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ペルソナ・ノン・グラータ//情報屋

……………………


 ──ペルソナ・ノン・グラータ//情報屋



 李可昕にマトリクスでの情報収集を任せ、ミオンとファティマは現実(リアル)での情報収集を行うことに。


「あ、あのう、現実(リアル)で情報収集って当てはあるんですか……?」


 移動する車内でファティマが疑問に思ってそう尋ねる。

 マトリクスからはドローンや偵察衛星、あるいは生体認証情報が手に入る。

 しかし、現実(リアル)でできることなど何があるのだろうかと。


「もちろんあるよ。これから情報屋に会いに行こう」


「情報屋……?」


「文字通り、情報を売買している人間のこと」


 ミオンは怪訝そうなファティマにそう言い、車を走らせてセクター13/6の街並みを進むと、とある半地下の酒場の前で車を止めた。

 あまり衛生的ではなさそうな場所だが、ミオンはそこで車を降りる。

 ファティマもそれに続き、ミオンとともに半地下の酒場に入った。


 酒場の中はセクター4/2にあった喫茶店とは真逆だった。

 雑な内装に、安っぽい接客ボット、立ち込める有機薬品臭。

 そんな場所でもアルコールを楽しんでいる人間はいた。

 工業合成されたアルコールに薬品でそれらしい味付けをした酒を、ただ酔うためだけに飲んでいる類の人種だ。


「清水!」


 ミオンはそんな酔っぱらいのひとりに声を掛ける。

 声を掛けられたのは、年齢は30代ほどのさらりまんスタイルの格好をした男。

 その男はミオンの姿を見ると金属で覆われた歯を見せてにやりと胡散臭く笑った。


「やあ、ミオンさん。情報をお求めかな?」


 酒焼けしたガラガラ声で男がそう尋ねてくる。

 恐らくいつも度数の高い酒を呷っているのだろう。


「そ。君に会う理由なんて他にないでしょう?」


「この寂しい中年男と一緒に酒を飲み交わしてくれるわけではない、と」


「はははっ。ナイスジョーク!」


 酒で満ちたグラスを揺らして笑う男をミオンが笑い飛ばす。


「紹介するね、ファティマ。彼は清水仁。この街の情報屋だよ」


「よろしく、お嬢さん」


 それからミオンがファティマに情報屋の清水を紹介した。

 紹介された清水は値踏みするようにファティマを見ながら、笑い掛けてきた。


「よっ、よ、よろしくお願いします……」


 この街に来て数日経ったが、まだまだファティマは他人とのコミュニケーションに慣れていなかった。

 まして相手が堅気の人間に見えなければなおさらだ。


「で、何をお求めかな、ミオンさん」


天義会(テンイーフェイ)の情報ある?」


「天義会、ね。どうもどこかの誰かをひどく怒らせたみたいじゃないか。そのせいでとんでもなく酷い目に遭ったとか」


「そうだね。けど、あたしが知りたいのは、そのこっぴどい目に遭った後の天義会の情報。早い話が新しくトップの座に就いたという(タン)雲啓(ユンチー)の居場所が知りたい」


 ミオンはそう清水に切り出す。

 清水はミオンがどの程度情報を持っているのか確かめるためだったらしく、納得したような顔をして薬品臭の強い酒を呷った。


「唐の情報はこっちにもほとんどないよ。やつは裏で繋がっている中国国家安全部から防諜の手ほどきを受けたみたいでね。マトリクスでも、現実(リアル)でもなかなか尻尾を掴ませない」


「空振りか」


「だが、全く情報がないわけじゃない。ただし──」


「いくら出すかによる?」


「イエス。話が早くて助かるよ、ミオンさんは」


 清水は情報屋だ。

 情報を売って報酬を得ている。

 だから、情報に対価を要求するのは当然のことと言えた。


「そうだね。なら1000新円までは出す」


「毎度あり。天義会について俺の持っている情報はこれだ」


 そして清水からミオンとファティマの端末に情報が送られて来た。


「ふむ。天義会が人身売買の次は武器密輸ね。この武器の出どころは──」


 そこでミオンの表情が僅かに強張った。

 何か恐ろしいものをみたような、あるいはトラウマを刺激されたかのような、そんな反応を示したのだ。

 眉間に深いしわが寄り、視線が震え、ARデバイスを操作する指先が冷たくなる。


「ミオン……?」


 ファティマが心配にうなって情報を読み進める。


『天義会は統一ロシア製の武器を樺太経由で密輸している。天義会は樺太におけるロシア系反体制勢力──オホーツク義勇旅団との繋がりもあり、彼らの資金源のひとつとなっているものと思われる』


