スナッチ//マトリクス
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──スナッチ//マトリクス
ミオンとファティマはジェーン・ドウから拉致の仕事を受けたのちに、セクター13/6へと戻る。
「こ、これからどうします?」
「まずは李可昕のところに行こう。まずはマトリクスから調査をしないと」
ファティマの問いにミオンはそう言い、彼女たちは李可昕の家へ向かった。
セクター13/6のスラム街を進み、いつものように巨大な雑居ビルの前に車を止める。
「李可昕~。仕事の話があるよ~」
監視カメラに向けてミオンがそう言い、李可昕の家に上がる。
「仕事だって? 今度は何だ?」
李可昕は猫耳をピコピコと揺らしながらミオンたちに問う。
その様子から見てミオンたちの話に興味はあるようだ。
「ジェーン・ドウからの仕事だよ。エリュシオンを相手に仕掛ける。興味はある?」
「エリュシオンってあのエリュシオンか? ホテルの?」
「そ。そこにいる所属不明のジョン・ドウを拉致する。これが目標のジョン・ドウであるメイソン・リヒターの情報だよ」
「そりゃまた……」
ミオンの言葉に李可昕は呆れた表情を浮かべる。
李可昕にとっても世界的ブランドであるエリュシオンを相手に仕掛けるというのは呆れるほど無謀なことらしい。
「またジェーン・ドウも随分な仕事を回してくれたもんだな。本気でやるつもりなのか?」
「李可昕的には無理そう?」
「エリュシオンのサイバーセキュリティは並じゃないからな……」
「でも、やれないわけじゃないでしょ?」
「ま、李可昕様にかかれば不可能ではないな。だが、ジェーン・ドウは報酬を弾んでくれるのか?」
「ちゃんとした額は出すってさ」
「分かった。じゃあ、マトリクスから仕掛けてみるとしますか」
そう言うと李可昕はBCIポートにケーブルを繋ぎ、マトリクスにフルダイブした。
それからすぐにミオンとファティマのARに李可昕のアバターが姿を見せる。
『エリュシオンのセキュリティはやっぱりかなり高度だな。軍用グレードの氷が使われている。当然ながらブラックアイスも備えてやがるぞ……』
「ぶ、ぶらっくあいす……?」
『ただ侵入を防ぐだけじゃなくて、侵入者に反撃するタイプの氷だ。物にもよるが脳を焼き殺される可能性だってある』
「う、うええっ!? だ、大丈夫なんですか……?」
『まあ、リスクは承知の上だ慎重にやるさ』
脳を焼き殺されると聞いてファティマが心配するのに李可昕はそう言い、エリュシオンの構造物への侵入を試みる。
行く手を遮る氷をお手製の氷砕きで砕き、構造物に手を伸ばそうとするが、氷はなかなかに固い。
そして、無理に手を伸ばせば脳がひりつく感触がする。
ブラックアイスだ。
李可昕は慌てて手を引き、遠巻きにエリュシオンの構造物を見つめなおして、作戦を立て直すことに。
『そうだ。宿泊予約から侵入できるかもしれない』
宿泊者の情報は館内のセキュリティに紐づけられている。
誰でもアクセスできる宿泊予約システムから侵入すれば、氷の固いセキュリティシステムにアクセスできるかもしれない。
李可昕はそう考えて、宿泊予約システムからの侵入を開始。
『大当たり! ここからならセキュリティに近づけるぞ~!』
李可昕はにやりと笑い、そのままセキュリティに近づく。
今度はブラックアイスも作動せず、李可昕はエリュシオン・プラザ・トーキョーのセキュリティシステムに侵入した。
『生体認証情報を引っこ抜いて、と』
そしてセキュリティシステムから館内の生体認証情報を一気に引っこ抜く。
それをミオンから渡されたリヒターの生体認証情報と照合していき──。
『見つけた。やつは9095室に宿泊している』
「やったね。それで物理侵入はできそう?」
『どうだろうな。9095室にはやつ以外も宿泊者がいる。非合法傭兵みたいだ』
「護衛ってわけか……」
マトリクスから侵入できても現実で侵入できなければ、リヒターの拉致は上手く行かない。
仕事を成功させるには現実で行動しなければならないのだ。
『おっと。セキュリティのログに妙なものがある。ホテルの周辺で不審者を数回検出したっていうログだな。あんたら以外にもジェーン・ドウが非合法傭兵を雇ってることはないよな?』
「違うと思うよ。メティスの追っ手かも。ほら、あのサブマリンってハッカーがいたでしょ? その雇い主のヘマしたジョン・ドウが今回の仕事の目標なんだよ」
『おいおい。それを先に言えよ。ってことはメティスの連中とかち合う可能性もあるわけだよな?』
「それも警戒しろってジェーン・ドウは言っていたね」
『しかし、サブマリンの雇い主でヘマをしたジョン・ドウが仕事の目標とは。どういう偶然なんだろうかね』
ミオンの言葉に李可昕がそう言う。
「偶然なんてないよ」
そこでミオンがどこか達観した様子で言い返す。
「あるのは必然。計算上起こり得ることが起こっているだけ。今回の仕事にしたところでジョン・ドウは狙われるようなことをしていたから、今回の仕事で狙われた。偶然なんかじゃなくて必然だよ」
ミオンはそう言い、首を横に振る。
どういうわけか、ミオンは偶然というものを否定したがっている。
でも、以前ミオンは運命や奇跡を信じたいとも言っていた。
彼女の本当の気持ちはどっちなのだろうかとファティマは疑問に感じた。
