第99話 守る者たち
夜の森を、無数の足音が進んでいた。
月明かりを遮るほどの木々の間を、黒い装備に身を包んだ魔族たちが進んでいる。手には魔道具や武器が握られ、隊列の中央には大きな魔力結晶を積んだ馬車まであった。
その数、およそ五十。
才能管理機関が、初めて本格的な実力行使へ出たのだ。
先頭を歩く男が立ち止まる。
「ここから先が、魔界スキル商店だ。」
部隊の者たちが周囲を確認する。
「報告では、店主アルト本人に戦闘能力はほとんどない。」
「店内には多数のスキル結晶が保管されている。」
「目的は店主の拘束、及びスキル結晶の回収だ。」
隊員の一人が尋ねる。
「契約者たちは?」
男は少し間を置いた。
「レオン、カイン、ポヨン。」
「その他にも複数の契約者が集まっている可能性がある。」
「ですが、所詮は寄せ集めです。」
別の隊員が言う。
「互いに面識のない者も多い。」
「組織として戦えるはずがありません。」
男は頷いた。
「その通りだ。」
「だからこそ、今夜で終わらせる。」
その言葉と共に。
部隊は再び進み始めた。
◆
魔界スキル商店。
店の前には、すでに多くの者が集まっていた。
レオン。
カインとルナ。
ポヨンと大量のスライム。
そして、これまで表立って名前を知られることのなかった契約者たち。
鍛冶職人。
魔法使い。
商人。
冒険者。
魔族の研究者。
種族も立場もバラバラだった。
戦闘能力にも大きな差がある。
それでも。
誰一人として帰ろうとはしなかった。
「本当に来るんでしょうか。」
ミナが不安そうに尋ねる。
彼女は【集中】を購入した少女だった。
以前は自分の力に自信がなかった。
しかし今は違う。
「来る。」
レオンが答える。
「俺たちを調べていた連中が、今さら諦めるとは思えない。」
「怖くないんですか?」
「怖いさ。」
レオンは正直に答えた。
「でも。」
剣の柄を握る。
「怖いからって逃げる理由にはならない。」
カインも頷く。
「僕も同じです。」
ルナが隣で低く唸る。
「クゥ……。」
ポヨンはというと。
「ぷる!」
元気いっぱいだった。
緊張感があるのかないのか分からない。
「ポヨンは相変わらずですね。」
カインが苦笑する。
その時。
森の奥から魔力の波が押し寄せてきた。
空気が変わる。
レオンが目を細める。
「来た。」
全員が身構えた。
◆
魔界スキル商店の扉が開く。
アルトが外へ出てきた。
「店長!」
リリアが慌てて後を追う。
「危ないですよ!」
「大丈夫です。」
アルトは森を見る。
やがて。
木々の間から黒い集団が現れた。
先頭の男が叫ぶ。
「魔界スキル商店店主、アルト!」
アルトは静かに答えた。
「はい。」
「才能管理機関の命令により、この店を閉鎖する。」
「閉鎖、ですか。」
「お前が販売したスキルによって、世界の秩序が乱れ始めている。」
男は声を張り上げる。
「これ以上の販売を許可することはできない。」
アルトは少し考えた。
「なるほど。」
「理解したか?」
「いえ。」
「……何?」
「閉鎖する理由が、よく分かりません。」
周囲がざわつく。
アルトは続けた。
「私が販売しているのは、武器ではありません。」
「購入するかどうかも、お客様自身が決めています。」
「その結果として人生が変わったのであれば、それはお客様が選んだ結果です。」
「それを、なぜ私が止めなければならないのでしょうか。」
男の表情が険しくなる。
「だから危険なのだ!」
「才能のない者に力を与えれば、世界の秩序が壊れる!」
その言葉を聞いたレオンが前へ出る。
「俺は違う。」
男が振り返る。
「何?」
「俺が手に入れたのは、誰かを支配する力じゃない。」
「自分を諦めないための力だ。」
レオンは剣を抜いた。
「それを奪う権利が、お前たちにあるのか?」
