エスコートサービス//サブマリン
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──エスコートサービス//サブマリン
ミオンとファティマに李可昕から連絡があったのは、ハンバーガー・チェーン店での強盗事件を経験してから2日後のことだった。
「李可昕? どうしたの?」
『仕事の依頼がある。来てくれ』
「はいはい」
李可昕はよく事情を説明せずにそう言い、ミオンはファティマの方を見る。
「李可昕から仕事の依頼だって。行こうか?」
「は、はい」
ミオンにそう促され、ファティマはミオンとアパートを出る。
それから車で李可昕の家である雑居ビルを訪れた。
「李可昕~? 依頼したい仕事ってなに?」
「おお。来てくれたか」
ミオンが李可昕の部屋に上がると、そこには李可昕以外にも人間がいた。
それはミオンたちと同じさらりまんスタイルの格好をした中年の男性だ。
どこか困り果てたように肩を落とし、眉をへの字にしている。
「それ、誰?」
「私の知り合いのハッカーだ。マトリクス上での名前はサブマリン」
ミオンが怪訝そうに尋ねると李可昕がそうサブマリンという名の男性を紹介。
「……ああ、サブマリンだ。よろしく……」
男性はやはり気落ちした様子でそう挨拶する。
ファティマはそれを見て事情が分からないのに気の毒になってきてしまった。
「もしかして、それが今回の仕事に関係する?」
「まさに、だ。こいつが逃げるのを手伝ってやってほしい。早速、詳細を説明しよう」
ミオンの推測に李可昕が頷いて答え、ミオンとファティマのARデバイスにデータが送られてくる。
「……メティスの極東支社を相手にハッキング?」
「……そうだ。ジョン・ドウから依頼された仕事でな。連中の情報を盗み出したのはいいんだが、ジョン・ドウがヘマをして俺が下手人だとメティス極東支社の保安部に伝わった。それで俺は追われる身だ……」
「へえ。具体的に何の情報を盗み出したの?」
「俺にはよく分からない実験記録だ。がん細胞の不死性がどうのこうのとか、iPS細胞がどうのこうのとか。メティスらしい生物医学研究の実験記録ではあったが、俺には理解できなかった」
「ふうん」
「盗み出した情報は全てジョン・ドウに渡してバックアップもない。この手の仕事の鉄則だ。情報を持っていない方が生き残れることがある。今回は……残念なことになったが……」
ミオンの言葉にサブマリンは肩を落としてそう言った。
「あ、あのう、ミオン。ジョン・ドウってジェーン・ドウさんの知り合いですか?」
「違うと思うよ。ジョン・ドウ、ジェーン・ドウってのは企業の代理人が決まって使うただの偽名だから」
「そ、そうなんですか」
ファティマの疑問にミオンはそう答える。
「で、逃げ先は決めているの? 下手なところに逃げるとまずいよ」
ここで再びミオンがサブマリンの方を見てそう尋ねる。
「ああ。自由香港共和国を目指すつもりだ。そこまで行けば企業の手は及ばない。ただその途中で殺されちまいそうなんだ」
自由香港共和国は第三次世界大戦のあとで発足した中華連邦を構成する連邦国家のひとつであり、企業の影響力が少ないことで知られている。
メティスから逃げるならそれぐらいはしなければいけないだろう。
「ふむふむ。まさか成田国際航空宇宙港から飛行機で?」
「ああ。IDは偽装するし、逃走ルートも選んだが、やはりあそこがボトルネックになる。香港に向かうには、どうあっても成田から出ないといけない。それか黒社会の信用ならない連中を頼るか」
「黒社会はあまり信頼できないね。逃げる途中でリスクがあるとばれたら、逆にメティスに売られるかも」
「だろう? だから、堂々と全日本航空宇宙輸送のジェットで香港に向かう。連中だってANASの機内で暗殺騒ぎはやらないだろうし、ただのハッカーを始末するのに旅客機を撃墜することだってないはずだ」
「まあ、それはそうだけど成田から堂々と、か……」
サブマリンの提案にミオンが頭を悩ませる。
「え、ええっと。何が問題なんですか?」
