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初めてのお使い//生体機械化兵

……………………


 ──初めてのお使い//生体機械化兵



 クロエ・ホアンが宿泊している部屋に踏み込んだミオンとファティマ。


「いない……?」


 部屋の中には誰もいなかった。

 シングルベッドは利用した様子もなく整えられたままで、部屋の中にはキャリーケースがひとつ置かれているだけだ。


(リー)可昕(クァシン)。部屋の中には誰もいない」


『そんなはずは……』


 ミオンが部屋の中を見渡して報告するのにマトリクスにフルダイブしている李可昕が戸惑う。

 ホテルの廊下に取り付けられた監視カメラのログには、部屋に入ったクロエ・ホアンは確認されているが、出て行った様子は映っていない。

 それは間違いないのだ。


「ミオン。窓が……」


「窓?」


 そこでファティマが部屋の奥にある窓を見た。

 窓は本来固定されたカギによって開けられないようになっているのだが、よく見ればそのカギが破壊されていた。


「窓から逃げた……? 李可昕! 周辺の生体認証スキャナーやドローンの映像を!」


『アイアイ、マム!』


 すぐさまミオンが李可昕に向けて叫び、李可昕が周辺の生体認証スキャナーとドローンの情報を検索エージェントで収集。

 過去5時間、このホテル周辺を移動した人間のデータが集まり、その情報とクロエ・ホアンの生体認証情報が照合されていく。


『いたぞーっ! あんたらと入れ替わるようにホテルを出ている。ホテルの路地から出てくる姿が確認できた』


「どこに向かったかも分かる?」


『今、生体認証スキャナーとドローンをリレーして追っている。ナビするからあんたらも外に出ろ。急げ、急げ。このままだと見失う!』


「了解!」


 ミオンとファティマは部屋を飛び出し、エレベーターに駆け込むと1階に急行。

 1階のエントランスから飛び出して、通りを見渡す。


『やつは北に向かっている。AR上でナビするから車両に乗り込め!』


 李可昕が急かし、ミオンたちは車に乗り込んだ。

 すぐにミオンはエンジンをかけ、アクセルを踏み込む。


『やつは現在セクター13/5まで北上した。乗っているのは赤いSUVだ』


「どうにかして止められない?」


『完全にスタンドアローンで動いている車両だから無理だな。ナビすら使ってない』


 相手の車両をハッキングして止められないかという提案に、李可昕は首を横に振る。

 クロエ・ホアンは自分の乗る車両のオンラインシステムを全てオフにしていた。

 産業スパイとして車両がハッキングされることを警戒していたのだろう。


「なら、ドローンをぶつけるとか?」


『死ぬかもしれんぞ。生け捕りが狙いだろう?』


「多分、大丈夫。相手は生体機械化兵マシナリー・ソルジャーだから。車が事故ったぐらいじゃ死なないよ」


『分かった。なら、適当なドローンを突っ込ませるぞっと!』


 そこで李可昕は上空で大型家電を配達した帰り道を辿っていた運送会社のドローンをハック。

 その軽トラックほどの大きさのドローンの安全装置を解除し、急降下させてクロエ・ホアンの車両に叩きつけた。


『イエス。クロエ・ホアンの車両が停止したぞー。追いつけ、追いつけー!』


 李可昕が言うようにクロエ・ホアンを乗せたSUVは車体前部に宅配ドローンが突っ込んだことで停車。

 道路の上でばちばちとバッテリーから火花を散らしている。


「よーし、このまま!」


 ミオンはアクセルを全開にして全力走行。

 彼女たちの肉眼にもボンネットから火が出ている車両と、そこから這い出てくる女性の姿が見えた。

 ミオンはARデバイスで女性を生体認証し、クロエ・ホアンだと確認。

 アジア系の顔立ちで、背丈は190センチほどと大きい。

 だが、機械化しているというには普通の人間のようにファティマには見えた。


「あれだね。間違いない」


「し、しかし、どうやって捕まえるんです……?」


「それはあたしに任せといて」


 ファティマが疑問に感じる中、ミオンは車両の速度を落とし、クロエ・ホアンから数メートル離れた位置で停車させると車両を降りた。


「クロエ・ホアンだね。一緒に来てもらうよ」


 ミオンは“月断ち”の柄に手を掛けたまま、クロエ・ホアンに向けてそう言う。


「……大井の傭兵か」


「そうかもね。抵抗しないなら痛い目見ることもないよ」


 クロエ・ホアンが女性にしては低い声でそう言うのにミオンは軽くそう返す。


「お断りだ。私にも仕事(ビズ)があるんでな」


 彼女はそう言うと腰のホルスターからナイフを抜いた。

 低く振動音を立てているそのナイフは、ミオンの“月断ち”と同じ超高周波振動する刃であった。


「そうかい。なら、やり合うしかないね」


 ミオンは肩を竦めて腰を低く落とし、超電磁抜刀の構えを取る。

 ファティマはそれを見てはらはらしていた。

 ミオンは何度もクロエ・ホアンを殺すなと言っていたが、その彼女がまさに殺しも厭わないという臨戦態勢を取っているのだから。

 ミオンは前言を撤回して、クロエ・ホアンを殺すつもりなのだろうか……?


