ペルソナ・ノン・グラータ//血の海に沈む
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──ペルソナ・ノン・グラータ//血の海に沈む
3秒のカウントを開始したミオンとファティマ。
3────────。
目標の男2名は、依然としてミオンたちに気づいた様子はない。
2──────。
ミオンは“月断ち”の柄をそっと握り、いつでも超電磁抜刀が可能なように備える。
1────。
ファティマもそっと二振りの光の刃を生み出し、それを男たちに向けて定める。
0──。
ミオンが暗がりから大きく踏み込んで手前の男を狙う。
男はそこで初めてミオンの存在に気づいたが、遅すぎた。
電気の弾ける音とともに放たれた刃が男の首を刎ね飛ばした。
ファティマの方も光の刃を放って、奥の男の喉を裂いていた。
げぼげぼと気泡の混じった血を漏らしながら男が崩れ落ちていく。
それからがたんと金属音を立ててアサルトライフルが地面に落ちた。
「よし、クリア」
ミオンはさっと“月断ち”に帯びた血を払い、周囲を確認した。
天義会側が男たちが殺害されたことに気づいた様子はなく、足音も警報も響かない。
「行こう、ファティマ。エレベーターで上を目指すよ」
「りょ、了解です」
ミオンは金属製の扉を開き、その向こうにある作業用エレベーターに向かった。
ファティマもそれに続き、ミオンとともにエレベーターに飛び乗る。
『ミオン。連中の構造物に突入した。こっちも仕事始める』
「オーケー」
ここで李可昕も天義会の構造物をハックし、内部に突入した。
複数層の氷を砕かれ、内部に侵入された天義会の構造物はその中身を李可昕の前にさらけ出している。
『監視カメラの映像だ。エレベーターで昇ってるのがあんたらだよな? エレベーターで昇った先にアサルトライフルを持った連中が4名。まだ無警戒だ』
「了解。で、唐雲啓の居場所は見つかった?」
『まだだ。流石に放棄されたジオフロントなだけあって、生体認証スキャナーがろくに設置されてなくてな。今、AIに監視カメラの映像を片っ端から分析させている。だから、少し時間がかかるぞ』
「それまで警備を制圧しておくよ」
『そうしてくれ』
それからエレベーターはぐんぐんと昇っていき、やがて金属音とともに止まった。
それからがらがらとエレベーターの扉が開き、その先には李可昕が警告していたようにアサルトライフルで武装した男が4名。
「ヘイッ、お兄さんたち!」
「──!」
ミオンは陽気に声を上げて彼らを背後から襲撃した。
ひとりはばっさりと胴体を切断され、ひとりは首を飛ばされ、ひとりは胸を抉られ、最後のひとりは喉を貫かれた。
全員が数秒と経たないうちに制圧され、真っ赤な鮮血がコンクリートの床に広がっていく。
「クリア。ファティマ、行くよ」
「は、はい」
ファティマはミオンが言葉に頷き、血だまりを進んでいく。
ファティマがこのような暴力的な場面に遭遇するのは別に初めてのことではない。
故郷を追われて大陸を彷徨っていたときも内戦に陥った様々な国で、彼女は虐殺を目にしてきた。
宗教の違い、民族の違い、政治的立場の違いで繰り広げられる残酷で無差別な虐殺に比べれば、仕事というお金を目的に限られた相手を殺すミオンはまだファティマにも理解できる。
ユーラシア大陸の混乱とそれに伴う殺戮は本当に酷かったのだから。
『ミオン。そっちに警備ボットが向かってる。監視カメラには偽装映像を流してるし、敵はまだあんたらに気づいたわけじゃないが、巡回ルートになっているみたいだ。気を付けろよ~』
「はいはい。それで、唐はまだ見つからないの?」
『まだだ。もうちょっと時間をくれ』
「了解。何とかしますよっと」
李可昕の警告と監視カメラの映像を見て、ミオンが“月断ち”の柄を握る。
「ファティマ。援護してくれる? 数的にあたしだけじゃ難しいかもだから」
「あっ、も、もちろんです。私もお役に立ちます……!」
さっきからミオンにやや任せきりだったことに気づき、ファティマが頷く。