「成田はこの街の玄関口なんだ。それをメティスに追われるハッカーが堂々とその玄関から出て行けば、結果はファティマにも分かるでしょ?」
「ばれちゃいますね……」
「そ。連中も当然成田を見張っていると思うよ」
成田国際航空宇宙港はこのTMCの玄関口だ。
国内外との接続はもちろん軌道衛星都市までを繋ぐ巨大航空宇宙港である。
そんな玄関口から堂々と逃走するというのは、当然ながら目立つ。
「まあ、逆に堂々とし過ぎててメティスの連中が見落とす可能性もあるけどさ……。本当に成田から脱出するのかい?」
「ああ。他の手は考えていない。だから、あんたたちには俺が旅客機に乗り込むまで護衛を頼みたい」
「それが今回の仕事というわけか」
ようやく今回の仕事の中身が分かってきた。
それはサブマリンが成田から香港まで逃走を果たせるべく、彼が成田で旅客機に乗り込むまでの間、護衛を行うこと。
「オーケー。メティスの追っ手から守って見せましょう。その代わりそれなりの報酬は受け取るよ?」
「もちろんだ。最低でも20万新円を約束する。五体満足ならボーナスだ」
「イエイ。引き受けた!」
ミオンは割とあっさりと仕事を引き受けることを決めた。
「ファティマ。君も一緒にやるよね?」
「え、ええ。私も何かできることがあれば……」
「ありがと! ファティマが一緒なら心強いよ!」
ミオンはそう言って、ファティマの肩を抱く。
相変わらずパーソナルスペースもへったくれもないが、ファティマも段々とこのミオンの距離感に慣れてきた。
「それじゃあ、いつ出発する?」
「俺の方は準備はできている。航空便のチケットは今日の深夜だ。それまでには成田に到着しておきたい」
「了解、了解。じゃあ、時間に余裕を持って今から出発しよう。途中で何が起きるか分からないからね」
「分かった。車はそっちで出してくれるよな?」
「もちろん」
それからサブマリンを連れて、ミオンたちは李可昕の家を出る。
それからすぐに車に乗り込み、ミオンは運転席に、ファティマは助手席に、サブマリンは後部座席に座った。
「出すよ~!」
ミオンはそう言い、車を出した。
ミオンたちを乗せた車両は荒い運転でセクター13/6を出て、成田国際航空宇宙港があるセクター3/2を目指していく。
「一応聞くけどIDは偽造しているよね?」
「ああ。だが、俺の生体認証情報がメティス側に漏れている可能性もある。そして、だ。セクター3/2まではセキュリティが緩々の生体認証スキャナーが山ほどある」
「あーあ。間違いなく途中でメティスに追われるね」
「そのときは頼むぜ、用心棒」
ミオンが諦観の様子でそう言い、サブマリンはそうミオンたちに頼んだ。
それから車はTMCの街を北上し、そして東に向かう。
「あ、あのう、ミオン。メティスの追っ手ってどんなものなんでしょう?」
「そうだね。流石のメティスも大井の縄張りであるTMCで軍隊は動かさないだろうけど、非合法傭兵の類は動員すると思うよ。つまりは私たちのご同業が出張ってくるわけさ。だけど、非合法傭兵の質はピンキリだから、どこまでの脅威かは明言できないかな」
「そうですか……」
ファティマとしてはどんな敵が襲い掛かってくるかの心構えをしておきたかったが、それは分からないようだ。
しかし、大井統合安全保障のような民間軍事会社が襲ってくるわけではないというのは、ちょっとだけ安心できた。
あんなのに襲われるのは勘弁してほしい。
「……と、言ったそばからつけられているね」
「ええっ!?」
ミオンがそう言ってバックミラーを見るのに、ファティマが慌てて背後を振り返る。
すると1台のSUVがずっとミオンたちの車両の後ろをぴたりとつけてきていた。
「ど、どうします?」
「んー。手を出してくるまでは放っておく。成田に入ればこっちのものだし」
「わ、分かりました」
ミオンとファティマは後方に警戒し、車はセクター3/2を目指した。
それからファティマたちの車両の周囲に車が少なくなると、後方のSUVがいきなり速度を上げてファティマたちの車両に左から車を横付けした。
「来た! ファティマ、サブマリンを守って!」