「はあああっ!」


 クロエ・ホアンがナイフを逆手に握った腕をパンチするようにして繰り出す。

 その際の加速はミオンのそれに匹敵するレベルで、彼女は一瞬でミオンの懐に飛び込んだ。

 アスファルトの道路に亀裂が生じるほどの脚力から繰り出された加速だった。


「流石は元とは言えどアメリカ陸軍の生体機械化兵マシナリー・ソルジャー!」


 しかし、その人間離れした素早さにミオンは対応していた。

 クロエ・ホアンが繰り出す斬撃を、的確に“月断ち”で迎え撃ち、彼女たちは激しい近接戦を繰り広げる。

 金属音が甲高く何度も響き、ナイフと日本刀が交錯した。


 そんな戦闘は接戦。

 ミオンは守勢に立たされているが、クロエ・ホアンも攻め切れていない。


 ここでファティマは自分が何をすべきかを考えた。

 これまでのようにミオンに指示を求めることはできない。

 今の彼女にそんな余裕はない。

 かといって今の状況でファティマが勝手に動けば、ミオンが逆に危なくなるのではないかとファティマは危惧した。


 それでもただぼうっとミオンとクロエ・ホアンの戦闘を見続けているわけにもいかず、ファティマは決意した。


「ミ、ミオン。援護します……!」


 ファティマは二振りの光の刃を形成すると、それを舞うようにして飛翔させ、クロエ・ホアンに向けた。


「なっ……! あれは……!?」


 クロエ・ホアンが動揺するのがファティマにも伝わる。

 突然現れた光の刃が自分を狙っているのだから、当然だろう。

 しかし、ファティマの目的は接戦を繰り広げているクロエ・ホアンとミオンの間に、強引に割り入ることではなかった。


「────動揺したね?」


 クロエ・ホアンがファティマの動きに注意を向けた隙に、ミオンが動いた。

 彼女はクロエ・ホアンの隙を決して見逃さない。

 ファティマはそう読んでいた。


 事実、クロエ・ホアンの見せた隙を前に彼女は一気に攻勢に出てクロエ・ホアンを追い詰める。

 クロエ・ホアンはナイフで必死に“月断ち”の攻撃を受け止めるが、徐々に徐々に対応が遅れていった。


 そして──。


「はあっ!」


 ミオンの放った斬撃がクロエ・ホアンのナイフを握っていた手を斬り落とし、もう片方の手も続けざまに叩き切る。

 その断面からナノマシン混じりの血を流しながら、クロエ・ホアンは表情を歪めた。


 しかし、すぐにクロエ・ホアンは右足を大きく振り上げてミオンの頭部を狙った蹴りを放つ。

 両手を失ってもなお闘志を失わない様に、ファティマは驚いた。


 ただミオンの方はこれを読んでいたらしく、振り上げられた蹴りをいなし、掴んでクロエ・ホアンを放り投げた。

 クロエ・ホアンは地面にバウンドして転がり、口から血を流す。


「諦めな。これ以上抵抗するなら、頭だけ持って帰るよ」


 ミオンはそう言い、クロエ・ホアンの首に刃を突きつけた。


「……畜生」


 クロエ・ホアンはそこで抵抗を止め、ミオンはにやりと笑う。

 それからすぐにミオンはジェーン・ドウに連絡を入れた。

 すると、真っ黒な塗装のパワード・リフト機が飛んでくる。

 そのパワード・リフト機はゆっくりと道路に着陸し、後部ランプが開くとそこからジェーン・ドウが姿を見せた。


