第93話 才能を変える店
魔界には、長い間変わらない常識があった。
強者は生まれた時から強者である。
才能を持つ者は、幼い頃から特別扱いされる。
魔力が多い者。
剣の才能がある者。
特殊な能力を持って生まれた者。
そういった存在が上へ進み、持たざる者は下へ沈む。
それが当たり前だった。
もちろん、努力で強くなる者もいる。
しかし。
努力だけでは越えられない壁が存在する。
それが、この世界の常識だった。
だからこそ。
魔界スキル商店の存在は、少しずつ異質なものとして認識され始めていた。
「才能を後から得る?」
ある魔族は報告書を見て笑った。
「そんなことが可能なら、今まで積み重ねてきた階級制度は何だったんだ?」
机の上に置かれているのは、複数の報告資料。
そこには、最近名前が広がり始めた者たちの情報が書かれている。
【ポヨン】
種族:スライム
取得スキル:【分裂】
評価:低級種から異常成長
【レオン】
種族:人間
取得スキル:【努力】
評価:無才能判定から冒険者として急成長
【カイン】
種族:人間
取得スキル:【共鳴契約】
評価:未知の召喚体系を確立
どれも普通ならあり得ない変化だった。
「偶然だ。」
魔族は言う。
「一人なら偶然で済む。」
「しかし……。」
部下が別の資料を差し出す。
そこには、さらに複数の契約者の記録があった。
魔族は黙る。
偶然ではない。
誰かが意図的に、眠っていた可能性を引き出している。
その存在こそ。
魔界スキル商店。
◆
一方。
魔界スキル商店では、いつも通りの時間が流れていた。
アルトは帳簿を整理している。
外の騒ぎなど知らないように、淡々と作業を続けていた。
「店長。」
リリアが声をかける。
「最近、店の周囲を探っている魔族が増えています。」
アルトは手を止めた。
「そうですか。」
「気付いていたんですか?」
「はい。」
アルトは窓の外を見る。
「ここ最近、森へ入る者の魔力反応が増えています。」
リリアは呆れたように息を吐く。
「だったら、もっと警戒してくださいよ。」
「必要でしょうか?」
「必要です。」
即答だった。
「店長、自分が狙われている自覚あります?」
アルトは少し考える。
「研究資料を狙われる可能性はありますね。」
「そこじゃないです。」
リリアは頭を抱えた。
アルトは本当に、自分自身への危機感が薄い。
しかし。
それは油断ではない。
アルトには分かっている。
魔界スキル商店を狙う者が現れる可能性は、いつか必ず来る。
なぜなら。
この店の商品は、ただの魔道具ではない。
人の人生を変えるものだから。
◆
その頃。
魔王城。
広間では、幹部たちが集まっていた。
議題は一つ。
魔界スキル商店について。
「放置するべきではない。」
一人の幹部が言う。
「たかが小さな店でしょう。」
別の幹部が反論する。
「しかし、その店によって力を得た者たちを見ろ。」
資料が机に置かれる。
「スライムが異常進化した。」
「人間が才能の壁を越えた。」
「召喚術の常識が変わり始めている。」
沈黙。
魔王軍の幹部たちも理解していた。
問題は、アルト自身ではない。
アルトが作り出している流れだ。
もし。
誰もが自分の可能性を引き出せるようになれば。
今までの支配構造は崩れる。
生まれによる差。
種族による差。
才能による差。
それらが絶対ではなくなる。
「危険なのは力ではない。」
老いた幹部が呟く。
「希望だ。」
その言葉に、全員が静まる。
「希望を持った弱者ほど、恐ろしいものはない。」
◆
夜。
魔界スキル商店。
アルトは一人、観測水晶を見ていた。
そこには、成長を続ける契約者たちの姿がある。
「……。」
アルトは静かに記録する。
【成功例】
【成功例】
【成功例】
以前なら。
ただの研究結果だった。
しかし今は少し違う。
彼らが成長したことは、スキルの性能を証明しているだけではない。
それぞれが、自分自身の価値を証明している。
「店長。」
リリアが尋ねる。
「怖くないんですか?」
「何がですか?」
「この店が世界を変えるかもしれないことです。」
アルトは少し考えた。
そして答える。
「世界が変わるかどうかは、私には判断できません。」
「ですが。」
観測水晶を見る。
「可能性がある者へ、可能性を渡す。」
「それが、この店の役目です。」
その答えに、リリアは黙った。
しかし。
その直後。
魔界スキル商店の外。
森の奥。
誰かが立っていた。
黒いローブ。
顔は見えない。
その手には、一枚の報告書。
【魔界スキル商店】
【危険度:調査対象】
男は小さく呟く。
「才能を変える店か。」
「ならば、その価値を確かめる必要がある。」
静かに消える気配。
まだ戦いは始まっていない。
しかし。
魔界スキル商店を巡る流れは、確実に変わり始めていた。