 清水の情報にはそう記されており、天義会が利用している密輸ルートや関係するオホーツク義勇旅団のメンバーの写真などが添付されていた。


「……樺太、か……」


 それからミオンが絞り出したような声でそう言った。


「ああ。日本にとっての北アイルランド問題だ。第二次ロシア内戦のどさくさで日本が獲得したものの、現地のロシア系住民や体制派ロシア軍が抵抗し、夥しい血が流れた。今も日本陸軍の樺太連隊が対反乱(COIN)作戦に駆り出されて──」


「知っているよ。()()知っている」


 清水に説明を遮ってミオンはそう言い、右手の拳を左手で包み込むように握った。

 それはまるで怒りや恐怖を押さえているようにファティマには見えた。


「そうかい。歴史の授業は必要なさそうだね」


「必要ない」


 ミオンは清水の皮肉にそう返し、彼の端末に1000新円を送金すると酒場からずかずかと速足で出て行った。


「ミ、ミオン!」


 ファティマは慌てて彼女についていく。

 酒場を出たミオンは大きく息を吐くと、唐突に通りに立っていた交通信号の柱を殴りつけた。

 重たい金属音が響き、鋼鉄製の柱に拳の跡が刻まれる。

 ミオンの高度に機械化された身体が、荒く息をしているように揺れる。


「樺太……。よりによって……」


 ミオンの表情は苦しげで、ファティマはどう声を掛けたらいいのか分からずにおろおろとするばかり。

 やがてミオンはまた大きく息を吐いて、ファティマの方を振り返った。


「ファティマ。仕事(ビズ)を続けよう」


「は、はい。けっ、けど、どこからどう手を付けますか……?」


「天義会が取引しているオホーツク義勇旅団の線から洗う。連中が利用している港を襲って、そこから糸を辿る。唐までの糸を」


 ミオンはいつもの気楽さというか、陽気さがなく、傭兵としてのナイフの刃のような雰囲気を放ったまま車両に乗り込む。

 ファティマもそれに続くが、車内に入ってもすぐにミオンは車を出さない。


「ごめん、ファティマ。今日のあたしは少し余裕がないかも」


 そしてミオンはそう謝罪してから車両を急発進させた。

 ミオンの運転が荒っぽいのはいつものことだが、今日はますます荒い。


「……ミオン。そ、そのう、何かあったんですか……? 樺太という場所で……?」


 ミオンは天義会のことや唐のことを聞かされても平然としていた。

 彼女の様子が急におかしくなったのは、あの情報を見てからだ。

 樺太やそれに関するオホーツク義勇旅団という組織。

 その情報を見てからミオンの様子はおかしくなった。


「……いつか話すよ。あたしにとってはあまり思い出したくない思い出だから」


「ご、ごめんなさい……」


 そっけなく返すミオンにファティマもこの件を探るべきではないと黙り込む。


 それから彼女たちはセクター13/6の港湾部を走り、そのまま北上していく。

 道路標識がセクター13/6から出ることを示し、いつもならばここでミオンがどうしてセクター13/6を出るのか説明してくれるのだが、今日の彼女はずっと無言でハンドルを握っている。

