫くの間は一緒にいられると思います……。……そっ、それ以上になるには……もう少しだけ時間をください……」


 ファティマはそうミオンに正直な気持ちを告白した。


「……ありがとう、ファティマ。気休めの言葉じゃなくて、正直な気持ちを言ってくれて本当にありがとう」


 ファティマのその言葉にミオンはにこりと笑って返した。

 ミオンは嬉しかった。

 ここでファティマがただミオンを落ち着かせるためだけに、適当に承諾していればミオンも落胆していただろう。

 だが、ファティマは本心を告げてくれた。

 それがミオンには嬉しかったのだ。


「じゃあ、これからもよろしくね、ファティマ」


「え、ええ」


 そこでミオンはごろりとファティマの隣に横になって笑いかけた。

 ファティマは数センチ先にあるミオンの笑みの戸惑いながらも、自然と笑みを浮かべていた。


『おーい。ミオン、ファティマ。ようやくセキュリティに偽の情報を噛ませた。まずはリヒターが宿泊しているフロアに向かえ。監視カメラや生体認証スキャナーは気にしなくていいぞ~』


「おっ。サンキュー、李可昕! じゃあ、こっちも仕事(ビズ)を再開するよ」


『ああ。リヒターの部屋は9095室だ。間違うなよ』


 李可昕からそう連絡があり、ミオンはベッドから起き上がると運んできた鞄の中に入っている“月断ち”を取り出した。

 金属の鞄の中で梱包されたそれを取り出し、ミオンは腰のベルトにそれを下げた。


「じゃあ、ファティマ。いよいよリヒターの拉致(スナッチ)だよ。気合を入れて行こう!」


「は、はい」


 それからミオンたちは部屋を出て、仕事(ビズ)目標(ターゲット)であるリヒターの元へと向かう。


……………………

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