魔女と傭兵の休日//クリニックにて
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──魔女と傭兵の休日//クリニックにて
天義会を巡る一連の仕事の翌日。
「ふわあ。おはよう、ファティマ……」
もう当たり前のように同じベッドで眠り、朝目覚めたミオンがファティマにそう挨拶する。
寝ぐせの付いた髪を撫で、欠伸をしながらミオンはベッドから起き上がった。
「お、おはようございます」
ファティマの方はミオンが目覚めるよりも少し早く起きていた。
というのも、昨日はよく眠れなかったのだ。
ミオンが締めのラーメンを食べたあとも距離が近く、帰ってから一緒にお風呂に入ろうなどと言いだし、ファティマはただただ混乱させられた。
幸いにして一緒に入浴することはなかったが、距離感はオーバーフローしたままであり、ミオンはファティマをぎゅっと抱き締め、そのまま眠ったのだ。
ファティマにしてみれば寝た気がしない夜だった。
「あ、朝ご飯作っておきましたから、どうぞ……」
「わあ。ありがとう、ファティマ!」
ファティマも独り暮らしが長かったので、調理は得意だ。
とは言っても、ファティマの故郷とは食事のメニューは全く異なる。
例えばスクランブルエッグ。
これは乾燥粉末にお湯を加えることで出来上がる。
この街では鳥の卵というのは高価すぎて手に入らないので、これも代用食料だ。
その味は……まあ……ほどほどである。
「いただきます!」
「い、いただきます」
メニューは代わり映えしない両面焼きのトーストとスクランブルエッグ、ソーセージ、そしてコーヒーだ。
「そう言えばミオンは身体の80%以上を機械化しているそうですが、普通の食事で大丈夫なんですか……? その、金属とかオイルとかは必要ないんです……?」
「あははっ。機械って言っても別にゼンマイ仕掛けの玩具じゃないんだよ。あたしの身体は確かに機械化されているけれど、生物学的な機械化だから。確かに身体の維持に必要な栄養素はあるけれど、大抵は普通の食事で満たされるよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうそう。人体の機械化の筆頭である人工筋肉は普通の筋肉と同じように動く。糖質を燃料にして、タンパク質で修復されてゆく。強化脳や皮下装甲に関しては定期的なメンテナンスで修復する感じかな」
「へ、へえ……」
ファティマには不思議な感じであった。
機械化というと歯車やピストンで動くものを思い浮かべるが、どうやらミオンの身体にはそういうものは一切使われていないそうだ。
「そうだ! この話で思い出した。そろそろメンテナンスに行く時期だったんだ。病院に行かないと」
ミオンがそこでぽんと手を叩いてそう言う。
「というわけで、あたしは病院に行くけどファティマはどうする?」
「そ、そうですね。ひとりでもすることないですし……。一緒に行きます……」
「別にいいけれど退屈すると思うよ?」
たまにはひとりで遊んで来たら? とミオンはそう提案するが、ファティマはぶんぶんと首を横に振った。
「わ、私、ま、まだこの街には慣れていませんから、ひとりでうろうろしたら危ないと思うんです……」
「そう? なら、一緒に病院行こうか。ついでにお昼を食べて帰ろう!」
「は、はい」
そんなわけでミオンとファティマは病院に向かうことに。
彼女たちはいつものさらりまんスタイルに着替えてから家を出る。
ミオンの運転でセクター13/6のごみごみとした街並みを進み、ミオンのかかりつけの病院を目指した。
「あそこだよ」
暫くセクター13/6を走るとミオンが前方を指さす。
そこには『扶桑メディカルクリニック』というホログラムが浮かんでいた。
ミオンはそのクリニックのリモートタレットが警備する駐車場に車を止めて、ファティマとともにクリニックに入った。
クリニックの中にはカウンターの向こうに接客ボットがおり、待合室の椅子にはミオンと同じだろう機械化した人間たちがいた。
片腕が明らかに義手だと分かる男性や目に人工的な色が見える女性などなど。