「ご苦労様です、ミオン、ファティマ。あとはこちらでやります」


 ジェーン・ドウが静かな笑みを浮かべてそう言うと、同じくパワード・リフト機でやってきた民間軍事会社(PMSC)のコントラクターがクロエ・ホアンを拘束し、パワード・リフト機の中に連れて行った。


「さて、報酬の20万新円です。無駄遣いしないようにしてくださいね」


「イエーイッ!」


 ジェーン・ドウはミオンのARデバイスに向けて送金し、金額を確認したミオンは満面の笑みを浮かべる。


「それではこれからもよろしくお願いします」


 ジェーン・ドウはそう言うとパワード・リフト機に乗って去っていった。

 パワード・リフト機はエンジン音を響かせて、TMCの空を飛んでいく。


仕事(ビズ)は終わり!」


 そして、ミオンがパンッと両手を叩くとファティマの方を向いた。


「ナイスアシストだったよ、ファティマ。助かった!」


「そ、それはよかったです。邪魔になったんじゃないかって心配したんですけど……」


「そんなことない。やっぱりあれだけの相手を殺さずに捕まえるってのは大変だったから。ファティマの援護のおかげで無事に仕事(ビズ)も達成できたんだよ!」


 そう言ってミオンはファティマの手を握ってぶんぶんと振る。


「やっぱり凄いね、魔法って。魔法じゃなかったら相手もあそこまで動揺しなかったと思うから」


「そ、そうでしょうか……」


 魔法を褒められたのは初めてのことだった。

 これまでは異端の力であるとか、あるいは悪魔の力であるとか言われて迫害されて、石を投げつけられてきた。

 だが、ミオンは上辺だけではなく心からファティマの魔法に敬意を示し、感謝してくれていた。

 そんなのは本当に初めてでファティマは嬉しさよりも困惑が勝っている。

 だが、それでもファティマの中で凍り付いていたものが、少しだけ溶けるのを彼女は感じていた。


「そうだよ、そうだよ。これからも君のこと利用させてね、ファティマ」


 ぱちりと冗談を言うようにウィンクしてそう言うミオン。

 そうだ。

 自分とミオンの関係は利用し、利用される関係なのだとファティマは思い出す。

 決して彼女は友人になってくれるわけではない。

 そんなことはファティマも決して期待していなかったはずなのに……。

 だが、がっかりしている自分がいることにファティマは気づいた。


「さて、龍龍亭の肉まんを買って、李可昕の住処に戻ろう。もう夜が明けるし、朝食にしないとね」


 ミオンがそう言う中でファティマはTMCに朝日が差し込むのを見た。

 高層ビルが朝日によってきらきらと宝石のように輝き、ネオンやホログラムが鳴りを潜める。

 そんな早朝のTMCでも騒がしさに違いはなかった。


 ファティマは自分がこの喧騒に満ちた、殺伐とした都市でこれから目指す悠々自適な生活が送れるのだろうかと少し心配になった。


「ファティマ? 行こう?」


「あっ、は、はい!」


 けど、ミオンがそばにいてくれる間はどうにかなるような、そんな気がしていた。


……………………

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