ペルソナ・ノン・グラータ//報酬
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──ペルソナ・ノン・グラータ//報酬
シルバーハウスの内装はやはり高級そうなものばかりだった。
落ち着いた赤と木の茶色をベースにした色合いで整えられており、その中では小さく穏やかなジャズが流れていた。
「何だか高そうなお店ですね……」
「ジェーン・ドウの奢りだし、気にしない!」
ファティマが戸惑うのにミオンが肩を抱いてそう言った。
樺太という言葉を聞いて港を襲撃したときにはミオンは別人のようだったが、今のミオンは以前のように戻っている。
そのことにファティマは少しだけ安堵したのだった。
「さてさて、ジェーン・ドウは2階だよ」
ミオンはそう言い、ファティマとともに階段で2階に上がる。
2階は個室が並ぶフロアになっており、その中の1室をミオンがノックする。
「ジェーン・ドウ? 来たよ!」
ミオンがそう声を掛けてから室内へ。
部屋の中ではジェーン・ドウがミオンとファティマを待っていた。
「待っていましたよ、ミオン、ファティマ。まずは仕事の達成、お疲れさまでした。報酬の方を受け取ってください」
ジェーン・ドウはそう言い、ミオンの端末に送金。
ミオンは金額を見てほくほくの笑みを浮かべながら、個室に用意された椅子に座る。
「ありがと、ジェーン・ドウ。それからこれはついでに唐雲啓の脳から搾り取っておいた情報だよ」
「中国国家安全部の末端の工作員の名簿ですか。助かります」
ミオンがジェーン・ドウに唐の脳から盗んだ情報を渡すのに、ジェーン・ドウは笑顔を浮かべてそれを受け取った。
「さて、この仕事について補足説明をさせていただきましょう。その前に何かドリンクを頼まれては? この場は奢りますよ」
「わあい!」
ただ酒が飲めると喜ぶミオン。
ファティマの方はまだジェーン・ドウに借りを作ることを恐れていたが。
「あたしはアングリィ・デッドマンで! ファティマは何にする?」
「わ、私は……」
ファティマはARデバイスでメニュー表を読み込んだが、並んでいる酒は知らない名前のものばかりで何が何やらだった。
どれが度数の低い酒なのか分からず、どうしたものかとファティマは頭を悩ませる。
「あ、あのう、そこまで強くないお酒はありますか……?」
「んー。それならアップル・アップルかな? ジュースみたいなお酒だよ」
「で、では、それでお願いします」
ファティマの問いにミオンが答え、ファティマはそのアップル・アップルなるお酒を選んだ。
それからすぐに選んだお酒が運ばれてくる。
美しいクリスタルグラスに満たされた色とりどりのカクテルは見ているだけで満たされるような美しさだった。
ファティマは早速カクテルに口を付ける。
とても甘いリンゴの風味がするし、それでいてほんのりとアルコールが感じられる。
まるでワインを使ったアップルパイを味わっているような感じだ。
「天義会の件ですが中国本土における組織への攻撃にも成功しました。彼らが上海に有していた拠点は今や燃えカスしか残っていません。北京もとうとう彼らを見放しました。これから天義会が再びこの街に乗り込んでくることは避けられるでしょう」
「それは何より。けど、連中は統一ロシアとも繋がってるって調べがあるんだけど」
ここでミオンが僅かに目を細めてそう尋ねる。
そうだ。天義会が樺太のオホーツク義勇旅団という組織と関係しているという疑惑があるのだ。
ミオンはそのことに強く反応していたが、そちらの方はどうなったのだろうか?
