スナッチ//架空の身分
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──スナッチ//架空の身分
ミオンとファティマはエリュシオンに侵入するための服を準備しに向かった。
セクター一桁のブティックを巡り、彼女たちが纏ったドレスは──。
「どうどうっ!? 似合ってる?」
「に、似合ってますよ。す、すっす、凄く似合ってます!」
「へへっ!」
ミオンが纏っているのはチャイナドレス。
黒と銀の色合いで龍の柄が描かれている。
ドレスはぴったりと彼女の女性的な体型を浮き上がらせており、そのスリットは深くてミオンの真っ白な太腿が見えている。
実に色っぽい格好だが、はつらつとした雰囲気から不健全さは感じられない。
「ファティマも似合ってるよ!」
ファティマの方も纏っているのはミオンと同じチャイナドレス。
ファティマの方は赤に金の色合いで牡丹の柄が描かれているものだ。
ミオン同様に身体のラインがしっかりと現れており、それを隠すことのないミオンと違ってファティマは恥ずかしそうにしていた。
「ちょ、ちょっと派手過ぎませんか……?」
ファティマはおろおろとしている。
身体のラインが露わになっていることも、それに赤と銀といういつものファティマなら選ばない服装であることもファティマを戸惑わせていた。
「気にしない、気にしない! あたしたちは大金持ちの投資家としてエリュシオンに入るんだから。これぐらいの格好はしておかないと怪しまれちゃうよ」
「そ、そうなんですか? これだけ派手なのに……」
「金持ちは派手なのが好きだからね」
「は、はあ……」
ミオンは自信満々でそう言い、ファティマはため息を吐くしかなかった。
どうあれどさらりまんスタイルではエリュシオンでは門前払いだ。
だから、着替える必要はあるのだが、しかしとファティマは悩む。
この格好はスリットの深さと言い、身体のラインが浮き出るぴったりさと言い、ファティマにとっては痴女みたいな格好に思えたのである。
しかし、こんな格好でもミオンだと格好良くて、似合って見えるのだから不思議だ。
ファティマはじっとチャイナドレス姿のミオンを見つめる。
「どした? あたしに惚れ直しちゃったかい?」
「あっ、あ、その、私と違って似合ってるなって……」
「ファティマも似合ってるじゃん。猫背にならずに、ほら、胸を張って!」
ミオンはそう言ってぱんぱんとファティマの曲がった背中を叩く。
そう言われてファティマが胸を張るとさらに身体のラインがくっきりしてしまい、すぐにファティマは再び猫背に。
「そ、それよりミオン。ぶっ、武器の方はどうしますか……?」
「それが問題だね。流石に個人投資家が日本刀下げてたらおかしいし」
ファティマの問いにミオンが困った表情を浮かべる。
エリュシオンにどうやって“月断ち”を持ち込むか。
それが問題であった。
ミオン自身が言っているように個人投資家は日本刀で武装したりしないし、そもそもエリュシオン内での武装は許可されていない。
物騒なTMCにおいてもエリュシオン内はD-3プロテクトのような民間軍事会社が警備しているため自衛のための武装という言い訳も通じない。
しかしながら、リヒターを拉致する以上は武器は必要だ。
リヒターは護衛の傭兵を雇っているという情報もある。
「ま、そこら辺も李可昕に相談してみよう。マトリクスからどうにかできるかも」
ミオンがそれでも大して心配した様子もなくそう言い、ブティックを出た。
それから彼女たちはセクター13/6の李可昕の家に向かう。
李可昕の方はIDの偽造とエリュシオンの監視のために、まだマトリクスにフルダイブしていた。
ミオンたちはそんな彼女のために龍龍亭の肉まんとカロリーオフのコーラを買って、彼女の家に戻ってきた。
「李可昕。ご飯、買ってきたよ~」
『おお。助かる。テーブルに置いておいてくれ』
ミオンがARデバイス越しに声を掛けるのに李可昕がマトリクスから応じる。
ミオンは肉まんをテーブルに置き、李可昕がマトリクスから戻ってくるのを待った。
「よーしっ! IDの偽装は終わったぞー!」
そして李可昕がマトリクスから戻り、そう報告する。
顔には満面の笑みで、猫耳が機嫌良さそうに揺れている。
「ほら、これがあんたらの新しいIDだ。とは言え、こいつの鮮度は2、3日が限界だ。それまでに仕事を終わらせろよ」
李可昕からはミオンにはグレイス・ウーのIDが、ファティマにはラナー・ザーレという架空の女性のIDが、それぞれ送信されてきた。
「了解、了解。それでさ。これどうよ? 似合う?」
ミオンはそう言ってファティマを抱き寄せながら、自分たちの纏っているチャイナドレスを李可昕に見せつけた。
「まあ、一応それっぽくは見えるんじゃないか? そんな格好しなくても普通にブランド物のスーツでもよかった気もするが」
「せっかくの機会なんだし、お洒落したいじゃん」
「はいはい。好きにしてくれ」
李可昕はミオンやファティマの格好には興味がない様子であった。
彼女は適当にミオンをいなしながら、BCIポートに刺さっていたケーブルを抜く。
「エリュシオンのセキュリティに侵入する用意できて、IDは準備できたし、服も調達できた。あとは?」
「どうやって武器を持ち込むかだね。エリュシオンは個人投資家が日本刀下げてたら怪しむでしょ?」