 こうなるとファティマも話し掛けにくく、言葉を飲み込んで助手席に座っていた。


 セクター13/6を出て道路標識がセクター13/4と示す場所に到着した。

 セクター13/6ほどではないが、ここも大層なスラム街であり、猥雑なホログラムが輝き違法建造物が立ち並んでいる。

 ミオンはそんなセクター13/4の港に向けて車を進ませた。


「ファティマ」


「はっ、はい!」


「後ろの席からワイヤレスサイバーデッキを取ってくれる? 金属ケースの中にあるんだけど」


「わ、分かりました」


 ぶっきらぼうにミオンがそう言うのにファティマは座席を倒し、後ろの席からワイヤレスサイバーデッキというものを取り出した。

 それは金属製の首輪のようなもので、首輪と違うのは輪が完全には閉じていない点。


「ど、どうぞ」


「ありがと」


 車を結構な速度で飛ばしながら片手でミオンはワイヤレスサイバーデッキを自分のBCIポートに接続した。

 そして、マトリクス上に検索エージェントを走らせる。

 その目的は現在地であるセクター13/4上空の偵察衛星やドローンの映像を得ること。


 パスワードが設定されていない監視カメラやドローン、誰でも利用できる民間宇宙開発企業の偵察衛星などが総動員され、ミオンはセクター13/4の港湾部の情報を収集した。


「……港の警備はお粗末だね。踏み込んでもどうにかなりそう」


「あ、あのう、ミオン、その港に天義会と唐が……?」


「分からない。今はオホーツク義勇旅団の連中を追う」


 いつもの明るさがないミオン。

 どこから思い詰めているようにも見える。

 それが心配になってファティマはじっとミオンの横顔を見つめた。

 ミオンの横顔はいつものように綺麗だが、今日は張り詰めたワイヤーのように剣呑とした表情を浮かべている。


「港のゲートに警備ボットが4体。2体は引き殺すから残る2体はお願い、ファティマ」


「あ、は、はい!」


 ミオンはさらに車両の速度を上げて加速し、軽合金ボディの警備ボットが守る港のゲートに向けて突進する。


「警告、警告。当施設は私有地であり、無断での侵入には致死的な予防手段を──」


「やって、ファティマ」


 警備ボットが急接近するミオンたちの車両に警報を発すると、ミオンが短くファティマに命じる。


「りょ、了解!」


 ファティマは二振りの刃を形成し、その刃を躍らせてゲートの詰め所にいた2体の警備ボットを攻撃。

 詰め所の防弾ガラスが叩き割られ、その先にいた警備ボットが撃破される。

 軽合金ボディの警備ボットは脆く、斬撃と衝撃でばらばらになってしまった。


「よいしょっと」


 ミオンもアクセルを踏み込み、勢いよくゲートを破壊し、その先にいた警備ボット2体を引き殺した。

 車に軽い衝撃が走り、金属が擦れる甲高い音が響く。


「まずは警備の第一陣を突破……」


 ミオンはゲートを破った速度で突っ込み続け、港を駆け抜ける。

 コンテナの間を、コンテナに荷物を運びこむフォークリフトの間を見事にすり抜けて、彼女は港の深部を目指す。


「……あそこだ」


 ミオンはそう言い、視線の先にある倉庫を睨むように見た。

 外観は何の変哲もなさそうな倉庫にファティマには見えたが、あの倉庫に何かあるのだろうか?

 ファティマはそんな疑問を発することもできず黙り込んだまま、ミオンは車をドリフトさせて停車させる。

 この倉庫こそ清水の情報にあった天義会とオホーツク義勇旅団が取引しているという場所なのだ。

 ファティマが地図を見ても理解できなかったものを、ミオンは理解していた。

 ただ彼女にしては珍しく全く説明していなかっただけで。


「誰だ、てめえっ!」


 そこで倉庫の中から武装した男女が姿を見せた。

 スラブ系の顔立ちに、統一ロシア製のアサルトライフルで武装した6名ほどの集団。

 それに加えて作業用の四脚ボットを違法改造した武装ボットも姿を見せる。

 武装ボットには重機関銃が据えられていた。


「君たち、オホーツク義勇旅団だね?」


「ああ? だとしたらどうなんだよ?」


「聞きたいことがある。天義会の連中はどこ?」


「はんっ! そいつに答える義理はねえよなあ?」


 6名の男女は金属音を立ててアサルトライフルの銃口を向け、武装ボットもタレットが旋回するモーター音とともにミオンを照準する。


「……そう。じゃあ、容赦なくやらせてもらうから」


 ミオンはぞっとするほど冷たい声で宣言し、次の瞬間電気の弾ける音がした。


……………………

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