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ペルソナ・ノン・グラータ//ジオフロント

……………………


 ──ペルソナ・ノン・グラータ//ジオフロント



 ファティマたちは再び車両でセクター13/6に戻る。

 行きと同様に気まずい沈黙が車内には漂っていた。

 ミオンは行きほどではないが敵意と殺気が漏れ出ており、ファティマはその様子が少し怖かった。

 自分に向けられている殺意や敵意ではないとしても、ミオンが怒っているということがファティマには感じられて怖かったのだ。


「……ごめんね、ファティマ。今日のあたし、感じ悪いでしょ?」


「あっ、い、いえ、そんなことは……」


「正直に言っていいんだよ。感じ悪いって。けど、今は……許して」


 ミオンはファティマにそう言い、車を飛ばしてセクター13/6に戻った。

 セクター13/6のスラム街を走行し、それから車両は(リー)可昕(クァシン)の家である雑居ビルの前に止まった。


「李可昕。情報の方はどう?」


 ミオンが李可昕の家に上がり込むと早速そう尋ねる。

 その問いに李可昕はサイバーデッキにケーブルを接続したまま、上半身を起こしてミオンの方を向いた。


「どうしても解読できない情報がいくつかある。こいつ、統一ロシアの参謀本部情報総局(GRU)工作員(エージェント)か何かだろう。軍用(アイス)もがっちがちだったけど、暗号化の方もお手上げな代物だぞ」


「どうにかしてよ。それが天義会(テンイーフェイ)(タン)雲啓(ユンチー)に繋がっている可能性は高いんだから」


「どうにかしてよって、気軽に言いやがって……」


 李可昕はそれから四苦八苦して特殊任務部隊(スペツナズ)の男の脳から引き抜いた情報の解読を目指す。

 ああでもないこうでもないと李可昕は愚痴りながら、解読を進めること6時間。

 ファティマとミオンは途中で龍龍亭に買い出しに行きながら待った。


「できたーっ!」


 そしてようやく李可昕がそう声を上げる。


「情報は?」


「これだ。天義会と唐についての情報もあるぞ」


「グッジョブ、李可昕」


 李可昕からミオンとファティマはファイルを受け取る。

 そのファイルを開けばARデバイスに僅かに文字化けしたテキストとちょっとノイズが入った映像データが表示された。


「天義会は確かに中国国家安全部の支援を受けている。連中の工作員(エージェント)が再びこの街に天義会が根を張るのに手を貸した。道理で大井の方でもなかなか連中の尻尾が掴めなかったわけだぜ」


「そして、連中の居場所も特定できたわけだ」


「イエス。連中はセクター13/6の地下にいる。工事中断で廃棄されたジオフロントを根城にしている。唐もそこに潜んでいるはずだ。連中も今は大井の目が怖くて目立たないようにしているだろうからな」


 ミオンの言葉に李可昕がそう言う。


「だが、気を付けろ。連中は今も国家安全部の工作員(エージェント)に支援されている臭い。居場所を見つけて地下に踏み込んだものの返り討ちって可能性もあるぞ」


「そうならないように支援してくれるんでしょ?」


「ふん。まあ、それは仕事(ビズ)だからな。それに私も個人的に国家安全部の連中は嫌いだし、連中の邪魔ができるならやりたい。というわけで、マトリクスから支援するから、あんたらは現実(リアル)で用心して踏み込め」


「助かるよ、李可昕!」


 ミオンはそう言ってサムズアップする。

 いつもならばここでハグでもしそうなものなのに、今日は随分と控え目のリアクションだった。


「あ、ああ。まあ、任せとけ」


 そのことを怪訝に思ったのは李可昕も少しだけ戸惑った様子でそう返す。


「じゃあ、早速地下に向かうね」


 ミオンはそう言って足早に李可昕の部屋を出ていく。

 ファティマもここでミオンに続いていく──かと思ったが、立ち止まって李可昕の方を見た。


「あ、あの、李可昕さん。ミオンが軍人だったって知ってました……?」


「ああ。知ってた。どこの所属だったかまでは聞かなかったけれど、軍にいたことは間違いない。あいつも軍用のインプラントを使ってるからな。電子戦用のインプラントや強化脳、それに人工筋肉も高度軍用グレードのそれだ」