続いて。
カインが前へ出る。
「僕も。」
ルナが隣に立つ。
「この力がなければ、僕は召喚士を続けられなかった。」
さらに。
ミナも前へ出た。
「私だって。」
震えている。
それでも。
一歩も下がらない。
「私は、ようやく自分の作ったものを好きになれた。」
その後ろから、別の契約者たちも続いた。
一人。
また一人。
名前すら知られていなかった者たちが、静かに前へ並ぶ。
才能管理機関の部隊に動揺が走った。
「……これほどいるのか。」
「報告より多い。」
「契約者の全容が、まったく掴めていない……。」
先頭の男も、初めて表情を変えた。
「全員、店を守るつもりか?」
レオンが答える。
「違う。」
「俺たちは、この店を守るためだけに来たんじゃない。」
「自分で選んだ人生を守るために来たんだ。」
その言葉に。
アルトは少しだけ目を細めた。
◆
その時。
空から巨大な魔力が降り注いだ。
「全員、警戒!」
才能管理機関の部隊が一斉に空を見る。
夜空を飛ぶ複数の魔族。
その中心には、魔王軍の紋章があった。
「魔王軍……?」
敵側に動揺が走る。
地面へ降り立った魔族の一人が、冷たい声で告げた。
「そこまでだ。」
「なぜ魔王軍がここへ……。」
魔族は才能管理機関の男を睨む。
「我々は魔界スキル商店の味方をするために来たわけではない。」
「では、なぜ?」
「貴様らのやり方が気に入らないだけだ。」
男は一歩前へ出る。
「この店を潰すということは、ここで力を得た魔族たちまで否定することになる。」
「魔王軍にも、この店の契約者は存在する。」
才能管理機関の隊員たちがざわめく。
「魔王軍まで契約者を……?」
魔族は鼻で笑う。
「今さら驚くな。」
「我々の中にも、あの店によって救われた者はいる。」
その瞬間。
戦場の空気が変わった。
人間。
魔族。
魔物。
本来なら互いに争うこともある者たちが。
今だけは同じ方向を向いている。
◆
店の中。
アルトは一人、帳簿を開いた。
外からは怒号が聞こえる。
魔力がぶつかる気配もする。
それでも。
アルトは落ち着いていた。
「店長。」
リリアが尋ねる。
「怖くないんですか?」
アルトは少し考える。
「怖いですよ。」
「え?」
「店が壊れれば困りますから。」
「そこですか……。」
リリアが呆れる。
アルトは帳簿を見る。
そこには。
これまで契約してきた者たちの名前が並んでいる。
ポヨン。
レオン。
カイン。
ミナ。
そして。
数え切れないほどの契約者。
「この店を作った時は。」
アルトは静かに呟く。
「こんなことになるとは思いませんでした。」
「でも。」
外から大きな衝撃音が響く。
「悪くないですね。」
リリアが驚いてアルトを見る。
アルトは観測水晶へ金貨を入れた。
水晶が光る。
そこに映し出されたのは、店の前で戦う契約者たちだった。
レオンが敵の攻撃を受け止める。
カインとルナが連携する。
ポヨンたちが分裂し、敵の隊列を分断する。
ミナは集中力を極限まで高め、仲間へ的確な指示を出している。
それぞれが。
自分の得た力を。
自分自身のやり方で使っている。
アルトはしばらく、その光景を見つめていた。
そして。
小さく笑った。
「皆さん、成長しましたね。」
◆
だが。
戦いはまだ終わっていない。
才能管理機関の部隊は、予想以上の抵抗を受けながらも、後退してはいなかった。
先頭の男が手を上げる。
「予定を変更する。」
部下たちが振り返る。
「店を守る者ごと、まとめて排除する。」
男の手元で、巨大な魔力結晶が光り始める。
レオンが顔を上げる。
「何だ、あれは……。」
魔王軍の幹部も表情を変えた。
「全員、構えろ!」
夜の森を。
巨大な魔力が覆っていく。
そして。
魔界スキル商店を巡る戦いは。
最終局面へ突入した。