「ああ。それがあったな……」
ミオンの言葉に李可昕が考え込む。
「一応身体は機械化しているんだし、ステゴロじゃ無理か?」
「レディに無茶を言わないで」
「なあにがレディだ。刀ぶんぶんゴリラだろ」
ミオンが澄ました表情でそう言うのに李可昕がじろりと彼女を見る。
「しかし、武器を持ち込まなければならないとなると、どうしたものかね……」
エリュシオンにはエントランスに厳重なセキュリティチェックがある。
IDが確かでも武器の持ち込みを警戒されてボディチェックを受けることになる。
だが、ミオンたちはどうにかして武器を持ち込まなければならない。
「なあ、ファティマ。魔法とかでどうにかできないか?」
「えっ! む、無理ですよ……。わ、私の魔法では……すみません……」
「そっかー。なら、別の手段を考えねーとな」
ファティマが申し訳なさそうに言うのに、李可昕ががりがりと後頭部を掻く。
それから彼女は何か思いついたように手をポンと叩く。
「そうだ。エリュシオン内で取引するようにしておくのはどうだ?」
「取引~?」
「そうそう。ファティマは武器のディーラーということにして、個人投資家のあんたに自分の扱っている商品を説明する。そのためにその日本刀を持ち込むって話だ」
「なるほど! ナイスアイディア!」
李可昕の提案にミオンがサムズアップして返す。
確かに武器取引のためにエリュシオンを利用するというのならば、エリュシオン側も警戒しないだろう。
エリュシオンでは商取引も行われており、武器取引も扱われているもののひとつだ。
ちゃんと書類さえ偽装しておけば、ミオンの“月断ち”も商品としてエリュシオン内に持ち込むことが可能になるだろう。
「そ、それで大丈夫なんですか? ホテルで武器取引って……」
「ドラッグの類じゃなければ大丈夫。事実、ジョン・ドウなんて胡散臭い仕事しているリヒターが宿泊できているわけだしね。あたしとファティマはガールフレンドであり、武器取引のパートナーだよ!」
「は、はひっ!」
ミオンがファティマの腰を抱き、ファティマが悲鳴じみた返事を返す。
「というわけで設定は決まったし、武器の持ち込みもできるようになった。あとはリヒターを拉致するだけだ!」
「そ、そのう、リヒターをホテルの中で捕まえたとして、どうやってホテルの外に連れ出すんですか?」
「そりゃあ脅迫して連れ出すしかないね。脅迫しても抵抗するようなら手足を斬り落として、鞄に詰め込んで連れ去るってところだ。そのための鞄は準備してあるしさ」
「う、うへえ! 滅茶苦茶ですよ!」
「う~ん。そう言われてもなぁ。何か他に手はあると思う、李可昕?」
ここで再びミオンが李可昕に尋ねる。
「エリュシオンに入るのは難しいが、出るのは簡単だ。清掃業者のトラックにIDを偽装した車両を裏口に待機させておくから、裏口から出てリヒターを拉致して来い。それでいいか?」
「李可昕、助かる~!」
今度はミオンは李可昕を思いっきりハグする。
ぎゅうっとミオンの豊かな胸が李可昕の身体に押し付けられた。
……高度に機械化したことで生じる腕力によって。
「あああっ! うざいっ! 離れろ、刀ぶんぶん怪力ゴリラ!」
「ゴリラを訂正するまで離さない」
李可昕が叫ぶのに、ミオンがじろりと彼女を睨んでさらに力を入れる。
どうやらさっきのゴリラ発言をミオンは気にしていたようだ。
「分かった、分かった! 訂正する! レディだよ、あんたは!」
「よろしい!」
李可昕の言葉にミオンはようやく李可昕をハグから解放した。
彼女はそれからファティマの方を見る。
「じゃあ、1日だって無駄にできないから、早速仕事に入ろう。エリュシオンに忍び込み、リヒターを拉致し、ジェーン・ドウに引き渡す」
「りょ、了解です」
ミオンが笑顔で告げることにファティマがこくこくと真剣な表情で頷く。
それを見てミオンは苦笑すると、ファティマの両手をぎゅっと掴んだ。
「表情硬いよ~? あたしたちは恋人なんだからもっと柔らかい表情じゃないとね?」
「そ、そっそ、そう言われましても……」
「ほらほら。こうやってにっこりと楽しそうに笑って?」
ミオンはそれからファティマの顔にそっと手を置き、彼女の口の端をくいっと押し上げて笑顔を作った。
それに従ってファティマはぎこちない笑みを浮かべて見せる。
「んんん~っ。まだまだ表情硬いなぁ。やっぱり……あたしが恋人役なのは嫌だったりするかい?」
「そっ、そんなことはないですけど、その、緊張しちゃって……」
ファティマはこれからエリュシオンに侵入することにも緊張していたが、それよりも仮初とは言えどミオンと恋人関係を演じることに緊張していた。
これが演技だと分かっていても、ファティマはミオンが本当に恋人になったようで心臓がばくばくしていた。
これは本当じゃない。偽装なんだと言い聞かせても心がそれを理解しない。
「まあ、ファティマにとっては初めての偽装任務だからね。仕方ないか。ここはあたしがフォローするから、ファティマはいつも通りでいいよ!」
そう言って軽くファティマの肩を叩くミオン。
ファティマは本当に理由を言いたかったが、それは口に出せずじまい。
「では、淑女諸君、仕事の時間だ」
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