「そ、そうなんですか……」


 李可昕はミオンの過去をある程度知っていた。

 それを知らなかったファティマは胸がもやもやするのを感じた。

 まだコンビを組んで日が浅いとは言えど、自分はミオンのことをあまり知らないのだと思うと不安な気分になってくる。

 だが、どうして不安なのだろう。

 他人がどうあろうと自分には関係ないはずなのにとファティマは自問する。


 それに自分だってミオンにいっぱい隠し事をしているじゃないかとファティマは自分を責める。

 不老不死のことも、これまで生きてきた人生も、何もミオンに語っていない。


「ファティマ……?」


 と、ここでいつまでも出てこないファティマを心配したミオンが見に来る。


「すっ、すみません! すぐ行きますっ!」


 ファティマは慌てて李可昕の家を出て、ミオンに合流する。

 ファティマとミオンは車に乗り込み、それから車両で目指すのはセクター13/6の外。

 セクター13/6を出て東に進むとゴミだらけで荒れた土地が見えてくる。

 捨てられた膨大なゴミが積み上げられた不毛の荒野だ。


「ミオン。ここは……?」


「セクター13/7。見ての通り、ゴミの山だよ」


 セクター13/6はスラムはスラムとして賑わいがあったが、このセクター13/7には人間の気配は全くと言っていいほどない。

 ただひたすらゴミが積み上げられ、それらが放つ異臭で満ちている。

 ファティマはそんなゴミの山の中から頭がふたつあるネズミなどを見つけて小さく悲鳴を上げていた。


「汚染が酷い場所だから滅多なことがここには誰も近づかない。だけど、ここには崩落したジオフロントへの入口があるんだ」


「じ、じおふろんと……?」


「そ。幻の首都圏大深度地下空間計画。通称関東ダンジョン計画で作られるはずだった超巨大地下空間。だけど、大きな地震が起きてね。工事中に崩落しちゃったんだ」


 関東ダンジョン計画。

 人口過密になりつつあった首都圏の面積を拡大するために計画された、幻の地下都市建造計画だ。

 しかし、建造途中に悪夢の大地震である九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアが発生し、関東地方を直撃。