しかしながら、ちょっと恐ろしいことに病院の奥の処置室からは工事で使うような甲高いドリルの音がしてくる。
「皮下装甲と強化脳のインプラントと……」
ミオンの方はそんな音を意に介さず、ARデバイスで問診票を記入していた。
「あ、あのう、ミオン。ここは本当に病院なんですよね……?」
「そだよ? 機械化からBCI手術までいろいろやっているクリニック」
「なら、この音は……?」
「ドリルの音じゃない?」
「は、はあ……」
どうやら病院でドリルの音がするのはおかしなことではないらしい。
実に物騒な病院だとファティマは思ったのだった。
しかし、ミオンにしてみれば別に異常なことではなかった。
皮下装甲などを取り付けたり、外したりするのにはそれこそドリルを使う。
ミオンは今日、自分の皮下装甲や脳のインプラントを調整するつもりだったので、そちらの支払いがどうなるかの方が心配だった。
まとめてメンテナンスすると結構な額を請求されるのだ。
「秋葉ミオン様、どうぞ」
「はーい」
看護師代わりの接客ボットに案内されて、ミオンは診察室に向かう。
ファティマが心配そうに見送るのを感じながら、病院をちょっと怖がっているファティマは、動物病院に連れてこられた子犬みたいで可愛い。
そう思うミオンだった。
「失礼しまーす」
それからミオンが診察室の扉を潜ると、部屋の中で医者が待っていた。
その医者というのは若い女性であるのだが、髪の色はピンクとパープルで派手に染められ、口紅は紫で、首には派手なゴールドアクセサリーという凄い格好の人だ。
医者というよりメタル歌手みたいな人だった。
その胸ポケットには『来栖ヒマリ』という名前が記されたIDがつけられていた。
「ミオンさん。お久しぶり。今日は、えーっと……身体のメンテナンス?」
「はい。最近派手に暴れたんで、念入りにお願いします」
「はいはい。そうしましょう。とりあえず、BCI接続して確認するね」
ヒマリという女医はそう言って、ミオンのBCIポートにケーブルを接続する。
そこからミオンの身体を循環して体調管理をしているナノマシンの情報を取得。
それを自身のARデバイスに表示しながら確認していく。
「あー。これはかなり損耗してるねぇ。人工筋肉もそろそろ代えどきかもよ?」
「うへえ。けど、まだ暫くは動きますよね?」
「まあ、よほど無茶苦茶しなければね」
「じゃあ、暫くは持たせます」
「うん。でも、最低でも3カ月以内には交換しようね」
「はーい」
人工筋肉はミオンが使っている軍用グレードのものだと高価だ。
全身の人工筋肉を交換すれば、それこそ10万新円は飛ぶだろう。
「強化脳とかのインプラントは問題なさそうだね。ただ──」
「超高度軍用グレードの強化脳のマニュアルなんてここにはない、でしょう?」
「ああ。そういうこと。一体どこからこんな物騒なものを……」
ミオンの使っている強化脳は超高度軍用グレードのそれである。
軍用グレードの中でももっともハイスペックなものであり、通常それが市場に出回ることはない。
それのユーザーである軍や開発元の企業が流出を防ぐからだ。
ましてミオンの使っている強化脳は企業のカタログにすらない型番のものであり、ヒマリにもその動作は完全に確認できていなかった。
とりあえずそれが動作していることと脳に悪影響を及ぼしていないことだけが確認できるのみだ。
「出どころは気にしない。そういう約束ですよね?」
「まあ、うちみたいな小さなクリニックにはあなたみたいな太い客が必要だからねえ」
ミオンは最初に自分の身体を見てもらうときに、自分のインプラントの出どころを聞かないことを求めた。
ヒマリがそれを承諾したから、ミオンはここに通っているのだ。
「さてさて、皮下装甲に関しては結構ダメージがあるね。今日は一部取り替えようか」
「了解。お願いしますね」
それからミオンは処置室に移り、破損した皮下装甲を交換する。
ミオンの皮下装甲には装甲と言っても、そこから想像される完全な金属製ではなく、一種の防弾繊維が使用されている。
それはカーボンナノチューブを利用したもので口径7.62ミリ弾ぐらいならばダメージを防げるほどの強度を有していた。