彼女は形成した二振りの刃を浮かべ、舞わせ、その刃を角から曲がってくる警備ボット部隊に向けた。
警備ボットの数は8体。
武装は小口径の短機関銃で、ボディは軽合金。
攻撃力や防弾性能など期待できないながらも、歩く警報器にはなるだろう。
ファティマは角を曲がって現れたそれらに向けて刃を叩き込んだ。
刃は軽合金のボディを易々と切断していき、そのたびに火花が散る。
「ナイス、ファティマ」
ミオンも超電磁抜刀で警備ボットを引き裂き、ふたりは瞬く間に制圧を終えた。
残されるのはバッテリーから火花を散らす警備ボットの残骸だけ。
しかし、ここで警報が鳴り響いた。
警備ボットからの連絡が途絶えたことで自動的に警報が鳴ったのだ。
まさに歩く警報器であった。
『あーあ。天義会の連中が騒ぎ始めたぞ。そっちに武装した連中が山ほど向かってる』
「そっちからもどうにかできない?」
『ふむ。リモートタレットをハックしたから、それを使って足止めはできるが、こっちがハックしていることに気づかれるぞ。そうなるとマトリクス側でも守りを固め始めるかもしれん』
「こうなったら相手はあらゆる可能性を考えて守りを固めるよ。やって」
『あいよっと!』
リモートタレットが敵味方識別信号を書き換えられ、友軍である天義会のメンバーに向けて50口径の重機関銃弾を叩き込み始める。
施設内のあちこちで悲鳴が聞こえ、けたたましい銃声が響き、天義会が根城にしていたジオフロントの地下構造は混乱状態に陥った。
「今のうち、今のうち!」
「は、はい!」
ミオンとファティマは混乱が生じている間に唐を探して地下を駆け回る。
しかし、なかなか唐は見つからない。
『ミオン、ファティマ。いいニュースと悪いニュースがある』
「いい方から聞かせて」
『いいニュースは唐が見つかったこと。やつはそこから3階層上のフロアにいる』
「なら、悪いニュースは?」
『そこに中国国家安全部の生体機械化兵らしき連中がいる。ボディは旧式で数は4名だけどな。で、そいつらが唐を脱出させようと上を目指してまっしぐらの最中だ』
「あちゃー」
派手に警報が鳴ったせいで唐は逃走を図っている。
ミオンたちのいるフロアから上層3階よりさらに上の地上を目指して逃走中だ。
このままだとせっかく掴んだ唐の居場所がまた分からなくなってしまう。
このミオンたちがいるジオフロントの上層はセクター13/6であり、セクター13/6における逃亡犯の追跡可能性はほぼゼロなのだ。
『地上でもドローンと衛星を動員して監視はしてるが、何せセクター13/6だ。空からの見通しは酷く悪い。なるべく地下にいるうちに取っ捕まえよう』
「そうだね。善は急げ、だ」
李可昕がそう言い、ミオンはファティマとともに上階に向かう階段に急ぐ。
「おい! あそこにいるのは……!」
「間違いない、敵だ! ぶち殺せえ!」
リモートタレットの襲撃から逃れた天義会のメンバーがアサルトライフルを振り回してミオンとファティマに襲い掛かってきた。
中国製アサルトライフルが銃声を響かせ、彼女たちに銃弾を浴びせる。
「おーっとっとっ!」
「わっ、わわわわっ!」
ミオンが銃弾を弾き、躱し、ファティマも二振りの刃を使って銃弾を退ける。
アサルトライフルのマガジンに入っているのは30発程度の銃弾だけ。
天義会のメンバーたちはそれをよく狙いもせずフルオートで射撃した。
そのせいで瞬く間にマガジンは空になり、隙が生まれる。
「ファティマ! 突っ込むから援護してね!」
「はっ、はい!」
その隙を逃さずミオンとファティマが動く。
ミオンは剥き出しのコンクリートの床を亀裂が生じるほど力強く蹴り、一気に加速。
「喰らいなっ!」
一瞬で男たちの懐に飛び込み、超電磁抜刀を叩き込んだ。
一気に2、3人の男が胸や腹を切断されて倒れて臓物をまき散らし、他の男たちにも動揺が生じる。
「え、援護します!」
畳みかけるようにファティマの操る二振りの刃が男たちに襲い掛かる。
鮮血が音を立てて舞い、液体の滴る音が廊下に響き続けた。