「りょ、了解!」
ファティマは光の刃を車両の外に形成して、防衛準備を整える。
「目標を確認!」
「ひゃっはああああああ────っ! 死に腐れええええ────っ!」
横付けした車両からアサルトライフルが火を噴く。
防弾装甲が施されたミオンの車はそう簡単にはハチの巣にならないが、嫌な金属音が響き、サブマリンが悲鳴を上げて頭を抱える。
「サブマリン、伏せてて! こっちで対処するからっと!」
ミオンは横付けしてきたSUVから一度距離を取ると、自分から体当たりしに向かった。
激しい金属音とともにミオンの軍用四輪駆動車がSUVに衝突。
一瞬男たちのアサルトライフルによる射撃が止まる。
「ファティマ! 今のうちに叩き斬って!」
「は、はい!」
ファティマは形成していた二振りの刃をSUVのエンジンと運転手を狙って放つ。
SUVのバッテリーが貫かれて火花を散らし、運転手の首が飛ぶ。
SUVがコントロールを失って蛇行し、そのまま高速の壁にぶつかって横転すると爆発炎上したのだった。
「や、やりました、ミオン!」
「グッジョブだよ、ファティマ! まずは第一波を凌いだね。だけど、どうにも安心できない」
ミオンはファティマにそう言い、李可昕に連絡を取る。
ARデバイス経由で李可昕が通信に応じた。
『どした? もう成田に着いたのか?』
「まだだよ。それよりあたしたちの現在地、分かる?」
『ん。把握したぞ。まだまだじゃないか』
「そ。さっきメティスの追っ手らしき連中に襲われたところでね。これから他の追っ手を撒こうと思うんだ。だから、あたしたちの上空を不審なドローンとかが飛行してないか調べてくれない?」
『あいあい。了解だ』
ミオンの要請に李可昕がそう応じる。
李可昕はマトリクスから他のドローンや偵察衛星の画像情報、そしてAI管理のTMC上空の航空管制の情報を取得。
そこからミオンたちを追っているドローンなどがないかを調べ始めた。
『……いたぞ。TMCの航空管制には宅配ドローンと申告されているが、荷物は積んじゃいないし、どう見ても軍用のドローンだ。物騒な対戦車ミサイルを2発ぶら下げてあんたらを追いかけている』
「あらら。どうしたものかね……」
『私も報酬は貰っているし、こいつはこっちで対処する』
「本当に? ありがと、李可昕! じゃあ、お願いね!」
『ああ』
それから李可昕は対戦車ミサイルを下げた軍用ドローンを撃墜すべく、近くを飛行中だった大型家具を運んでいるドローンをハック。
軽自動車ほどの大きさのあるドローンが軍用ドローンに急接近して体当たり。
その衝撃で軍用ドローンのターボプロップエンジンのプロペラが破損し、軍用ドローンは高速道路に向けて落下した。
幸い、通行車両のいなかった道路に激突し、爆発炎上する軍用ドローン。
『オーケー。ドローンは始末した。だが、油断はするなよ。ここは高速降りて迂回することを推奨するぜ』
「サンクス、李可昕。そうするよ」
李可昕の言葉にミオンはそう言い、次の降り口で高速道路を降り、一般道に入って行った。
「あ、あのう、大丈夫ですか、サブマリンさん……?」
「だ、大丈夫だ。流石に死ぬかと思ったが……」
ファティマが心配して声を掛けるのに、後部座席のサブマリンが手を振って返す。
「それにしてもここまでメティスに狙われるなんてよっぽどのことをしたんだね?」
「俺はジョン・ドウの依頼で小遣い稼ぎに手を出しただけなんだけどな……。しかし、メティスの連中にとってはよっぽど盗まれるとまずい情報だったんだろう……。見た感じ、どうもメティスの連中は不老不死の研究に興味があるようだったが……」
「不老不死に……?」
不意にサブマリンが口にした単語にファティマの表情が強張る。
メティスはオカルト話を追っている企業だとファティマはミオンから聞かされている。
そのメティスが不老不死の研究をしている……?
ファティマはその事実に胸が不安でざわめくのを感じた。
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