「ああ。そちらは問題ないでしょう。北京と違ってモスクワが天義会を支援しているという情報はありません。恐らく仕事での関わりがあっただけでしょう」
「そっか」
ジェーン・ドウが言うのにミオンはほっとした様子に見える。
樺太──。
その土地に関わるものは、彼女にとって何かしらのトラウマなのだろう。
ファティマはそんなミオンの過去が気になるが、尋ねる勇気はなかった。
人に深く関わる。未だにそれがファティマにとって怖いことだった。
「それから天義会の残党には懸賞金をかけてありますので、気が向いたら連中の首を狩ってやってください。生き残っている幹部たち以外の首にもそれなりの報酬をお支払いしますよ」
「了解。連中を狩っておくよ」
ジェーン・ドウが笑みを浮かべたまま物騒なことを口にし、ミオンもにやりと笑う。
「それからファティマ」
「は、はひっ!」
いきなりジェーン・ドウに自分の名前が呼ばれ、ファティマがびくりとする。
「魔法は素晴らしい力ですが、気を付けてください。人と違うということは、それだけで注目を集めるものです。あなた自身もそれは理解していると思いますが」
「……そうですね……」
ジェーン・ドウの言うことをファティマはしっかりと理解している。
ファティマはこの魔法と不老不死のせいで、これまで迫害されて来たのだ。
人間が自分と違う存在に対して、どれだけ冷酷になれるのかをファティマは十分すぎるほど知っている。
「まあ、今のところあなたをどうこうしようという動きはありませんが、あまり目立ちすぎないように気を付けてくださいね」
「……そうします……」
ジェーン・ドウからの警告を前にファティマは静かに頷いた。
「ジェーン・ドウ。あなたは魔法をどうこうしたいとは思わないの?」
「ええ。それは私の仕事ではありませんから」
「ふうん」
ジェーン・ドウは大井の企業代理人だ。
しかし、彼女は大井のために魔女であるファティマを捕えて連れて行こうというつもりはないらしい。
ジェーン・ドウは魔法には興味がないように見えるが……?
「それに、です。あなたの大事な友達をモルモットにしては可哀そうではないですか」
「あははっ。それはそうだね」
どこまで本当なのかは分からないがジェーン・ドウはそう言い、ミオンは笑う。
「それではまた何かあれば仕事をお願いします」
ジェーン・ドウはそう言ってミオンとファティマを見送った。
アルコールで少し頬が赤くなったミオンとファティマはシルバーハウスを出て、タクシーを拾う。
「お酒美味しかったね、ファティマ!」
「そ、そそっ、そうですね。あ、甘くて飲みやすいお酒でした……」
ミオンがファティマの肩を抱いて言うのに、ファティマが小さく頷く。
ミオンからはほんのりとお酒の匂いがし、それから彼女のアルコールで火照った温かさが感じられる。
それを感じるとファティマは思わず視線を泳がせて挙動不審になってしまう。
「他人のお金で飲むお酒はいつだって美味しいものだ。家に帰る前に李可昕のところに寄って彼女に報酬を渡しておこう」
「わ、分かりました」
そのままミオンはタクシーの後部座席でファティマの方に寄りかかったまま過ごす。
ミオンの艶やかな髪から甘いシャンプーの香りがして、それもファティマをどきどきさせていた。
「ふふふっ。膝枕~!」
「わわあわあわあっ!」
いきなりミオンはファティマの膝にぽんと自分の頭を乗せる。
ミオンとの距離が急激に縮まるのに、ファティマはパニックで思わず悲鳴を上げそうになった。
「ファティマの太腿柔らかいね~。極楽の寝心地~」
「も、もしかして、ミオン、かなり酔っています……?」
ファティマは困惑していた。
ミオンはさっきから距離感がバグっているのを越えてオーバーフローしている。
だが、不思議とファティマはそれが嫌ではなかった。
ただ少し困惑しているだけだ。
「全然酔ってないよ~」
どう見てもかなり酔ってるミオンとそれに困惑するファティマを乗せて、タクシーはセクター13/6に入った。
それからふたりはタクシーで李可昕の家に。
「李可昕。報酬だよ~!」
「おお。待ってました。って、お前、酒飲んでるな?」
