第95話 知られていない可能性
才能管理機関。
その地下深くに存在する記録保管庫には、世界中の才能に関する膨大な資料が眠っていた。
数百年分の記録。
生まれ持った特殊能力。
突然発現した固有スキル。
歴史に名を残した英雄や魔王。
その全てが、この場所で管理されている。
しかし。
その中に存在しないものがあった。
魔界スキル商店。
正確には。
魔界スキル商店によって生まれた「可能性」。
「報告書を確認した。」
会議室。
才能管理機関の幹部たちが集まっていた。
中央に座る老人。
グラディウスが資料へ目を通す。
「現在、明確に確認できている大きな変化は三件。」
研究員が頷く。
「はい。」
資料が机へ置かれる。
一枚目。
【ポヨン】
種族:スライム
取得スキル:【分裂】
低級魔物から異常な適応進化を確認。
二枚目。
【レオン】
種族:人間
取得スキル:【努力】
才能不足判定から、継続的な成長を確認。
三枚目。
【カイン】
種族:人間
取得スキル:【共鳴契約】
既存召喚術とは異なる新体系を確立。
「この三名だけでも十分に異常です。」
若い研究員が言う。
「しかし。」
グラディウスは資料を閉じた。
「三名だけとは限らない。」
その言葉に、部屋が静まる。
「調査した範囲では、魔界スキル商店の存在を示す痕跡は複数あります。」
「ですが、契約者本人が力を公表していない場合、発見は困難です。」
別の研究員が説明する。
「つまり。」
「我々が把握しているのは、氷山の一角ということです。」
グラディウスは頷く。
その事実こそが、彼らを警戒させていた。
強力な魔物を一体生み出した。
強い戦士を一人作った。
それなら対策はできる。
しかし。
もし。
才能がないと判断された者たちが、世界中で少しずつ変化していたら。
それは単なる事件ではない。
世界の仕組みそのものが変わる可能性がある。
◆
魔界スキル商店。
アルトはいつも通り帳簿を整理していた。
「店長。」
リリアが観測水晶を見る。
「最近、外から見られることが増えていますね。」
「そうですね。」
アルトは落ち着いた様子で答える。
「危険ではないんですか?」
「調査されているだけなら問題ありません。」
「問題ない?」
リリアは眉をひそめる。
「普通、自分の店を調査されて平気な人はいませんよ。」
アルトは少し考えた。
「私の店は隠す必要があるものではありません。」
「しかし。」
リリアが続ける。
「契約者の情報は隠していますよね?」
「はい。」
そこだけは、アルトの返答が早かった。
「なぜですか?」
「彼らは商品ではありませんから。」
リリアは少し驚く。
アルトは帳簿を見る。
そこには大量の名前が記録されている。
【分裂】
契約者:ポヨン
【努力】
契約者:レオン
【共鳴契約】
契約者:カイン
そして。
まだ外の世界には知られていない、多くの契約者たち。
生活を変えた者。
仕事で成功した者。
自分の才能を見つけた者。
戦いとは無関係の場所で、人生を変えた者。
「スキルを購入した方々が、どのように生きるか。」
「それは、その方々自身のものです。」
アルトは言う。
「私が勝手に公開するものではありません。」
リリアは納得したように頷いた。
アルトらしい考えだった。
◆
その頃。
人間界。
小さな村の工房。
一人の青年が、完成した作品を眺めていた。
数年前まで。
彼は何をしても失敗する職人見習いだった。
しかし。
魔界スキル商店で購入した【精密】というスキルによって、自分の弱点を克服した。
今では村でも評判の職人になっている。
彼は知らない。
自分の持つ力が、魔界の一部で注目されていることを。
彼にとっては。
ただ。
諦めずに続けられるようになっただけだった。
◆
再び才能管理機関。
研究員が新しい報告を持ってくる。
「追加情報です。」
グラディウスが見る。
「魔界スキル商店との関連が疑われる者。」
「新たに五名。」
室内に緊張が走る。
「五名?」
「はい。」
研究員は頷く。
「しかし、戦闘能力の上昇ではありません。」
「職人。」
「商人。」
「研究者。」
「一般市民。」
「様々です。」
グラディウスは目を細める。
「……なるほど。」
「この店は、戦力を作っているわけではない。」
「人間や魔族そのものの可能性を引き出している。」
それは、より危険だった。
なぜなら。
戦士だけなら管理できる。
しかし。
可能性を持つ者が増えれば。
世界中の価値観が変わる。
◆
夜。
魔界スキル商店。
アルトは観測水晶を見る。
そこには、様々な場所で生きる契約者たちの姿が映っていた。
戦う者。
働く者。
研究する者。
小さな幸せを手に入れた者。
アルトは静かに記録する。
【契約者数:増加】
【成功例:多数】
【未確認成長例:存在】
リリアが呟く。
「店長。」
「何ですか?」
「もし、この人たちがいつか店のために集まることになったら。」
アルトは少し首を傾げる。
「なぜですか?」
「……。」
リリアは苦笑した。
この店主は本当に分かっていない。
自分が渡したものが。
どれほど大きな意味を持っているのか。
◆
才能管理機関。
深夜。
一人の男が命令書へ署名する。
【魔界スキル商店調査】
から。
【魔界スキル商店排除計画】
へ。
「これ以上広がれば。」
男は呟く。
「才能という概念そのものが変わってしまう。」
「それだけは認められない。」
静かに押される印章。
まだ誰も知らない。
この小さな店を巡る戦いが。
やがて世界規模の騒動になることを。




