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パーソナルヒストリー//自己保存の本能

……………………


 ──パーソナルヒストリー//自己保存の本能



 李可昕から見せられた『バーバ・ヤーガ』とされる部隊の映像。

 日本情報軍の暗殺部隊であり実験部隊と推測される、その部隊の中には確かにミオンと同じように日本刀で武装した兵士がいた。


「これがミオンのいた部隊なのでしょうか……?」


『分からん。だが、統一ロシア側が把握している情報軍の部隊はこいつらだけだ。あちこちで暗殺を実行している生体機械化兵マシナリー・ソルジャー。オホーツク義勇旅団の幹部から、統一ロシア軍の司令官や統一ロシア対外情報庁(SVR)所属の工作担当官(ケースオフィサー)まで手広く暗殺している』


 ファティマの疑問に李可昕のアバターが肩を竦める。

 今のところ『バーバ・ヤーガ』に所属していた個人名は一切ない。

 部隊の正式名称すら分からないのだ。

 個人名など特定のしようもない。


「……この部隊が出した損害というのは分かりますか?」


『損害、か?』


「え、ええ。ミオンは、その、多くの戦友を失ったと言っていましたから……」


『なるほどなぁ……。その線で調べてみようか』


 ファティマにそう言われて、李可昕は『バーバ・ヤーガ』の出した損害について統一ロシア経由で調べる。

 暫くの間、李可昕との連絡が途絶え、ファティマは彼女からの連絡を待つ。


『ダメだ。具体的に『バーバ・ヤーガ』が出した損害ってのは確認できない。損害を出すには出しているんだろうけど、情報軍の連中が上手く隠したとしか思えん。少なくとも統一ロシア側が『バーバ・ヤーガ』の兵士の死体を収容したり、捕虜にしたりという情報はないな』


「そうですか……」


 ファティマは収穫なしという李可昕の言葉に視線を俯かせる。


『まあ、本人が隠していることをこうやってこっそり調べるってのは、あんまりフェアじゃないぜ? これ以上のことは本人から聞くことだ。あんたが自分のことを話せば、ミオンだって何か話すだろうさ』


「わ、私のことを……」


『あんたも隠し事はあるんだろう?』


 そうなのだ。

 ファティマもミオンに多くのことを隠している。

 自分が不老不死であることはそのひとつであり、もっとも大きな秘密だ。

 だけれど、それを打ち明ける勇気がファティマにはなかった。


『じゃあ、悪いけど私が提供できる情報はここまでだ。事前に言ったようにミオンには言うなよ。それから情報料の500新円な』


「は、はい。どうぞ……」


『毎度あり』


 ファティマが李可昕の端末に送金し、李可昕は笑って見せた。



 * * * *



 ファティマがミオンのことを李可昕に調べてもらっていたとき、ミオンは以前のようにヒマリの病院──扶桑メディカルクリニックを訪れていた。

 今日は人工筋肉の交換のためである。


「ああ。人工筋肉の準備はできてるよ。予算は十分?」


「もちろん」


「そう? ならいいけれど。今回のはあなたの注文通り、軍用グレードの人工筋肉だ。これを手に入れるのには苦労したよ。本当に苦労したんだから」


 ヒマリが準備したのは日本陸軍などでも使用されている軍用グレードの人工筋肉だ。

 軍からの流出品であり、その品質をヒマリが確かめ、購入した経緯がある。

 そんな人工筋肉が収まった金属ケースには『大井医療技研』のロゴが。


「……何か嫌なことでもあった?」


 そこでヒマリがミオンにそう尋ねる。

 するとミオンはちょっとどきりとした表情を浮かべたのちに苦笑いを浮かべる。


「分かります?」


「精神科の医者ではないけれど、患者が落ち込んでいるかどうかくらいは分かるつもりだよ。私でよければ話を聞くけれど、どう?」


 ミオンが力なく言うのにヒマリはそう言って椅子に座った。


「これって診察料取られるタイプのあれです?」


「いいや、純粋なサービス。太い客を逃したくないからね」


「そっか。ちょっといろいろあってですね。簡単に言えば……失恋、ですかね」


「失恋と言っても馬鹿にできないよ。人間であれペットであれ失うということは、精神に大きな揺さぶりを与えるからね」


「あはは。とは言え、別に告白して振られたとかそういうわけじゃなくて。ただ……一緒にいてほしいって頼んだんだけど、それを断られただけで……」


 ヒマリの言葉にミオンは視線を伏せてそう言う。

 ミオンはファティマにいなくならないかと尋ねた。

 しかし、ファティマはこう言ったのみ。


『分からない』


 と、そう言っただけだ。

 その場しのぎの気休めの言葉でもなく、彼女の心の内を明かしてくれたのだろう。

 だから、ファティマのことが嫌いになったわけではない。

 ただこれからずっと一緒にいてくれないということは別れを意味する。

 ミオンが多く経験してきた別れを。

 ヒマリが言った『失う』という辛い経験をまた味わうことになる。


 それがただ嫌だった。

 もう何かを大事に思って、それを奪われるのは嫌だった。

 だから、最初から大事に思わずにいようとそう決めていたのに。


「私にも恋人がいたんだ」


 そこでヒマリがそう語り始める。


「ある日、仕事(ビズ)でアメリカに行くと言ってね。もう会えなくなるかもしれないと言われたんだ。私は仕事(ビズ)なら仕方がないと思って、彼を空港で見送ったんだが、彼はそこでこう言ったんだ。『どうして引き留めてくれなかったんだ?』って」