「飲んでるけど酔ってはいないよ~」
「嘘つけ。お前、酔うと面倒くさいんだよ。報酬だけ渡してさっさと帰れ!」
ミオンの顔が赤いのを見て李可昕がそう言う。
確かにミオンが酔うと面倒くさそうなのは、先ほどから分かっている。
「そんなこと言わずにさ~。一緒に龍龍亭まで締めのラーメン食べに行こうぜ~!」
「やだ。アルコールはナノマシンで分解しろ。本当にお前は酔うと面倒なんだよ」
ミオンが李可昕をハグして言うのに、李可昕は渋い顔。
「ファティマ、お前も気を付けろよ。こいつ散々酔っ払って意味不明な行動したあとで、そのことをさっぱり覚えてないんだからな」
「えっ、あっ、はい……」
李可昕がミオンに抱きしめられたままげっそりして言うのに、ファティマはおずおずと頷いて返した。
確かに酔ったミオンは厄介そうだけど、樺太の話を聞いて殺意を剥き出しにしていたときよりもずっといいとファティマは思うのだった。
あのときのミオンは……ファティマにとっても怖い存在だった。
「もう李可昕ってば適当なこと言って~。あたしは全然面倒じゃないよ~」
「あー! もうっ! べたべたするな! はーなーれーろーっ!」
ぐいぐいと李可昕を抱き締めるミオンに李可昕が彼女を引きはがそうとするが、流石は身体を機械化したサイバーサムライだ。
そう簡単にはミオンは引きはがせず、李可昕はため息を吐く。
それを気にすることなくミオンはまるで子犬がじゃれるように李可昕を弄んでいる。
「ミ、ミオン。ご迷惑になりますから、そろそろ行きましょう……?」
そんなミオンの肩を叩き、ファティマがそう提案。
すると今度はミオンはファティマをがっと抱き締める。
「うんうん。李可昕は冷たいからね~。仲良しのあたしたちは龍龍亭まで締めのラーメンを食べにゴーッ!」
「は、はい」
ファティマはミオンの体温と匂いを感じながら、李可昕の部屋を出る。
それからふたりは龍龍亭を目指した。
「ファティマのほっぺ、すべすべだねえ」
「ぴぎゅうっ!」
そこで不意にミオンが自分の頬をファティマの頬に重ねるのにファティマが思わず奇声を上げた。
ミオンの紅潮した温かい頬がファティマの頬に触れ、その柔らかさがダイレクトに伝わってくる。
ファティマの心臓は激しく高鳴り、それがファティマにはとても恥ずかしい。
「ふふっ。ファティマって本当に綺麗……」
「ミ、ミオン。そ、そそっ、その距離が、ちか、近すぎます……」
「そう? これぐらいは普通だと思うけどね」
ミオンの顔は密着状態からは離れたが、今もファティマの数センチ先にある。
「ほ、ほら、ミオン! 龍龍亭に急ぎましょう! ラーメン早く食べたいですから!」
ファティマはそう言ってミオンを引っ張るようにして龍龍亭に急ぐ。
このまま自分がミオンに興奮しているのを知られたら、酷く気まずいのだ。
「ねえ、ファティマ」
「ど、どっ、どうしました?」
「……ファティマはどこかに行ったりしないよね?」
ミオンはどこか悲しげな表情でファティマに問う。
先ほどの陽気さが薄れ、思い詰めた様子にも見えた。
ミオンがファティマを握る手も、どこか力がこもっている。
「ど、どこにも行きませんよ……。今はどこにも行く場所もないですし…………」
ファティマは視線を泳がせながらも、ミオンにそう答えた。
「そっか。ありがとう、ファティマ」
ミオンは何を恐れたのだろうかとファティマは考える。
どこかに行ったりしないよねという言葉は、ファティマがまるで死ぬか消えるかしてしまうような意味のようだった。
ミオンにとってファティマはそれほど大事な存在になったのだろうか……?
「じゃあ、龍龍亭に急ごう! お腹減ったよ!」
「はっ、はい!」
今度はミオンがファティマの手を引き、龍龍亭へ。
先ほどまでの思い詰めたような雰囲気が消え、明るいミオンに戻ったことにファティマが安堵する。
ふたりはネオンとホログラムに包まれた街を進んでいく。
ファティマにはそんな猥雑な商業広告の群れは目に入らず、ミオンだけを見ていた。
ミオンは綺麗だ。とても。
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