仕事の時間
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──仕事の時間
秋葉ミオンと名乗った美女。
「そ、そっ、それで、あなたがこれを……?」
ファティマは一面の死体の山と血の海を見て尋ねる。
「まあね。それが仕事だから。けど、まだ仕事は終わってないんだ。ここで殺した中にヒットリストに名のあった人間がいなくてさ」
「び、びず……? ひっとりすと……?」
「そ。殺害対象者名簿。こいつらね。どこかのお偉いさんを酷く怒らせたらしくてさ。『天義会を叩き潰してこい!』って注文が出てるんだ」
「天義会……?」
「ああ。それはここにいるチャイニーズ・マフィアのこと。密入国斡旋と人身売買を生業にしている連中だよ」
そこまで答えてミオンはファティマの方をじっとブラウンの瞳で見つめる。
そのブラウンの瞳は本当に綺麗で、ファティマはミオンと視線が合うと逸らせなくなってしまうのを感じた。
「で、君は? 天義会のメンバーではなさそうだし、人身売買の被害者ってところ?」
「そ、そうですね。ま、まあ、そんなところでしょうか……」
自分が密入国者であることはミオンにも明かさない方がいい気がして、ファティマはあいまいに答えた。
「そっか。それは大変だねえ……」
ミオンにとってはまさに他人事だ。
ファティマもミオンの容姿に見惚れはしたが、それ以上のことはない。
そのはずだった。
しかし、比較的友好的な人間に接触できたこの機会を逃す手はなかった。
「あ、あのう、私、お金が必要なんですけど……。この街でIDがなくても稼げる仕事ってあったりしません……?」
望み薄かもしれないが、ファティマはそうミオンに尋ねた。
そんなものはないよと返されるだろうと思ったが、一応だ。
「あるよ」
「はあ、やっぱりそんなものない──って、あるんですか!?」
ミオンがあっさりとそう返すのにファティマが目を見開く。
「あるある。そういう仕事がいっぱいだから、このトーキョーメトロコンプレックスにはあちこちから人間がいっぱい集まるんだぞ?」
「そ、そうなんですか……」
「というか、今まさにあたしがそういう仕事をしているし」
そこでまじまじとミオンがファティマの方を見る。
上から下まで精査するようにして。
「機械化はしていないみたいだけど──戦えたりするかい?」
ミオンは短くファティマにそう尋ねた。
* * * *
「あたしが今追っているのは劉啓明って男。知ってる?」
「その人って凄く太ってます?」
「そうだね。太って見えると思う」
「なら、知ってます」
その劉は間違いなく、ファティマを攫ってきた人間だ。
そして、その人物は先ほどまでここにいた。
「ここにいたのか。なら、大当たりだね。やつのことをこれまで追跡していたんだけど、途切れ途切れの情報しかなくてさ。ここだと当たりを付けて踏み込んだけど確証はなかったんだ」
ファティマの情報にミオンはそう言う。
「オーケー。じゃあ、約束通りに仕事を手伝ってくれたら報酬を払うよ」
ファティマはミオンの仕事を手伝うことにした。
問題の劉が逃げたファティマを追ってくるかもしれないというのもあったが、どちらかと言えばミオンが報酬を支払ってくれることが魅力的だった。
ミオンの仕事を手伝い、お金が手に入ればIDが買える。
それから唐突にミオンは虚空に指を這わせる。
何をしているんだろうとファティマがその様子を眺めていると、不意にミオンが喋り始めた。
「李可昕? あたしが突入してからの付近の偵察衛星とドローンの映像記録はある?」
この場にいない人間の名を突然呼び出すミオンにファティマはびっくりしたが、どうやら彼女は電話のようなもので会話しているらしいと理解した。
ファティマの知っている電話はスマホですらなく昔ながらのガラケーのそれだが。
「オーケー。ありがとう。あたしが襲撃してから逃げた人間や車両、航空機はないね。やつはまだこのホテルの中にいる。袋のネズミだ」
そう言いにやりと悪い笑みを浮かべるミオン。
そんな悪い笑みでも美形に見えるのは卑怯だなとファティマはぼんやり思う。
「そういえば聞いてなかった。君の名前は?」
「ファ、ファティマと言います」
「ファティマ。いい名前だね。似合ってる。可愛いよ!」