赤。赤。真っ赤な血が灰色の廊下に満たされる。
「ふう。クリアだ」
そんな廊下で撥水加工のジャケットから血を滴らせて、ミオンが呟くように言う。
その姿を見たファティマはミオンに最初に出会ったときのことを思い出した。
あのときも彼女は天義会を相手にして“月断ち”を手に血塗れになっていた。
そして、あのときと同じようにミオンは綺麗だ。
ただ、ファティマにはいつかミオンが彼女が立つ血の海に沈んでしまいそうな気がして、それだけが心配であった。
彼女は美しいし強いが、どこか危うさを感じる。
「ファティマ?」
そこで自分を見つめていることに気づいたミオンがファティマに声を掛ける。
「どうかした?」
「あっ、い、いえ。な、なっな、なんでもないですっ!」
血の海に立つミオンが綺麗だから見とれていたとは言えず、ファティマは首を横に振ってそう返すのみ。
「そう? じゃあ、唐を追おう。エレベーターは李可昕が止めたから階段で行くよ」
「は、はい!」
それからミオンたちはジオフロント内の階段を駆け昇っていく。
剥き出しのコンクリートの壁に金属製の作業用階段が続く。
壁にはときおり『大東亜建設株式会社』という、このジオフロントの工事を請け負っていたと思しき企業の看板があった。
この会社は今はどうなったんだろうとファティマは思う。
ジオフロントが建設途中で崩壊し、犯罪組織のアジトになっているような状況では会社が存続できているとは思えないが……。
「はあはあ、はあ……」
「もうちょっとだよ。頑張って、ファティマ」
身体を機械化しているミオンと違ってファティマは生身だ。
長い階段を駆け昇るのに息が切れてきた。
それをミオンが励まし、ふたりは唐を追う。
『追いついてるぞ、ミオン、ファティマ。こっちもいろいろと妨害したからな。ただ連中の構造物からそろそろ叩きだされそうだ』
「可能な限り支援して。あともうちょっとで追いつけるんだから」
『分かってるって。最後まで支援してやるよ』
この間にも李可昕は元々天義会のものだったリモートタレットや警備ボットをけしかけて唐の脱出を妨害していた。
そのおかげでミオンとファティマは着実に唐に近づいている。
「もう同じ階層にいる。この先だよ。けど、用心してね。確かに生体機械化兵らしき連中がいるから」
ミオンも李可昕から提供された監視カメラの映像で逃げる唐と中国国家安全部の生体機械化兵を見ていた。
彼らは李可昕にハックされたリモートタレットに足止めされており、ミオンたちのいる場所からはもう数十メートルの距離だ。
監視カメラには目標である唐の他に4名の生体機械化兵の姿がある。
先に交戦した統一ロシアの生体機械化兵と似たような厳ついシルエットのボディをした男女だ。
その手には中国製の口径12.7ミリの電磁ライフルを装備していた。
「連中はこっちに気づいてない。今なら背後から奇襲できる、はず!」
「ま、待ってください、ミオン! そんなに速いと追いつけませんよう!」
流石に十数階も階段を駆け昇れば不老不死のファティマとて、へとへとだ。
疲労でよろめく彼女がミオンを呼び止める。
「ごめん、ごめん。けど、急がないと逃げられちゃうから。ここは──」
「へええっ!?」
ミオンはファティマの元に歩み寄ると彼女を軽々と持ち上げた。
いわゆるお姫様抱っこでミオンはファティマを抱え、そして駆け始める。
「最初からこうすればよかったね」
「え、ええっ! そっ、そそそそ、そうですね……っ!」
ミオンに抱きかかえられていると彼女との距離はとても近く、ファティマの心臓がバクバクと高鳴る。
彼女にその心臓の音が聞こえないか心配になってファティマは赤面。
聞こえていたら、何を興奮しているんだと気味悪がられてしまいそうで。
だけど胸の高鳴りは抑えられない。
「さあ、もうちょっと!」
ミオンとファティマは唐まで残り数メートルだ。
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