第97話 最初の標的
才能管理機関の調査は、少しずつ範囲を広げていた。
魔界スキル商店そのものを監視するだけではない。
その店を訪れた者。
そこで力を得た者。
そして、その後に何らかの変化を見せた者。
一人ずつ記録を集めている。
しかし。
調査を進めるほど、ある問題が浮かび上がってきた。
「契約者が多すぎる。」
調査部門の責任者は、机に積まれた資料を見ながら呟いた。
最初に把握できたのは三人だった。
ポヨン。
レオン。
カイン。
だが、調査を続けるうちに、別の名前が出てくるようになった。
【精密】
【集中】
【記憶強化】
【魔力制御】
【感覚強化】
どれも派手な能力ではない。
しかし。
その能力を手にした者たちは、少しずつ人生を変えていた。
「戦闘系だけではないのか。」
「はい。」
部下が答える。
「商人、職人、研究者、冒険者、魔法使い……確認できた範囲だけでも様々です。」
「では、何人いる?」
「正確には分かりません。」
「推定では?」
「少なくとも十数名。」
責任者の顔が険しくなる。
「少なくとも?」
「はい。」
「魔界スキル商店は契約者の情報を公開していません。」
「契約者自身も、自分がどこで力を得たのか話していないケースが多い。」
「つまり。」
責任者は資料を閉じた。
「我々が見つけた以上に存在する可能性が高い。」
誰も反論しなかった。
◆
その頃。
人間界の町では、一人の少女が工房の扉を開けていた。
「師匠、できました!」
「本当か?」
年老いた職人が驚いた顔をする。
少女が机の上へ作品を置く。
細かな装飾が施された小さな魔道具。
以前なら、途中で必ずどこかを失敗していた。
集中が続かない。
手元が狂う。
何度やっても同じところでミスをする。
しかし。
魔界スキル商店で【集中】を購入してから。
彼女は変わった。
集中力が切れない。
自分が何をしているのか理解しながら作業できる。
そして。
失敗しても、どこで間違えたのか分かる。
「……見事だ。」
師匠は作品を手に取った。
「いつの間に、こんなものを作れるようになった?」
少女は嬉しそうに笑う。
「少しだけ、頑張れるようになったんです。」
それだけだった。
少女は、自分の持っている可能性が少し広がっただけだと思っている。
自分が世界を変える力を持っているなど、考えもしない。
もちろん。
才能管理機関もまだ、この少女の存在を知らない。
◆
同じ頃。
別の場所では、ある商人が帳簿を見つめていた。
昔は計算を間違えてばかりだった。
仕入れ。
売上。
在庫。
頭の中で整理しようとしても、途中で混乱する。
そんな彼が購入したのは【記憶強化】だった。
劇的な能力ではない。
しかし。
数字を覚えられる。
一度見た商品の在庫を思い出せる。
客の注文を忘れない。
その小さな変化が、商売を大きく変えた。
「今年は、店をもう一軒出せそうだな。」
商人は笑う。
彼もまた。
魔界スキル商店の契約者だった。
そして。
本人はその事実を誰にも話していない。
◆
魔界スキル商店。
アルトは観測水晶を覗いていた。
「順調ですね。」
リリアが言う。
「はい。」
「この人も、この人も。」
水晶に映る契約者たち。
戦士。
職人。
商人。
研究者。
魔族。
人間。
種族も立場も違う。
ただ一つ。
以前より、自分の人生を自分で選べるようになっている。
アルトはその姿を確認すると、記録を残していく。
観測には金貨が必要だ。
だから必要な者だけを見る。
全員を毎日確認することはしない。
金貨を払って得られる情報には、それだけの価値がある。
「店長。」
リリアが尋ねた。
「この観測水晶、本当に凄いですね。」
「そうですね。」
アルトは頷いた。
「研究にも役立ちます。」
「それだけですか?」
「商売にも役立ちます。」
「やっぱり店長ですね。」
リリアは苦笑する。
◆
その夜。
才能管理機関では、別の議論が行われていた。
「契約者を排除するべきです。」
若い幹部が言った。
「全員ですか?」
「可能なら。」
「しかし、数が多すぎます。」
別の幹部が反論する。
「戦闘能力を持たない者まで攻撃すれば、こちらが悪者になります。」
「それに。」
資料をめくる。
「契約者の中には、まだ魔界スキル商店と深い関係を持っていない者もいる。」
「彼らまで敵に回す必要はない。」
議論が続く。
その時。
グラディウスが口を開いた。
「一人。」
全員が黙る。
「まず一人だけ調べろ。」
「最も影響力がある者を。」
資料が開かれる。
そこに映っていたのは。
レオン。
「彼を観察する。」
「戦う必要はない。」
「接触して、確認する。」
「魔界スキル商店に対して、どれほどの忠誠を持っているのか。」
命令が下された。
◆
数日後。
レオンは森の中で魔物を討伐していた。
以前なら苦戦していた相手。
しかし。
今では動きが読める。
剣を振る。
避ける。
踏み込む。
倒す。
「……まだ遅い。」
レオンは息を整えながら呟く。
「今の攻撃、もっと早く判断できた。」
その時だった。
「ずいぶん厳しいな。」
背後から声がした。
レオンが振り返る。
そこに、一人の男が立っていた。
冒険者風の服装。
武器も持っている。
しかし。
レオンは違和感を覚えた。
「誰だ?」
「ただの冒険者だ。」
「こんなところで何をしている?」
男は笑う。
「君と話したかった。」
レオンの手が剣へ伸びる。
男は慌てて両手を上げた。
「戦うつもりはない。」
「なら、何の用だ?」
少しの沈黙。
男はレオンを見た。
「最近、君の名前をよく聞く。」
「才能がなかった青年が、急激に成長した。」
「どうしてだ?」
レオンは答えなかった。
男が続ける。
「何か特別な力を手に入れたんじゃないのか?」
その瞬間。
レオンの表情が変わった。
魔界スキル商店。
アルト。
努力。
それらを思い出す。
そして。
レオンは静かに答えた。
「……努力しただけだ。」
男は目を細める。
「本当に?」
「ああ。」
「それだけ?」
「それだけだ。」
レオンは剣を収める。
「俺が何を持っているかは、俺が決めることだ。」
「他人に話す必要はない。」
男は黙った。
そして。
小さく笑った。
「なるほど。」
その笑みには、先ほどまでとは違うものがあった。
「分かった。」
「今日は帰る。」
男が背を向ける。
レオンはその背中を見つめていた。
何かがおかしい。
だが。
まだ、それが何なのか分からなかった。
◆
その夜。
才能管理機関へ報告が届く。
【対象:レオン】
【魔界スキル商店との関係:強】
【店の存在について:秘匿する意思あり】
【敵対時の反応:不明】
そして。
最後に一行。
【本人は「努力しただけ」と発言】
報告を読んだ幹部が笑った。
「なるほど。」
「やはり、あの店の契約者だ。」
しかし。
その報告書を見たグラディウスだけは、笑わなかった。
「……違う。」
「何がです?」
グラディウスは静かに答えた。
「この青年は、店のために戦うと言っていない。」
「自分の人生のために立っている。」
「そこを間違えるな。」
誰も答えられなかった。
グラディウスは窓の外を見る。
魔界スキル商店。
そして。
そこに関わった者たち。
もし敵として扱えば。
彼らは本当に敵になる。
その可能性を。
この時、初めて理解した。