そう言ってぱんぱんとファティマの肩を抱いて叩くミオン。
やはりこの人は距離が近すぎるとファティマはすすすっと移動し、さりげなくパーソナルスペースを確保しようとした。
「──さて、ファティマ。これからあたしたちはここにいる天義会のメンバーを殺していく。生け捕りにする必要はない」
先ほどまでの人懐っこさが嘘のように消え、ミオンは冷たくそう宣告する。
その表情に笑顔はなく、陽キャそのものだった明るさは全て殺気に変換されてしまったかのようだ。
「あたしが前衛を担当するから、それで後方を見張っててくれるかい?」
「りょ、了解です」
そんなミオンに気圧されたが、ファティマはそう言って何とか頷いた。
「では、始めようか」
ミオンはそう言うと上層に続く階段を上り始めた。
「エレベーターの電源は李可昕に落としてもらっているから安心していいよ」
「そ、その、李可昕ってどなたですか……?」
「ハッカー。あたしの仕事仲間、かな。一応は」
「はっかー……?」
ファティマの問いにミオンはそう答え、彼女は慎重に階段を上り、2階に到達。
2階の開かれたままになっている扉の脇にミオンは立ち、ゆっくりとそこから2階の廊下を覗き込む。
「ブービートラップの類なし。で、人の気配もなし。李可昕、そろそろホテルの構造物には潜り込めた?」
そこでまたミオンがハッカーと呼んだ女性に連絡を取る。
「オーケー、オーケー。監視カメラの映像が入ってきた。これでやりたい放題できる」
にししっと笑うミオン。
「ファティマ。目標は10階だけど2階から掃討していくよ。準備はいい?」
「は、はい!」
「そう力まないで。後ろを見張っててくれるだけでいいから」
ミオンは優しくファティマにそう言い、2階の廊下に踏み込んだ。
「まずはここで2名」
ミオンが2階にあった部屋の扉を蹴り破った。
鋼鉄製の頑丈な扉が玩具のように破壊されるのにファティマは驚愕。
「ち、畜生!」
部屋の中はビジネスホテルのようなシングルベッドとユニットバスがあるだけだったが、そこに武装した天義会のメンバーが2名潜んでいた。
彼らが銃口をミオンに向けるよりも速くミオンが加速した。
コンクリートの床が軋み、ひびが生じるほど地面を蹴ったミオンは、次に腰に下げていた日本刀を抜く。
ばちりと激しく電気の弾ける音とともにローレンツ力で射出された刀身が天義会のメンバーを両断。
その首が飛び、鮮血が天井まで吹き上がった。
それからミオンはぶんっと日本刀を振るって血を払い、鞘に納める。
見事なまでの残心で最後まで警戒を続けたミオンは静かに部屋から出てきた。
「す、すっ、凄いですね…………」
ファティマは出てきたミオンに驚いたような、恐れたような表情でそう言う。
ファティマにそう言われてミオンは自慢するような笑みを浮かべた。
「でしょ、でしょ? これは“月断ち”っていうあたしの愛刀なんだ。これの何が凄いかっていうと、ヒヒイロカネ合金の刀身はもちろん当たり前なんだけど、100kHzクラスの超高周波振動刀が搭載されててね。これは従来の熱式刀剣よりもずっと殺傷能力が高いんだよ。何だろうとばっさりさ。それに加えて当然ながら電磁抜刀機能もあって、その出力は軍用の電磁砲クラスで──」
ずらずらずらっと突然訳の分からない言葉を流し込まれて、ファティマは顔いっぱいに困惑の表情を浮かべた。
それに気づいたのかミオンが語るのを止める。
「あ。ごめん、ごめん。武器の話になると止まらなくなっちゃってさ。ところで、ファティマはこの手の武器は使えるかい?」
そういうとミオンは天義会のメンバーが持っていた中国製のアサルトライフルを死体から奪ってファティマの方に差し出す。
「い、いえ。そ、そういうのはさっぱりで……ごっ、ごめんなさい……」
「大丈夫。でも、そのうち使えるようになっておいた方がいいよ。この街で暮らしていくなら、ね……」
ミオンは助言するようにそう言い、掃討を再開した。
ファティマはミオンがベッドに放り投げたアサルトライフルを見てから、自分の手を見る。
自分には一応身を守る力はある。
だが、それはこれまで追われ続けてきた原因ともなった力だ。
それは魔女としての魔法の力──。
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