『そうかもな。とは言えど、ジェーン・ドウの狙いはこいつがメティスからサブマリンを使ってくすねた情報だろ? サブマリンは具体的にどんな情報を盗み出したか、言っていたか?』
「不老不死の研究だってさ。秦の始皇帝や徐福伝説まで調べていたらしいよ」
『へえ。メティス絡みの都市伝説と言えばオカルトのそれだが、今回も例に漏れずか』
ミオンが言うのに李可昕はそう言って頷く。
メティスと言えばオカルトと言うのは定番のことらしい。
しかし、ファティマにとっては不老不死はオカルトでもなんでもなく、自分の身に降りかかったことだ。
そのことをミオンと李可昕のふたりに打ち明けられないのは辛かった。
「で、現実での突入手段はありそう?」
『待て待て。警備はD-3プロテクトがやってる。こいつらは独立系民間軍事会社だが、舐めてかかれる相手じゃない』
事実、エリュシオン・プラザ・トーキョーを警備するD-3プロテクトの装備にはアーマードスーツや装甲車も含まれていると李可昕。
『そして、警備と正面からやり合う気はないんだろう?』
「そうだね。それは問題になる」
『テロリスト扱いは誰だってされたくはないからな。というわけで、だ。私にひとつだけ作戦がある。聞くか?』
「聞かせて」
李可昕がそう言い、ミオンが続きを促す。
『オーソドックスなやり方だ。宿泊客として入り込んで行動する。ただし、偽装したIDで宿泊しないと後々問題になる。天下のエリュシオンに踏み込んで宿泊客を拉致したとなれば、エリュシオンのブランドにも響くからな』
「エリュシオンも企業だから報復は考えるだろうね」
『そ。そこでまずはエリュシオンに宿泊しても怪しまれない人間のIDをでっち上げるところから始めなければならん。あんたらみたいなあからさまに偽装IDを使っているような客は、エリュシオンでは門前払いされるからな』
「確かにエリュシオンのIDチェックは厳しいだろうね。あそこは宿泊客を選ぶって聞くから。けど、あまり精巧なIDは成り済ますのが難しいよ?」
『そこはあんたらの努力次第だ。どこかのリッチな連中のIDを借りてやるから、そいつらに上手く成り済ませ。今からそれっぽいIDを探してくる』
「頼むぞ~」
李可昕はマトリクスに潜り、エリュシオンに宿泊してもおかしくない裕福な人間のIDを探す。
企業の重役や成功した芸能人やスポーツ選手などなど。
しかし、どれも偽装するには有名すぎる。
『これはいけそうだな』
そこで李可昕が目を付けたのが個人投資家だ。
個人投資家の中でもその成功を公にひけらかしていない人間に目を付けた。
そのような条件に該当する個人投資家のIDの中から、ファティマとミオンが成り済ましてもおかしくない人物を探す。
『こいつなんてどうだ?』
「グレイス・ウー。個人投資家で、自由香港共和国在住か。あたしはこれでいいけど、ファティマはどうする?」
『ファティマはあんたの現地の連れってことにすればいいだろ。個人投資家がふたり一緒にホテルに泊まりに来るのは逆に怪しがられる。あんたの、そうだな、ガールフレンドってことでいいんじゃないか?』
そう言ってけらけらと笑う李可昕。
「ガ、ガールフレンドですか……」
「ファティマは嫌かい?」
ファティマが頬を赤くして言うのにミオンがそう尋ねる。
「いっ、いえ。仕事に必要なことですし……。けど、女性同士の、その、関係ってここでは認められてるんですか?」
「この街は何でもありだよ。企業に害がなければね。異性同士だろうと同性同士だろうと誰も気になんてしない」
「そ、そうなんですか……」
ミオンも女性同士で恋人同士というものを奇妙なものや嫌悪すべきものだとは思っていない様子だった。
この街は確かに何でも受け入れるのだろう。
「ふふっ。そうなると楽しみになってきたね。あたしのガールフレンドらしく振る舞ってね、ファティマ!」
「は、はっ、はひっ!」
ミオンがファティマの肩を抱いて言うのに、ファティマは耳まで赤くなって必死にこくこくと頷く。
ミオンの距離感はバグっているが、今回はそれに加えて偽装とは言えどガールフレンドになるという話なのだから仕方ない。
『オーケー、オーケー。話はまとまったようだな。じゃあ、作戦準備だ。まずは服から着替えろ。香港の個人投資家はさらりまんスタイルなんてしないからな。IDが偽造できてても服装でばれちまう』
「はいはい。どんな服がいいかな~?」
『それっぽいセレブリティな格好にしておけ。いかにも金持ちですって格好な』
「了解~!」
李可昕の言葉にミオンが元気よく頷く。
彼女はいつもと違う格好で仕事がやれることにもわくわくしているようだった。
『私はこのままIDの偽造に入る。そうだな。1日もあれば準備できるから待ってろ』
「その間、リヒターがホテルから逃亡しないか見張っててくれる?」
『あいあい。任されましたよ』
李可昕はホテル周辺の生体認証スキャナーの情報などを検索エージェントに集めさせながら、IDの偽造作業に入る。
リヒターが一歩でもホテルの外に出れば、すぐに検索エージェントが自動的に李可昕に報告する状態だ。
「じゃあ、あたしたちは服を買いに行こう!」
「わ、分かりました」
監視とID偽造の作業を李可昕に任せ、ミオンとファティマは潜入のための服を揃えるために李可昕の雑居ビルを出たのだった。
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