 建造中だったジオフロントは崩壊し、そのまま計画は止まった。

 だが、今もこのTMCの街の地下には放棄された地下空間が存在している。


 しかし、とファティマはその話を聞いて思う。

 天高くそびえる摩天楼を築くだけでは飽き足らず、地下にまで都市を拡大しようとしたとは、この街はどこまでも巨大だなと彼女は思った。


「さて、そろそろだよ」


 ミオンはファティマにそう言い、車両の速度を落とす。

 そうやって彼女たちが到着したのは、廃ビルだ。

 落書きとゴミだらけの廃ビルの前にミオンは車を止めた。


「ここから地下に降りる。ついてきて」


「は、はい」


 ミオンはそう言って砕かれたガラス片まみれのエントランスを潜り、ファティマもいそいそとそれに続く。

 彼女たちはビルの1階から階段を使って地下に降りて行った。

 階段をずっとずっと降りること20分程度。


「ここからジオフロントに入れる」


 ミオンはそう言い、地下にある扉の前で止まった。

 扉はあとから強引に取り付けられたように見え、ジオフロントへ入るための正規ルートではなさそうだ。


 ミオンはそれから金属の擦れる甲高い音を立てさせながら、その扉を開く。

 扉の先には夜間工事用の照明が点いたり消えたりしている。


「暗いから気を付けて」


「わ、分かりました」


 ミオンがそう言うのにファティマは怯えながらミオンのあとに続く。

 放棄された地下空間は暗く、冷たい。

 剥き出しのコンクリートの壁と床が続き、ところどころ壊れて鉄骨が剥き出しになってしまっている。

 歩くとぱらぱらと細かいコンクリート片が落ちてきたりする。


 その今にも壊れそうな様子がファティマを恐怖させた。

 不老不死でも生き埋めになってしまったら、もう一生ここから出られないのだから当然だ。


 ファティマがそんな恐怖を抱きながら進むと、ミオンが強力なタクティカルライトを取り出し、周囲を照らし出す。

 すると地下鉄のホームのような場所が見え、そこには『新海宮駅』と書かれている、この駅のことだろう看板が見える。


「さあて、天義会の連中はここから潜った先にいるはずだよ。李可昕の情報が正しければだけどね」


「ち、違ったらどうします?」


「また一からやり直しってところだね」


 ファティマの言葉にミオンは他に手はないというように肩を竦めて、タクティカルライトで道を照らしながら進んでいく。

 ミオンは地下鉄の駅のホームから階段を昇ると、半分崩れた通路を進み、かつての夢の都市計画の跡地をずいずいと進んだ。


「こ、壊れたりしませんよね……?」


「どうだろう。保証はできないね」


 そんな中をファティマはミオンを見失わないように必死にあとをついていく。

 ミオンは障害物があっても軽々と乗り越えていくが、ファティマの方は四苦八苦だ。


「大丈夫? 手を貸すよ」


 ミオンはそんなファティマを置いていくことなく手を貸してくれた。

 障害物を越える際には彼女が力強く引き上げてくれたのだ。


「あ、ありがとうございます」


 ファティマはいつものミオンが戻ってきたのを感じて安堵しつつ、彼女の手を借りながら崩落したジオフロントを歩む。


 そんな彼女たちの移動が続いて暫く経ったとき、ネズミと昆虫が這い回る以外の音が聞こえてきた。

 それは人工的な何かの機械の駆動音だ。


「ミ、ミオン。この音は……」


「しーっ。静かに……」


 ミオンは“月断ち”をいつでも抜けるように構え、音のする方向に向かう。

 すると、その方向から光が見えてきた。

 それは夜間工事用の強力な照明であり、聞こえていた音はその照明のバッテリーとなっている発電機のものだった。

 そしてその光源の近くには中国製のアサルトライフルで武装した2名の男の姿が。


「ビンゴ。李可昕の情報は正しかった。ここが天義会のアジトだろうね」


 光源のそばには古い金属製の扉があり、天義会のメンバーと思しき男はその扉を守っている。

 扉の向こうは工事用エレベーターがあるようだ。

 その様子からファティマたちが通ってきたルート以外にも道はあり、天義会はその道を利用していると推測できた。

 そうでなければこのエレベーターをわざわざ守る意味はない。


「李可昕。あたしたちの位置情報、分かる?」


『ああ。分かるぞ。そろそろ天義会の連中の新居のはずだ。用心して進めよ。こっちもマトリクスから連中の構造物に突入(ブリーチ)する準備を進めてる。準備完了したら、こっちから連絡するからな』


「オーケー」


 位置情報からもここで間違いなさそうだ。

 そして、李可昕もマトリクスからミオンたちを支援すべく、天義会の構造物に対してハッキングを仕掛けようとしていた。


「さあて、と……」


 ミオンは慎重にエレベーター前の様子を見渡す。

 監視カメラの類はないし、リモートタレットの類や警備ボットの類もない。

 いるのは武装した男がふたり。明らかに手薄だ。


「ファティマ。3カウントで仕掛けるよ。手前はあたしが仕留めるから、奥のやつをお願い」


「は、はい。了解です」


「いくよ。3カウント」


 そして3秒のカウントが開始される……。


……………………

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