「……それ、結構なクソ野郎じゃありません?」


「はははっ。そうかもね。だけれど、この話から学べることもある。自分がしっかりと求めないと相手も応じてはくれないということ。思いは思っているだけでは相手に伝わらない」


 ミオンが渋い顔で言うのに、ヒマリはそう笑いながら語る。


「あなたは思いを伝えたうえで断られた? それとも違う?」


「……どうでしょう」


 はっきりとファティマにずっと一緒にいてほしいと言ったわけではない。

 ただ尋ねただけだ。

 いなくなったりしないかと、と。


 そう思うと確かに思いを伝えてはいないのかもしれない。

 だけど、踏み込むのが怖い。

 ファティマに思いを伝えて、仮に彼女がそれに応じてくれても彼女を失うのが怖い。

 人を愛するのが怖い。


「……あなたは別れを多く経験しているみたいだね」


 そんなミオンの心中を察したかのようにヒマリが言う。


「別れの辛さを癒すには新しい出会いを探すしかないとも言うけれど、あなたはそれも怖い感じか。そう、傷つくことを恐れている。それは人として、生き物として本能的な反応だから仕方がない」


 ヒマリはそう言って続ける。

 痛みを恐れるのは生物の本能だ。

 痛みは死につながるから、生物は痛みを恐れる。

 その痛覚すらマスキングしてしまうこの時代においても、それは変わらない。

 2050年の今も自己保存の本能は未だ生物の思考を支配している。

 どれだけインプラントを入れようと、どれだけ身体を機械化しても、生物としての本能が消え去るわけではない。


「だけど、新しい出会いがなければ古い別れを永遠に引きずるだけ。ここは短い付き合いでもいいから、出会いを求めてみたらどう? 一時的にでも苦痛から逃れることができるかもしれないよ。そうやって出会いをリレーしながら、人間は生きているのだし」


「……考えてみます」


 ヒマリの言葉でミオンは少しだけ前向きになれた。

 ファティマとは数年、いや数か月の付き合いになるかもしれない。

 だけれど、ヒマリが言うように一時しのぎでも楽になれるだろう。


 それに今のミオンの態度にファティマも違和感を感じているはずだ。

 いずれ別れるかもしれないと思っても、今は彼女に嫌われたくはないという思いが同時にあった。


「うん。何かあれば相談に乗るよ。次は有料でね」


「あはは。じゃあ、人工筋肉の方もお願いします」


「オーケー。始めよう」


 それから手術室に入り、ミオンは人工筋肉の交換手術を受けた。

 局所麻酔で手術を受ける中、ミオンはファティマに本当に思いを伝えるべきか、まだ悩んでいた。


 ファティマが思いに応えてくれるかは分からないし、それにやはり大事な人間と別れることが怖い。

 また心が傷つくことが怖い。


 それでも伝えるべきかもしれない。

 今、彼女がいるうちに伝えなければ、あとになって後悔するかもしれないのだ。

 ファティマはあの艶やかな銀髪が綺麗で、くりくりとした赤い瞳が可愛くて、ちょっと童顔の顔立ちがあどけなくて、そして──なぜか不意にいなくなってしまいそうな空気がある。


 そんな彼女を手放したくない。

 いくら別れが怖くても、その別れを先延ばしにできるならば思いを伝えるべきか。

 ミオンはそう思い始めていた。



 * * * *



 それから李可昕の家に上がり込んでいたファティマの元に手術を終えたミオンが迎えに来た。


「迎えに来たよ、ファティマ」


「あっ! は、はい!」


 ミオンが李可昕の家に上がってきて言うと、ファティマがばたばたと席を立つ。


「李可昕とゲームでもしてた?」


「そ、そんなところですね、はい」


 今はまだミオンのことを調べていたとはファティマは言えなかった。

 李可昕も言ったように自分の秘密を明かさず、ミオンの秘密だけを暴こうとするのはフェアじゃない。


「ねえ、ファティマ」


「な、なんでしょう……?」


 そこでミオンが何事かを言おうとして、小さく口を開いたが言葉を出さずにそのまま閉じた。


「……ミオン?」


「何でもないよ。呼んでみただけ~!」


 ファティマが怪訝そうにミオンを見るのにミオンはそう言って笑った。


「それよりさ。今日の夕食は何にする?」


「え、えーっと。お任せします……」


「じゃあ、カレーにしよう。ファティマはカレー嫌いじゃない?」


「た、たぶん大丈夫です」


「そっか、そっか。それなら決まりだね!」


 それからファティマとミオンはセクター13/6にあるインド料理店に入った。

 ファティマはネパール人料理人の作るカレーの辛さに目を白黒させつつも、ミオンとともに食事を味わった。


 そうやってファティマもミオンもお互いの気持ちを相手に告白できないまま、ただ今確かに存在するふたりの時間を大切に過ごしていた。

 彼女たちはお互いを愛することを恐れながらも、お互いを求めている。

 ただナノマシンでもマスキングできない痛みが、ふたりを隔てていた。


 その痛みを越えることは難しい──。


……………………

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