それを今日の処置では交換した。
「じゃあ、3カ月以内には人工筋肉は交換してね」
「はいはい。ありがとうございました!」
再び診察室に戻って交換後の身体に違和感や異常がないことを確認すると、ヒマリはミオンにそう言い、ミオンは手を振って診察室を出た。
「終わったよ、ファティマ」
「そ、そのう、大丈夫でした? 手術したんですよね? あの、痛かったりしませんでした……?」
「大丈夫、大丈夫。麻酔は使ってるし、あたしはそもそも痛覚マスキングしているし」
「つうかくますきんぐ……?」
「『痛み』という感覚を感じさせずに、『痛い』という情報だけを伝えるナノマシンによる感覚のフィルタリングだよ。大抵の人はそれを入れている」
「つまりミオンは叩かれても何も感じない?」
「いいや。叩かれたって情報は伝わらないとまずいから、置換した感覚が伝わるよ。あたしの場合は少し引っ張られるような、そんな感覚が『痛み』をフィルタリングして置換した感覚だね」
そうしないと自分がダメージを受けたということに気づけず、出血死する恐れがあるからとミオンは説明した。
ファティマにするともう何が何やらという感じである。
「ファティマも痛覚マスキングは入れておいた方がいいんじゃないかな? これから荒っぽい仕事が続くだろうし、入れておいて損はないと思うよ」
「え!? で、でも、それって簡単に入れられるんですか……?」
「ナノマシンを注射して、BCI経由で設定して……ってファティマはBCI手術を受けてないんだったね。それだと簡単にはいかないか……」
ファティマの問いに対して、う~んと唸るミオン。
ファティマとしても痛みを感じないというのならば歓迎するのだが、BCI手術のような痛そうな手術はやりたくない。
ファティマはこれまで多くの痛みを味わってきて、それがある種のトラウマなのだ。
痛いのは怖い。
痛みを味わうのは決まって嫌われ迫害されているときだから。
そうファティマの心には刻まれている。
「まあ、ファティマも追々BCI手術は受けた方がいいよ。やれることの幅が広がるからね。マトリクスに潜るのも楽しいしさ」
「い、いえ。私は別に……」
「ここで受けるなら安全だし、そんなにお金もかからないよ?」
「い、いいんです。私は今のままで……」
「そうなの? まあ、BCI手術を宗教や政治信条を理由にやらないって人もいるから無理強いはしないけど……」
ミオンにしてみれば今のBCI手術は下手な盲腸の手術より安全だった。
それに、だ。マトリクスを活用できるか、できないかで傭兵としてもできることは変わってくる。
ミオンがオホーツク義勇旅団の港でリモートタレットをハックしたときのように戦術の選択肢の幅が広がるだろう。
ファティマがこれからも傭兵を続けるならば、とミオンは思ったのだ。
「そ、それよりお昼を食べましょうよ、ミオン。きょ、今日は何にします?」
「そうだね。今日はどうしようかな。ファティマは何が食べたい?」
「わ、私は、その、簡単なものでいいですよ……」
今は贅沢は言えない。
この街では天然の食材はほとんど手に入らず、手に入っても高価なのだ。
ファティマが辺境で暮らしていたときのような食事は良くも悪くも存在しない。
そんなTMCで今はお金を貯めて、ミオンから自立できるようにしなければとファティマは思っていた。
「そっか。なら、ハンバーガーにしようか」
ミオンはそんなファティマにそう言い、彼女たちはハンバーガー・チェーンの店に向かうことになった。
大豆とオキアミから作られた人工肉のバーガーを出す店だ。
「行こ、ファティマ!」
「は、はい!」
ミオンはファティマの手を引いて、病院を出る。
食料も人体すらも作り物で紛い物のこの街で、ミオンだけは本当に綺麗だとファティマは彼女の横顔を見てそう思った。
できることならばずっと彼女といたいとも。
だが、それが叶わない願いであることをファティマはもう知っている。
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